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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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おおすみまる事件

 客船「おおすみまる」展望スイートツイン707号室はおどろくほど豪華で8万ギルダの追加でこんな贅沢が出来るなら確かにお得だと思わせてくれる。

 4人ぐらいでルームシェアして住んだとしてもまだまだ広く感じるだろう。

 星を眺めながらジャグジーでくつろぐも、どうも落ち着かない。

「広すぎる」

 ツインの部屋に一人というのも味気ない。

 雄大はメッセージカードのホログラムデータを弄って、ネットワークに落ちてる怪しげなホロデータとリンクさせた。

「よし、これで……」

 等身大の銀河公社木星宇宙港勤務マリ・ミヤコノジョー21歳がスイートツインに現れた。

「どうだこれホンモノより美人だろ?」

 彼女は笑顔で水着になるとジャグジーに入って雄大に笑いかけてきた。

「こんにちは雄大さん、お風呂ご一緒させて?」

 ホロデータではあるが臨場感は抜群だった。

「設定はそうだな……地球生まれの地球育ちで、世間知らずの箱入り娘タイプ」

 PPと部屋備え付けの端末を駆使して次々とホログラムに設定を打ち込んでいきしゃべり方も好みに調整していく雄大。

 最初の数時間ほどは上機嫌でホログラムの恋人マリとの会話を満喫していた雄大だったが、ホログラムのマリから「雄大さんはどんなお仕事をなさっていらっしゃるの?」という問いかけを受けて一気に現実に引き戻されてしまう

「……何をやってんだ俺は」

「怒ってるの? ごめんなさい、わたし気が利かなくて」

「君は謝らなくていいよ」

 真顔に戻った雄大はホログラムのマリに命令した。

「コマンド。プログラム終了、データ保存ファイル名マリ・ミヤコノジョー」

 ホログラムのマリは少し寂しそうな顔をして「また会いに来てね、きっとよ?」と言いながらかき消えてしまった。


 今でこそホログラム女性との会話で心を癒やす寂しい男でしかない宮城雄大だったが、数ヶ月前は連邦宇宙軍の士官候補生で評価は上から数えた方が早かった。

 機械や数字に強く教官達からも信頼され、上手くやっていた。格闘技やサバイバルのような身体を使う科目は苦手だったがそれは海兵隊の機動歩兵や特殊部隊(レンジャー)の役目で未来の少将閣下には必要無いスキルだった。

「一等客室が居心地悪く感じるなんてつくづく貧乏性だな俺、軍の事は忘れろってもう……未練は無いはずだろ?」

 気晴らしに観光ガイドを眺めるつもりが、いつの間にかおおすみまるのデータベースを開いて、航路の確認や最大積載量、エンジン出力を調べていた。士官学校時代の高速艇操舵訓練、大型船舶接舷、揚陸艦の大気圏突入訓練などを思い出してあまり気晴らしにならなかった。

「はやくアラミスに着かないもんかな」

 展望窓に映る覇気の無い顔、士官学校時代はそれなりに勇敢だったはずだ、比較的。


 他にやることもなく漫然と大きなツインベッドにたった一人で横たわり望遠機能で近くを航行する他の船舶を探して遊んでいた。それだけだと余りに味気ないので傍らにホログラムのマリを再び呼び出して相槌でも打ってもらうか、とも思ったが元々いかがわしいプログラムを改造して作ったマリをベッドの上に呼び出すのはちょっと気が引けた。

「うん?」

 不意に宇宙空間に何か歪みのような物を発見した雄大は手持ちのPPを接続して画像解析を試みたがノイズが酷くてはっきりとしない。意図的に画像解析を妨害するシステムを纏った「何か」がそこにあった。

 雄大の背筋に悪寒が走る。見た事のある光景。

「あれって……もしかして」

 ベッドから飛び起きると急いでルームサービスに連絡した。

「ちょっとこれ艦長に繋いで貰える?」

「お部屋に何か問題がありましたか? ひとまずわたしが承りますが……」

 

「クレームじゃない、この船の近くに電子暗幕を張ってる不審な船がいるんだ、アステロイド・パイレーツかも知れない」

「まさか、この航路は安全な……」

「とにかくブリッジで確認してもらってください、万が一海賊なら無理してでも速度を上げないと」

 ちょっと待ってちょっと待ってくださいよ、と通話口の向こう側の客室乗務員の声から余裕は消えていた。逆に相手が慌てるほど雄大の方は気持ちが落ち着いてくる。雄大は士官学校時代、巡洋艦で一年間の訓練航海に出て海賊の取り締まりを手伝った経験がある。

「俺……いや私は元軍属でして、一度海賊の電子暗幕装置を見たことがありますが今さっき見たのはそれとそっくりなんですよ、私の部屋から見える画像のデータを今から送ります、艦長に確認してもらってください」

 通話口の向こうではいまだに半信半疑なのか乗務員達の間が何事か相談し始めたようだ、これではらちがあかない。

「私がブリッジで直接艦長に説明した方がいいですか?」

「そ、そうですね……判断は艦長が……」

 雄大は通話を切ってPPを手に取るとそのまま客室を出た。

 寝間着のようなラフな恰好のまま部屋の外に出るのは非常識ではあるが現状ではそうも言ってられない、雄大の危惧した通りの状況ならぱこれは一刻を争う事態だ、悠長に着替えてる場合ではない。

「……おおすみまる級に乗り込んでる船員にしてはどうも察しが悪いけど」

 雄大は久々の緊張に現在の自分の立場を忘れていた、身体が先に動く。

 おおすみまるのブリッジ前まで大急ぎでやってきたところ艦長と保安員達は扉の前で雄大を待ち構えていた。艦長はじめブリッジクルー達は酷く狼狽している様子だった、雄大にすがるような視線を浴びせてくる。

「軍属の方ですよね?」

「助かった」

「良かったらブリッジ内へ」

 公社の客船の割におおすみまるの乗務員はいまいち冴えない顔つきの船員揃いだった。

(公社の乗組員がこの調子か、こりゃあ俺がまだ任官前の士官候補生で、しかも自分から任官を辞退して現在は無職……なんて言わない方がいいみたいだ)

「光電信も妨害されてるみたいで……」

 中年の通信士を押しのけて雄大は光端末の操作を始めた。妨害されてるという事は間違いない。宇宙海賊なり何なりの正体不明艦がおおすみまるを狙っているのだ。

 雄大は現在の座標を確認すると海図を広げて、逃げる算段を立てようとするがこの辺りの宙域、しかも公社の大型客船が利用する専用ルートなんて馴染みが無さ過ぎる。

 雄大がてをこまねいている数分の間に追跡者を隠していた闇の覆いが外れた。電子暗幕が解除されていくと同時に地球海洋生物でいうところのエイのような形の平たい船体が姿を表す。旧式の木星帝国正式採用のドナ級駆逐艦を改装した快速戦闘艦だ、違法改造艦なので公式登録などされていないだろう、海賊の船なんだから当然だ。

 ドナ級は木星帝国が崩壊した折に裏市場に大量に放出され安値で取引されている。結構な旧式ではあるがエンジン出力規制時代の前に建造された艦艇で速度があり、構造が単純で拡張性も高いため現在でもアステロイド・パイレーツを始めとした非合法組織の主戦力だ。

 海賊船からト、ト、ツーと原始的な短信がひっきりなしに飛び込んでくる

 もちろん意味は「止まれ」である。宇宙港近辺から追跡してきて、他の艦影が見えなくなり木星駐留艦隊と十分な距離が離れるのを待っていたのだろう。

「ど、どうしましょう」

 海賊船の言うとおりに止まっては何をされるかわかったものではないが停戦命令に従わない場合は粒子砲で攻撃してくるに違いない。

 雄大は不思議と落ち着いて対処法を考えていた。

「こうなったらヤケクソだな」

「ええっ……な、なるべく安全に、安全にお願いしますよ?」

 艦長が青冷めてるのかヒステリー起こして発熱してるのかよくわからない顔色で海図とにらめっこをする雄大の肩を掴んで揺さぶる。

「我々は臨時雇いのスタッフでサターンベースで銀河公社の正社員さん達と交替する予定なんです、なんとかサターンベースの近くまで運んでもらえれば我々の責任問題にはならずに―――」

 艦長、いや艦長代行の見苦しい言い訳を聞いた雄大は呆れて一瞬絶句する。このあまりにも杜撰な運航体制についてニュース屋にタレこんでやろうかとも思ったが先ずは海賊に捕まらないためになんとか足掻かねばならない。

「……客船を狙うあたり、奴隷商人かも知れません。船を止めたら思うツボかも」

 雄大は座学で教わってきた宇宙船同士の戦闘事例を思い起こし、ひとつの方策をひねり出した。

「この船のドッキングベイの構造と……あと積荷のリストと……係留アンカーのデータも見せてもらえます?」

 15分が経過した。

 ト、ト、ツーの短信が発せられる間隔がどんどん短くなっていき、ついに駆逐艦がおおすみまるの頭を抑えた。ドナ級の後部ウェポンベイが開いた、対艦魚雷発射態勢である。

「ちょっとちょっと!」

 叫ぶ艦長、震え上がるブリッジ、ロックオン警報、流石にもう乗客も海賊船に気付いているのかインターホンは鳴りっぱなし、扉の外から艦長を出せなどの怒号まで聞こえてくる。

 雄大は艦長の帽子を取り上げ上着を脱がせて自分で着こむと、今度は海賊船相手にホロ通話を申し込んだ。

 ブリッジのメインモニターが切り替わりいかにも殺風景な旧式軍艦のブリッジ内部が映し出される。中央には海賊船の船長らしき筋肉質の男が座っていた。

 黒革レザーに鉄鋲、モヒカンヘッドのパンクファッションはアステロイドパイレーツのユニフォームみたいなものだ。しかもこの海賊、右目にアイパッチ、剥き出しの二の腕に入れ墨……これだけ典型的なアステロイドパイレーツもいまどき珍しい、まるでマンガの悪役みたいだと雄大は思わず失笑してしまった。

「おい今おまえ笑ったか? このヴァムダガン様を笑っただろ? やせぎす野郎め、ただちに名を名乗るのだ」

「す、すみません私は緊張すると顔が引きつって笑ったような顔に……おおすみまる船長ユウダイ・ミヤギです」

「艦長同士の名乗りあいで目をそらしたなこの臆病者め、まあそんなことはどうでもいい。偉大なるヴァムダガンが命令する、ただちに船の速度を落として我々の船の速度と同期するのだ、そしてドッキングベイを解放するのだ。船内での抵抗は無意味なのだ、ヴァムダガンの部下は百戦錬磨の戦士なのだ」

「はい、ヴァムダガン様のおっしゃる通りにいたします、ですから我々ブリッジクルーの命だけはお助けください。乗客が暴れるかも知れないのでこちらで彼等を縛り付けて貴重品を集めておきます、多少お時間をいただけますか?」

「ユウダイとか言ったな、ヴァムダガンは臆病者を軽蔑するが己の身の程を知る奴と段取りが上手い奴は嫌いじゃない。そうやって素直に強者の威光に平伏すのならば長生きぐらいは出来るだろう」

 海賊ヴァムダガンは満足そうに笑った。


 海賊船とおおすみまるは互いのドッキングベイを解放して連結した。ちょうど鯨の下に平たいエイが腹と腹を見せ合って張り付いているような絵面だった。

 ヴァムダガンの部下達がニードルガンや爆薬を手に手に携えておおすみまる側の最後の隔壁が開くのを待ち構えていた。彼らは開いた瞬間からおおすみまるの船員達を殺害する気のようだった。もとより女子供以外を生かして帰す義理などない。

 海賊の乗船部隊もおおすみまる側からの多少の抵抗は予想していた。

 しかし扉が開くとまったく予想外の事態が彼らを襲った。

 洪水。

 大量の水がドッキングベイ全体を満たしたのだった。

 おおすみまる側から流れ込んだ水は海賊達から身体の自由を奪う。乗船部隊に何か起こったと悟ったヴァムダガンはドッキング強制解除を命じた。

「離脱するそ! ヴァムダガンを怒らせたなユウダイミヤギめ。みせしめに皆殺しだ! 離れて魚雷をぶちこんでやれ」

 そう言い終わらない内に海賊船の船体が大きく揺れる。

「なんだなんだ、何事だ?」

「お頭、大変です、引っ張られてます」

「あ?」

「あの公社の客船から引っ張られてます」

「はあ?」

「引っ張られてます!」


「よし、ここまでは計画通り……後は」

 おおすみまるの操縦席に座った雄大は自分の頬を二回バシバシッと叩いて気合を入れた。

「後は?」

 後ろの席に座った艦長が不安そうな声を出す、彼は座席の五点シートベルトにしっかりと身体を固定されていた。ブリッジの全員がシートベルトで座席に固定され、おおすみまるの乗客ほぼ全員が緊急脱出シャトルに乗りこみ揺れに備えていた。

「後はロデオの要領です、ロデオって、知ってます?」

「はあ?」

「ここからはあんまりしゃべらないほうがいいかもです」

 そういうと雄大はおおすみまるを急発進させた。

 おおすみまるは客室付きの客船だから普段は大したスピードは出さないし、出す事を想定した作りではない。


 しかし速度が出ない訳ではない。

 中身がどうなろうとおかまいなしであればそれなりの速度は出せるのである。

 かつてない速度で急発進したおおすみまるの船体は軋んで結構な数の外装が吹き飛んでいく。

 ドッキングベイと八本の係留アンカーで拘束された海賊船はこの不意打ちにどう対応して良いかわからず大混乱のただなかにあった。ドッキングベイから伸ばした通路ブロックは負荷がかかってねじきれ、係留アンカーの内数本はおおすみまるから逃れようともがく過程で外すことに成功した。

 外れる事は外れたのだが、これがいけなかった。

 外すなら外すで全て外してしまうか、流れに任せてガッチリ固定された状態でおおすみまると一緒に飛んで、おおすみまるの速度が落ちるのを待つかドッキングベイ以外の場所からおおすみまる船内に強行突入するなりすればよかったのである。

 中途半端に拘束が外れたヴァムダガンの船は不幸な事におおすみまるの頑丈な船底にやわらかい装甲部分を何度も叩きつけられる形になってしまった。紐で繋がれたクラッカーボールがガチガチと弾きあうように二つの船はぶつかりあい、質量の小さな海賊船は構造の脆い船体下部が完全に崩壊してしまった、おおすみまるは自慢の展望デッキが全壊しただけだった。

 ヴァムダガンは衝撃で椅子から落ちた、衝撃で宙空に放りだされた部下の膝と顔面が運悪く衝突する。

 銀河公社では若年層の乗客向けにワープドライブ中にシートベルトを付けてないとこうなる、という注意喚起ビデオを二年に一度のペースで製作しているが、正にそういう惨事がヴァムダガンの船の中で起こっていたのである。



 土星の衛星軌道上に建設された軍施設サターンベースに珍客が訪れていた。

 客船おおすみまる「のような」船が、かつてドナ級駆逐艦「だったような」船を曳航してきた。随分とお早い到着である。

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