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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
101/121

エウロパリゾート!③

 ぎゃらくしぃグループ御一行様を乗せた装甲車の物々しい車列はメガフロートシティのなかでも指折りの最高ランクのシーサイドホテル「アンヌン」に到着した。

 フロッガーやホバータンク特有の排気音は聞きなれないのだろうか、門扉に止まっていた極彩色のオウムは一行の登場に驚いてホテルから森の方へ逃げるように飛び立っていった。

 ホテル、と一口に言ってもその敷地内に幕僚会議本部ビル並みの巨大建造物が三つと250mほどの高層建造物であるセキュリティタワーを備えている。規模でいうと空港や軍事基地のような大型の複合施設と同等と言ってよい。

 中心市街地からは離れているが脇には無数の娯楽施設、ショッピングモール、医療施設、森林公園なども併設されているので客は滞在中ここから一歩も出る必要がない。


 一行が兵員輸送車フロッガーを降りると南国を思わせる爽やかな風が駆け抜けていく。

 温暖な気候はプレートの下にある地下大海アンダーシーで発生した潮汐エネルギーを転用したもの。そして太陽の日差しは明るいものの不思議と眩しくはない。

 このやわらかい日光はもちろん太陽光ではない、これは木星からの照り返し光と人為的な照明器具によるもので地球に降り注ぐ太陽光のような強い放射線を伴わないのであまり日焼けを気にする必要がない。このやわらかな陽だまりと潮風は美白肌のケアにこだわるセレブリティに絶大な人気を誇っている。


「このホテル、一泊するだけでも10万ギルダぐらいするんじゃない?」

「アラミスのヒルトン系列のホテルより高級感ある~!」

「さすが木星帝国、太っ腹」

「ぎゃらくしぃ号、儲かってんだなぁ」

 色とりどりの石畳、ルネッサンス様式のエントランスゲートをくぐりながら男性クルーは場違い感に戸惑い女性クルーは感激のあまり嬌声を上げた。

「でもさぁこんなにスゴいホテルで慰安旅行すんのってなんか畏れ多いつうか──魚住さん、青筋立てて経費削減に取り組んでたけどよくこんな贅沢な計画を承認したな」

 一人の男性クルーが首を傾げる。

「そう言えばそうだね?」

 その場にいた十数人は魚住の姿を探した。彼らが見つけた魚住京香は歩きながらユイと談笑していた。その顔はかつてないほど朗らかなもので少し紅潮した頬はまるで夢見る少女のようである。

(あれ? すっげえニコニコしてるように見えるんだけど?)

(……福利厚生費が経営を圧迫! 経費削減目標が! とか言って血管ぴくぴくさせてると思ったのに。何事?)



 ロビーに到着すると噴水の前に一段高い壇があり、ユイを筆頭とした木星帝国王家一同と六郎や林檎など皇女親衛隊の面々がその壇上にのぼった。普段はこのちょっとした舞台の上に楽団や合唱団が陣取って生演奏を披露しているらしい。

 白いワンピースを着たユイが一歩前に出て店舗クルー達にねぎらいの言葉をかけた。少し落ち着いた感じの挨拶は粛々と進んでいく。ユイの凛とした声に合わせるように小鳥達のさえずりが聞こえてくる。

 壇上の後方で控えていたロボットの牛島調理長は集音マイクを露出させメインカメラをゆったりと上下させた。

「ロボットではない本物の野鳥の声ですね、今時地球の鳥獣保護区でも滅多にお目にかかれませんよ」

「まあそうなんですか?」

 牛島の横にいた小田島医師も耳を傾けた。アラミスの環境は過酷なのでこういったか弱く綺麗な声で鳴く鳥はなかなか生き残れない、エウロパにおける動植物の種の多様さは人間のリゾート地であると同時に動物達の楽園でもあることを示している。

「殿下の鈴の鳴るようなお声に鳥達が引き寄せられているようですね」

 おそらくここの小鳥達は楽隊の演奏を真似て歌を唄いに来るのだろう。牛島が腹部から取り出したスコープで小田島は幼い自分の息子と一緒に小鳥達の様子を観察し始めた。


「──さて実はこの慰安旅行、企画したのはここにいる魚住チーフマネージャーなのです、従業員の皆様の日頃の労をねぎらうために、とけっして多くはない予算をやりくりしてこんなに素敵な旅行を我々にプレゼントしていただきました。魚住、本当にありがとう」

 ユイから紹介された魚住京香は普段の氷のような鉄面皮はどこへやら、まるで菩薩のように柔和な笑顔で一歩前に出て従業員一同に頭を下げた。

「小さかったぎゃらくしぃグループも大きな商いができるようになり知名度だけなら銀河公社に負けないほどになりました。これもひとえに従業員の皆様ひとりひとりの努力と長年の忍耐の結果であります。これはそんな皆様への私からの御礼の気持ちです、日頃の職務の慌ただしさを忘れ、疲れた身体と心を存分に癒やしてくださいね」

 大きなどよめきが起きる。


 感嘆のどよめきではなく驚愕のどよめき……それほどまでに魚住の厳格なイメージとこの大盤振る舞いが結びつかないのだ。

「ぜ、ぜぜぜ、絶対に必要経費を認めてくれないあの守銭奴の魚住女史が!?」店舗クルーのリーダー格、キャシィが叫ぶ。

「ユイ様みたいに後光がさしてみえるぅ!? キモッ!?」魚住の近くにいたブリジットも思わず叫ぶ。

「どうしよう魚住さんがおかしくなった!」

「まさか後から個人宛てに請求書来ないよね?」

「魚住さんもうすぐ死んでしまうん?」

「更年期障害?」

「ワープドライブの影響かも。ほら、アラミス支店号って無闇に最高速でカッ飛ばすらしいから……」

 店舗クルーはいつもと様子が違う魚住に激しく動揺して騒ぎ出す。彼ら店舗クルーが知ってる魚住は、従業員割引を一切認めず、ブリッジクルーの給料を出し渋りこき使い、ユイにすら倹約を強いるほど。金勘定には情を持ち込まない鉄の女だ。

 ロクな積み立てもしてない割にやたらと豪華な休暇になっているのは金離れの良いユイの発案だと思っていたのだが、この大盤振る舞いを企画したのがまさかこの人とは──

「はいそこ、リンジー、キャシィ、フレディ。あなた達が普段私をどう見ているかよくわかりました、メモっておいて来年度のボーナス査定に活かしますから覚悟しておくように」

 魚住のこめかみの辺りに極太の青筋が浮いている。

 いつもの魚住だ。

「ヒェッ? リンジーがキモッとか酷いこというからだよ!」

「だってキモいじゃん!」

 ブリジットも壇上でわーわー騒ぎ立ててしまいユイの社長挨拶どころではなくなってしまっていた、喧噪がひと際大きくなったその刹那──


「キャシィ、ブリジット控えよ! 皇女殿下の御訓示はいまだ途中であるぞ!」


 エントランスに雷鳴のようなマーガレットの大喝が響き渡る。

 ざわついていた場を静めようと最年長のハダム元大尉もほぼ同時に声を発したのだが少女の小さな身体から発せられた大喝は拡声器を通さずともエントランス全体の空気を激しく振動させてハダムの声ごと掻き消した。

 バサバサバサバサッ!

 木々に集まってきていた小鳥やシマリスのような小動物達は恐れをなして一目散にエントランスから逃げ出した。

 場は一発で静まり返ったが、浮かれ気分も同時に吹き飛んで一同は夢から醒めたように顔が引き締まる。

 静まり返ったのを確認すると少女伯爵は満足そうに微笑む。

「お騒がせしました。どうぞ臣下へのお言葉をお続けくださいませユイ様」

 マーガレットは頭を下げてユイを促した。マーガレットの一喝で固まってしまったのはユイも同様で大きな瞳を見開いて少し引きつったように不自然に背筋を伸ばしている。

「ユイ様? どうかなさいましたか」

「あ、あのメグちゃん? これは木星帝国の行事ではありません、一応ぎゃらくしぃグループの慰安旅行ですから──もっと気楽に──むしろ我々経営陣が従業員の皆様をおもてなしするぐらいの心構えで当たろうと──」

「まあ!? ユイ様が下々をおもてなしするだなんてとんでもないですわ! 仮に企業の慰安旅行だとしても雇用主の挨拶中に騒ぎだすような素行の悪い従業員にはこれぐらい強く言わないと! そもそもユイ様は王家を離れてもなお社長という組織の長、指導者であらせられます、企業も国も上下関係の乱れた組織は長続きしません。時には厳しく叱りつけ正しく導くことも指導者の大切なお役目なのですよ!」

 ごもっともです、とユイは恐縮してしまう。

「では改めてユイ様、お言葉の続きをお願いします」

「──あのいえ、すみません、私から言うべき事は特に………」

 ユイは、しゅんとしてうつむき加減に一歩下がる。

「そうですか、ではわたくしが補足を──」

 マーガレットはコホン、とひとつ咳払いをしてから大きく声を張り上げた。拡声器は要らないようだ。

「皆さんよろしいですか? お休みだからといって羽目を外し過ぎてユイ様に恥をかかせるようなことのないように。それにあなた方は仮にも接客業を日々の糧とする者なのですから、休暇といえども精進を怠らないように。この一流ホテルの従業員達が提供する一流のサービスや仕事に対する姿勢を間近に見るチャンスだと思いなさい」

 マーガレットはいつの間にか新兵をしごく陸軍の鬼軍曹のように腰に手を当てて大声を張り上げていた。

 全員が畏縮するあまりぴくりとも動けなくなる、遠巻きに眺めていたホテルのスタッフや警備員たちまでもが「ひぇっ」と軽い悲鳴を上げて固まってしまった。

 数秒の沈黙の後に再び伯爵閣下が口を開いた。

「返事は? 理解したのなら返事をする」

 これには弟子のブリジットだけでなく従軍経験のある雄大とハダムたち元海兵隊員達まで反射的に身体を震わせて無我夢中で「アイ、マム!」と叫んで背筋を伸ばした。そのほか従業員一同も口々に了解の意を示した。

「よろしい」

 マーガレットはユイの後ろに下がると手に持った扇子で魚住をついついと突っついた。

「そろそろ締めなさい」

「は、はーい……マーガレット伯爵閣下からの有り難い訓示でした……みなさんどうぞ怪我や事故にだけは気を付けて休暇を楽しんでくださいね。え、えーと……か、解散!」

 魚住にも場を和やかにする術が無かったらしく、そのまま解散させるしかなかった。

 どこかぎこちない歩き方で従業員達は受付へと向かう。物見遊山的な浮かれ気分は完全に消え去りまるで軍事教練に来た新兵達がキャンプインするような足取りに変わっていた。

「まったく──あの子達、栄えある木星帝国旗艦ぎゃらくしぃ号の乗組員という自覚がまるで足りてないわね。特に店舗クルーの、女子……」

 マーガレットは自分より年上の従業員達の後ろ姿を睨み付けながら何事かぶつぶつと呟いていた。少女伯爵直属の部下であるブリジットと六郎は主人の怒りの矛先が自分達に向かない内に距離をとり、牛島の後ろに隠れながらこっそり受付へと向かっていた。

「ま、マーガレット様……せっかくの慰安旅行なんですしもう少し穏やかに」

 魚住がやんわりとたしなめるが少々興奮気味のマーガレットは落ち着く様子もない。豪華な旅行先で浮かれる気持ちを抑えようとするあまり普段よりエキセントリックに、より説教臭くなってしまっている。

「いいこと魚住? 従業員の粗相はユイ様のイメージダウンにも繋がるのよ。上り調子だからこそ気を引き締めて当たらねばなりません。浮かれ気分でいると思わぬ落とし穴が待ち構えているのです──お祖父様が御存命の折にはこんな事はなかったというのに。はあ、まったく……あなたは従業員をどう教育しているの?」

「は、はぁ──申し訳ございません」

「二号店、三号店と出来ていく内に人数が増えてユイ様との身分の違いをわきまえない不心得者が出てくることも予想されます、ユイ様は下々の目線でフレンドリーに接することを好まれますが、下々の方からユイ様を軽んじるような事があってはなりません」

「ご、ごもっともです、閣下」

 魚住に説教を始めるマーガレット。声がよく通ってしまうからたちが悪い、魚住に言い聞かせているつもりでも遠く離れた位置の店舗クルー達の耳にも少女の声が届いてしまう──下々、不心得者、粗相などと自分達の身分の低さを揶揄するような言葉を連発されては店舗クルー達も気を悪くするだろう。

 少し離れた場所から眺めていた雄大もなんとなく魚住が可哀想で居たたまれなくなり、ユイに話し掛けた。

「なあユイさん、俺が間に入ってアイツ止めたほうがいいのかな?」

 ユイは首を横にふりつつ雄大にささやく。

「メグちゃんのあの様子からして、常ならぬ団体行動だからでしょうか、かなり気を張っているみたいで──何を言っても効果は薄いかと──魚住には悪いですがこの場は自然と治まるのを待ったほうがよいと思います」

「う、うーん……」

「それにメグちゃんにも伯爵として守らねばならない体面というものがありましょう。上下関係のけじめがしっかりしている御方ですから従業員の皆様の前で言動を諌められるような恥辱は受け入れ難いかと……後々、人目の少ないところでたしなめていただければ」

「ああ、なるほど……しかし難しいなぁ」

 現在の木星帝国という組織内のパワーバランスでいうと、常に正論で理論武装している上に胆力もあるワイズ伯爵閣下が最強と言える。唯一対抗出来そうな魚住女史も木星帝国という組織の中では地位が低い。コンビニエンスストアぎゃらくしぃグループにおいては実務の一切を取り仕切る実力者だが、店舗に関わりのないマーガレットから見れば魚住は忠臣ではあるものの所詮はユイの世話役、専属メイドに過ぎないのだ。

 無敵の伯爵閣下に意見するならば、木星王家のヒエラルキーの外にいる人間、かつユイの信頼厚い人物である必要がある──つまり宮城雄大その人だ。

 しかも雄大は今やユイと婚約を交わし、皇配殿下となる予定である。帝国内序列は条件付きながら皇太子に継ぐ三位になり、伯爵であるマーガレットにとっても将来的には主君筋の人物となる。

 雄大はエウロパに降りる前にユイからマーガレットに「遊ぶこと」を教えて欲しいと頼まれていたが、こうやってマーガレットの言動を見ていると確かに彼女は完璧主義者であり、休暇中でも弛まない。

(アイツの気高さと厳格さは貴族っつうよりやっぱり、武人。求道者のそれだよな)

 

 やれやれ、どうしたもんかなと呟きながらため息をつく雄大。

「メグちゃんの言ってることは正しいのですけど──正しさだけが人を幸せにするとは限りません」

「マーガレットの、幸せ、かぁ……」

 雄大とユイが受付待ちの店舗クルーの様子を確認すると数名の女性クルーたちがマーガレットの方を不満げな表情で見て何事か話し合っていた。

(うっ……あれ明らかにマーガレットに対して敵意持っちゃってる顔よなぁ──)

 雄大の胸がチクリと痛む、なんとなく他人ごととは思えない。


「頑張りやさんのメグちゃんのこと、店舗クルーの皆さんにも正しく理解して欲しい。でも肝心の本人があの調子では──」

 物憂げにマーガレットの横顔を見つめるユイ。

 かくいう雄大自身も最初はマーガレットに対してあまり良い感情は抱いていなかったから、女性クルーたちの「小娘が何を偉そうに」という不満は良くわかる。祖父譲りの高潔な人柄を尊敬する前に不快感を強く感じてしまう。

 

「だな──マーガレット本人に余裕がなさ過ぎるよな」

「ええ、このメガフロートシティ滞在をきっかけにして真の貴族としての余裕を身に着けて欲しい、と」

「うん、わかったよ、なんとかしてみる」

 雄大はユイと向かい合うと大きくこっくりと頷いた。ユイはホッと一息ついて雄大の手を握る。

「頼りにしてます」

 任せておいて、と雄大は胸を張る。頼られるというのは何であれ嬉しいものだ。


*******

 

 いち早く受付を済ませた六郎達はエレベーターの終点、VIP限定の上層階にやってきていた。ここエウロパにおいては皇女殿下の連れ、というだけで厚遇されるのか、澄まし顔のボーイ達も相好を崩して顔馴染みのように快く六郎達を迎えてくれた。

「良いんですか六郎さん。俺ら大した手柄も立ててないのにこんなに贅沢しちまって」

 皇女親衛隊として保安(セキュリティー)を担当する男性クルーはホテル内に設けられたバーの一角でムーディーな室内を眺めていた。半ば夢見心地の彼はカクテルグラスをチビりと舐める。

 おろしたてのパリッとしたスーツで正装した若い男衆たちとは対照的に、甲賀六郎はくたびれたワイシャツの上に洒落っ気の無いスタッフブルゾンを羽織っていた。しかし、不思議と六郎のほうがこの高級店の雰囲気に馴染んで見える。これは人生経験の差が身体から滲み出ているせいだろう。優しく明るいコンビニの店内照明の下ではちょっと辛気臭い貧相なマネージャーが、シャンデリアの冷たくも煌びやかな光が差す薄暗い店内では政財界の大物かマフィアの大幹部にさえ見えてくる。

 薄暗い店内は間違い無くこの男、甲賀六郎の領域(テリトリー)。今この場で見る姿こそ彼本来の姿なのだろう

「いやなに、気にするな。お前らはユイ殿下が政治思想犯の亡霊扱いされてたころから文句も言わず木星王家に仕えてくれていただろ?」

「ええ、まあ」

「金さえあれば優秀な人材はわんさと雇えるけどな、金だけでつながった関係ってのは薄く儚いもんさ。忠義に厚い本物の同志を得るのはいくら金を積んでも難しいもんだぜ……お前らの存在がどれだけ王家の方々の心の支えとなっていたことか」

 六郎は立ち上がると親衛隊の男衆の肩を景気よく叩いて回った。40半ばの六郎から見れば彼らは息子のような年齢だ、彼らも彼らで実の兄弟以上に兄貴分として六郎を慕っている。

「何だよ堅いぞおまえら、ガチガチじゃねえか。それでも栄えある木星帝国皇女親衛隊かよ。この程度の店の雰囲気に飲まれてちゃ金星の盛り場じゃ遊べないぜ」

「いや、なんていうか俺ら如きペーペーが皇女親衛隊って名前負けしてるような気がしてどうも。それにここVIPルームでしょ、恐れ多いっつーか」

「お前、誰から銃の撃ち方習ってると思う? もっと自信持っていいんだぞ」

 六郎はニヤリと不敵に笑ってみせる。

「お、おっす!」

「六郎さんのご期待に添えるよう頑張ります」

「へへ、伝説の菱川十鉄さんから手解きをうけられるなんて俺達、ラッキーっすよね」

 十鉄の名を口から滑らせた男は思わず、あっ、と小さく叫んで口を抑える。一同も息を呑んで辺りを警戒した。

「おい、その名前は……控えてくれ。特に船外ではな」

「すんません、つい」

「その名前はトラブルを運んでくる、って言ってるだろ」

 六郎の目は笑っていない。

「は、はい」

 六郎は十鉄の名を口にした部下の頭に軽く拳骨を落とすと、ひとりひとりに葉巻の入った小箱を配った。

「これは?」

「こいつはな、俺からお前らへのご褒美だ。地球閥のお偉方が金を積んでもなかなか手に入らないエウロパ産の一級品さ。ロンドンのシークレットエージェントにも劣らない一流を目指すならまずは恰好からだな」

「はええ……」

 いくらぐらいするのか、値段の見当もつかない。

「さて、ここは酒も女も一流、奥に行けばカジノだってあらぁ──要人警護するならこういう上流の遊びにも耐性つけておかねえとな。何事も経験よ」

 六郎が指を鳴らしてから手招きすると蝶ネクタイに大きく胸元の開いたベストを着込んだバニーガール達が数名現れて若者達を奥のカジノルームへと誘う。粒揃いの美女たちの登場にワッと場が盛り上がった。

「じゃあな、楽しんでくるといい」

「あれ? 六郎さんは遊んでいかないんですか?」

「ん、俺か? 俺は──」

 六郎は小指を立てて片目を瞑ってみせた。

「実はエウロパにコレがいるんでね。こんな若いウサギちゃん達と遊んでるのがバレたら大変だ」

 六郎はバニーガールを抱き寄せると慣れたような手つきで腰と首筋を撫でた。抱き寄せられた女は最初こそ驚いて軽く声を上げたが触られ始めると特に拒否するでもなく、うっとりと恍惚の表情を浮かべ目を細めて六郎の愛撫に身を任せている。六郎の鼻先と唇が触れるか触れないかの微妙な距離を保ちながら女の首筋から鎖骨を経て肩口へと向かう。

 一同は低く唸る、女っ気が感じられない上司が初めて見せる艶っぽい側面だ。

「ハイ君たち、今のお手本。欲望のままに即おっぱいにガッつくんじゃなくて女の子に触れる時はこんな感じで接すること」

 そういうと六郎はバニーガールを回れ右させ、お尻をパチンと叩いて突き放した。

「も、もうお客さんったらヒドい!」

 顔を真っ赤にして怒る女の子をあしらうと六郎は奥のカジノルームではなくバーの出口へと向かう。

「じゃあ今から外に会いに行かれるんで?」

「そういうこったな、街に出てくる」

「うおお、六郎さん……エウロパに帰りを待ってるオンナがいるとか、シブいぜ……」

「シブかねえよ、無駄に年齢(トシ)食ってるだけさ──じゃあな」

 変装代わりなのか、六郎は帽子を深く被るとゆっくりと歩き出す。

「ご、ごゆっくり!」


******


「さっきは大変でしたね」

 マーガレットから説教を食らった魚住を気遣って雄大はエレベーターに乗り込む彼女の荷物を持つ事にした、魚住は仕事絡みの道具や資料、専用端末などを持ち込んでいるらしく大荷物だった。ユイの手荷物とあわせると結構な重さになるが、ここは男として頼りがいのあるところをアピールして点数稼ぎしておくのが吉だろう。

「あ、いえ。閣下のお叱りもごもっともですし──それにまあ、慣れていますから」

 魚住は苦笑いを浮かべた。

「魚住さんの苦労、わかるなぁ~。やりくりして豪華な慰安旅行企画してもマーガレットからは感謝どころか小言ですもんね」

「あら、私に優しくしても何も出ませんよ?」

 魚住はフフフと酷薄そうな笑みを浮かべる。何とも食えない感じの、いつもの魚住だ。

「でもこんな高級リゾートホテルに全員宿泊だなんてちょっと信じられませんよ」

「そうでしょう、そうでしょう!」

 魚住女史の顔が綻ぶ。

「はあ、いつになく上機嫌ですね? もしかして何か裏とかカラクリとか、あるんじゃないでしょうね?」

 流石に雄大も少しばかり疑問になっていた。このホテル「アンヌン」の格付けは木星帝国皇女のユイには相応しいと言えるが、脳天気な鏑木リンゴやブリジット、庶民的な小田島先生と息子さん、少し荒っぽい雰囲気の六郎の部下達のような人々には少々似つかわしくない。何せ月一等市民の雄大ですら気後れするような上品な場所なのだ。

「いや真面目な話、ここの支払いって大丈夫なんですか?」

 雄大がそう尋ねると、魚住はいくら押し殺しても内から湧き出てくる笑みを隠しきれない、といった風情でほくそ笑んだ。

「大丈夫も何も、フフフ……従業員全員の福利厚生費が全部無料どころかお小遣いと無料パスで年末賞与用に用意していたお金が丸々浮きました……この多幸感、まさに天にも昇る心地です。タダより高い物は……なんてのは嘘ですね」

 蕩けた表情を見せる魚住女史。

「へ、へえ……え? む、無料、って言いましたか?」

 これは何か裏があるな、と雄大は確信した。

「まさかとは思いますけどなんか法に触れるようなこと、してませんよね?」

「いえいえ! まさかそんな……! これはですね、エウロパ市長のご好意なんですよ」

「メガフロートの市長? え? ということは宿泊費とか官公庁持ちだったりするんですか」

「まあ宮城さんなら差し支えないから言っちゃいますけどね」

 メガフロートシティの市長は聖クレメンス翁の子孫であるユイ・ファルシナを是非ともエウロパに招きたかったようで、ユイの軟禁が解かれて以降何度も何度もぎゃらくしぃ号宛てにラブコールを送ってきていたのだそうだ。

 そこで図々しくも魚住女史は「ユイを一番高く売れるタイミング」であるセントクレメンスデーまで返事を引き伸ばし、対価として従業員全員の高級ホテルの宿泊費用免除を要求したのである。

 市長としても一大イベントのゲストとしてこれ以上の人物はいない、と快諾してくれたため、この豪華な慰安旅行が実現したのである。

「へ、へえ~、何ともうまいこと交渉しましたね」

「こういうからくりになってることはユイ様にも内緒ですよ? うふふ」

「さすがは魚住さん──」

 面の皮が厚いですね、と喉元まで出掛かったがそこはグッと堪える雄大であった。

「一挙両得一石二鳥、いえ一石三鳥ぐらいの名案だと思いませんか。ついでに従業員の勤労意欲も向上してみんなハッピーですよ」

 まあ名案といえば聞こえはいいが意地の悪いことをいえば、魚住は主君であるユイを貸し出してエウロパから高額なレンタル料金をふんだくっているとも言える。 

「試算ではユイ様がセントクレメンスデーに参加する事でエウロパが得られる経済波及効果は億単位、初来訪の効果も考えれば10数億は固いでしょう」

「マジですか……億単位で儲かるの?」

「それはもちろんですよ宮城さん、エウロパ民の木星贔屓を舐めてかかってはいけません。いやそれにしても、この年末押し迫った時期に資金繰りに余裕があるってホント素晴らしいですよね、やっぱりボーナスって予算を圧迫する最大要因ですからねえ」

 喜色満面の魚住を見ながら雄大は重大なことに勘づいた。

「ちょ、ちょっと待って? まさかこの慰安旅行自体が年末のボーナスの代わり……現物支給みたいなもの、だとか言いだしませんよね、さすがの魚住さんでもそれは無いですよね……アハハ」

 雄大が乾いた笑い声を出しながら魚住を牽制すると、魚住は微かに口の端を上げて冷笑する。

「ご推察の通りなのですが、何か問題でも?」

「うわっ、酷い! この人、本気でボーナス出さないつもりだ!?」

「酷いだなんて……宮城さんはもう我々の身内、経営者側の人間じゃないですか、つまり給与を支払う側の人間なんですから。私の味方をしていただかないと困ります、ていうか喜んでください」

「なんだって? さっきからなんかすごく聞き捨てならない単語がたくさん耳に入ってくるんですが……現在の俺の立場はあくまで操舵士兼航海士、年俸プラス出来高制で雇われてるはずなんですけど?」

「ユイ様と婚約してもはや木星ファミリーの一員なのにこの上給料が欲しいだなんて……雄大さんにとってはお金がすべてなんですか! この金の亡者!」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ!」

「もう、がめついんだから……わかりましたよ、払えばいいんでしょ、払えば……月一等市民て案外ケチ臭いんですね」

 つまらなそうに唇を尖らせる魚住。

「魚住さんって従業員に給料払うのそんなに嫌なんですか」

「当然じゃないですか、うちの給料は同一業種ではトップですし、危険手当まで加味すれば企業と比べても高いんです。人件費削減のためならこの魚住、泥水だってすする覚悟がありますよ」

 同一業種トップと言えば聞こえはいいが同一業種ってそもそも他の宇宙コンビニなんて存在しないのでは無いだろうか……

「ま、まさかレジのヘルプで入った日の時間給すら闇にするつもりじゃないでしょうね? 俺、残業代としてきっちり請求しますからね?」

「は? 時間給? 宮城さんとの契約はブリッジ勤務、完全年俸制ですが? 店舗クルーの歩合制とはそもそも給与体系が違うので請求する権利なんてありませんけど? 何かお勘違いをされていませんか?」

 魚住はとぼけた顔をした後で「あ、それはそうといつも店舗業務を無償でお手伝いいただいて誠にありがとうございます、皇配殿下」と深々と頭を下げた。

「……お、鬼ですか」

「仕事の鬼、妥協なき節約への褒め言葉としてありがたく承っておきます。何より今はお金が必要な時。木星帝国再興のために一ギルダでも無駄な出費を抑えることが私の役目だと」

 毒々しい邪笑を浮かべる魚住、雄大はまたもや敗北した。


******


 小高い丘の上に共同墓地がある。メガフロートシティの外れ、人気の無いわびしい集落のそばに設けられた小さな墓地だ。

「すまなかったな、なかなか来られなくて、いいもん持ってきたから許せ、おまえの好きな銘柄、取り寄せるの案外苦労したんだぜ」

 六郎は墓の前にしゃがみ込むと安物の煙草に火を灯した。

 一本を墓石に供え、もう一本を口にくわえる。

「──命の恩人の爺さんに孫娘がいてな。その御方の下で働かせてもらってる。もう10年になるかなぁ」

 墓石にははっきりとRokurou Kougaと記されていた。

 独り言を呟きながら六郎──いや菱川十鉄は友人の墓石の前で煙草の本数を重ねていく。

「なぁ六郎……俺ぁいま若いの従えてコンビニエンスストアのマネージャーやって数字とにらめっこしてんだぜ。この十鉄様が『申し訳ございませんお客様』って愛想笑い浮かべながらクレーム処理してんの想像できるか? お前の代わりに存分にカタギの暮らしを堪能してんだけど……これはこれで案外気疲れしていけねえや。おまえすげえカタギになりたがってたけどな、カタギは──楽じゃねえぞ? 我慢、我慢の連続だ……」

 十鉄は墓石にジンをかけてフレッシュなライムを搾る。一陣の風が吹き抜けひゅうひゅうと音を鳴らした、十鉄にはそれが墓の下で眠る友人からの返答のように感じられた。

 それから何を喋るでもなく菱川十鉄は地べたに座り込みぼんやりと墓石を眺めながら煙草を吸い続けた。


 そうして3箱目の煙草が空になった。


「煙草切れたし、もう行くわ……」

 立ち上がって土を払うと、十鉄は丘の上にある小さな共同墓地を後にして繁華街の方へと歩を進めた。



 十鉄は歩きながら甲賀六郎と名前を変えてからの約10年間に思いを馳せていた。

(なあ、アレキサンダーの爺さんよ。マーガレット様は──ずいぶんと美しく成長された、そして強くなられたよ、あんたほどじゃないけどな。木星帝国もその汚名を晴らした……伯爵の爺さん、あんたへの義理は果たしたぜ、なあそうだろ?)

 十鉄は自問自答する。

(……そしてついさっき、10年越しにようやく六郎の墓参りもできた。もう、俺の人生で思い残すことは、ない。上がり、ゴールだ……やり残した事はねえし、やりたい事もねえ)


 菱川十鉄は達成感と同じぐらいの喪失感に襲われていた。

 ユイの軟禁は解かれ、ぎゃらくしぃ号はますます日の当たる舞台で活躍していくだろう。

(今のぎゃらくしぃ号はひだまりみたいな匂いがする……俺みたいな奴にはそろそろツラい場所になってきた)

 十鉄は雄大の顔を思い出した。

(少し危なっかしいとこもあるが、あの月のお坊ちゃんがいればまあなんとかなるだろ。牛島さんに魚住さん、ハダムのおっさんもいるしな。そうそう、リンゴ副隊長とブリジットのアホもいたっけ。俺がいなくてもまあ、なんとかなるさ)

 思わず顔がほころぶ。


(このまま消えていなくなってしまおうか──そうすればマーガレット様にも、あいつらにも迷惑をかけずに済む)


 十鉄は少し前にファイネックス社のサタジットとかいう男に正体を見破られている。

(あのチンピラを通じて金星の奴らに居場所が知れたら、相当マズい事になる──)

 金星の法律ではどんな罪でも10年で時効になるが、十鉄に恨みを持っている連中にそういう理屈は通用しない。

 また顔を変え、名前を変え、誰にも知られずひっそり静かに暮らすのも悪くない。

 決意めいた想いを胸に抱え込んだまま、十鉄は当てもなく夜の街の喧騒に身を投じた。


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