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チョコレート・ハウス 外伝  作者: 猫又
第七章

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金曜日は趣味の日 2

「え? 三木さんが死んだ?」

 翌日、出社した私の前に課長が飛んで来て言った。

「そ、そうなんだ。夕べ……どうも……殺されたらしい」

 課長の顔は真っ青だった。

「へえ、可哀相に」

 と私は言ったが、本心かどうかは自分でも分からない。死ねばいいのに、と思っていたけど、本当に死ぬなんて。

「そ、それで、その、警察が聞き込みに来ててだね」

「はあ」

「君、三木さんと仲が悪かったような……だね?」

「え……私…?」

 頭から水をかけられたような気がして、一瞬に全身が震えた。

「私を疑ってるんですか?」

「いや、その、知ってる事があったら、正直に話した方がいいと……とにかく、応接室で警察の方が待ってるから」

 促されて私はバッグを持ったまま、一階の応接室へ行った。

 その道でひそひそと私を遠巻きに見つめる社員達がいた。

 皆の目が私を疑っている。人殺し!と叫んでいるような気がした。

 応接室には二人の刑事がいた。

 私を疑っているのかどうかは分からないが、物腰は柔らかかった。

 麻衣子との諍いがあった事は認めた。だが、私は殺してないと主張した。

「夕べ、七時から八時くらいの間、どちらにいました?」

 と聞かれたので、

「バイトの西条さんと会社近くのファミレスで夕食を食べてましたけど」

 と答えた。

 これがなかったら、私にはアリバイがなかった。

 一人暮らしのアパートへ帰っても、誰もいない。

 部屋で一人でいました、と言っても信用されないかもしれない。

「またお話を伺う事もあるかもしれませんが」

 と言って警察は引き上げて行った。


 震える身体を励まして、部署に戻るとやはり冷たい視線が突き刺さる。

 部屋に入った瞬間に彼が、

「人殺し!」

 と私を指さした。

「どうして……どうして……麻衣子を……殺したんだ……!」

「ち、違う……」

 それだけ言うのが精一杯だった。

 課長も彼も同僚も、皆が私を憎そうに睨んでいる。

「おはよーございます」

 その時、西条さんが入ってきた。

「ん?」

 西条さんは部屋の中を見渡してから、

「あー、橘さん、昨日はごちそうさまでしたー。あそこのファミレス、おいしかったですね」

 と言った。

「え、ええ」

「西条さん、人殺しには近寄らない方がいいよ」

 と吉崎が震える声で言った。

「はあ? 誰が人殺しなんです?」

「麻衣子が殺されたんだ!」

「ああ、下で聞きました。事情聴取っていうんですか? あんな風に警察と話するの初めてで緊張しますね」

「な、何を聞かれたの?」

 と課長が言った。

「え? 夕べ七時過ぎからどこにいたかって聞かれましたけど? 橘さんとご飯を食べに行きましたもんね?」

 と西条さんが私を見たので、私はうなずいた。

「西条さん! 本当なのか?」

 と吉崎が西条さんに詰め寄った。

「ええ、何か?」

「いや……何時から何時まで?」

「七時過ぎから八時半くらいまでかしら。何なんです? もしかして橘さんが疑われてるんですか?」

 西条さんの言葉に部屋中がしんとなり、私は下を向いた。

「どうして疑われてるんですか?」

「橘さんは麻衣子と仲が悪かったから」

 と吉崎が言った。

「いくらなんでも会社の人間と仲が悪いくらいで人を殺しますか?」

 と西条さんは驚いたような顔をして私を見た。

「わ、私じゃないわ。本当よ!」

「でも、橘さん、吉崎君のストーカーだったし、麻衣子と吉崎君がつきあうようになってから、随分と嫌がらせもしてたじゃないですかぁ。麻衣子がいなくなれば吉崎君とどうにかなれるとでも思ってたんじゃないんですかぁ?」

 と言ったのは、麻衣子と一番仲が良かった聡美だった。

 麻衣子と二人でエリート社員を捕まえるのに必死だった女だ。

 自分達が世界の中心にいると思っているような娘だ。

 だけど、それは正解だった。 

 若くて綺麗な娘達はちやほやされて、当たり前だった。

 私は首を左右に振るだけで精一杯だった。自分の容姿は分かっている。

 だからこそ人一倍誠実に生きてきたつもりだ。

「ストーカー?」

 と西条さんが言った。

「そうよ」

 聡美が腕組みをして、西条さんを見下ろしながらきつい口調で言った。

「この人、吉崎君が好きで自分の恋人だと思い込んでるの。実際の恋人は麻衣子だったんだけどこの人、麻衣子に嫌がらせしたり、大変だったんだから」 

「へえ、吉崎さんのどこがそんなにいいんですか?」

 と西条さんが私に振り返って聞いた。

 違う……と言いかけて、違わない。好きだった。

 恋人だったはずだと思い出した。

 これは本当に私の妄想だったの?

 どこがいいのかと聞かれても、もう思い出せない。

 騙された。お金だけたくさん渡した。

「逆に、吉崎さんにも聞きたいわ。麻衣子さんのどこが好きだったんですか? 盗癖ありましたよね?」

 ざわっと部屋の中がざわめいた。

「西条君!」

 と課長が慌てて言った。

「今、そんな事を!」

「死者に鞭打つなって事ですか? でも恋愛問題とは別にそういうとこから恨みをかうって場合もあるんじゃないですか? 盗癖って病気ですよ。そういう人って息をするように盗みますよ」

 みんなが西条さんをぽかんと見つめている。

 確かに、麻衣子が西条さんのチョコレートをひょいと食べたのは私も見た。何も躊躇もなく、当然のように口に入れた。そしてすぐに私のせいにした。

「麻衣子の事を悪く言うなんて許せないわ! たかがバイトのくせに!」

 と聡美が言った。

「バイトですけど、真っ当に働いてます。正社員だろうが泥棒は泥棒です。殺されたのは気の毒ですけど」

 と西条さんは冷静に答えた。

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