るりか、降臨3
弟が結婚すると言って連れてきた女は短大を卒業したばかりの若い娘だった。
名前を美奈子と言った。
「よろしくお願いします。るりかさん」
としおらしく頭を下げるけど、どうせこの家の財産狙いに違いないわ。
だいたい弟のくせに姉のあたしより先に結婚するってどういう事よ。
しかも同居ですって。
竜也をこの家に迎える時は出てってもらうけど、それまでは飯炊き女だと思って使ってやってもいいわ。ママの作るおかずは味が薄いのよね。なんだか茶色い物ばかりだし。
だから夕飯の後でコンビニに行って夜食になるものを買いに行かなくちゃならないの。
あたしの為だとか言って量も少ないし、好きな物を作ってくれない。
あたしが好きなのは、スパゲッティとかドリアとかふわふわ卵のオムライスとかカツサンドとか唐揚げとかハンバーグとか炒飯とかラーメンとかそういう物なのに、ママが作るのは煮物とかばっかりなんだもん。
うちにはまだじーさんとばーさんがいるから年寄り向けなのはしょうがないけど?
美奈子だったら若いからもう少しましなメニューになるんじゃないかしら、と思ったわけよ。だからあたし言ったの。
「この家に嫁に来るんだから、家のしきたりには従ってもらうわよ。あたしが呼んだらすぐ来る事、その時ケーキとコーヒーは忘れない事。砂糖は三杯、ミルクもたっぷり。ケーキはショッピングセンターの一階のチョコレート・ハウスってケーキ屋で毎日必ず買う事。それと毎日の食事は茶色い物じゃなくて、ボリュームのある美味しいものを作る事。あたしは舌が肥えてるから、まずい物は食べないわよ? いいわね?」
そう言ってやった時の美奈子の顔ったら。ぽかんとしてあたしを見上げてたわ。
弟が苦い顔で、
「美奈ちゃん、姉さんの言うことは気にしなくていいから。ちょっと妄想が激しくてさ」
と言った。
美奈子はその時は何も言わなかったけど、後で弟に、
「あたしはお義姉さんのお手伝いじゃないわ! だいたいニートの姉がいるなんて聞いてないわよ!」と嫌味を言ってるの聞いた。
「ニ、ニートじゃないよ。その…花嫁修業中らしい」
と我が弟ながら情けない口答えをしてる。
「花嫁修業? だったら、食事くらい自分で作ったらどうなの? ご飯も洗濯もお義母さん任せなんでしょ? 最近じゃ自宅警備員の事を花嫁修業って言うわけ?」
ふん、大人しそうな顔して、言うじゃない。
いじめてやろー。
あたしに逆らったらどうなるか身をもって知るがいいわ。
と思ったんだけど、美奈子は家にいるのが退屈ーとか言って、バイトを探し始めた。
ママやあたしと一日中顔を合わせるのが嫌なんでしょうよ。こっちだってお断りよ。
うちは広いんだから、探して歩かないと顔なんて合わないのに、生意気な女。
でも、おかげでいいことを思いついたわ。
美奈子を竜也の店で働かせたらいいのよ! ね? 冴えてるぅ、あたし。
ケーキも毎日買ってあげられるし、竜也に困ったことがあればすぐに駆けつけられる! これぞ内助の功よね!
ついでに竜也の携帯番号とメアドもゲットだぜ! やったわ!
美奈子は案外すんなりと了承した。すぐにバイトの面接を受けて働き始めた。
ママがかなりきつく言ったらしいんだけどね。ま、しょうがないわ。
あたしはこの家の大事な跡取り娘なんだもん。
最初は竜也に断られたらしいんだけど、頭を下げ続けて雇ってもらったみたい。
やあねえ、酒井家の人間が軽々しく頭を下げるもんじゃないわ。
「るりかさんの関係者はお断りって言われたのよ! あんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだわ! お義母さんがそこで雇ってもらえないならあたしを実家に帰すって言うのよ! 何なの!? だからあたし、一生懸命頭を下げたのよ!」
と泣きながら弟に訴えていたけど、大げさな女ね。
恥をかいたからって、美奈子は弟にブランドのバッグを買わせる約束してたわ。
強欲な女。
でも、美奈子は案外役に立たなかった。毎日ケーキを買ってくるぐらいね。しかも二割引で買えるんですよ、るりかさんって、酒井家の人間が割り引きしてもらうなんて恥ずかしいったら。
それにケーキも大事だけど、竜也の携帯番号が知りたかったのに! メアドも!
彼の写メとか撮ってきてくれると思ってたら、休憩所以外で携帯を扱うの禁止なんだってさ。休憩所はバイトが使う場所で、竜也は顔を見せないんだって。
せめてあたしの携帯番号を渡してって今まで書き綴ってきた三百枚もたまった竜也宛の手紙を美奈子に預けたら、
「今度、彼女に何か頼まれてきたら、酒井さんもやめてもらいます」
って由美に阻止されたらしいわ。使えない女ね。
それにしても邪魔なのは由美だわ。
由美を竜也から引き離すいい手立てはないかしらねぇ。
そしたら、死んじゃったわ、由美。
しかも、山の中の汚い公園に犯されて殺されて捨てられてたんですって。
ぷっ。
いい気味だわ。
犯人知ってるけど、教えてあげなーい。
うちは格式の高い家だから、市長の一族とも深いつきあいがある。
貴史君は市長の息子で、弟の同級生だ。昔はあたしも時々一緒に遊んだわ。
貴史君は何故だか由美が好きだったみたいね。
そんなに好きなら由美を誘ってデートでもしたらいいのにって助言したわ。
そしたら、由美、死んじゃった。
貴史君、焦っちゃってさ。
どうしよう、るりかさんって相談に来たけど、あんたの一族はこの街じゃ顔なんだから逮捕なんかされっこないわよって言ってあげたら安心したみたい。先輩が暴力団にいるって言ってたから、そっちに頼めばって言えばお金取られるから嫌だってさ。
本当、馬鹿なんだから。
もし竜也があたしにお願いしたら貴史君の事を教えてあげてもいいわ。
ただし、お願いはベッドの中でねー。
竜也の作るケーキのように甘~くお願いしてね。
竜也はベッドであたしをお姫様のように扱うのよ。
毎晩、弟と美奈子のベッドの様子を盗聴すんのも飽きちゃったわ。
美奈子があたしの悪口を弟に言って、弟がそれを慰めて、謝って、それから二人でベッドになだれこむっていう手順、よくまあ、毎回飽きないわね。
竜也に会えると思ったから、あたしはママと一緒に由美の葬式に行った。
竜也の母親はもう死んでいない。だから由美が死んじゃったら、竜也は天涯孤独になる。
でも大丈夫、あたしが竜也の子供をいっぱい産めばいいんじゃない?
だから弔問客もいないひっそりとした葬式で、あたしは竜也にその思いをうち明けたの。
「あたしが竜也の子供をいっぱい生んであげるぅ。だから元気だして!」
その横でママがうんうんとうなずいていた。
竜也はやっぱりあたしを見もしないの。心ここにあらずって感じだった。
だから現実を気づかせてあげなくちゃと思ったから、言ってあげたわ。
「ねえ、もう、あたし達を邪魔する由美はいないのよ?」