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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
33/121

ルナベース動乱②~キングアーサー~

 月から地球を臨む航路上に特務航空戦艦キングアーサーの姿があった。レイジング・ブルより二回りほども巨大なこの軍艦の基本構造は一般的な船の構造とはまったく異なっていた。

 アーサーは中型軍艦が修理や補給を行う円筒形のコロニー型軍事基地に機動性を持たせる、というコンセプトで設計されていた。これは人件費削減のために発案されていた当初の円卓の騎士計画の名残で、キングアーサーは元々はロボット巡洋艦のメンテナンスを目的とした移動要塞として開発が進められていたのである。

 従ってこれは軍艦というよりは、大型軍事施設ないしは機動要塞という分類が正確かもしれない。

 小型の巡洋艦級を着艦させるのに丁度良いサイズの六枚の可変式甲板、十八本の巨大なロボットアームなど、遠目に見ると「六枚の羽根に覆われた禍々しい大王イカのような深海生物」のような独特な形状をしている。滑らかなカーブを描く純白の甲板部分の造形は一種、ユニコーン級巡洋艦を彷彿とさせるような優雅さを感じるため、好意的な目でこのゲテモノ戦艦の外観を形容するなら、その中に包まれた無数のロボットアームを花弁に見立てて「白百合の(つぼみ)」のようだ、と言えなくもない。

 リオル・カフテンスキ大将はしばしば、このキングアーサーを「白百合の宮殿」と呼ぶ。

 禍々しい怪物のような側面を持つこの戦艦は、この老人にとって王が住まうに相応しい豪奢な宮殿そのものであった。


 宮殿を警護する騎士、フェニックス級巡洋艦ランスロットの脇を、一隻の旧型巡洋艦が通過し、左舷を第ニ甲板部分に寄せてキングアーサーに接舷する。

 元・憲兵総監兼参謀長は公務でルナベースの外へ赴く際に利用する軍艦、巡洋艦サンセット号のドッキングベイから、キングアーサーの羽根部分に乗り込んだ。

 キングアーサーに戻ったリオル・カフテンスキ大将の元に彼の部下数名が駆け寄ってくる。

「閣下よくぞご無事で。この十二番目(トゥエルブ)、肝を冷やしましたよ」

 部下達の先頭に立って敬礼をしたのは身体のラインがくっきりと現れるフライトスーツに身を包んだ妙齢の美しい女性だった。肉厚で均整のとれた官能的な肢体はまるで彫刻のようであり、扇状的だが無機質であまり人間味を感じない。

 頭髪の色は薄く、肌の色も光の届かない深海に生きる生物のような不気味さを漂わせていた。

 ただ、猫のような黒く大きな瞳だけが潤み、その奥に暖かい光を宿しており、それだけが彼女を人間のように見せてくれていた。

「宮城めの息がかかった海兵隊員が閣下のお命を狙っていたと聞き及び、ニースは御身を案じておりました」

「ニース──お前、十二番目(トゥエルブ)ではないな? 十三番目(サーティーン)だろう。トゥエルブの髪飾りと認識票をつけていてもすぐにわかる」

「は、はい閣下……さすがです。私は確かに十三番目(サーティーン)です。どうしてわかりましたか? 他の人間は私達姉妹の違いはわかりません」

「お前だけは特に個性的だからな。先程『肝を冷やした』とか『宮城めの息がかかった』とか言ってたが、そういう比喩表現を好んだり、こういう姉妹の入れ替わり遊びのようなくだらない事をやりたがるのも、お前ぐらいのものだ」

「閣下にはかないませんね」

十三番目(サーティーン)、留守中はレムスと共に陛下の補佐役を勤め、戦において艦隊を指揮したそうだな。その手腕、大変素晴らしい物だ。これからも王のために励み、未だ甘い部分の抜けきらないレムスの妻となり彼が良き宰相となれるよう、導いてやってくれ」

 リオルは険しい表情を崩さず、女性の頭を撫でた。十三番目(サーティーン)と呼ばれた女性は頬を朱色に染める。元々の肌の色である透き通るような薄紫色に朱色が加わり、その感情の強さを肌の色で表現していた。

「では、ブリッジまでお運びします」

「頼めるか?」

 ニースは老人の腰に手を回すと易々と持ち上げ、低重力下の甲板内部を軽やかに踊るように飛んだ。

「ニースが閣下のお側にあれば海兵隊風情に好きにはさせませんでしたものを。どうして呼んでくださらなかったのですか。閣下の身に何かあっては……ニースは生きていられません」

十三番目(サーティーン)。私はあと80年もすれば限界が来て生命活動が停止する。その時、私が安心して後事を託せるのはレムスと、そしてお前達姉妹だけなのだ。私の身の安全などどうでもよい」

「そんな……」

 ニースは瞳を伏せ、悲しげな表情を作る。

「お前は有能だが多少、陛下への敬意と、そしてお前の主人になるレムスへの敬意に欠けるところがあるな」

「あんな格好つけばかりの男性体(レムス)なんか──」

 リオルはニースの唇を人差し指で塞ぎ、首を左右に振った。

「陛下の事を報告してもらおう。第三艦隊の件、まずまずの戦果だが初戦の後、追撃の手を弛めたのは何故だ。陛下のご機嫌でも悪かったのか、それとも何か別のトラブルか」

 ニースはリオルを抱えたまま、トン、トンとハルコネン合金で出来た鉄骨を駆け上がり、ゲートを幾つかくぐり抜けキングアーサーの中枢に到着した。

 中央区画は重力が安定している。ニースは老人を丁寧に下ろすと今度は腕を組んで寄り添い、頬をリオルの肩に寄せる。フライトスーツの半透明の素材で出来た部分から覗く肌、その体色は薄桃色と輝くような黄色のコントラストに変化していた。

「どうした、聞こえなかったのか」

 リオルが少し苛ついたような声を出してニースの腕から自分の手をするりと抜く。

 十三番目(サーティーン)のニースは拗ねたように唇を尖らせた。

「──実は戦闘後、王はお加減が優れぬご様子なので寝所にてお休みいただいております。三番目(サード)のニースと男性体(レムス)、そしてクジナ大尉がお側について体調の調整を」

「馬鹿者、ふざけている暇があるのなら先ずそれを報告しないか!」

 リオルは珍しく慌てたように奥の部屋へ向けて駆け出す。

十三番目(サーティーン)よ、引き続き私の代理を任せる。第一艦隊のいる宙域へ艦隊を向かわせろ」

「はい閣下!」

 威勢良く返事はしたものの、人工生命体(ニース)十三番目(サーティーン)の体色は、薄桃色と輝くような黄色のコントラストから白地に黒と青のみすぼらしい斑模様に変化していく。

「少しでも一緒にいたかったのに」

 ニースは頬をぷうと膨らませるとキングアーサーのブリッジに向かった。


 リオルやニース達が「王の寝所」と呼ぶ区画には様々な計器類や薬品が並ぶ少し肌寒い空間であった。医療施設のようでもあり、何かの研究室のようでもある。広い空間の中央に大きなプールがありその中に何かが漂うように浮かんでいる。

 その傍らにはサーティーンと服装も体格も何もかも瓜二つの女性、三番目(サード)と、男性の美を追求した彫刻のようなレムスの姿があった。

 レムスは燃えるような赤銅色の肌と美しい筋肉、腰まで伸びる美しいプラチナブロンドの豊かな髪を持った威丈夫で、その思慮深く微笑みをたたえた姿はどこか神々しくもある。

 翼のない大天使ミカエルのような姿。

「リオル閣下」

 レムスとサードは片膝をつき頭を垂れる。

 リオルは二人を無視するかのようにその脇を通り過ぎ、プールの中に浮かぶ生物の肌の色艶とビューワーに表示された体温、脳波の数値を見て、その表情を和らげた。

十三番目(サーティーン)め、焦らせおって。もう完全に復調されておられる。陛下、リオルが御身の傍に戻りましたぞ」

「陛下は順調に回復されております」

 レムスは頭を垂れ右拳と左膝を床に付けてかしこまっていた。それを見たリオルは舌打ちをする。

「何度言い聞かせればわかるのだ、立つのだレムス、お前は臣下ではない。私とお前は王の前では対等だ。同志であり、そしていずれこの老人の屍を乗り越えていかねばならない存在だ。使われるだけのつまらない存在になるな、使う側の存在になれ」

「しかし」

「細胞レベルで意識改革をしろ、それが出来ぬわけでもあるまい、お前達は私以上の超優性遺伝子的怪物(ミュータント)なのだからな」

「はい、しかし閣下。自分は知識と技術を与えてくれた閣下を父のように感じ、心の底より慕っており……この湧き上がる感情は大事にせねばならぬと感じております。民草を慈しむ慈愛の情と同じものです、施政者に必要な資質です」

「父か、くだらん。せいぜい努力をして『親離れ』をする事だレムスよ。お前が家族として愛情を注ぐ相手は13人のお前の妻達だ、そして平伏す対象はそこなる『王』陛下だけで良い」

「はい閣下……いえ、リオル」

「そうだ、それでいい、それでいいのだ。立ってくれ我が同志よ」

 リオルはハハハ、と歯を剥いて笑いレムスを立たせるとその肩に両の手を置いた。

「さて、御典医はおるか」

「──はい、ここにおります、閣下」

 線の細い、如何にも研究者然とした雰囲気の白衣の男性が立ち上がる、眼鏡型のデバイスを装着した、やや貧相な顔つきの男性。連邦宇宙軍・新兵器開発特殊プロジェクトチーム所属、主任研究員クジナ技術大尉である。年齢の割に外見と精神年齢は若く、10代後半の内気な男子学生のようにも見える。連邦宇宙軍リクセン大佐の長男で、猫の世話だけが趣味の34歳独身男性だ。

「私はこれからレムスと共にブリッジに向かう。今から王の容態悪化についての所見を書類としてまとめ、紙に出力して持ってきてくれぬか。20分程で可能か?」

「は、はい、閣下──すぐに、可能な限り早く、ご、5分前後で」

 クジナの足下から一匹の猫が顔を出す。その灰色と黒の縞模様を持つ太っちょの猫は、にあー、とリオルを見て小さく鳴いた。

「──また猫ですかな御典医。あなたのわがままは随分聞いてきたつもりですが……陛下の寝所にまでそのようなペットを入れるのは感心しませんな」

「リオル、あの小動物は陛下の脳波に良い影響を与えるのです。私が入室を許しました」

 レムスがそう告げるとリオルはニヤリと口角を上げて笑った。

「面白いものだな、テクノロジーが進めば進むほどに生物のメンタルは不安定なり、その安定に非科学的な存在が重宝される事になる。陛下もまた例外ではないという事か」

「はい、私もそう思います。アヴァロンに降り立ってからは陛下のために地球の見目麗しい種の動物を集め、傍に侍らせようかと」

「うむ、よい考えだぞレムス」

「サード、お前には引き続き陛下のお側で待機するように。目を覚まされたら玉座にお連れするのだぞ」

「はい閣下」



 6分後、クジナ大尉は書類(カルテ)をプリントアウトしてまとめるとブリッジへ向かい歩き始めた。

 チラリとプールに浮かぶ生物を見る。

 そこに浮いていたのはまだあどけなさが残る少年。リオルが陛下と呼ぶキングアーサーの主にして、クジナの患者だった。


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