ルナベース動乱④~その名は雄大~
マダックとナカムラは憲兵数名を引き連れて軍港内を走った。
「リオルのサンセット号出港は止められなかったが、まだ使える軍艦は幾つか残っている! ロックを解除して何とか追いつくぞ!」
マダック中将は重たい身体を揺らして息を切らせて走る。ラドクリフ中尉と海兵隊には既に手近な駆逐艦に乗り込んでもらっている。
しかし、現在軍港にある軍艦は起動キーがロックされていて動かない。マダックとナカムラは港の管制室で一括管理しているロックの解除をするためにこうやって走っているのだ。
「憲兵の査察である! 全員端末から離れて立ち上がれ!」
管制室にナカムラ軍曹と憲兵数名が入室した。
ナカムラの部下の憲兵がショックライフルを起動させている事に驚いた管制官達は驚き騒ぎ出す。
「落ち着いて! ショックガンは麻痺にセットしてある」
ナカムラ軍曹はライフルのストックで床を打ち鳴らし、悲鳴を上げる女性オペレーターを黙らせた。
「な、何事なんです!?」
マダックが遅れて入室する。
「幕僚会議のマダック中将だ、何故この港は軍艦のシステムを全てオフにしているか。急いで火を入れろ、今から連邦政府に仇なす謀反人を逮捕に向かわねばならんのだ……この持ち場にいる最高責任者は? 取り敢えず駆逐艦サンモリッツの起動キーを教えるか、解除するかしてもらうぞ」
60名からの管制官が居並ぶオペレーティングルームにマダックが足を踏み入れる。
「君、早く教えなさい!」
マダックが近場にいた女性オペレーターの肩を乱暴に揺する。オペレーターはコンソールを操作して、既にラドクリフ達が艦内で待機している駆逐艦サンモリッツの起動キーを呼び出した。
「は、はい。サンモリッツの起動キーは85432911です」
「8543、29、11だな?」
マダックは直接自分の手で解除しようと女性オペレーターを押しのけて端末を操作し始める。
突然、バシュッ、とショックガンの音が響く。
管制官の一人が隠し持っていた銃でマダックの背中を撃ったのだ。
「何!?」
「くっ……」
「いやあ! 誰も殺さないって、大人しくしてれば誰も殺さないって言ったじゃないの!」
女性オペレーターは半狂乱になってマダックを撃った犯人に抗議の言葉を浴びせる。
「……軍曹、後を……頼む」
中将は低い呻き声を上げながら女性オペレーターのデスクにそのまま倒れ込んだ。
室内が悲鳴と喧騒でいっぱいになり、銃を撃った管制官の男ですらその場から動けないでいた。ナカムラはいち早く混乱から立ち直り凶行に及んだ管制官を狙い撃った。しかしその管制官は機敏な動きを見せ身を低く屈めて走り出し、狙いは逸れてコンソールに当たり液晶パネルが割れる。
「どけっ!」
犯人は他のオペレーターを張り倒し、デスクの上に乗り、奥にあるシステム整備用の通用口目掛けて走り出した。
「か、確保! 確保だ!」
さすがの犯人も憲兵隊員15名からの連続射撃をかわして逃げる事は不可能だったようでショックガンのエネルギー波を十数発浴びて倒れた。
体毛が焦げ付き、皮が焼ける臭いが辺りに立ち込め、激しい痙攣を起こしている。
「しまった、やり過ぎた──」
麻痺する程度とは言えショックガンのエネルギー弾をこれだけ食らえば無事では済まない。数秒の内に彼は生命活動を停止してしまうだろう。
タイミングを計っていたのか数名の管制官の男女がデスクの下や腰からショックガンを取り出し、ほぼ同時に隣のオペレーターを人質に取ろうとするが憲兵隊員達は冷静に一人一人にショックガンの射撃を浴びせていく。テロリスト達だけでなく人質にもパルスが伝わり、共に倒れ込む。中には誤射で倒れた無関係の管制官もおり、女性の嗚咽と撃たれたテロリスト達の呻きが各所で上がり、収まる気配を見せない。
まだテロリストが残っているのだろうか、誰かが何かの仕掛けを発動したらしく、端末の画面が高熱を発して数カ所で火を噴く。それに連動して火が出ていない端末までが次々とオフラインになっていく。
「た、端末が……月の港の機能が、死んでいく?」
ナカムラは部下に、コンソールが操作出来るかどうか調べるよう、あごを向けて指示を出した。
「軍曹! これは──電源が落ちたというよりシステム全体の配線が焼き切れてる──俺達素人じゃ復旧は無理だ、エンジニアを呼ばないと」
管制室は悲鳴と怒号が飛び交う生き地獄のようになっていた。
「クソッ、管制室にリオル大将の手下が紛れ込んでいたとは──マダック中将を、中将閣下を助けるぞ、医務室に運べ! いや先ずは止血だ!」
マダックに駆け寄ろうとするナカムラに、部下の一人が慌てて偵察ドローンの映像受信機を持ってくる。
「軍曹、大変です! 本部ビルが──!」
幕僚会議本部ビルの中ほどから黒煙が上がっていた。
そんな馬鹿な、とナカムラは茫然自失となってその場にへたり込んだ。必死で守り通してきた本部ビルから立ち上る火の手。その呆気ない陥落の姿を見てナカムラ軍曹の闘争心は完全に折れた。
「ラドクリフ中尉にサンモリッツの解除キーを伝えてくれ。85432911だ──マダック中将は──我々は、そちらに行けなくなった」
◇
(今頃、例のナカムラ軍曹が『置き土産』に気付いて慌てふためいている頃か。まあ、なかなか使える若僧ではあったが。ああいう性格の男は長くは生きられん、この時代に産まれた自分の運の無さを呪うといい)
リオルはレトロな懐中時計を見る。これは地球の富裕層が好むもので、リオルも自然と地球閥の富裕層や貴族階級の文化を好むようになっていた。
(しかし、私のこういうセンスを押し付けるのは良くない、陛下やレムス、そしてニースの産む子供達には新しい文化を築き、民草の文化活動、経済活動に刺激を与えてもらわねばならん)
ブリッジの艦長席に座るリオルは、片手で懐中時計を弄り、もう片方の手で十三番目の頭を撫でる。自らの膝の上に乗り、背中と頭をこすりつけてくる様子は主任研究員のクジナが飼っている猫の仕種に酷似していた。
「お前が私に会えて嬉しいのはわかった。わかったから、そろそろ退いてくれんか」
ニースは感情を表現するのに肌の色を用いる。言葉の通じない相手とも嘘偽りの無いコミュニケーションを取るための機能である。現在の色は薄桃色と輝く黄色のコントラスト、幸せの絶頂を示す目に鮮やかな体色だった。
「えっ? まだ良いでしょう?」
「いい加減にしてくれ、重いのだ」
「久し振りに会えたのに冷たいです!」
「まるで大きな猫だな。先程私はクジナ大尉に猫を公の場に入れるなと注意してきたばかりなのだ。これではまったく示しがつかん。誰かに構ってもらいたいのならレムスのところに行け」
「えー……?」
チラッとレムスの方を眺めるニース。
「レムスと……?」
ニースの体色に警戒の赤と不快の冷たい青色の波がうっすらと表れ、渦を巻く。
「おいで、ニース」
操舵の席にいるレムスは自分の補佐役として、そして妻として創造された人工生命体に優しく笑いかけ、両の手を広げる。
レムスが単なる生きた彫刻ではなく、人間として自我を持つに至ったのはほんの5年前。比べて十三番目は随分前に覚醒しているので、サーティーンから見ればレムスは世話のかかるペットか弟のような存在である。
何といっても、リオルが自分の後継者として多大な期待を寄せるレムスは、ご主人様の愛情と関心を自分から奪う最大のライバルであった。
「フン」
ぷいとそっぽを向いてレムスの好意のこもった視線を無視するニース。
「ファーストからトゥエルブまで、まだまだお人形さんみたいな、何でも言う事を聞いてくれるあなたの奥さん候補は沢山いるじゃないの。レムスは妹達といっぱい仲良しさんしてればいいのです。私はご遠慮させていただきます。ご主人様にするならひょろひょろのクジナの方がまだいいわ」
「なっ、何……」
拒否されたレムスは苦虫を噛み潰したような顔になるが、すぐに自分の感情を押し殺すとメインビューワーに向き直り、片手で何事か操作を始めた。ウェポンシステムの点検をワーカー・ロボットに指示しているようだ。
その様子を間近で眺めるリオルは十三番目に対する評価を改めなければならないと感じていた。
(十三番目はニース姉妹唯一の覚醒成功事例だと思っていたが……もしかすると、とんでもない規格外品だったのかも知れぬな。他のニースに悪影響が出ない内に矯正するか、別働隊として何か別の任務を与えた方がいいのかも知れん)
そこへ白衣の男性、クジナ大尉とニース姉妹の内の2人がやってくる。後ろの2人はリオルとレムスのために食事とワインを持ってきたらしい。
「遅くなりまして申し訳ございません。閣下がお留守の間の陛下のカルテ、まとめた物をお持ち致しました。付箋紙を貼り付けている部分が、平常時と大きく異なる測定値が出た日のデータです」
「18分か、移動する時間を考慮すると仕事が早い、流石ですな御典医。これからも陛下の事をよろしく頼みますぞ。また、アーサーのメンテナンスの事、兵器開発の極意など諸々についてもニース姉妹にレクチャーしてやって欲しい」
十三番目はリオルの膝に腰掛けたまま器用に身体を伸ばしクジナからカルテをひったくると、敬愛する主人に手渡した。
「よし、御典医。下がってよろしい。猫の世話でもしてやるといい。あと出来ればついでにこの大きな猫も連れていってくれると助かるんだがな」
リオルはドン、と荒っぽく十三番目を突き飛ばしながら立ち上がる。
「うにゃっ?」
「ニース・サーティーン。いずれ別名あるまで自室にて待機任務を命ずる」
十三番目はシャキッと背筋をただすと海軍式の敬礼をした。
「はい閣下!」
「それでは私もこれで──」
クジナはリオルに頭を下げてから謁見の間のようにただ広いブリッジを自室に向かって歩き出す。
不意に音もなく十三番目が彼の前に立ちはだかり、その黒い潤んだ瞳を見開いてクジナの全身を物色する。
「ふむ、ニースは割とクジナ大尉の事、嫌いじゃないかも。良かったら少し星を見に行きませんか?」
ニースの体色はめまぐるしく変化し、好奇心と慈愛のオレンジ色が身体のあちこちに発生し始める。
「えっ?」
「そうだ、宇宙空間におけるエナジーフィールドの固定と、超短距離連続次元潜航の仕組みについて、ニースに詳しく教えてください」
「はい……?」
「じゃ、ニースがお連れしますね」
ニースは自分より身長の高いクジナの腰に手を回し、担ぎ上げると小鳥が飛ぶように跳躍した。まるで重力を感じさせない空中で踊るような軽やかな仕種。
「た、助け──て──!」
クジナの断末魔めいた悲壮な叫び声はあっという間に遠くなり、キングアーサーのブリッジはその荘厳さを取り戻した。
「やれやれ、人間を超える高度知性体のニースが、下等動物の猫の生態に引っ張られて変な影響を受けるとはな……」
◇
ニースはキングアーサーの甲板部分に出ると鉄骨の上にクジナを座らせた。そして肩を寄せてぴったりとくっつく。
「あのニース・サーティーン、さん?」
「何でしょうか」
「た、確かに星が綺麗ですね」
「ニースは星の瞬きが好きです、クジナ大尉も割と好きですよ」
「そ、そ、そうなの? 僕の事、好き、なんですか」
クジナはゴクリと生唾を飲み込む。
「はい、割と。レムスの100倍は好きです」
クジナは意を決したようにニースの腰に手を回す。
「ン?」
「あ、あの──ニースさん、僕、はですね……こんな非常時に、何なのですけど、僕もその、サーティーンさんが、す、す、す、好きです」
「そうなの、ありがとう。ニースもクジナが好きよ?」
「ニースさん!」
クジナはニースの肩を掴み、その身を自分に引き寄せた。唇と唇が優しく重なり合う。
「ニースさん、嫌じゃなかった、ですか?」
「うん」
ニースはチロっと舌をだすとクジナの顔をペロペロと舐め始めた。
「う、うわあああ!」
「仲良しさんだね、ふふ」
ニースの体色に輝く黄色が混じる、星空に光り輝くイルミネーションの一つようだった。
「君は本当に純真で無垢で、素敵な女性だ、いや、女神だ。ニースさん、僕は一目見た時から君の虜なんだ」
「クジナ大尉はニースの虜なんですか? あ、そうか。確かに捕虜ですね」
クジナはもう一度ニースを抱きしめ、今度は長く唇を重ねた。
互いの唇が離れると、ニースは名残惜しそうに軽くクジナに口づけする。
「ニースはこれ、結構好きですね」
「──君は、こんな事をしちゃいけない、こんな船に乗ってちゃいけないんだ」
「ン?」
「クジナはキングアーサーが嫌いなんですか? こんなに強い船の設計者の一人なのだからもっと自信を持っていいと思いますよ? リオルと一緒に『太陽系の支配者たる人類に相応しい国家』の礎を築き上げましょう。空気の澱んだロンドンを綺麗に掃除して、このアヴァロンを緑の楽園、地球におろしましょうよ」
「そうじゃない、そうじゃないんだよニースさん──!」
「何をそんなに怒ってるのですか?」
クジナはどう説明したらいいのかわからなかった。ニースに連邦市民的な善悪の判断など出来ようはずもない。
根本的に違う人種なのだ。
「ニースさん、り、リオル大将閣下と、僕の事、どっちが好き?」
「う、うーん」
ニースは少し驚いたような仕種をすると腕組みをして考え始める。
「クジナは、リオルみたいにレムスと仲良しさんになれ、とか言わない?」
クジナはニースの手を握りしめ大きく頷く。
「レムスと仲良くしろ、とか陛下を敬え、とか言ってくるリオルは少し嫌い。だから──今はクジナの方が好き、かな? ひょろひょろだけど」
ニースの体色が薄桃色、一色に染まり光り輝く。
「ホントに?」
「うん、もう一度さっきのをしてくれたら、もっと好きになってあげる。なんか私、凄く……胸が苦しく、なってきた、なんだろうねこれ? 変なの」
「ニース──好きだ!」
2人はお互いを慈しむ気持ちを互いに確かめ合うように唇を重ねて熱い抱擁を交わした。
「ニースはこれ、大好きよ? クジナは優しいね」
「ニースさん! ぼ、僕と此処を出よう。この船から逃げるんだ、もっと楽しい場所に、そうだもっと面白い動物が沢山いる場所に連れて行ってあげるよ」
ニースは急に我に返ったようにケロッとした表情になる。
「何を言ってるの? そんな事ダメよ」
「え?」
「クジナも私もリオルに怒られます。いえ、そんな事したらリオルが悲しむからダメよ。リオルとクジナはニースのために仲良くしてください、お願いします……」
「わ、わかったよ……」
がっくりと肩を落とすクジナの頬を、ニースは優しく舐めて慰めた。
「今度、2人でどこかに遊びに行けるようにリオルにお願いしましょう。ニースを楽しい場所に連れて行ってください。あ、もちろんクジナの猫も一緒ね!」
「うん、それは約束するよ、絶対だ」
2人が寄り添いあい、互いの鼓動を感じて安らかな時を過ごしていると、ニースの肩口にある通信機がピリピリと音を立てる。
「はい? 閣下、お呼びですか? はい、はい、わかりました」
ニースは有無を言わさずクジナを抱え上げると、此処に来た時よりも速く、猛スピードで駆け出した。
「ちょ、ニースさん?」
「ブリッジまで、急ぎます。舌を噛まないように黙ってて」
◇
ビューワーに映し出されたユイ・ファルシナの美しい顔が、クジナと十三番目を出迎えた。
人の心を解きほぐす慈愛に満ちた声と銀河の広がりを感じさせる深く吸い込まれそうな瞳、輝く黒髪を見たクジナ達は言葉を失い圧倒された。
「これは……」
「十三番目よ、これがお前の敵だ。よく見ておけ」
リオルは木星の皇女のスピーチを再生させていた。ワイングラスを片手に食事を摂りながらリオルは傍らにいる金髪の少年に何事か囁き始めた。
「陛下、あれが木星帝国の王族の生き残り、ユイ・ファルシナです。臣が52年前に殺し損ね、つい先日も捕らえ損ねた屈強なる女賊にございます」
「はあ、そうであるか。リオルでも殺せなんだか。ユイ・ファルシナとはなかなかの剛の者じゃのう……」
「はい、臣の手に余る力を有しております。陛下のお力をお借りいたしたく……陛下の手で生け捕りか、もしくは成敗を」
「うむ、その時が来たらユイファルシナをここに連れて参れ。余に跪き臣従せぬなら成敗してくれよう。リオルは何も心配せずとも良い。余とアーサーがあれば何人もお前を脅かせない。お前の脅威は余の『つるぎ』で直々に退治てくれようぞ」
少年は朗らかな笑みを浮かべてリオルを見下ろし、その頭に手を置く。少年は足をバタバタとばたつかせながらキャンディチーズを美味しそうにパクリと食べる。
「──レムス、お前はあのユイ・ファルシナと同等か、それ以上のカリスマを身に付け、地球の連邦市民達を一段階上の高貴なる存在に教育し直すのだ。それが宰相であるお前の役目。しかとユイ・ファルシナの人身掌握の詐術と、現存する唯一の王族の高貴なる立ち居振る舞いを学習せよ」
「御意──あ、いえリオル卿。了解致した」
「うむ、これからはお前が宰相なのだ。それで良いぞ」
ユイのスピーチが終わり、カメラがパンしてモエラ少将に切り替わる。
(モエラめ、宮城と戦うのを嫌ったか、まあこいつはどうでも良い、使われる側の人間に何が出来ようか)
そしてリオルの視線はその後ろに映る宮城雄大に注がれる。
「こやつ──此度の件、やはりこの男が絡んでおる。重大な鍵を握る、想定外の異物──規格外品だ」
リオルが憎々しげな面持ちで雄大を指差す。
ビューワーの画像がクローズアップされ、魚住にハンカチを貸して涙を拭う手伝いをしている宮城雄大の姿が映し出される。
「陛下、あれなるはユウダイ・ミヤギ。臣の計画を狂わせた得体の知れぬ小僧でございます、こやつめの暗躍で第一艦隊が動き、計画に大きな乱れが生じました」
「そうか、あれなる男もまた、リオルの手に余る剛の者なのか。なかなか難儀じゃのう」
「陛下のお手をわずらわせるのは忍びないですが……あれの親である裕太郎ともども葬り去るべき障害でございます」
レムスと十三番目は宮城雄大の姿を認識する。
「あれがユウダイミヤギ、リオルが殺せなかったユイファルシナと同じくらい強い男……」
十三番目には雄大がとてつもなく恐ろしい男に見えた。何者をも恐れぬリオルが『得体が知れぬ』と警戒する男である。十三番目の体色が警戒の赤で染め上げられる。
リオル達が敵意を向ける中、クジナだけは一人、拳を握り締めて喜んでいた。リオルの口振りから推測するに、クーデター計画を邪魔したのは宮城雄大という青年のようだ。
(サブローの奴、艦隊司令官の息子さんに拾われてたのか! 良かった、良い人達が拾ってくれて!)
自分の残した拙いメッセージが正しく伝わっていたのを確認出来て一気に肩の荷が降りる思いだった。ニースの目を盗んで2匹いる猫の一匹、サブローを脱出ポッドに乗せて射出したのはこのクジナである。
(父さん……ごめんよ、僕は大変な罪を……)
クジナは懐かしい父親の顔を見て喜びと謝罪の気持ちが溢れ、感極まり、涙となって溢れ出た。
「クジナ?」
クジナが肩を震わせて泣いているのに驚いた十三番目はその涙を舌で優しく拭いとった。
レムスは──レムスだけが、十三番目の慈愛に満ちた表情と警戒の赤に混じる薄桃色の体色の変化を見逃さなかった。鳥の丸焼きを切るために持っていた銀のナイフとフォークが飴細工のように折れ曲がる。
「陛下の前なれど、不作法失礼」
何事もなかったかのようにレムスは手掴みで肉を手にとり、口に運ぶと、発達して牙のように見える犬歯を剥き出しにして肉を噛み、豪快に引き裂いた。
「ほう、レムスよ。敵の姿を見て高ぶっておるのか?」
「そうですねリオル。それに──」
レムスの瞳はクジナのひ弱な首筋に向けられていた。
「──骨付きの肉は、手掴みで食べるに限ります」
レムスは肉の無くなった鳥の骨を手折る。
それは彼が生まれて初めて味わう敗北の屈辱。そして嫉妬の炎という実に人間らしい感情だった。




