銀河パトロールSOS~反乱①~
ぎゃらくしぃ号は基地の中には入らず、サターンベースに程近い航路の端に待機すると営業を開始した。基地内の商業施設を利用するために入港し基地に上陸するとやはりそれなりの利用料が発生する上、あまり御上に知られたくない積み荷を運んでいる船主達にとって入港時の検査は少々厄介だ。訳の分からない課税をされたり、検査のために何日も拘留される事だってある。そういう連中にはぎゃらくしぃ号のような商船は有り難い存在だ。
ある者は物珍しさ、ある者はネオンサインやユイをイメージした広告映像に惹かれて続々シャトルを飛ばして来る。たちまち着艦を待つ待機列でぎゃらくしぃ号の周囲は溢れかえってしまった。
「こういう時に限って盛況だな……こりゃあ俺が船内に残ってブリジットにお前のお供をさせれば良かったぜ」
その盛況ぶりを後目に、ぎゃらくしぃ号からは8人乗りの小さなシャトルがカペタに向かっていた。シャトル船内には雄大と六郎、そして数名の店舗クルーが乗り込んでいた。彼等も光速通信の利用希望者で、このシャトルがサターンベースに入港する表向きの理由である。
「ブリジットさんは勘弁してくださいよ……誰かと喧嘩しにいくとか大荷物とかを運ぶとかならまだしも」
「いやまぁ、そりゃそうだ」六郎は苦笑いする。
「じゃ六郎さん、例の件お願いしますね」
「プロモ42の新造艦や基地内部で最近起こっている事について何か手掛かりを調べれば良いんだな?」
「はい、円卓の騎士、アーサー王、キャメロット……なんかにも関係する話題があれば何でも」
そうこうしている内に入港手続きが終わりシャトルはカペタのドックに接舷した。
使用料金を支払えば光速通信は誰でも利用出来る。長距離通信に必要なエネルギーはそれほどでもないが問題はその発信用の装置の莫大な開発費と本体の巨大さである。巨大過ぎて何処にでも設置できる訳ではなく主だった宇宙港や軍基地にのみ設置されている。そしてこの通信方法の不便なところは話したい相手も同様の通信設備を利用しなければならない点にある。
雄大はPPを開いて現在の時刻を確認すると個室に入って父親の回線からのマッチングを待った。もうすぐ約束の時間だ。
「時間通りだ、まったく几帳面過ぎて薄気味悪い」
雄大があらかじめメールで指定しておいた時間きっかりに回線が繋がった。
スクリーンに映し出されたのは細身で初老の軍人だった。如何にも神経質そうな目つき、口は真一文字に結ばれている。
「どうした、用件は何だ? 手短に終わらせるぞ」
「お久しぶりです、お父さん」
軍服に袖を通している時の父親は特に素っ気ない。
「家族ごっこのような無駄話をするのなら切る。お前と違って私は暇ではない」
雄大は頬の筋肉が引きつるのを必死で抑えた。
「真面目な話です」
息子の態度を見て何かを感じとったのか、父親である宮城裕太郎はフム、と画面に前のめりになった。今から真剣に話を聞こう、という意志の表れだ。
雄大は脱出ポッドと暗号文、そして自分達の出した推論を父親に、いやルナベース駐留艦隊司令宮城大将に告げた。裕太郎はしばらく目を瞑って何事か思案していたがゆっくりと目を開くとこう言った。
「バカバカしい、暗号文だけでそこまで考えが飛躍するとは」
「本当にそう言い切れますか?」
宮城大将は目を細めて息子の顔を観察した。
「ふむ……まあ下手に隠して民間人に色々かぎまわられるよりは納得する答えを与えて安心させてやった方が賢明だな……お前が推測した通りプロモ42で建造された特務艦の名前が通称キングアーサー。おそらくその脱出ポッドの暗号文とキングアーサーのコードネームは無関係ではない」
「やっぱり」
「だからと言って即、事件や事故に繋がるとは限らないがな。あと円卓の騎士についてもお前の見立ては的外れではない。フェニックス級巡洋艦を改装してロボット艦として運用する計画があるのだが、その中核になるコントロール艦としてアーサーが建造されている」
「ロボット艦って?」
「人員は最低限、場合によっては無人で作戦行動をする船の事だ。複数の無人艦が有人コントロール艦の指示の元で連携する。人件費の大幅削減と辺境警備艦隊の武装強化が主目的の計画だ」
「……おそらくだけどキングアーサーは既に完成していて、木星航路途中の暗礁宙域フォルティス近辺を通ったはずなんだ。例の脱出ポッドが射出されてから数日が経過している……フェニックス級巡洋艦に何か異常が起こっていないか調査した方が」
裕太郎は咳払いをすると雄大の言葉を遮った。
「いささか喋り過ぎた。これ以上は部外者に話す内容ではない……しかしクーデターと言ってもフェニックス級のロボット艦への改装はまだ終わっていない。キングアーサーが何らかの事情で反政府勢力に悪用されたとしても巡洋艦を操って艦隊を形成する危険性は無い。如何に最新鋭艦とは言え随伴艦無しではアーサーの戦闘力はそれほど高くはないだろう。安心したか?」
雄大は小さく頷く。
「クーデターに発展する可能性は低い、という事?」
「そうだな、この後ちょうど憲兵総監を交えた定例会議がある。そこで今回お前が持ち込んだ事案を検討する。では切るぞ」
「ちょ、ちょっと!」
「なんだ、まだ何か情報があるのか」
「話をするのは一年ぶりだろ? 家の事、特に変わりはないかぐらいは聞いてもいいだろう?」
裕太郎は深く溜め息をつくと雄大から目をそらした。
「そもそもお前が壊した家族関係だろうに、いまさら何を望むのか……本来ならばお前のような恩知らずとはもう関わり合いになりたくないのだ」
裕太郎の蔑むような視線に思わず目を背け、雄大は押し黙った。雄大が士官学校で問題を起こし、そのまま辞めてしまった事は雄大を軍人として育ててきた裕太郎にとってどれほどの裏切り行為だっただろう。雄大には想像もつかない落胆と怒り、現在の冷たい態度でも随分収まった方なのかも知れない。
「ああ、一つ言っておきたい事があった……例のおおすみまる、の件でお前の顔写真と名前が出ていたのでこちらの方でニュース屋達のデータベースから可能な限り削除させた。おまえは人命救助の英雄気取りかも知れんが私にとっては迷惑極まりない話なのだ。これ以上恥をかかせるな。今回の件もこれ以上は関わるなよ、お前はもう民間人なんだ」
そう言い残すと裕太郎は一方的に回線を遮断した。通話が終了して画面が灰色になる。通話時間と利用料金が明示され、支払いが済むと個室のロックが外れて外に出られるようになっている。
八万ギルダを支払い個室から出るなり雄大は大きな声でクソオヤジめ、と悪態をついて個室の扉を蹴りつけた。外で待っていた子連れの婦人が驚いて軽い悲鳴を上げる。ばつが悪くなった雄大は小走りに通信センターを去った。
シャトルに戻り六郎の帰りを待つ。2時間ほどで六郎と他のクルー全員が揃った。父、裕太郎と話して気分を害した雄大は内心の苛々がそのまま顔に出ていたらしく雄大の顔を見た店舗クルー達は自分たちが苛々の原因だと勘違いして口々に「すみません」と謝ってくる。
「すまん、遅れた……」
最後、シャトルの操縦席に入り助手席に座った六郎も雄大の顔を見て頭を下げる。
「いえ。全員揃いましたので戻ります」
「お前……割と目つき悪いよな」
「は?」
「あ、いやいや何でもない、何でもない……それより面白い話が聞けたぞ」
長距離貨物船の船主数人が例の脱出ポッドを発見した暗礁宙域を通った際に巨大な船の影のような物を確認しているらしい。仲間内で幽霊船じゃないかと小さな噂になっているという話だった。
「船の影……電子暗幕ですか?」
「ドライバー達が驚いてるのはその大きさだよ。アステロイドパイレーツの駆逐艦の三倍は軽く超えてるそうだ。電子暗幕は出力の小さい駆逐艦をレーダーから隠す程度だからなぁ」
「……三倍以上、戦艦か航空母艦並の大きさですね」
「そいつが問題の新鋭艦だろうな」
「そうですね、暗号文のアーサー王、そしてあの猫の飼い主が乗ってる船ですよ」
当然の話だが先程の通信で裕太郎はキングアーサーの性能について詳しくは教えてくれなかった。ロボット艦隊の中枢を担う旗艦で単艦での戦闘力が高くないのならそういうレーダーを誤魔化す装備を持っていてもおかしくはない。
「連邦宇宙軍内部ではあまり電子暗幕には好意的ではありませんでした。あくまでゲリラや海賊の装備でしかない、という見解で」
「ま、俺ら木星の技術ってのは連邦からしたら賊軍の小細工だったんだろうさ」
六郎が苦笑いする。
「ところでキャメロットってのはどこを指すか、それはわかったのか?」
「いえ……そこまでは教えてくれませんでした。何にせよ、通報義務はこれで果たした事になります。この一件もこれで解決ですよ」
「まあ確かに、連邦の特務艦がどうのこうのだのキャメロットでテロだのってのは俺らサービス業の知ったこっちゃねえわな。暗号解読ごっこもこれにて終了っと」
「これから先、本当にテロやクーデターが起きても全部連邦宇宙軍の責任ですからね。肩の荷がおりてせいせいしてますよ」
「そういや雄大、親父さんは元気だったのか? 月基地の偉いさんでなかなか会えないんだろ?」
「は?」
雄大が眉間に皺を寄せて物凄い形相で睨み付けてくるので六郎は姿勢をただして畏まる。
「えっ……あ、何でもない……です」
「さ、気を取り直して帰りましょう。見た感じまだまだお客さん途絶えてないみたいですよ?」
ぎゃらくしぃ号に着艦許可を求めると顔面を真っ青にしたブリジットが画面に映し出される。
『六郎~、雄大~……早く帰って来てぇ~……』
ブリジットの後ろの店内では顔を真っ赤にして怒り狂ってる客が5、6人いて口々に何事か喚いている。
「六郎さん、い、急がないと……あれ相当マズいことに」
「か、帰りたくねぇ~……」
六郎は両手で顔を覆った。これはおそらく雄大も接客に駆り出されてしまうだろう。六郎は操縦席を出て後ろの本来非番の店舗クルーに店を手伝うよう指示を出し始めた。
雄大達がシャトル内でそんな会話をしている頃、遠くアラミス星系で辺境警備に当たっていた巡洋艦ギャラハッドが暗礁宙域で消息を絶った。
ひっそりと確実に事態は進行していた。




