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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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サターンベース・カペタA18

 連邦宇宙軍が誇るサターンベースとは難攻不落の要塞、超小型球体軍事衛星群の総称である。無数の小惑星の中に紛れた89個の大小様々な軍事基地が時に独自に動き、時に一つの大きな軍事要塞のように機能する地球圏防衛の象徴的存在である。

 かつてはアステロイドパイレーツや木星帝国残党の隠れ家的な忌まわしい宙域だったが現在では正規軍の軍事拠点となっていて最も治安が良いとされている。


 そんなサターンベースの中で2番目に大きな小惑星型基地カペタA18はいつになく騒々しかった。

 ここ数週間の間に様々な宙域で民間客船や商社の輸送船から略奪の限りを尽くしていた海賊船団の内一隻と、その元締めであるヴァムダガン・ファミリーのヴァムダガン本人が民間客船おおすみまるに曳航されて来たからである。ニュース屋からの取材申し込みが殺到し、カペタの周囲には情報会社の特殊潜航艇と小型偵察ドローンがわんさか集まって遠巻きにボロボロになったおおすみまると海賊船を撮影しつつ高速ネットでライブ配信していた。

 カペタ基地指令モエラ少将がおおすみまるから降りてきた宮城雄大を出迎えた。

 少将は目の下にくまが出来るほどげっそりしている雄大の顔を見て一瞬だけ眉間にシワを寄せ口を尖らせたがすぐに笑顔を作り直した。

 撮影用カメラ・ドローンが忙しく飛び回り、雄大の顔をあらゆる角度から撮りまくった。少将は雄大と肩を組んで勝利のVサインを作って見せた。

「ホラ君もやって、勝利のブイ」

 小声で促してくる。少将やマスコミに言われるがままポーズを取る。

「表情硬いよ、もっと自然に笑えないの?」

 少将の態度から雄大は自分に対する軽蔑を感じ取った。自身に対する敵意には人一倍敏感な方だと自己分析している雄大だが、どんな鈍い男でも少将が自分を快く思っていないのがわかるはずだ。

(なんなんだよ……)

 青年の胸の内に怒りがこみ上げてくる。

 ニュース屋のインタビューには全て少将が対応して雄大は一言も喋らせてもらえなかった。


 インタビューは強引に終了しニュース屋も基地内から追い出された。簡単な宇宙病検査と栄養剤の投与が終わると雄大は半ば強制的に基地内の提督執務室に連れて来られた。

 監禁され、連行されたという表現が正しいだろう。

「わたしはモエラ少将だ」

「知ってますよ、さっきニュース屋のカメラに散々愛想振りまいてたモエラ少将閣下でございますよね?」

 チッ、と大きな舌打ち。

 可愛くないガキだな、と言わんばかりの表情で此方を睨みつけてくる。雄大は非礼には非礼で返す。

「なんなんですかさっきから。海賊を引き渡して公社の乗客を一人も死なせる事なくサターンベースに送り届けた自分の行為、褒められこそすれ、こうも酷い犯罪者のような扱いを受ける理由がわかりませんね」

「何なのだ、はお前の方だろう? 宮城候補生。立場をわきまえろ」

「士官学校は辞めました、今は軍とは関係ありません。あなたの部下になった覚えはないです」

「……では聞くがね、その軍と無関係の者が、いや無関係どころか士官学校の看板に後ろ足で砂をかけるような真似をした者が……今更何をでしゃばってヒーローごっこを始めた? 乗客を海賊から救って英雄気取りか? ん? 一歩間違えばお前の軽はずみな行動で多くの民間人が客船ごと宇宙の塵になっていたんだぞ?」

 少将の苛つきは最高潮に達していた。顔面がみるみる赤くなっていく。

「スキルを持つ人間として、事件に巻き込まれた当事者として。最善の選択をした。軍も何も関係無い、自分が生き残るためにやった事だ」

「なんだその態度は? そういう無駄に気位の高いところだけはおまえのいけ好かない親父とよく似てるよ、親子揃って周りの迷惑を顧みず─なんだ今忙しいんだ後にしろ!」

 デスクに備え付けてあるレトロなインターホンが鳴る。機械を怒鳴りつけた後、少将は荒っぽく電源を切った。

「アステロイドパイレーツの取締りに関して勝手をされると大勢の軍関係者が困るのだ。サターンベースが保ってきた威厳に傷がつくのだ……カリキュラムに耐えられずドロップアウトした半端者がデカい顔して海賊退治だと? そんな勝手は許されない……私が取りなしてやるから士官学校に復帰しろ。今回の功績があれば特例も認められる。こんなチャンスはもう無いぞ、ん?」

 チャンスも何もないだろう、嫌気がさして自ら軍を辞めた人間に再就職を勧めてくるなんて。雄大はあまりの馬鹿馬鹿しさに頭が痛くなってきた。

「海賊を退治していい気になった覚えはないですね、いくら犯罪者でも相手は人間だ、殺しておいていい気になれる奴なんているものかよ。それに公社のおおすみまるはスクラップ確定、乗客には怪我人やストレスで倒れて昏睡状態の人もいるんだ。俺に文句を言う前に見舞いにでも行ったらどうなんだ?」

「宮城の小倅(こせがれ)め、親父に似て正論ばっかり──年長者に対して人としての道を説いて自分は聖人君子にでもなったつもりか? 民間人にでしゃばった真似をされて此方はいい迷惑なんだ。士官候補生でありながら軍の体面の大切さがわからんのか! お前やお前の父親のせいで私がどれだけ──」

 少将は薄くなった髪を振り乱しながら怒鳴った。

 雄大は心底呆れていた。現在の宇宙軍の将官なんてこんなものだ。

「話はそれだけ? 俺を軍に戻して今回の件を軍の功績、引いてはあなた自身の功績に繋げたいんでしょうけど? おあいにく様!」

「この、ぐぬぅ」

 二の句が継げないモエラ少将。

 しばらく沈黙が続くと少将はため息をつきながらインターホンの電源を入れた。そしてまるで野良犬でも追い払うような動作で雄大へ退室を促した。

「もう帰ってよろしい、時間の無駄だったな」

「言われなくても帰るさ、俺は犯罪者じゃないんだ」

 執務室の外に出ると取り上げられていたPPが保安員から返却される。録音されたら困るような会話だったという事だ。雄大の口座には報奨金の名目で軍主計課からニ千万ギルダが振り込まれていた。

 現在無職の雄大には喉から手が出るほどの大金だった。半日前、おおすみまるの操縦席。サターンベースに無事到着した事を船内放送で乗客に告げた時の事を雄大は思い出していた。

 拍手と感謝の声に包まれたあの瞬間、あの幸福な時間が今は夢か幻のように思えてきた。

  感謝の声は罵倒へ変わり、手元に金が残った。



 おおすみまるは流石に航行不能なので銀河公社は臨時便を仕立て、大破したおおすみまるの代わりにアラミスまで乗客を運ばせる事にしたが、20名ほどを除いたほぼすべての乗客がこのスケジュールでの渡航を取り止めてしまった。まあ無理もない事だろう。

「一刻も早くここから出ないとな」

 雄大が立ち寄った食堂には当然の事ながら宇宙軍の士官達がウロウロしていた。マスコミがいないのは助かるが、それ以上に軍関係者とだけは話したくなかった。先ず間違い無く父親の名前が出て──そして雄大自身が士官学校を中退した事に話の主軸は移っていくだろう。

 雄大は皿の上でイモを弄んでいた、疲れが溜まっているのかどうも食欲が出ない。そう言えば一昨日からまともな睡眠を取っていない──

「あんの~……ミヤギさんですよね?」

 右手側から突然、名前を呼ばれる、不意を突かれた雄大は食器をひっくり返した。ふかしたジャガイモがテーブルを転がる。

「うわっ、たっ、とっ?」

 慌ててジャガイモを2つ両手でつかみ、何とかテーブルから落下するのを防いだ。

「すいませぇん、びっくりさせちゃっただか。お芋さん大丈夫でした?」

 声の主は女性だった。年の頃と声の調子だとまだまだティーンエイジャー、ローティーンぐらいに思える。

「おおすみまるに乗ってたミヤギさんだか?」

 どこかの秘境探検隊のような出で立ち、腰にぶら下げたホルスターには物騒な軍用対装甲ヒートガンが収まっていて首からレトロな地球製御守り札を4、5枚ぶら下げている。「家内成就」「学業成就」「無痛分娩」と毛筆で手書きされていた。そして妙な発酵食品系の匂いがする……これほどまでに胡散臭い気配が身体全体から漂う少女を雄大は見た事がない、絶対関わってはいけない類の相手だ。

「ひ、人違いじゃないですかね?」

 雄大が引きつった顔をしてとぼけてみせると、少女はニュース屋の発行した新聞を開いてみせた。雄大自身がモエラ少将と肩を組んで引きつりまくった変な顔でVサインをしている写真が一面に掲載されている。

「そっくりだぁ、着てる服もおんなしやし」

 不必要に明るい人なつっこい笑顔で雄大の顔を覗き込んでくる。

「やっぱり本物はかっこええだべなぁ~。それに偉いおひとの身体からは隠しきれないオーラが出てるもんなんだべな~」

 女はキラキラした瞳で見つめながら無遠慮に顔を近付けてくる。鼻息が雄大の顔にかかる、フェロモンというか、女の子特有のいい匂い……に混じって田舎臭い発酵食品のツンとした匂い。

「ミヤギさん、ええ匂いがする……くんかくんくん……これがルナシティ・ボーイの薫りだべか」

「ち、近い、顔近いって……!」

 この遠慮無く好意を一方的にぶつけてくる感じは……雄大は昔、月市内で友人が飼っていた雑種犬の事を思い出した。犬のようでもあるが丸顔と大きな口はカエルを擬人化した「ケロっぺ」という幼児向け絵本のキャラクターにもちょっと似てる。

「サインけろ?」

「ケロ?」

「あ、けろ、じゃなくて……サインくれろ、ください! サインください! あと握手と写真もお願いして……ええだか?」


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