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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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銀河パトロールSOS~反乱②~

 雄大が父親であるルナベースの宮城大将に脱出ポッドの暗号文の件を報告してからちょうど100時間が過ぎようとしていた。

 雄大の銀行口座には軍主計課名義で550万ギルダの振り込みがあった。情報提供者に対しての礼金にしては大きな金額であるため口止め料だと雄大は解釈した。雄大は猫救助の際にボートを駄目にしているので、この口止め料をその弁償に当てる事にした。

 ぎゃらくしぃ号の今回の太陽系営業航海は猫騒動での寄り道があったものの業績はすこぶる好調で、在庫までごっそりはけてしまった。ユイの判断で木星宇宙港に立ち寄って食料品や大型の電気製品を中心に仕入れると、ぎゃらくしぃ号は帰属港であるアラミス星系北極ポートへ向けて出航した。アラミスで売れそうな果物や冷凍肉、新型の冷蔵庫に加えて耕運機やチェーンソー、大きな水槽などが格納庫に積み込まれていく。

 雄大は社長室のお茶の時間に呼ばれて談笑中だった、話題上がった今回の仕入れ目録を興味深く眺める。

「うわ……なんでも売るんですね。なんで50×30×10メートルの水槽なんて……」

「はい、コンビニエンスストアですから」

「え? ユイ社長の考えてるコンビニってどういう?」

「何でも屋さんですよね?」

 無垢な笑顔で即答されると何も言い返せない。ほわっ、と場の空気まで華やぐようだ。

「かわいい」

「えっ」

 雄大が思わず口走った言葉にユイの白い頬が紅潮する。

「えっ、いま……?」

「あ、あー」

 透明な格子状の円柱を挟んで2人っきりで紅茶を片手にミーティング、何とも幸せな時間だった。

「あ、そうそう、かわいいと言えばあの猫! 猫かわいいですよね! あの猫、今はラフタに世話してもらってるんですけど、良かったら今度連れて来ますね?」

「あ、ネコさんの話でしたか」

 ユイはホッと一息つくと落ち着きを取り戻す。

「私、ネコさんともっと仲良くなりたいです。今度また連れて来てくださいな」

「やっぱり社長も猫とか好きなんですか?」

「いえ、私も特別猫が大好きというわけではないのですが。ほら、メグちゃんて動物とか昆虫とか苦手で船の中に動物を入れるの嫌がるから……なかなか触れ合う機会が無いんで興味があります……それと」

 ユイは少しはにかんだような笑みを浮かべると指でティーカップの縁を撫でた。

「この社長室に入ってくるのは基本的に魚住とメグちゃんだけで……年頃の殿方とこうやっておしゃべりする機会もなかなか無くて……」

「えっ」

 突如として訪れた甘い空気、ユイと雄大は下を向いてお互いの手元を見ながらゆっくりと会話する。

「デートしてお茶して、ってこんな感じなんでしょうか? 私お友達も少なかったし……ちょっと憧れてるんですよ」

「あっ、え、えーと俺いやボクもそういう男女交際とかそういう経験は恥ずかしながら……」

 次はどう会話を繋いでいこうか、と雄大は軽いパニック状態にあった。脈拍が上がり引きつった薄ら笑いしか出て来ない。

「ゆ、ユイ社長も、その、やっぱり男女交際とかそういうのに興味が──」

 バシッ!

 雄大の後頭部に何か堅いものが勢いよく命中した。うわっ、ひゃっ、と社長室の男女はそれぞれ悲鳴を上げた。

「何が男性経験か、この変態ッ!」

 社長室のドアがいつの間にか開いていて少女伯爵、マーガレット・ワイズが入室していた。深緑のジャケットを羽織り鮮やかな萌葱色のキュロットスカートを履いた姿はどことなく美少年風で中性的な印象を与えた。

「ゲェッ! いつの間に!」

「け、経験がないだの何だのいやらしいエッチな話してる時から居たのよ! 2人っきりの空間作っちゃって全く汚らわしい!」

 マーガレットは投げつけた地球産ワニ革のバッグを拾い上げると雄大の頭をバシバシ叩き始めた。避けようとするがマーガレットがバッグを振り下ろす速度は雄大の腕のガードより速い、顔面、後頭部、顎、腹、と次々に鋭い打撃が打ち込まれていく。バッグで叩いているからまだしも、これが手刀や正拳突きだったら大怪我間違いなしだ

「殿下に男性経験の有無を訊ねるなぞ、なんたる不遜、この度し難い愚か者め! 恥を知れ! そして死ね!」

「メグちゃん! 殺しちゃダメ!」

 ユイのあげた大声で我に返ると、マーガレットは息を切らした素振りもなくピタリと静まりユイの前に片膝をついて畏まる。

「わたくしとした事が。お見苦しいものをお見せしましたこと、お詫び申し上げます」

「わ、私にじゃなくて宮城さんに謝って!」

「えー……」

 マーガレットは露骨に顔をしかめながら、防御姿勢を取り続ける雄大を見下ろす。

「ユイ様の頼みでもそれは聞けませんねぇ……このさかりのついた雑種犬、小田島先生に頼んで去勢手術してもらった方がいいんですよ」

「も、もう! メグちゃん──!」

「ユイ様? そもそもユイ様も悪いんですよ? もっとしっかりしてもらわなければ。ユイ様の選ばれた殿方は実質的に木星帝国の序列第三位となり、その種がお世継ぎとなるのです」

 いつの間にかマーガレットの説教が始まり、ユイもしゅんとして黙り込んでしまった。雄大も何となく正座してマーガレットから清い男女交際と王室の婚姻や帝国の序列についての有り難い説教を皇女殿下と一緒に頂戴する羽目になった。


 小一時間ほど後。

「くだらない話はこれぐらいにして……ちょっとユイ様と─そこな操舵士に見ていただきたいものが」

 マーガレットは先程の惨劇に使用された凶器であるバッグから自分のPPを取り出すとカチカチと操作し始めた。マーガレットのPPは表面に綺麗な宝玉やら鉄の鋲がデコレーションされた重厚感のある逸品だった。

「お、おまえそんな堅そうな物入れたまま人を殴ってたのかよ? 当たりどころが悪かったらマズいだろ!」

 雄大は正座の影響て足が痺れており、よろめきながら立ち上がる。

「そうね。これ、お気に入りだからどこか傷が入ってないか後でちゃんと調べないとマズいわね。お気遣いありがと」

 足が小刻みに震えている雄大の方に一瞬だけ視線を向けたマーガレットは涼しい顔でPPの操作を続けた。雄大は怒りが強すぎて感情が声にならず口をパクパクさせる。こうなった2人を止めるのは皇女の立場を持ってしても難しいようで、ユイはあたふたしながらマーガレットと雄大の顔色をうかがう事しか出来なかった。

「で、ぎゃらくしぃ号を利用したい、という新規のお客様からブリッジ宛てにメールがきたのですが、これが……」

 マーガレットのPP端末から映写されたのは──

「地球連邦宇宙軍、外部太陽系パトロール艦隊所属、EDSF-CC-413高速巡洋艦フェニックス級13番艦ガレス号です」

「円卓の騎士! こんな大事なことおまえ、早く言えよ?」

 雄大が大声を出して、マーガレットに詰め寄る。

「ちょっ、顔近い! 落ち着きなさいな、まだ説明の途中なんだから」

「す、すまん」

「もう、これだから田舎者は」

 マーガレットはもう一つの画像を出す。

「さっきのガレス号の映像は二年前のニュース映像にたまたま映ってた、演習に参加してる時のもの。そしてこれが一週間前、サターンベース近辺で撮影されたガレス号の映像ね」

 マーガレットは二つの画像から立体モデルを作成し重ね合わせる。ふたつの艦影が重なるがその形状は微妙に異なる。

「明らかに改修されているようなんだけど。ねえ宮城、あんたこれ何かわからない?」

「両舷にある羽根形状のウェポンベイの主砲が最新型の、つまりこのハイドラ級に備え付けてあるのと同等の二連装粒子砲に……それと対艦近接魚雷の発射装置らしき装備が艦船尾に増設されています。艦首に剥き出しのレーダーがあったのですがおそらく内蔵型に変更され……艦底の戦闘機用ランチベイがあった部分に何か大きなモジュールが1、2……4つ?」

「具体的な戦闘力はどれぐらいなの? このぎゃらくしぃ号と比べて」

「あの変なモジュールが兵器開発部秘蔵の新兵器じゃなければ……単純な戦闘力ならこのハイドラ級の方が二段階ほど上ですね。あの細身の船体にワープドライブコアは積めないから旧式のジェネレータのままでしょうしシールド出力も大したことはないかと。外から見て判断するぶんにはそこまで脅威ではないと思います」

「宮城さんって軍艦の知識なら魚住より詳しいかも知れませんね」と素直に感心するユイ。

「わたくし達が見つけた例の猫と暗号の件が本当にクーデター計画だったとして……このガレス号が例の脱出ポッドを回収したわたくし達を念のために始末しにやってきた、という事は考えられるかしら?」

 マーガレットの言葉に雄大は背筋が寒くなる。

「そ、そうだな、本来は辺境警備任務に就いてるはずのガレスがわざわざこっちまで出張ってくるあたり、単なるお買い物じゃないだろうな……社長、何とかそれとなくごまかして逃げられませんかね?」

「残念ながら、それは……」

 木星帝国の皇女ユイは現在保護観察中の元犯罪者で緩やかな軟禁状態にあり、移動監獄代わりの宇宙船は予定航路からの大きな逸脱が出来ない。加えて太陽系惑星の地表面ないし帰属コロニーに定住し蓄財する事が堅く禁じられている。

 連邦宇宙軍からの査察要求をユイが突っぱねた場合、身柄の拘束ないし現場の判断で乗艦への発砲が認められているため、軍に疑念を抱かせるような言動は可能な限り避けるべきである。

 そもそも、社長室の前に侍っている巨大なガードロボットはユイを外敵から護衛する物ではなく地球政府がユイの行動を船内社長室に閉じ込めるために配備された物である。

「私と政府の間で交わした約定を破れば財産の没収ぐらいでは済まないかと。まともな聴取無しで刑が執行されるのも覚悟しなければ」

 ぎゃらくしぃ号はアラミス星系と太陽系を行き来しながら自由に商売しているように見えてその実、政府の公営企業である銀河公社から監視を受けている。ぎゃらくしぃ号に武装が許可されているのも撃沈処分を正当化するための措置だろう。

 ユイ達の立場は雄大が想像していたよりも随分危うい物だった。申し出を受け入れても拒否しても危険を回避するのは難しいだろう。

「やっぱりクーデター疑惑が取り越し苦労であるか、仮にガレスがクーデターに加担するとしても本当にたまたまぎゃらくしぃ号に『買い物』しにくるだけか………どちらかであるように祈るしかないわね」

 マーガレットはガレスの立体映像を消すと天を仰いだ。

「……じゃあ大人しく申し出を受けて来店するのを待つしかないわけですか」

 雄大の言葉を受けたユイは腕組みして何か思案していた。

「それでも最大限の警戒をしましょう。ワイズ伯は六郎とブリジット、魚住への指示をお願いします」

「かしこまりました殿下」

 マーガレットが改めて立ち上がりうやうやしく頭を下げるので雄大も思わずユイに向かって敬礼する。

「宮城さんを始めとした他の木星とは無関係の乗員の皆様には大変申し訳無いのですが……」

 最悪の状況も覚悟しておいてください、と続くのだろう。雄大は唾を呑み込んだ。

「あの……俺が……脱出ポッドを無理に回収したから。俺、なんて言うか余計な真似を……」

 ユイは雄大の予想とは裏腹に首を左右に振った後、やわらかな微笑みを浮かべ雄大に語りかけた。

「仮に宮城さんが無視するべきだと主張しても、私は回収を望んだでしょう」

「皇女殿下……」

「そうかしこまらず、社長で結構ですよ? 内情を教えまくっちゃってますけど、今のところ宮城さんにとって私は単なる雇用主ですから。宮城さんみたいな御方が同志として力を貸していただければこれほど心強いことは無いですが、我々は未だ日陰者の身なれば無理強いはしたくありません」

「はい、社長」

 あくまで雄大自身に決断させようとするユイの言葉、雰囲気に呑まれやすい者ならコロリと宗旨替えして木星帝国の臣下になりそうな妖しい魅力がある。

「もしかしたらクーデター計画は宮城さんのお父様達が解決済みで、通報した私達へのご褒美を持ってきてくれたのかも知れませんよ? うふふ」

 雄大の心情を察して努めて明るく振る舞うかのようにユイは大袈裟な動きでおどけてみせた。

「は、あはは……そ、そうですよね。そういう可能性だってありますよね」



 雄大とユイが言葉を交わす間、マーガレットは頭を深く下げたまま無言で床のタイルを見つめていた。マーガレットはユイが生まれ持つ王族としてのカリスマ性に感じ入ると同時に、その資質ゆえに冷凍刑に処された後の数十年後の世界でも政府から不当に人権を蹂躙されてしまうことに強い理不尽を感じていた。そしてその理不尽を甘んじて受け入れ笑顔で連邦に媚びへつらっていられるユイの態度を歯痒くも感じていた。

 マーガレットは木星帝国の在りし日の姿を知らない。冴えない貴族趣味の父親と尊敬する祖父からの伝聞とデータバンクの中にのみ存在する幻影の国家だ。そんな夢まぼろしの国のかつての栄華にすがりつつ、地球政府のおこぼれにあずかって生きている自分達を滑稽に感じる事も多い。

(クーデターの話が本当だとして、わたくし達はこのバカバカしい商売ごっこを止めてクーデター派に加担するなり混乱に乗じて仇敵たる地球政府に一矢報いて先祖の恨みを晴らすべきではないの? 今が正にその好機では?)

 マーガレットはユイの本心をはかりかねていた。

 ユイが側に置こうとする連邦宇宙軍幹部の息子、最初の内、彼女は雄大の事を何らかの折りに人質として使うか、内部情報を引き出すための使い捨てのスパイとして使う腹積もりなのだと考えていた。しかしながら今のユイからはそういう気配が感じられない。

(この男のパトロール艦勤務時の評判や、おおすみまる事件の顛末を知ってその振る舞いと度胸に惹かれて本気で同志として迎え入れる気なのかしら? 部外者どころか連邦側の人間なのに)


 ──ユイ様がやらないのなら、わたくしが──

 

 元々、若き少女伯爵の決して豊かではない小さな胸の内は連邦への不審と憤りで満たされていた。ここのところ雑事に忙殺されて忘れかけていた連邦宇宙軍と地球政府への憎悪がクーデター疑惑の一件をきっかけに少女の中で膨れ上がっていた。



 そして十数時間の後、ガレス号とぎゃらくしぃ号は木星近辺宙域、奇しくも救難信号を受信した「渦」に程近い座標でランデブーする事となるのだった

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