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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
117/121

トウテツの罠①

「いやぁどうも、どうも──あれ?」

 部屋にゲストが入ってくるが部屋の主は扉の方を見向きもしない。

 ホテルアンヌンのロイヤルスイート、キングと呼ばれる中性的な美しい青年は芸能関係者からのメール対応に苦慮し、地方の草の根ファンのネットワークを覗き見て渋い顔をした。

 部屋に入ってきた訪問者に気付かないほど没頭している。

「──まずいですね」

 親指の爪を噛みつつ思案する横顔はまるで女性のよう。

「キングさん? あの──」

 金星マフィアの大物、キングの部屋に入ってきたのは賞金稼ぎのトウテツだった。公共交通機関を利用してここまでやってきたらしい。

「あ、ああ僕とした事が──すいませんトウテツさん」

 促されてソファーに腰掛けるトウテツ。

「表の仕事、上手くいっとらんと?」

「恥ずかしながら、その通りで──」

 キングの端末が宙空に投影するポップアップ画像には『あるる』という金星アイドルが映っていた。顔面の造作からいえば75点といった具合の女性だが、どこか無視できない愛くるしさがあり周囲の美形より人目を惹く。努力と根性だけで人気アイドルグループ『パルフェ』のリーダー役を続けている娘。

 24歳現在で芸歴9年。芸能人として脂が乗ってきて益々の発展が期待される業界のトップランナーだ。

「ほほう、この娘キングさんとこのタレント?」

 帽子を取りながらキングの部屋を訪れたのはトウテツ。年齢的に彼は目前のアイドルの親世代だ、トウテツのあるるを見る目はどこか保護者的な慈愛で溢れている。

「元気のカタマリみたいやね。すました美人よっか、こげな風によう笑う娘が好いとうばい、俺は」

「なんとも暑苦しいバカな女ですよ。身の程知らずの……恩知らず」

「そうは見えんがねぇ……」

「こいつはね、根拠のない思いつきでウチをやめるつもりなんですよ。どれだけの損失額が出るか、どれだけの人間に迷惑をかけるかまるでわかっていない」

 キングの顔が歪み歯軋りが聞こえそうなほど下顎に力が入る。

「へえ……結婚ですか、独立ですか?」

「もうこの話はやめましょう。気分が悪くなる……ところで僕にお願い事……というのは?」

「ええ、そりゃもちろん菱川十鉄の件で──ちぃとお力ば借してもらえんやろか思うとります」

「それならわざわざこのホテルにまでいらっしゃる必要はなかったのに」

「いや、ここも直接確認しようと思うとったもんで……ここにもぎゃらくしぃ号のクルーが泊まっとるし──十鉄、どっか隠れとりゃせんかと」

 トウテツはニカッと白い歯を剥き出しにして笑う。ギッチリ綺麗に生え揃った健康な歯と歯茎。Tボーンステーキの骨もゴリゴリ噛み砕きそうな歯だ。アラミスの未開のジャングルで宇宙害獣と格闘しているのが似合いそうな顎。

「え? このホテルに?」

 まさか、とキングは引きつった顔で笑う。

「灯台下暗しゆうて意外なところにおるもんで。まあ、ここには帰って来とらんごたぁね、何も臭わん」

「臭い──ですか。まあそれはそれとして僕は何をしたら良いですか?」

 促されたトウテツは自分の考えを述べた。その内容を聞いたキングの表情が一瞬固くなる。

「──それはちょっと困りますね……リスクが大きい」

「ばってん、このまま闇雲に捜しても到底見つかりゃせんですわ──ジンバさんはバイケンさんの敵討ちいうて張り切っとんしゃあばってん、鬼ごっこじゃ十鉄の方が二枚も三枚も上手のごたる」

「伊達に10年逃げ続けたわけではない、という事ですか。初動で失敗したのが悔やまれますね……」

 キングは溜め息をついた。

「なあキングさん、相手も命懸けで逃げとる。こっちも多少は身を切る覚悟せんと」

 キングは眉尻をひくひくと動かしながら目を閉じ、思案をめぐらせた。十鉄を捕らえて三弦洞虐殺の罪を償わせるという10年来の悲願と、ミスした時に彼の事業が被るリスクを天秤にかけて損得を計算しているようだった。

「………どげんね? むつかしか?」

「いえ、わかりました。僕も勝負師です、ここは狩りの名人トウテツさんに賭けてみましょう──撒き餌はこちらで用意させますから、出来れば生きたままここに連れてきて欲しい」

「よう決断しなさった。このトウテツ、必ず菱川十鉄ば捕まえてキングさんに一宿一飯の恩ば返しますけん」

 どこかふざけた田舎の不良中年のような印象のトウテツだがその獲物を追跡する嗅覚は確かだ。

 早速、キングは腹心のハッキネン──チーム・レッドドラゴンのファーストドライバーに直接連絡を入れた。

『キング? この回線を使用されても宜しいので?』

G1チーム経営に悦楽洞主が関与しているのが表沙汰になると色々と面倒なので普段は連絡役を介して指示を出しているのだが、今回はハッキネンに事の重要性を認識させる意味を込め、自身の口から命令を出す事にした。

「ハッキネンさん、お忙しいところ申し訳ないですが一つ頼まれ事を」

『なんなりと』

「レース前ではありますが──裏の方をひと仕事、お願いしたい」

『ウィリアムを始末しておくのですね。確実に後顧の憂いを断つ──良い判断です。何より手っ取り早い』

「いえ」キングはゆっくりと否定した。

「ウィリアムの始末はあくまでレース中の事故、ということでお願いします。まあ出来ることなら殺さず、再起不能程度がモアベター、ですね──市警察の動きも激しくなっているようですしここメガフロートシティでこれ以上騒ぎを起こしたくない」

「確かに。見慣れない警備員がうろついています──おそらく市長の手先でしょう」

 PPの向こう側のハッキネンの声は低く小さい。周囲に相当気を配っているようだ。

「あなたとターレさんのドライビングテクニックで正面からウィリアムをねじ伏せられれば、危ない橋を渡る必要も無いのですがね」

『力不足をお許しください──ところでキング、私は何をすれば……』

「ああ、すみませんね話が横道にそれてしまいました。あなたにお願いしたい仕事は──『十鉄狩り』のお手伝いです。現場の指揮と詳しい手筈については捕縛人のトウテツさんに一任します──僕の代わりと思って彼に従ってください」

 ハッキネンは即答せず。2、3秒の沈黙──

『十鉄、ですか──了解しました……ところでキング、ひとつだけ確認させてください。レースと十鉄狩り、どちらかを優先せねばならない場合、どちらに重点をおけばよろしいでしょうか?』

 部下から問われたキングは一瞬考えた後、力強く応えた。

「──もちろんレースです、もちろん。言うまでもなく」

 年間百億超の利潤を生み出すことが確実なエアレース興行のシノギと、金星マフィアの面子を潰した菱川十鉄への仕置き、どちらが大切か──常識的に考えれば前者だが、正直迷ってしまった。

 それほど、このキングという男は菱川十鉄に執着している。

『かしこまりました。十鉄の件も私に任せておいてください。一族の汚名を(すす)ぐことはあなた様の悲願ですから……三弦洞の面子に賭けて必ずや』

「頼りにしていますよハッキネンさん」

 通話を終えたキングはトウテツのPPにハッキネンのアドレスを登録した。

「これでよし。ハッキネンは使える男です、何でも申しつけてやってください」

「そら頼もしかね! まあキングさんも大船に乗ったつもりで。餌さえ撒いてもらえば十鉄は俺が必ず捕まえてみせるけん」

「フフ、15億ギルダを取られたら他の方々が悔しがりますね。楽しみにしておきます」

「よしゃ、善は急げ。早速レース会場に行ってきますわ」

 トウテツはポンと景気付けの柏手を打つとドカドカと騒々しく部屋を出ていった。



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