新生、木星帝国第一艦隊②
サターンベース基地指令モエラ少将は、ようやく落ち着きを取り戻していた。
参謀長兼憲兵総監リオル大将の言い分とユイ達の言い分、信用度を比べると99%リオル大将側が有利な状況だったのだがユイの容姿と話術で骨抜きにされたモエラの中では、先入観や社会的立場からくる不利はまったく無くなっていた。
ガレス号との交信記録、雄大と裕太郎の交信記録に加え、ハダム、エルロイ、ユーリなど28部隊の海兵隊員達の証言が決定的な決め手となりモエラ自身もクーデター計画についてリオル大将に不信感を抱くようになっていた。
リオル大将の光速通信はユイ達の行動を封じるために打った先手だったがこれは悪手だったと言える。ユイ達を排除したいであろう黒幕の思惑と、先刻のリオルの言動はピッタリと一致する。
「なるほど、ハダム大尉の推理、ばっちりと当たりましたな。それにしてもプロモの開発チームがこんな事をしていたとは」
頭痛がするのか、モエラは眉間に皺を寄せ右手で顔面を覆った。
そもそも太陽系惑星連邦の最先端技術が詰まった機動要塞群、サターンベースの管理を任せられるほどの管理職であり、警察任務的な事をやらせるとなかなか有能で頭の回転も早いようだ。ニュース屋への対応も手際が良く、日常の治安維持のような雑務をこなす官吏としての能力においては宮城裕太郎大将より一枚も二枚も上である。
しかし軍属にしては軍艦の知識、艦隊戦術や艦載機など宇宙戦闘のあれこれにはかなり疎いようで、アステロイド・パイレーツの取り締まりやプロモ42での新兵器開発などは副官と秘書に丸投げしていた。
「どうじゃろか少将、キングアーサー開発チームのクジナ技術大尉の事とか、キャメロットの事とか……調査を頼んどった件は何か進展はあったかのう?」
そわそわとした様子でリクセンが尋ねるがモエラは困り顔でウンウン唸るだけだった
「す、すみません大佐、プロモ基地の秘密主義は徹底してましてな……担当官を呼びつけておりますが歯切れの悪い返事ばかりで……この後、本人の宿舎に私自ら出向いて怒鳴りつけ、ありったけのデータを提出させます。あ、そうそう。マクトフ少佐も此方で預かって自白剤を投与してでも情報を引き出せるだけ引き出して見せますよ」
「少々の事では口は割らないと思いますよ? 私達でもお手上げでしたので……多少の薬程度では」と魚住。
「そうです、捕虜のマクトフ少佐やエミール中尉は見た目以上に体力が衰えています。無理な自白剤投与や訊問などは後遺症が懸念されます。どうか慎重に……」
魚住と小田島医師がモエラの決定に口を挿む。モエラはコーヒーをすすりながら少し強めの口調で2人に言い返した。
「……天下国家の大事ですよ? 自白剤による後遺症など気にしていられますかね? たかだか一人の健康被害で第一艦隊の船員と戦闘員約8000人の将兵の命を左右する情報が得られるのなら、やらない訳にはいかんでしょうが。木星帝国宰相代理の魚住殿はまだしも一介の町医者風情が軽々しく口を挿んでよい場ではないのですぞ。一般市民は立場をわきまえてくだらない発言は控えなさいな」
「あの、少将殿? マクトフさんに対しては私、個人的にわだかまりをもっておりますが、自白剤や拷問はよくありません。それに私にはマクトフさん達がキングアーサーなる新造艦の事やプロモ工廠の事について詳しいとも思えません。過度な尋問、拷問は慎まれますよう、くれぐれもお願い申し上げます」
ユイが眉をへの字に曲げてモエラに抗議すると、少将は先ほどの小田島医師とのやり取りなど無かったかのように「はい、自白剤は控えますね。さすがは殿下、慈愛に満ちたお考えですね! このモエラ、確かに承りました!」と言ってユイに笑いかけた。
小田島医師と魚住はこのモエラの変貌ぶり、皇女への狂信ぶりに呆れかえり眉をしかめたがマーガレットはモエラの手のひら返しが面白くて仕方が無いらしく身をよじって忍び笑いをしていた。彼女からすれば連邦の高級将校がユイの言いなりになっているのが何よりも痛快なのだろう。
(お、おいマーガレット、あんまり笑うなよ。このオッサンの機嫌を損ねたら色々台無しだぞ?)
雄大はマーガレットの袖を引っ張って笑い過ぎな少女伯爵をたしなめる。
(だ、だって面白いんですもの──! こんな色ボケの単細胞馬鹿、初めて見たわ。ユイ様に尻尾ふっちゃってまるで犬ね──あ、犬に失礼よね、こんな言い方)
(おまえ口が悪過ぎるぞ!)
(きゃっ、変なとこ触らないで! いやらしい!)
(さ、ささ、触ってないぞ、服を引っ張っただけだ!)
(んもう! どさくさ紛れに腰とか触る気だったんでしょ!)
(バカ! 自惚れてんじゃねーぞ? おまえみたいな性格ブスの暴力女なんて誰が触りたいと思うかよ)
(へえ、そんな子供みたいな悪口言っちゃうんだ? ちょっと見直したのになぁ、やっぱり残念な男よねあんた。執事に雇ってあげる話は保留にしとくわね?)
(お前さあ、家柄を鼻にかけてツンツンするのも結構だけど、今時もう少し女として可愛げがないと結婚とか出来ないぞ? 伯爵家はお家断絶だ)
(口喧嘩に負けそうだからってさ、女性に対してそういう『嫁の貰い手がないぞ』的なテンプレート嫌みを言うのってさ、発言した男自身の教養の無さを露呈させた上に自らの女性蔑視思想をさらけ出してるようで滑稽だとは思いませんこと? ねえ宮城さん?)
(うっ……)
口論で言い負かした余勢をかって、マーガレットは拳で雄大の脇腹を強打する。
(うぐぉ?)
(あら、痛かったかしら糸くずが付いていたのを払って差し上げたのですけど。わたくし、性格ブスの暴力女ですから力の加減がうまくいかなくて……ごめん遊ばせ……オホホ)
雄大は反撃として、肘を押し上げてマーガレットの二の腕あたりに肘打ちを食らわせようとしたが、彼女が不意に身体を捻ったため、下からバストをグニュッと持ち上げるような格好になってしまう。柔らかめのゴムボールのような弾力性。
(あっ──や、やだっ?)
(おおお? な、なんだこれ? すごい弾力)
(な、何よちょっと──! や、やっぱりおさわりが目的じゃないの! こんな時に痴漢行為に及ぶなんて、見境無いにも程があるんじゃなくて?」
胸を押さえて後ずさりするマーガレット。
(いや違うんだ、ワザとじゃなくて!)
(狙わずにこんな器用な真似が出来る訳無いでしょ! ふ、不意打ちとは言え、修練を積んでるわたくしの胸をピンポイントで持ち上げるなんて随分手慣れてらっしゃること……士官学校を辞めさせられた理由って、案外こんな感じの公然猥褻だったりして)
(おい、何も知らない癖に人の事を痴漢扱いするのはやめろよ! それに辞めさせられたんじゃないぞ? 自分から辞めてやったんだよ、士官学校は!)
(AAAライセンスまで持ってるのに馬鹿みたい)
(俺の勝手だ、だいたいBB止まりには言われたくないね)
(何よ痴漢の分際で)
(……ホントに触る気ならあんなもんじゃ済まんぞ)
(へえ、やってみなさいよ)
小声でひそひそ話をしながら互いをつつきあう雄大とマーガレット。雄大の方は少し本気でマーガレットを懲らしめてやろうとしていたようだが、マーガレットの方は底意地が悪そうな笑い声を出したり雄大からつつかれて黄色い無声音を上げたりしてどことなくスキンシップを楽しんでるような余裕がある。
周囲がいつの間にやらシーンと静まり返っていたためマーガレットの可愛らしい小さな笑い声だけが社長室に響く。
「あ、あら──」
異変に気付いたマーガレットはささっ、と雄大から距離をとり、何事も無かったかのように姿勢を正すとポーチから朱色の扇子を取り出して口元を覆い隠した。
「ん?」
雄大が気付いた時には、社長室の中の全員が2人の様子を眺めており、会議は完全に止まってしまっていた。この人数が一堂に会して話すにはやはり社長室は狭く、雄大達のじゃれあいは嫌でも目についてしまう。小声で話しても焼け石に水だったようだ。
「んっ、んー……宮城くん、君の場合、お父上が現在大変な状況にあるという自覚を持った方がいい、と思うが……如何かね? 女性と戯れて現実逃避している場合ではないぞ、ン?」
咳払いをして真面目な顔で雄大に語りかけるモエラ。
「えっ!? す、すいません。そ、そうです、ごもっともです……」
モエラから注意された雄大は肩を落として小さくなってしまった。確かにマーガレットと遊んでいるような場合では無いのだ。




