ルナベース動乱③~レイジング・ブル~
戦艦レイジング・ブルのブリッジで宮城大将はネイサン少将、艦長のムナカタ少佐の3人で食事を摂っていた。
戦闘糧食のチキンソテーとマッシュポテト、根菜のサラダにそしてチーズ入りパンとミネラルウォーター、それにガチガチに凍った冷凍オレンジというパックメニューだ。
会議用のテーブルに広げてミーティングしながら食事をとるスタイルだ。
「ふむ、レーションという物は面白いね。鶏肉の味がする、原材料に鶏肉を使っていないのに本物の鶏肉よりも鶏肉の味がする。これは……火星の商社と銀河公社の共同開発か、素晴らしい科学技術だ。最近は食べる機会が無かったから新鮮な気分だよ」
裕太郎はチキンを飲み込むと唸った。
「火星は保存食への味の追求が凄まじいですから。確かに年々味は良くなってますよ」とムナカタ少佐。
2人の年長者の食が進むのに反して、若いネイサン少将はほとんど手をつけていない。
「レイジングブルには大きなキッチンが2つ、小さな物なら5つあるんです、何か作らせたらどうですか。何もこんな得体の知れない物を無理して食べなくとも」
「少将のお口には合いませんかな」
「利益最優先の火星系商社の製品なんて、どんな紛い物を混ぜられているか……それに味付けもくどいし、油も多過ぎる」
「まあ、急な出動でコックが乗っていないのだ。素人に作らせるぐらいなら倉庫にあるレーションの方がマシというものだよ」
ネイサンはバン、とテーブルを叩くと立ち上がり、やや気取って手を胸に当てた。
「提督、実は……私は調理師免許を取得しています」
「ほう」
「意外な特技ですな」
「六時間後のディナー、私が作ってお二人に振る舞いましょう。だいたいですね、料理の得意な乗組員や炊き出しなど経験のある者も大勢いるはずなんです、船員達には良い物を食べてもらわなくては……レーションより断然、士気が高まると思います」
「何事においても妥協が無い男だな、君は」
「これが最後の食事になるかも知れないのですから、良い物を食べたいと思うのは当然ではないですか」
ネイサンの言葉で、弛んでいたミーティングの空気が引き締まる。
「……我々は勝てないと思うかね。ネイサン君」
「逆にお伺いします、小官には何故提督がこのように泰然自若に構えて、食事に舌鼓を打っているのかがわかりません。時間が経てば経つほどに、どんどん我々は不利になっているのですよ?」
ネイサンは椅子にかけ直すと、ナイフとフォークを駆使して、マッシュポテトを第三艦隊、根菜サラダを第一艦隊、チキンソテーを敵方である謎の特務艦と第ニ艦隊、チーズパンを地球に見立てて、自らのランチプレートの上で模擬戦闘を始めた。
「なるほどオレンジが月か」
「現在、我々は情報戦において封殺され、第三艦隊との連携も敵の迅速な対応により断たれて各個撃破の憂き目にあります。また、幕僚会議を押さえられ、賊軍として扱われている以上、援軍もこなければ逃走先もありません」
はっきり言われるとツラい物だな、と裕太郎は苦笑いする。
「また、謎の特務戦艦が接触した際の映像を検証させていますが。正直なところ映像が不鮮明で何が起こったのかよくわかりません。あっという間に空母が撃沈されています」
ネイサンはチキンソテーを動かしてマッシュポテトにぶつけた後、ポテトの半分を食べてしまった。
「圧倒的だな、チキンソテーは」
「何らかの新兵器か、戦闘宙域外からの超長距離砲による援護射撃か、味方の裏切りか──何にせよ、このままでは我々も第三艦隊と同じ運命をたどる事になるでしょう」
ネイサンは根菜サラダをグチャグチャに掻き回し、ガツガツと口の中に放り込む。
「少将殿、チキンソテーをどうにか分断出来ないものですかな。第ニ艦隊の将兵とは演習を通して見知った間柄、同士討ちはしたくない。第三艦隊が先手を取られたのもそういう遠慮があったのでは」
ムナカタ艦長の意見を入れてネイサンはナイフでチキンソテーを半分に切った。
「ん?」
裕太郎は片方のチキンソテーをフォークで指し示した。
「そもそも第ニ艦隊はリオルの特務艦隊と行動を共にしていたのか?」
「レーダーは妨害されていてその辺りはよくわかりませんが?」
「もしかすると、第ニ艦隊はリオルの本隊と別行動をして我々を挟み撃ちにする位置取りを狙って回り込んでいる真っ最中なのかも知れん。ネイサン君はどう思うかね」
「あり得ますね。我々はロンドンを防衛するためにこのベストポジションを動けません。第ニ艦隊は大回りして地球の裏側からやってきて、我々を包囲し、降伏を迫るつもりでしょう。ホラ、時間が経てば経つほど状況は悪化していくのです」
「それに対して我々の勝利条件は限り無く厳しいですな」
艦長はオレンジの皮を剥いて被りつく。
「月基地に残してきたレンジャー第七、第八部隊がリオルの身柄を押さえるのを座して待つしかないというのはまた難儀ですね。ラドクリフ中尉ならば何とかしてくれると信じたいですが」
「艦長! 何か速報が、面白い配信が始まりました! ビューワーに出してもよろしいですか?」
下の階層から通信士の声がする。
「面白い配信? 戒厳令下でか?」
「サターンベースからです!」
全員が椅子から立ち上がり、ブリッジ正面の大型ビューワーを見る。
そこに映し出されたのは黒髪の女性、ユイ皇女だった。
「木星帝国の皇女か! 提督! やはりこのテロリストが今回の首謀者じゃないですか──」
大声を出すネイサンの口に裕太郎がチーズパンを突っ込んで塞ぐ。
「へいぼぐ! あぎふぶんへぶば!?」
「黙って聞きたまえネイサン君、どうやらこれは我々に運が巡って来たぞ」
「?」
◇
皇女殿下のスピーチが終了するとムナカタ艦長は感嘆の声を上げた、スピーチの途中からブリッジクルー達からはまばらながら拍手が起こり、口笛を吹いてビューワーに映るユイをはやし立てる者もいた。
「ふむ、これで時間稼ぎすればするほど、我々が有利になる。それにしてもこのロートル軍人を正義の騎士呼ばわりとは。なかなか持ち上げてくれる、若い娘にそういう持ち上げ方をされると背中がむず痒くなるものだな」
裕太郎の顔色が随分と良くなってきた。
「勇ましくも美しい姫君でしたな、このブリッジまで華やぎました。それに加えて土星と木星の連合艦隊とは、モエラ基地指令もなかなか洒落た事をおっしゃいます」
「艦長は知らんだろうが、モエラはああ見えて詩人だぞ? 軍人にしておくのは惜しいくらいにな。あ──ネイサン君。もうパンは取っても構わんぞ……まだ咥えてたのか、本当にそういうところは生真面目だな、君は」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
ネイサンはパンから口をはなし、開きっ放しで疲れたあごをさする。
「どうした、ネイサン君?」
「いえ……物凄い、聡明で勇壮で、すこぶるよいオンナでしたね……皇女殿下というお人は。たとえ嘘八百だったとしても心強い援護射撃でした」
ハァ~、と息を吐き出す。
「ああ、パンを取るのも忘れて画面に魅入っていたのか。君の手の平返しも凄いな。あれだけテロリスト、テロリストと騒いでおいて」
「いえ、危険な反政府主義者、という評価は変わりませんよ? むしろ警戒ランクが上がりました。連邦政府最大の敵ですよ、アレは」
「そうでしょうか? あれだけ真摯に地球と木星の友好路線を唱えてくれるのなら、いずれ木星の主権を一部返還してやっても良さそうなものですがねえ」
「ホラそうやってムナカタ艦長のような聡明な士官まで騙されるから怖いのです! 艦長の奥様は大変出来た良妻賢母でいらっしゃるからそういう反応になるでしょうが、私ぐらい女に苦労してきた人間から言わせて貰えば、あれは本当に、怖い女ですよ!」
エキサイトして語り出すネイサン少将。美男子顔が台無しなほど取り乱している。
「私は学生時代、年下から人妻まで色んな女性を見てきましたが、あのユイ・ファルシナはおそらく天然の悪女、女狐の類です。今回は味方のようですから百万人の海兵隊員に勝りますが、万が一『アレ』が敵側に回ったら恐ろしいですよ? 女の涙とは、すべての男の人生を狂わせる甘く切ない毒薬ですからね!」
ネイサンの遠回しなジゴロ自慢と人妻との不貞の話を聞いて、少し上機嫌になっていた裕太郎は、怒気をはらんで赤くなった顔面に無理矢理平静を装った薄ら笑いを浮かべてネイサンを睨み付けた。
「ほう、女性経験が豊富そうで男として羨ましい限りだが……由利恵と結婚したいのなら、悪女との火遊び、特に人妻との不倫は控えてもらわなくては困る」
「いえ、た、喩え話ですよ……それより、誰も触れないので敢えて触れますが──リクセン大佐の隣に……雄大君が、映ってませんでしたか?」
「敢えて、であってもな、そこは触れてくれるな」
「ま、まさか! ご子息の雄大さんをワザと軍から切り離して木星帝国に潜り込ませて皇女殿下をたらし込ませたのですか!?」
ムナカタ艦長が血相を変えて裕太郎な詰め寄る。
「は?」
「えっ? 提督? 前々からこのクーデター計画を調査されていらっしゃったようですが、まさかこうなる事まで織り込み済みで木星帝国残党を味方につける算段を──?」
ネイサン少将まで勝手な想像を巡らせて目を輝かせて驚いている。
「あ、いやまあ、雄大は、その」
「感服しました、実は小官、宮城提督が木星帝国の残党に誑かされているのではないかと疑っておりましたが。むしろあの女狐を手の平の上でコントロールしていたのは提督でしたか。毒をもって毒を制するの策謀、鬼神の如き深謀遠慮恐れ入ります。幕僚会議の政略の世界、小官の如き小物には到底及びもつかない世界です。勉強になります!」
「て、ではまさか。竹馬の友であられるモエラ少将が幕僚会議入りせずにサターンベースの基地指令の任を長く勤めてこられたのもこういう、幕僚会議の内部分裂が起きた時に宮城提督とモエラ基地指令で内外から災いを絶つためですか!?」
裕太郎はどう返答していいか困りに困った。
「──まあ、そのモエラは、やる時はやる男であったし? 雄大もまあ、これぐらいしか役に立たんというか?」
裕太郎は口を濁して何とかこの場をやり過ごす事にした。せっかく上がった士気を下げるのも良くない。勘違いでも何でも、司令官の宮城裕太郎大将が裏から手を回した援軍がやってくる、という事にしておいた方が得策だ。
「モ、モエラの動きが遅かったので内心焦っていたが、お、おおむね計画どうりという事になる。モエラの奴め、待たせおって」
ネイサンは「やった、これで光明が見えた!」と拳を振り上げて喜んだ。
「しかし雄大君も食わせ物だったな、女に興味が無さそうな振りをしておいて木星帝国の皇女を動かすとは──さすが宮城家は美女殺しの家系ですね! お義父さん!」
「──あ、うむ……」
あまりに酷い勘違いに裕太郎は軽い眩暈がしてきたがこの流れにはとことん乗っておいた方が利口というものだろう
(すまんな雄大、モエラ。私の名誉のためにも後で口裏を合わせて貰うぞ)
裕太郎は下の階層にいる通信士の小尉に命令する。
「小尉、今の放送を艦内に流したか?」
「はい、それはもう。リピート再生に入りました」
「よし、それでは続けて第一艦隊の全艦に通達! 『これより第一艦隊はかねてからの盟約通り、土星・木星連合艦隊と共に賊軍をこの場で迎え撃つ! 各員決戦に備えて十分鋭気を養え、飲酒も許可する』とな!」
幕僚会議からは賊軍認定され、第三艦隊の敗走を知った将兵達の中には宮城裕太郎大将の軽挙を非難する声すら上がり始めていた。そんな折、木星皇女のスピーチは孤立無援の第一艦隊所属士官全員の陰鬱を払い、司令官裕太郎大将の力強い激励は彼等の勇気を奮い起こしたのだった。




