恩師来たる②
雄大が社長室に戻ると既にリクセン大佐は退室していた、ユイはホログラムドローンを代理として飛ばしているようだ。
ドローン用のカメラとモニターに向かって身振り手振りしながら何事か喋る姿を傍から見ると、何とも間抜けな物である。雄大に気付いたユイは断りを入れると此方からのカメラとマイクを切った。
「お帰りなさい。メグちゃんはどうでした?」
「はい、なんとか機嫌治ったみたいですよ?」
「ありがとうございます」
ユイは安堵の表情で一息つく。
「大佐は今は何処に?」
ちょいちょい、とユイは端末を操作して、ドローンが撮影しているライブ映像を雄大にも見えるように調整した。
そこにはマクトフ少佐とエミール中尉、ハダム大尉の姿があった。リクセンとハダムがマクトフ少佐を説得して更なるクーデター派の情報を引き出そうとしているようだ。
「この人達、強情過ぎですよね。私達の提供する食事も摂らないようで、小田島先生が無理に点滴を打ってるそうです」
ユイがあからさまに嫌そうな顔をする。『女狐』呼ばわりされたのを根に持っている様子。
「簡単に口を割らないのは立派だと思いますけどね、俺はむしろ見直しました」
「そうでしょうか? クーデター派の方ですよ?」
「ある意味ではハダム大尉より信頼がおけますよ、黒幕からクーデター派の同志として迎え入れられただけの事はありますし、当のハダム大尉を引っ張ってきたのもマクトフ少佐ですから」
ユイはしばらく納得がいかない様子だったが何やら上を向いてうーん、と一声唸った。
「宮城さんが言うのなら、そうなのかも知れませんね」
「い、いや……俺の判断なんてアテになんかなりませんよ」
「私は宮城さんのこと、頼りに思っておりますけど」
「えっ?」
「いけませんか?」
真顔で真っ直ぐに雄大の瞳の奥を覗き込むユイ。遠慮の無い直視に耐えられず雄大は思わず顔を背けた。
(行動が読めない人だなぁ)
しばらくするとリクセンがドローンに向かってお手上げのポーズを取り、ハダムが首を横にふって溜め息をついた。どうやら説得は失敗したらしい。
『皇女殿下? お聞きになっておられますかな? 取り敢えずこのぎゃらくしぃ号に収容されているガレス号の乗組員達は全員……あ、即入院措置が必要なフレド少尉を除いて此方で預からせていただこうと思っとります』
「はい、そのように。よろしくお願いします」
よく見ればハダムも手錠をかけられていた。協力的ではあるが現在の立場は単なる反乱分子、マクトフ達と違いはない。
『この度の殿下のご協力、感謝いたします』
リクセンが敬礼する、ユイも返礼の後にドローンに帰還命令を出した。
◇
雄大はユイの代わりにリクセンを見送る役目をおおせつかった。
ガレス号の乗組員達は既に収容完了しているようで、リクセンは保安員の隊長と小田島医師と一緒に雄大を待っていた。
「どうもすみません、社長の直筆サインと……押印はここで良いですよね?」
今回の件でガレス号から受けた損害のリスト、捕虜の扱いに関しての意見書、軍事機密の守秘義務同意文書への押印などをまとめたファイルが雄大からリクセンに手渡された。技術が進めば進むほどこういう紙の書類が見直されていくのは不思議なものだ。
「あのメグ・チャンだか言う金髪のお嬢さんは機嫌を直してくれたかのう?」
「あー、マーガレットですか。まあ大丈夫でしょ。ケロッとしてました。何というか、常日頃からあんな感じで気性が激しい奴なんです、気にしないで」
「ほぅ、なんかお前さん、親しげじゃのう」
リクセンは雄大の腕を引っ張り、小田島達から距離をとるとボソボソと小声で耳打ちしてきた。
「なあ雄大、あのお嬢さんはお前のコレか?」
リクセンは小指を立てる
「はぁ? マーガレットが?」
「そうかいマーガレット・チャンさんか。お前も隅に置けんやっちゃのう、早速、木星美人を射止めてよろしくやっとるようで安心したわい」
「先生! 違いますから!」
赤面して力いっぱい否定する雄大を見たリクセンは雄大が照れているのだ、と真逆の方向に勘違いしていた。
「こりゃ裕太郎にも教えてやらんとな。そうか、奥手のお前さんにも美人の彼女がなぁ」
「やめてください……!」
雄大が歯を剥いて怒りを表現してきたので流石のリクセンもたじろぎ、からかうのをやめた。
「何もそんな怖い顔せんでも……照れとるのか?」
「しつこいから怒ってるんです、あとこれ。俺の連絡先ね」
「そうじゃった。じゃ、ワシの方の個人IDも教えとこう──それとな、たまには家に帰ってやらんか。裕太郎は嫌がるかも知れんが、ワシゃ純子さんが不憫でな」
「はい……母には、顔ぐらい見せた方がいいかな、とは」
「あのう、大佐さん。ちょっとよろしいでしょうか?」
突然、小田島が雄大達に声を掛けてきた。話が終わりそうに無かったので痺れを切らして割り込んできたようだ。
「あのう、図々しいお願いなんですが……大佐さんと宮城さんからなんとかあの娘、ユーリ少尉の罪が軽くなるよう、特別に取り計らいしてはいただけませんでしょうか」
ユーリという名前が雄大やリクセンにはピンと来ない。小田島は首に提げている彼女の医療用兼個人用の大きめのPPを操作してカルテの顔写真、そしてプライベートなものと思われる家族の集合写真を表示した。
「え? この女の子って……小田島さんに銃を突きつけてた、あの女の海兵隊員……なんで小田島さんと一緒に写って?」
「はい……あの子は、ユーリは悪い子じゃないんです」
「あなたの娘さんにしては随分大きい、お身内、御親戚の方ですかな?」
リクセンの問いに小田島は首を横に振った。
「昔、家族ぐるみの付き合いをしていた友人の娘さんで……私にとって妹……いえ、娘も同然の子なんです。私が皇女殿下の船に乗ることに最後まで反対していて」
普段は朗らかな笑顔を見せて患者を安心させる事に長けた女医であるが、珍しく消え入るように寂しげな声を出す。
「治療してる間も、ずっと私や皆さんに銃を向けた事を悔やんでいて……ごめんなさい、ごめんなさいって……元々、銃を持てるような強い娘じゃないんです」
暗い顔で俯く小田島の肩をポンと叩くと、リクセンはカッカッと笑い飛ばした。
「この船に乗っとる人達は良い人ばかりじゃのう──小田島先生は何も心配せんと」
「あの子の事、お願い出来ますか?」
「ワシはこれでもお偉方に顔が利く、何せ幕僚本部には学生時代に操船を仕込んだ制服組がざざっと1ダースは揃っておるからなんとかなるわい。マダック、ホランド、ヒルに宮城、みんなワシには頭が上がらんて……その娘さんの事はお任せくだされ」
「いやリクセン先生、1ダースは言い過ぎでしょう」
「雄大よ、お前さんが知っとるのはワシの人脈の氷山のいちぶぶん──」
「艦長!」
調子よく喋り続けていたリクセンだったが、部下から大声で呼ばれ驚いて後ろを振り返る。シャイニーロッド側から士官が一人血相を変えて走ってくる。
「どうしたね少尉、そんなに慌てて」
「とにかくこれを……」
暗号化された電文がタイプされているペーパーを受け取るリクセン。
「な、なんじゃと」
目を通すやいなやその顔から余裕が消えた。手は微かに震え何度も何度も電文を読み返して小声で反芻する。
「先生? 何が?」
「ヒルの艦隊が……いや雄大、お前の親父が緊急事態じゃ!」
ルナベース幕僚本部、オービル元帥の名前で連邦政府議会へ緊急動議要請が出され、同時に戒厳令が発令されていた。
『宮城裕太郎大将を首謀者とする一部の将校が月基地駐留第一艦隊、第三艦隊が軍事クーデターを画策。連邦宇宙軍月基地は第ニ艦隊、第ニ~第七パトロール艦隊、水星・金星方面混成第四守備艦隊をもってこの鎮圧に当たるため、その他の守備艦隊、パトロール艦隊はこの混乱に乗じた他勢力の蜂起に備えよ。なお連邦政府及び月基地が幕僚本部としての機能を維持できないものと判断した場合、幕僚本部はサターンベース・カペタA18にその機能を臨時に移転する。この発令をもってサターンベースへの民間船の入港を禁じ、武装した船舶のあらゆる宇宙港へのアクセスを制限する旨も併せて通達する』
『ああ、何ちゅう事じゃ、まるで立場が逆転しておる』
計画通りなら雄大の父、宮城裕太郎が反逆者のリオルを相手にこれに似た声明を出しているはずだったのだろうが、現実はそううまくは行かなかったようだ。
「親父はリオル大将の逮捕に失敗したんでしょうか?」
『わからん、しかしクーデター派が幕僚本部を押さえたのは確かじゃろう。そこで裕太郎が最大戦力の第一艦隊を押さえた──パトロール艦隊はもちろんのこと、予備戦力の第二艦隊と旧型艦で構成された第四守備艦隊では第一と第三艦隊には太刀打ち出来んから名より実を取って今のところは汚名を被ろう、という事なんじゃろか……らしいような、らしくないような』
雄大はいつも冷静に事を運ぶ父親の事を思い出していた。
(どちらかというと、親父らしくない……)
『破れかぶれで無茶をしなければ良いんじゃが。第三艦隊が敗れたという事は裕太郎の第一艦隊は孤立しとるからの……ミイラ取りがミイラになる、なんつう事も』
「親父が地球政府相手にクーデターなんて縁起でもない! それこそウチの母が泡吹いてひっくり返りますよ」
『そう追い込まんためにも一刻も早く何とかせにゃならんが……対策なしでワシらだけでクーデター派のいるルナベースに突っ込んでも飛んで火にいるなんとやらだ。先ずは誤解を解かんと。サターンベースでも今回の件について情報を欲しとるはずじゃし、此方でクーデター派の内情を知る人間も確保しておる、先ずはサターンベースから味方につけるんじゃ』
「わかってます、わかってますよ。だからこうやって無理を言って船をサターンベースに向かわせてもらってるんじゃないですか」
ぎゃらくしぃ号とシャイニーロッドは共にサターンベースへと急いでいた。雄大とリクセンは互いにブリッジに入り今後の対応を協議していた。雄大が通話に集中している間、ラフタが操舵の補助をやっている。
「第三艦隊、か……」
ヒル大将の旗艦、戦艦メイルシュトロムが小破。
僚艦の戦艦ギデオンが大破、空母ワルケル撃沈、駆逐艦ブエノスアイレス他三隻が航行不能。敵艦隊に与えた損害は軽微。
現在、第三艦隊は月の裏側へ撤退し、予備戦力との合流、艦隊の再編を図る予定だと言う。追撃戦の結果は次の電文か、ニュース屋の映像……もしくは月幕僚本部からの通達を待つ他ない。
『演習大好きのヒルの艦隊は将兵の練度だけなら第一艦隊も凌ぐ勢いなんじゃが……艦艇数も装備も大きく劣る第二艦隊相手にこうも一方的に敗退するとは考えられん、第三艦隊の中にもリオル大将のクーデターに関与し、内応した将校がおるのやも知れぬ』
「先生、いやリクセン艦長は父から何処まで今回の件を聞いてるんですか?」
『いや、ワシゃ地球閥の官僚を排除しようとする軍部のクーデター計画があって、それを地球閥寄りのリオル大将が画策しとる、ちゅう事ぐらいしか聞いとらん』
「キングアーサーについて何か知りませんか? 円卓の騎士計画の鍵を握ってる新造戦艦らしいのですけど、ガレス号のようなフェニックス型巡洋艦をロボット艦にしてコントロールするとかなんとか……」
『……ロボット艦の計画? あー辺境域のパトロール艦隊の人員削減と再編成の噂は前々から出とるがのう。そのキングアーサーっちゅうのは知らんのう』
「顔が広い、という割には案外情報通ではないんですね……」
『わ、悪かったな』
「俺が考えるに、そのキングアーサー率いるロボット艦とヒル大将の艦隊は戦って──何か想定外の奇襲攻撃を受けて敗退したと見るべきでしょうね」
『ヒルが尻尾を巻いて逃げるような想定外の戦法って何じゃい』
「いや、だからリクセン艦長、艦長がそれについて何か知らないかな、って俺が聞きたかったんです。新兵器の話とか」
『全く知らん……少将以上か、月基地勤務の制服組なら知らされとるかもな』
雄大もリクセンも渋い顔でお互いの顔を眺めた後で大きく落胆の溜め息を吐く。
ラフタがブリッジに連れ込んでる例の猫が、んなー、と間の抜けた欠伸のような声で鳴いた。
『ん?』
「あー、猫ですよ。気にしないで」
『その船の飼い猫か。今の気の抜けたビールみたいなやる気のない鳴き声……ワシのよく知っとる猫によく似ておるが』
リクセンは横を向いて乗組員に何か指示を出す。
「大佐?」
『ちょっと待っとれ──よしよし、ほれ』
メインビューワーの向こう側、シャイニーロッドの艦長席でリクセンが両手で掲げたのはふてぶてしい顔をしたやる気のなさそうな灰色の縞模様の猫だった。
「えっ? 似てる!」
雄大は脱出ポッドに入れられていた猫を担ぎ上げる。
二匹のよく似た猫が軍艦のモニター越しに顔を合わせた。リクセンの猫は首を傾げ、雄大の猫は軽く鳴いた。
『確かに似ておるのう。兄弟か何かかな? コイツはタイサ、今ウチの船でネズミ警戒勤務をしておる』
「俺、そんな猫知りませんよ?」
『そりゃそうじゃよ、タイサはワシが大佐に昇進したお祝いに貰ったんじゃ。昔は船に猫を乗せたもんじゃが、最近は訓練生の若いモンの中に猫の毛アレルギーの者が多いらしくて色々と大変での……コイツは抜け毛が少ない、って事でブリッジクルーに即採用した』
「ちょっと、その猫の元の飼い主の事わかります?」
『ああ、知っとるも何もクジナはワシの息子じゃよ。技術部の──技術大尉、サターンベースの技術開発主任じゃよ』
「新兵器開発に携わってたり?」
『……そ、そうなる、かの? 詳しくはワシも知らん。あいつはワシと違って頭の出来が良くてな』
雄大はリクセンの息子クジナが、例の脱出ポッドにこの猫を乗せて排出したのだろうと推測した。そして、その事を恩師に伝えるべきか否か雄大は迷っていた。
推測が正しいならば、キングアーサーの艦内にありながら身の危険を省みずクーデター計画の事を外に通報した勇気ある人物で、なおかつ清廉潔白なこの老人の息子ならば誰よりも信用に足る味方であるのは間違い無いが……
(万が一の時は……)
『……』
リクセンも察しが悪い方ではない、雄大の顔色と息子と関わりがありそうな猫の存在を見て、息子の身によからぬ事があったのではないか、と直感的に連想した。
『雄大よ』
「はい」
『考えとる事がすぐ顔に出るヤツじゃな』
リクセンは苦笑する。
「は、はい。すいません、あの……実は」
『言わんでええ……ただ、覚悟だけはしておこう』
雄大には「はい」と応える事しか出来なかった。




