オーナーの恐怖の一日 後編
「デリケートね、アキラ」
いつの間に入ってきたのか、自分の後ろから声がしたのでアキラは振り返った。
「藤堂さんは?」
「朝が早いんだもの、もう寝たわ」
「そ」
「で、結局、るりかなの? るりかじゃないの?」
「るりかで荒稼ぎしてたんだってさ、こういうマニアってまじいるんだな」
「るりかで荒稼ぎ?」
美里は首をかしげた。
「本物のるりかの写真集がある日マニアの目に留まって、そこからネット上で人気が出て来た。だけどるりかはどこかのイカレタ女に殺されてこの世にはいない。るりかに間違われた女は否定もせずにるりかになりすまし、稼ぎを自分の懐に入れた。その女がるりかの実家が裕福と聞きつけてこの街へやってきた。この街へさえ来なきゃ、もう少し長生きできたのにって話さ」
「つまり、るりかはあの容姿でマニアに人気があるって事?」
「そうらしいぜ、写真集が売れてる人気モデルなんだってさ。世も末だな」
「へえ、凄いじゃない。生きててもどうしようもない生き物だと思ってたけど、凄いわ。殺しちゃって悪かったかしら?」
と美里がアキラの方へ真剣な顔でそう言ったので、アキラが笑った。
「いいんじゃねえ。別に。世の中、代替品がいくらでもある。るりかの代わりもね」
と言って顔を押さえて蹲っている女を見た。
「るりかの代わりかぁ、あなた、凄いわね」
と美里が女に声をかけた。
「ゆ、許して……違うの。あたしは……るりかじゃない」
女は手で顔を押さえたまま美里を見上げた。
女ははっとするぐらいるりかに似ていた。
うすい腫れぼったい目もたこのような口も、頭髪が薄くなっているのにやたらに細い毛で長い貧相なロングヘアー。浅黒い色の皮膚、ぶつぶつした肌。
着ている物は高価そうだが、サイズ重視で購入するのか、あまり似合ってはいないし、センスも良くない。
「るりかは酷い生き物だったわ。言葉は通じるけど、会話は出来ないの。あの人の目にはオーナーしか入ってないみたいね。好かれようとする努力さえしないの。ただただ追いかけるだけ。そして強烈な印象をオーナーに植え付けた。今でもね。オーナーが夜、時々うなされるのよ。汗びっしょりかいて、はっと飛び起きる。絶対、るりかに追いかけられる夢。大丈夫よ、あたしが殺してあげるからって言うと、安心して眠るの。ずっとそうやってきて、ようやく最近夢を見なくなったのに、あなた、また戻って来たのね」
「違うの、あたし、るりかじゃない……」
「そんな事はどうでもいいの。るりかでもるりかじゃなくてもどうでもいいの。あなたがまたオーナーにるりかの恐怖を思い出させたって事が問題なの。あなたを切り刻んで犬の餌にしてもおさまらないくらいあなたの罪は重いの。食人鬼とつきあうより、死肉を使ってデザートを作るより、殺人鬼と結婚するより、その弟まで背負い込むよりも、るりかの事を思い出す方があの人には恐怖なの。分かる?」
美里はじっと女を見下ろした。
女は美里とアキラを見上げてただ、がくがくと震えるしかなかった。
「だから、あなたは死ぬの。オーナーをそんな目に合わせる女をあたし達が許しておけると思う? あなただけじゃないわ。これからもるりかに似た女はあたしが片っ端から殺してやるわ」
美里がそう言って、手に持っていた金槌を女の頭に振り下ろした。
「ぎゃっ」
と叫んで、女が頭を押さえた。頭蓋骨は大きく陥没し、見事に凹んでいる。
女はびくびくと身体を痙攣させて、倒れた。
美里は女の顔を金槌で滅多打ちにした。鼻が潰れ、目玉が飛び出し、頬の骨が凹んだ。
頭の骨、顔の骨が粉々になって潰れていき、だんだん顔が小さくなる。
「また目玉を潰しちゃったわね」
破れた頭の皮膚から脳みそがこぼれだし、床を薄茶色く染めた。
びちゃっと飛んでくる脳みそのしぶきにアキラは嫌な顔をして一歩さがる。
顔がなくなった。だが、まだ身体はびくんびくんと動いている。
「はあっ」
と美里が手を止めて金槌を床に捨てた。
「また部屋を汚しちゃったわね。あたし達駄目ね、スマートに殺せないから」
「スマートってどんな」
「血とか体液で部屋を汚さない方法よ」
「そんなつまんねえ事を考えるならもう引退したら?」
「引退? 引退する時は死ぬ時よ。アキラは違うの? 警察に捕まる時?」
「警察に捕まる時は派手に銃撃戦で撃ち殺されて死にたい」
「あら、気が合うわね」
「だろ、やっぱこれだよな」
美里とアキラは視線を合わせて楽しそうに笑った。
午前三時、起きる。何だか嫌な夢を見たような気がする。汗をかいて、身体がだるい。
ベッドの隣には美里がすうすうと眠っているのでその寝顔にキスをしてから起きる。
部屋から出てリビングへ入る。
その向こうにあるアキラの部屋をそっと覗くと、アキラがぐうぐうと眠っていたので少し安心する。るりかとデートと言っていたので、どうなったのかと思っていたからだ。
着替えて階下の厨房へ下りる。
また今日もチョコレートやケーキを作る。
厨房のすみに美里が作りかけているチョコレートの家がある。市販の板チョコを組み合わせて作るやつだ。何も市販のチョコを使わなくても、と言ったが、自分で作るなんてこれで十分よ、オーナーのおいしいチョコレートを使うなんてもったいない、作るよりも食べて終わってしまうわ、と言われたのでちょっと嬉しい。
美里は張り切って作っているが、市販の板チョコで出来た家を店に飾るわけにもいかないので、こっそりとそれに貼り付けるようなビスケットや煉瓦風のチョコを作ってあげているのはまだ美里には内緒だ。
できあがったら、チョコレートの家に合うような人形を三体作ろう、と思った。
了
何だか最終回っぽい終わりになってしまったような……でも、ご安心ください!
チョコレート・ハウスは400まで続きます!←えーまだやるの……




