魔術師バイケン
黒色のフライト・ドローンが時速40kmで飛行する。
40kmをオーバーして警察のパトロールドローンに目を付けられないようにターゲットを捜索していた。
『なんか見つけた?』
ジンバの書き込みにバイケンが返答した。
『逃走に使用した車をドローンが見つけたましたよ、グスル港西、倉庫街七列』
『隠れるのに良さげじゃん、十鉄ちゃんいそう?』
『いるね、おそらく、ヒヒヒ』
バイケンのトレーラーに同乗しているサタジットはPPを操作してファイネックス社の傭兵達に指図した。
「グスル港西、倉庫街だ」
バイケンは、うむ、と一声唸る。
「さてミスター十鉄、賞金首と賞金稼ぎ、知恵比べの始まりだ──」
バイケンは節くれだった手をこすりあわせ、揉んでから頬杖をつく。地図とドローンの映し出す現地のカメラ映像にせわしなく目を走らせる。
「あの車を調べにきた連中を狙撃するのなら、この辺りに陣取って待ち伏せするのがベストだ……最も確率の高い隠れ場所はこの建物、廃ビル2階──」
トントンと画面上の地図を叩くバイケン。
「警察の邪魔が入らない場所で都合がいいじゃないですか、ロケットランチャーや制圧用の酩酊ガスがたんまりあります。十鉄の野郎をいぶりだしてやりましょうや」
「サタジット君、ちょっと待ってくれるかね。一応、生け捕りが目的なのをお忘れなく頼むよ──慎重に、ここは慎重に行こうじゃないか。罠にかかった振りをして確実に追い詰めよう」
「不意を突かれて逃げ出したヤツが凝った罠なんて仕掛けますかね?」サタジットは不満げに首を傾げた。
「──いやいや、我々は3時間もの猶予を彼に与えてしまいました──冷静さを取り戻すには十分過ぎる時間です」
「そうですかね」
サタジットは暴れたくてウズウズしているが、バイケンはその粘っこい視線でドローンの送ってくる映像を分析する。
「あ~! バイケンさん、もう大体の居場所の検討はついてるんですから行きましょう! いまこうやってる間に逃げられてしまうかも知れませんぜ」
初老の魔術師は若いサタジットの意見に耳も貸そうとしない。
「ナンセンス。いまさら何もせず逃げ出すぐらいなら、何もこんな倉庫には居ないでしょう。最初からカメラに捕捉されるのを覚悟で市街地の人混みに紛れた方がよほど逃げやすい。こういう場所に来たのは大勢の敵と戦うため──つまり十鉄は追っ手を皆殺しにして身の安全を確保するつもりです」
上空からの画像情報も街頭カメラの情報も皆無、車を乗り捨てて徒歩で市街地に紛れ込んだとは考えにくい。そうなると残りの時間、きっちり準備して反撃の機会を窺っている可能性が高い。
理論だけではない、長年狩りをたしなんできた優秀な猟犬の勘がバイケンを動かしている──そしてそれは正しい。
「ところでサタジット君。仮に逃げるとして、十鉄は何処へ逃げるも思うかね?」
「ハッ、そりゃ宇宙港でしょうよ。定期便に密航してアラミスにでも逃げこみますぜ」
バイケンは、あ~、はは、と笑いながら耳の裏を掻く。
「キミは賞金稼ぎにはなれないねえ、そりゃ警察官が雑魚の心理を読むレベルの発想だ」
「へえ、そりゃまたどうして?」
「宇宙港という場所は監視カメラや警備員が不審者を逮捕し易いように設計されています、犯罪者の検挙率、どこが一番高いか知っていますか? 人気の逃亡先の宇宙港、つまりアラミス宇宙港の北極ポートでたくさんの間抜けな犯人が捕まっているんですよ」
発想が一般人のそれと一緒、と言われているような気がしてサタジットは面白くなかった、それをバイケンは底意地の悪そうな声を出して笑う。
「十鉄になりきってシミュレーションしてみるといい。まず彼がキングの部下から襲撃を受けたところから──」
バイケンは十鉄の思考を追跡する。
「──十鉄は、私ら賞金稼ぎの仕切りではなく、金星悦楽洞主との直接対決を想定する──あのドギーとかいう男の独断先行はむしろ、私らには好都合。こちらの陣容を過小なものに誤認させている」
追っ手として考えられる総数はおよそ20人から30人。標準的な金星悦楽洞主の精鋭部隊の十分の一以下だが、遠く木星圏のエウロパに兵隊を大量に送り込めば連邦警察や宇宙軍に動きを嗅ぎ付けられる。これぐらい送り込むのが妥当な線だ。
「そこで十鉄は考える、『死中に活あり』と。あと30人程度ならなんとか倒せるだろう、とこちらを侮る。この車を餌にして襲撃チームをおびき寄せて先制攻撃を加え、怯んだところを一気に──こんなところだと思う。キングの手下がやらかしたプロにあるまじき失敗のおかげで、十鉄は事実を誤認しているに違いない──そこがつけいる隙となる」
サタジットはどんなに筋の通った分析でも決め付けは危険だと思ったが、反論するだけの根拠もまた思いつかなかった。
「せっかくです、皆さんの意見を聞いてみましょうか?」
バイケンは自分の考えをチャットルームに流す。
『私の戦術脳も同意する。初歩的な爆発物トラップを警戒されたし』アキレス。
『あの倉庫街、飯食うとことか便所とかはどっかにあるんかねえ? 十鉄も困っとるんじゃなかろうか──ここは持久戦ばい、俺たちもそろそろ腹拵えばせんね?』トウテツ。
バイケンは苦笑いする。
「──トウテツさんの意見は取り敢えずスルーですね」
『あたしが倉庫を突っついてみるね、バイケンちゃんのドローンとサタジットちゃんの兵隊、少し借りるよ?』
女剣豪ジンバはファイネックスの傭兵達と一緒に車で移動を開始する。
「あのジンバってヤツは信用出来るんで?」サタジットが尋ねる。
「さあ、キングさんの紹介ですから腕は確かなんでしょうよ、それより私はあのトウテツさんがどうも──獣を相手にしてる田舎の猟師ですよあれじゃ」
バイケンのトレーラーもロボットによる自動運転でグスル港まで移動を始めた。
水や地下道の可能性を考慮して、スパイダードローンを放ったがここら辺りの地下設備はドローンによる保守点検をやっていて人間が隠れられるような場所ではないようだ。
バイケンは端末を操作して十鉄の反撃をコンピューターに予想させる。
「ヒヒヒ、持っている武器も、お前の思考もこちらには筒抜けだよダブルディーラー……さておまえの逃亡生活を終わらせて楽にしてやるぞ」
◇◇◇◇◇
バイケンの仕切りで賞金稼ぎ達の一団は遠巻きにグスル港を眺める位置についた。バイケンはドローンの止まり木代わりに設置されている複数の管理塔にスナイパーライフルを持ったトウテツと狙撃手をそれぞれ配置した。
「トウテツさん、射撃の腕が一流なところを見せて貰いますよ?」
『まかせんしゃい、生け捕りしやすかごと脚ば狙うちゃる』
『じゃあやるわよ~……』
ジンバは逃走に使われた車が隠してある倉庫七列Cにまでやってきた。潮風が吹いて港全体に染み付いた魚特有の腐臭を運ぶ。
「やあねえ~、臭いじゃないの……ここの分解バクテリアの散布量って適正値なの?」
鼻をつまみながらジンバは車に向かい、200メートル手前で立ち止まるとドローンを先行させた。
『どうですかジンバさん』
「まったく人の気配は無いわね──いえちょっと待って少し臭うわ、ダンディーな苦味ばしった大人の男の臭い──残り香みたいだけど……」
『足取りをたどれそうですか?』
「ん~──南の方に、向かってるかな」
数列南側にはバイケンが予想した通りの狙撃ポイント、水産加工会社廃ビルがある。
『バイケンちゃん、冴えてるゥ、ドンピシャじゃん?』
トレーラーの中にいたバイケンが笑う。
「チェックメイトですな、ミスター十鉄」
その声とともにサタジットが部下に合図を出す。大量の酩酊ガスが詰まったカプセルが、マシンガンのグレネード発射口やランチャーから建物に撃ち込まれた。対BC兵器用の防毒マスクを付けたファイネックス社の傭兵達がビルに突入する。
銃撃と爆発、静かだった港に喧騒がおとずれる。
バイケンとサタジットはトレーラーから降りて廃ビルの方へと歩き出した。直接、十鉄の姿を確認するためだ。
「抵抗が止んだようで──」
「ヒヒヒ、今度こそ奇襲に成功しましたよ」
意外に呆気なかったな、とサタジットは拍子抜けした。賞金稼ぎバイケンの手並みが鮮やかなのだろうか──
見ると背中に銃を突きつけられた男がヨロヨロと酔っ払いのような覚束無い足取りでこちらに向かってくる。額から大量の出血、傭兵の手にしたライフルのストック部分にも血糊が付着していた。
「どうですかなサタジットくん、彼はぎゃらくしぃ号の甲賀六郎、本物の菱川十鉄かな?」
サタジットは自らのショックガンを抜いて俯き加減の十鉄の顎を無理矢理持ち上げる。
正真正銘──菱川十鉄、本物だ。
「よお十鉄、皇女殿下に迷惑をかけないように自分から離れたのか? 大した忠犬だぜ」
「これで七億五千万とはね、まあ、伝説の正体なんてこんなものですかねえ──キングに連絡してくださいな」
サタジットがPPを取り出そうと腰のホルダーに目をやった瞬間、十鉄の胸が破裂して無数の散弾やスパイク、鉄球が雨霰のように前方のバイケンとサタジットに襲い掛かる。
「な、なッ───」
十鉄の服の下、胸に仕込まれた指向性対人地雷・クレイモアが炸裂したのだ。クラシックかつ野蛮な装備。
バイケンの指輪は小型の防御シールド発生装置になっている。飛来する危険から装着者を守るはずだったが、不意をつかれて発動が間に合わなかった。
最も弾速の速い金属片がバイケンとサタジットの身体を容赦なく襲う。
「ひぃ、ヒぎゃあああ!?」
「ぐ──はっ──」
ふたりは全身に小さな穴を空けられて倒れ込む。
バイケンの顔面の左半分はスパイクによる傷でぐちゃぐちゃに切り裂かれていた。
酩酊状態のはずの十鉄が後ろの傭兵が持っていたライフルをひったくる。心神喪失状態になっている傭兵は棒立ちのままだ、何かしらの麻薬を過剰摂取している──虚ろな瞳、ロボットと同じで命令者の言いなりに動く。
「待ちくたびれたぜバイケン、おまえがここを見つけるのがもう一日遅かったら危うく餓死するところだった」
「じ、十鉄──なぜ俺がバイケンだと知って、初対面のはずだ──」
「お前がこっそり寿司屋始めたのは知ってたぜ、何せ仕入れ先がウチの店と一緒なもんでよ──あれを見たときに今回の仕切りはあんた、バイケンだと理解した──」
トレーラーのロゴマークを指差す十鉄。胸は火傷でただれているが、表情ひとつ変えない。
「あんたは用心深いことで有名だが、それ以上に自信過剰なところも有名だ。だから──成功するのを当然だと思ってる」
「私の、思考が読まれていたのか──馬鹿な」
「あんたま自分自身の仕事っぷりに酔ってるだろ? そこが敗因さ──今まで成功し過ぎたから上手く行き過ぎてることに何の疑問も抱かない」
「く、くそおおおお!!」
十鉄目掛けてスナイパーライフルの弾丸が飛んでくるが、弾丸は異常なほど減衰して速度が落ちているので容易に避けられる。
バイケンに向かってライフルを突き付け引き金を引くがカタカタと小刻みに揺れるだけで弾が出ない。
「こんだけ近くでも駄目か?」
「む、無駄だ十鉄──この指輪が発生させるフィールド内では弾丸やエナジーガンの速度は──」
「さすがは不死身の魔術師バイケン、面白いもの持ってやがる。普通にやったらヤバかったぜ」
十鉄は左手で鉈のようなコンバットナイフを引き抜くと、バイケンの手を切り落とした。
「あぎゃあああ?!??」
「人体の動きは制限出来ないらしいな、まあ人体までフリーズさせたら装着者が逃げられないもんな」
十鉄はバイケンの喉にコンバットナイフを突き立てるとその掌ごと指輪を奪った。そして横に倒れているもう一人を睨み付ける。
「サタジット、逃げるなよ──おい、何とか言え」
命からがら、這ってその場から離れるサタジット、もう得意の悪態もつけないほど腰を抜かしている。
賞金稼ぎ達の襲撃は失敗した。
敵の力量を過小評価していたのはバイケンのほうだ──
管理塔のスナイパー達からの銃撃が激しさを増す、指輪を中心とした半径3メートル手前で減速するが、完全には止まらない。
この指輪の防御フィールドも完璧ではないらしくニ、三発、ほとんど威力の落ちてない銃弾が道路の舗装を抉る。十鉄はサタジットを追うのを諦め後退った。
「命拾いしたな腰抜野郎。狙撃手のお仲間に感謝しな」
十鉄はバイケンの内ポケットからPPを奪うとトレーラー目掛けて走り出す。
そこら中からファイネックスの傭兵どもやバイケンのドローンが集まってきて十鉄に向かって銃弾を浴びせかけるが、どれも十鉄には届かない。
「この禁忌技術は強烈だな──ちゃんと取り締まってくれよ」
菱川十鉄は銃撃を嘲笑うように無傷でトレーラーに向かう。
「──?」
500メートルほど先に和装の女がいる、手になにやら杖のようなもの──
女の眼光の鋭さ、迷いなく突っ込んでくるその自信に、十鉄は怖気を感じた。銃の引き金を引いて女の突進を牽制しようとするが魔術師の指輪はまだ作動中だ。
(くそ、スイッチのオンオフのやり方がわからねえ!)
このままあの女を近付けたら大変な事になる、そう判断した十鉄は舌打ちすると指輪を放り投げた。
弾が出るようになるのを確認し、走りながら十数発、女に弾丸を撃ち込んだ。女は脚の回転を止めない、ゴージャスに盛った髪の毛から髪挿しを大量に引き抜くと弾丸目掛けて投げつけて迎撃した。髪型が崩れ、そして美しい長髪が後ろにたなびく。
髪挿しとハンドガンの弾が交錯し、一本が十鉄の首に、一発の弾丸が女の顔面に、それぞれ直進する。
十鉄は敢えてそれを肩で受け、女は遂に脚を止めて杖で弾丸を凪払った。
女は倒れ込み、アスファルト舗装の道路上を無様に転がる。十鉄はトレーラーに乗り込むと、残しておいたバイケンの指で指紋認証をしてトレーラーを急発進させた。
「待たんかいワレェ!!」
女が叫び、トレーラーに追いすがる。
(十分に加速するまで時間がかかる──とにかく、女の間合いに入るのだけは避けなければ──)
十鉄は先程の倉庫七列Cの前を横切ると、起爆スイッチを押した。
車に仕掛けておいた爆弾を爆発させ、女の追撃を妨害する。
「ウオオオ!!」
女、ジンバ・タチカゼの獣のような遠吠えが聞こえる。
(バイケン倒すとこまでしか考えてなかった……俺の知らない賞金稼ぎがいやがる)
十鉄はアクセルを踏み込んで道路を封鎖していたファイネックスの傭兵達を車ごと吹き飛ばした。
冷や汗を拭う。
サタジットとバイケンは『キング』という名前を口にしていた。
(ソイツをやらねえと終わらねえみたいだな)
肩に深く突き刺さった髪挿しを抜くと、パトロール・ドローンのパトランプが遠くに見える。
「くそ、余計なもんまで来やがって───逮捕する相手間違えてんじゃねえぞ!」




