サイコパス診断 前編
チョコレート・ハウス 休憩所。
パートやバイトの学生などが働く時間の合間に休憩する小部屋がある。
そこには試作品のクッキーやチョコレートがあり、休憩時間には食べてもいい事になっていて、なかなか居心地のいい空間だった。
「ねえ、ねえ、サイコパス診断だって、やってみようよ」
と言い出したのは、最近入った大学生のバイトの萌花である。二十歳でお洒落、コンパ、彼氏、芸能人、買い物が命。可愛いといえば可愛いのだが、印象に残らない顔だった。アイドルグループの中の一人、というイメージがある。
「やめてよ、サイコパスなんて怖いじゃない」
と由香が言って顔をしかめたが、萌花は読んでいた雑誌をぱんとテーブルの上へ広げて大きな声で読み始めた。
「聞いてね。あなたはマンションのバルコニーへ出た。すると下の駐車場で男が女を刺し殺していた。あなたは男と目が合ってしまった。男はあなたの方を指してその手を一定の動きで動かした。何故?」
その場には六人ほどいた。萌花に由香、そしてパートの佳枝と順子。佳枝は近所に住む子育て中の主婦である。子供は小学生で旦那と三人暮らし。日々、貧乏暮らしを愚痴り、旦那が家事を手伝ってくれないのを愚痴るのが日課だ。順子は研修中のパティシエだ。専門学校を卒業したばかりの二十二歳。大人しい無口な女の子だった。
アキラと美里もその場にいた。アキラは店で出た売れ残りのケーキを「どうぞー」と持ってきた所で、美里は休憩所の掃除をしていた所だった。
「えー、それは次はお前だーみたいな意思表示かな?」
と由香が言った。
「一定の動きっていうんだから、部屋の場所を数えてるんじゃない? 階数とか。目撃者は殺さないと」
と言ったのはアキラだった。
「えー怖い、そんなの分からない」
と答えたのは佳枝。考えることすら嫌なようで、頭を振った。
「分かりません」
と順子も言った。
「美里さんは?」
と萌花がテーブルを拭いていた美里に聞いた。
「え? さあ、そんな事考える前に、早く武器を取りに行ったほうがいいんじゃない?」
と美里が答えたので、アキラが肩を振るわせて笑った。
「えー、何ですか、それ。じゃーん、正解はアキラさんがサイコパスです!」
と萌花が言った。
美里はアキラを見て、
「やっぱりね」
と言った。
「じゃ、次の問題。あなたは妹とあるお葬式に出ました。そこで素敵な男性を見ました。妹とあなたの好みは同じです。あなたは次の日、妹を殺しました。何故?」
「妹が男性にアタックしそうだから」と由香。
「分かりません」と順子。
「妹が嫌いだったから」と佳枝。
「妹の葬式でもう一度会えるから」とアキラ。
「美里さんは?」
「え? ん~~」
と美里は面倒くさそうに、
「妹に先に男を殺されるのが嫌だったから」
と答えた。
「やっぱりアキラさんって、サイコパスだわ~~」
と萌花が喜んでいる。
「アキラがサイコパスなの? へえ、やっぱりね。そうだと思った」
と美里が笑った。
「うるせえよ」
アキラはつんと横を向いた。
「でも、ちょっとサイコパス、とか、猟奇的とかいう言葉に憧れません?」
と言ったのは萌花だった。
「萌ちゃん、変わってるわね。そんな恐ろしい、ねえ、美里さん」
と佳枝が言った。
「まだ若いから、そういう危険な物に憧れちゃうのね。でもそういうのあまり口に出さない方がいいわよ。アキラみたいなサイコパスに狙われちゃうわよ」
「えー、アキラさんみたいなサイコパスならちょっと狙われてみたいですよね?」
ぽっと頬を赤らめる萌花に由香がうんうんと同意して、それを見たアキラがにやっと笑った。
「萌花ちゃんは狙わないな。面倒くさそうだから。順子ちゃんの方が大人しくて簡単そう」
と言ってアキラが笑ったので、萌花がぶーっと頬を膨らまし、順子は白い肌をぽっと赤くさせた。
「萌花ちゃんに手を出さないでよ」
と閉店後、二階へ上がってきたアキラにそう言った。
「え?」
「サイコパスに憧れるなんて、変わった娘だけど。仕事は真面目にやってくれるんだから、手を出さないでね」
アキラは不服そうに口を尖らせた。
「それにサイコパスなんて言われて喜んでんじゃないわよ」
「喜んでねえし」
「何の話?」
とオーナーも二階へ上がってきたので、美里はテーブルに夕食の皿を置いた。
「萌花ちゃんがね、サイコパス診断とかいってやってて、アキラが馬鹿だから模範解答しちゃって、サイコパス認定されてるの。萌花ちゃんが格好いい、とか言っちゃって」
「アキラ君はイケメンだからさ、サイコパスでも殺人鬼でも普通の人でも格好いいって言われるだけだろ?」
グラスにビールを注ぎながら、オーナーが笑った。
「でも萌花ちゃん、ちょっと危険な事に憧れてる、みたいな事を言うし。アキラの前でそんな事言ってみなさいよ。誘惑する方が悪いって法則が発動されるだけよ」
と美里が言った。
「はいはい、分かりました。うるせえな。俺に説教できる立場かっての」
とアキラに言われて美里はぎろっと弟を睨みつける。
「まあ、そうだけど。できたら店の子はそっとしといてほしいな」
とオーナーが笑った。
「アキラさんが欲しいんですけど」
と背中から声をかけられて、美里は振り返った。
「え? 何て言ったの? 順子ちゃん」
「アキラさんが欲しいんです」
順子は白いコックコートを着て、髪の毛も清潔にまとめて帽子の中に入れてあった。身長はそんなに高くなく、美里と同じくらい。体格は華奢で真っ白い肌をしていた。
「そ、そうなの? でもそういう事は本人に告白してくれる?」
順子はにこにこと笑って、
「アキラさんにはもう言ったんですけど、断られちゃって」
と言った。
「そう、それならしょうがないわね」
美里は何と言っていいか分からなくて、
「ごめんなさいね」
と続けた。
「何よ!」
いきなり順子は大声で叫んだ。
「あたしが欲しいって言ってんのよ! くれたっていいでしょ!」
「……」
「アキラさん、あたしの方が大人しくていいって言ったのに!!」
いきなりの豹変に美里は驚いてしまい、しばらく順子を眺めていた。
今まで店できゃっきゃとはしゃぐバイト達に混じっても、無駄口をたたくでもなく真面目に働いていた順子だった。
朝の八時である。
美里は三人分の朝食をトレーに乗せて階下の店へ下りてきたところだ。
早朝から働く三人の為に、休憩室のテーブルに朝食を置くのだ
そしてコーヒーメーカーをセットしていたら、順子に声をかけられたという所だ。
「あたしがあげるって言っても、本人が嫌ならしょうがないでしょ?」
「だーかーらー! ああ、いらいらする! デコレーション、失敗したし!」
「ちょっと落ち着いて、ね? えっと、病院行く?」
「行かないわよ! ママみたいな事言わないで! アキラさんが欲しいって言ってるだけじゃない!」
「じゃあ、アキラを呼んでくるから待っててね」
美里はそう言い、いらいらとして視線が落ち着かない順子を残して休憩室を出た。
がしゃん、ばたん、と音がしている。椅子かテーブルをひっくり返したのだろう。
そこへ、
「おはよう」
「おはようございます」
とオーナーと林がやってきた。
「今、入らない方がいいわよ」
「どうしたの?」
「順子ちゃんが急に暴れ出して……アキラが好きみたいなんだけど、断られたみたい。あの子、ちょっと普通じゃないわよ」
「本当か? さっきまでは普通に働いてたのに」
「あー、でも、時々おかしいな、と思う事は……」
と林がぼそっとつぶやいた。
「本当? 林さん」
「ええ、おかしいっていうか、異常にデコレーションを気にするっていうか、失敗したら真っ青な顔になったり、震えたり。その時の顔はちょっとあれ? と思って……」
「え~そうなの? どうする? 休憩所、壊されちゃうわ」
オーナーがそっとドアを開いて中を覗く。すぐにバタンと閉める。
「朝飯もコーヒーも壊滅的……」
とぼそっと言った。
「今日のところはお家の人を呼んで引き取ってもらいましょうよ。迷惑ねぇ」
と美里が不機嫌そうに言ったが顔には、林がいなかったら殺せたのに、いや、今からでも殺してやろうかしら、と書いてあった。




