彼が人肉パティシエになったワケ3
由美は人肉フレンチが気に入ったようだ。たいした抵抗もなく、口に運びほぼ完食した。藤堂も完食はしたがこれでなくてはならない、という感想はなかった。
笹本が料理する、食するのは彼の自由だ。
この料理に大金を払う客の気持ちも少しは分かる。確かに美味い。
吟味されてよく考え尽くされた材料、調味料、調理時間。
この味に魅せられる雰囲気も理解出来る。牛肉でもよいはずの味付けなのに、人肉というだけで何か特別な物を食べているような気になるのも確かだ。
どちらか、だと藤堂は思った。人肉にはまるか、否か。
藤堂には否だった。笹本は一流のシェフだ。彼が作るのだからまずいはずはない。
ただ食材の声が聞こえるような気がした。
牛ならば、豚ならば、鳥ならば、聞こえても理解出来ないはずの声。
それは笹本の料理にひと味だけ、悪い味を付け加えた。
その味は、それに魅了される人間には麻薬の様に甘美な声なのかもしれない。
二度と後戻り出来ない。
それを求めて笹本に大枚をはたいてしまうこの街の客のように。
由美が笹本を理解しようとするのならば藤堂は何も言うことはない。
二人で幸せになればそれでいい。
そして作る側の気持ちになれば、笹本の気持ちは分かる。
(デザートか…)
肉? 肉ではミートパイが出来るがそれは料理の領分か。
ベーコンを使用したアイスは有名だし、ベーコンのスコーン等、ベーコンをクリスピーとして使うならデザートもありか。ベーコンは豚肉の燻製だが、人肉でも、たとえばさっきの瞼肉の燻製とか。
血液…眼球…脳みそならばデザートには向いているかしれない。
柔らかい感触、何とでも混ぜやすそうな材質。アイスや生クリームに混ぜるか、それともゼラチンで固めてみる。うまく透明感を出せればいいかもな。
そんな事を考えてから、俺は何を…と頭を振ってその考えを追い出した。
藤堂が通ったのはお菓子の専門学校で、ケーキ、デザート一般を習ったのだが、本当はショコラティエを目指したかった。その為に卒業後、海外へ出て修行しているのだが、日本へ戻って自分の店を開くならばデザート全般をこなさなければならないだろうと思っていた。日本ではチョコレート専門店はよほどの都会でなければやっていけない。
修行中の身で何を考えてるんだ。人肉のデザートは笹本さんがうまくつくるだろう。
由美が食人を受け入れるならそれはそれでいい。
藤堂には由美の幸せが一番大事だった。
最後のコーヒーを飲みながら、由美は幸せそうな笑顔を藤堂に見せた。
由美は笹本とうまくやっていけそうだ。
人肉シェフだが笹本はいい人だから、由美を大事にしてくれるだろう。
自分の夢を追いかけている途中の藤堂は、由美に対して無責任な兄である事を申し訳ないと思った。由美が笹本とうまくやっていってくれたら、自分は何も心配もせずに修行が出来るのだから。
「笹本さんとうまくやっていけそうか?」
「うん。心配かけてごめんね。お兄ちゃん」
「いや、お前が幸せならそれでいい」
「お兄ちゃんも向こうで彼女とかいないの?」
「そんな暇あるか。言葉が不自由だから理解するのに人の倍の時間がかかるんだぞ」
「とか言っちゃって、こっちへ戻ってくる時には金髪美人を連れて来るんじゃないの?」
「まあ、期待しててくれ」
そんな二人の元へ少し緊張した面持ちの笹本がやってきた。
コックコートを脱いで、私服に着替えている。
人肉コースは終わったのだ。
由美は笑顔で笹本の方へ手を出した。笹本はほっとした様子で彼女の手を取り、そして隣の席に座った。
「一樹さん、とてもおいしかったわ」
「そうか、よかった。君は? 藤堂君」
笹本が嬉しそうに由美に笑いかけ、それから藤堂を見た。
「ええ、とても美味しかったです」
藤堂は自分の感じた違和感は黙っておく事にした。合う、合わないは人によって違う。 この幸せなカップルに水を差す事はないと思った。
「そうだろう?」
「でもやっぱりデザートはお兄ちゃんが家でつくってくれるケーキの方がずっとおいしい」
と由美が言った。
笹本は顔をしかめた。
「そうなんだ。藤堂君、留学はもう切り上げて戻ってこないかい? うちのデザート専門でやらないか?」
「え、それはまだ早いですよ。俺なんかまだ素人に毛が生えたくらいのもんですよ」
「そうかなぁ。お兄ちゃんの作るチョコケーキは絶品だけどな」
「そいつはどうもありがとう」
「藤堂君、もしデザートで何かいい案があったら私に教えてくれないか」
と笹本が言った。
「いい案?」
「そう、材料は十分ある。金さえ出せばいくらでも手に入る。問題はそれを発展させるアイデアさ。デザートに関してはそれがなかなか難しい。私一人ですべてを創作するのが困難だ。客は次々押し寄せる。考える時間がないんだ」
「そんなに忙しいの? 一樹さん。もっと早く教えてくれたらよかったのに。私も協力するわ」
「ありがとう、由美」
と二人がきらきらと見つめ合っているのを見ながら藤堂は肩をすくめた。
「じゃあ、何か考えてみますよ」