サイコパス診断 後編
「アキラさん! 来てくれたんですね! 嬉しい!」
と順子が言った。
「順子ちゃん」
順子は公園のブランコに座っていた。
真夜中の二時だった。
若い女の子が薄暗い街燈が一つしかともっていない公園で一人きりだ。
真夜中に順子からメールが来たのだ。
「△○公園で待ってます 順子」
放っておこう、と一瞬思ったのだが、もしこんな夜中に公園で他の人間に何かされた時に、自分に送ったメールが順子の携帯に残っている、という事に気がついた。
「ふざけんなよ、マジで」
眠りを邪魔されてアキラは怒り心頭である。
「こんな場所でこんな時間に、変質者でも出たらどうするんだ? 世の中、危険な人間はたくさんいるぞ」
「アキラさん、嬉しい」
話が通じないようだ。
「で、こんな時間に呼び出して何? 何か用?」
「私がお店出したら、来てくれます?」
「はあ?」
「私とアキラさんのお店です。パティスリー! 名前は……何がいいかしら?」
「……でもさ、君、製菓学校卒業って嘘らしいじゃん。トラブル起こして退学になったんだってな?」
「だって、あたしは悪くないんです。学校の子、みんな意地悪なんですよ。びっくりするくらい」
「……俺は君のパティスリーで働く気はないから。あきらめてくれ。送っていくから帰ろう」
とアキラが言うと、順子はうつむいてから立ち上がった。
「あたしの事が好きなんでしょ? そう言ったわよね?」
薄明かりの中で順子はそう言ってアキラを見上げた。
微笑んでいるが、視線が遠くを見ている。
深夜の公園にいる、という自覚はなさそうだ。
順子の中ではお洒落なカフェでアキラと向かい合っているのかもしれない。
「言ってない」
アキラは辛抱強く言った。
「どうして! 好きだって言ったわ! 萌花よりもあたしが好きなんでしょ! だから、恋人になってあげてもいいって言ってるの!」
ヒステリックに叫ぶ時だけ、アキラの顔に視線が合う。
そしてすぐにまたどこか遠くの方を見る。
アキラは順子のおかしなスイッチを入れてしまったようだった。
萌花と順子では順子が大人しそうで襲いやすそうだと言っただけなのに、順子の中では自分への告白だったらしい。
アキラはため息をついた。
彼は許可が下りる瞬間を待ってイライラしていた。
自分に向けて攻撃が突きつけられた瞬間に、アキラの中では許可が下りた事になる。
殺すか殺さないかではない、許可が下りるか下りないか、だ。
大抵の場合、許可は下りる。
アキラがそう思えばそれが許可だからだ。
相手が瞬きしても、頭をかいても、泣いて許しを乞うても、全てがアキラにとっては彼に攻撃を加えたとみなすのだから。
順子は首をかくんと横にかしげてアキラを見た。
表情はない。ただ、かくん、と首をかしげた。
「好きよ、アキラ……」
許可が下りた。
アキラは順子の顔を殴りつけた。
順子はすぐに気を失い身体が崩れて落ちた。身体を支えて素早く車に積み込む。
普段に乗る車は黄色の派手な外車だが、こういう場合に備えて黒い小さい軽自動車も持っている。アキラの黒い小さい車は深夜どこへともなく消えて行った。
美里は怒るかもしれない。
店を破壊されて迷惑を被ったが、殺すほどではないと言うかもしれない。
だが、アキラにとってはどうでもいい事だった。
順子が病んでようとなかろうと、可愛い女の子だろうと不細工だろうと。
気の毒な人だろうと、犯罪者だろうと。
自分に必要以上に関わってきた人間は殺すだけだ。順子は自分から名乗りを上げてしまったのだ。自分と関わらなかったら死ななくてもすんだのに。
アキラが殺さないのは美里だけだ。
何故なら、いつか美里に殺されたいからだ。
美里に殺されたくなったら、オーナーを殺せばいい。
だから今はオーナーには手を出さない。
オーナーを殺したら、美里に殺してもらえる。
そういえば、エイミも殺せなかったな。
あいつは別の意味でやばいからな。
エイミを殺すのは美里でも手を焼くかもしれない。
ふふっとアキラは笑った。
ぶんぶんとうるさい虫の羽音が耳の近くで聞こえる。
頭をふったり、手で追い払ってみたり、居場所を変えたりしてもその羽音は消えず、ずっと耳の縁でぶんぶんと飛んでいる。そのうちに耳の中に侵入したのか、中でも聞こえるようになる。指で耳をほじってみると、羽音が声に変わる。
しわがれた声だ。酒で喉が焼けてつぶれた声だ。
おまけに安っぽい香水の匂いがする。臭くて吐きそうな匂いだ。
あまりの臭さに息をするのも嫌になる。
しばらく息苦しさを我慢してみるが、すぐにぶはっと吐き出す。
うすべったい布団に女がいる。
年上だがすましていれば綺麗な女だ。
一言しゃべると下品で性根が腐っているのが見て取れる。
笑うと下卑た笑顔になるので、もっと悪臭がする。
その女は昔、母親だったような気がする。
今は違う。父親にそっくりな自分を父親の代わりにして弄ぶ。父親の名前を呼びながら自分の上に乗っかってくる。
台所ではふたつ上の姉が床にじかに寝ている。
さっきまで母親に殴られ、蹴られていたいつも痣だらけの姉。
きっと母親の下品な獣のような声が聞こえているだろう。
男を連れ込まない夜は自分をおもちゃにする。
男を連れ込む夜は自分と姉は台所の床で寝る。だから姉はいつも台所で寝ている。
姉は自分を嫌っていると思う。
姉と比べれば自分は暴力を受けない分ましなのかもしれない。洋服も買ってくれる、散髪もこまめ連れて行かれる。風呂も入れて、食べ物ももらえる。溺愛されている。
だから、自分は姉には嫌われている。
「好きよ、アキラ」
と母親が言う。時々、別の名前になる。それは多分父親の名前だろうと思う。
だから、「好きよ、アキラ」と言う女は殺す。
母親が死んだ。
焼死した。アキラが家に戻った時にはアパートは焼け、母親とその恋人は真っ黒に焦げて死んでいた。姉は無事だった。姉が殺したのだと思った。
姉の内臓をゲテモノ喰いに売り飛ばしてやったと母親から聞いていたからだ。
親を亡くした自分達はばらばらに引き取られる事になった。
姉と一緒に行きたかったが姉は自分を嫌っていたので、一緒に行きたいとは言えなかった。自分は母親の知り合いに引き取られ、姉は施設行きとなった。
それからずっと姉を捜していた。
姉に殺してもらう為に。
姉が母親を殺した詳細は「チョコレート・ハウス3 復讐編」でご確認下さい!←宣伝か!
サイコパス診断は 前・後編で終了しました。
ありがとうございました!




