オーナーの恐怖の一日 前編
朝というかまだ夜中だが、三時に起きる。ベッドの隣で寝ている美里の頬にキスをしてから着替えて階下の厨房へ下りる。コーヒーをいれてぼーっとしていると従業員の林がやってくる。林の妻を美里が切り刻んでしまったので申し訳ないとは思っているが、あの女がいない方が林も子供達も落ち着いているような気がする。
四時~七時、ケーキやクッキーを作る。
八時、美里が朝食を持って来てくれるので、それを食べる。
九時、開店準備をしようと、店の前に出る。女が立っていたので、「開店は十時です」と言いかけてから、絶叫をあげそうになる。
目の前にるりかが立っていた。すぐさま店の中に入り、鍵を閉める。
「どうしたんすか?」
の声に顔を上げると制服に着替えたアキラが立っていた。
「化け物がいる。外に」
「はあ?」
と言ってからアキラが店の外を覗く。
「どうしてだ? 美里が殺したはずなのに」
そろそろ従業員も出勤してくる時間帯であるのにうかつな事を口走る。
十時、開店するが、オーナーは厨房にこもって出てこない。
「どうしたの?」
と美里が聞く。
「化け物がいるってさ」
とアキラが答えた。
十一時、オーナーの様子を心配した美里とアキラが厨房へ行く。
「化け物って何?」
オーナーは美里を見て、
「朝、店の前にるりかが立っていたんだ」
「え~本当?」
「るりかって誰?」と聞くアキラに、
「詳しくは「チョコレート・ハウス」を読んで」と美里が答える。
「あっそ」
「殺したはずなのに……なあ、美里」
とオーナーが言う声が震えている。
「ええ、でも、いいじゃない。生きてても」
「え?」
オーナーの顔が絶望的になる。
「何回でも殺してやればいいじゃない」
と美里が言った。
十二時、早目に昼食をとる為にオーナーは自宅へ上がる。カランという音で店のドアが開き、アキラが「いらっしゃいませ」と振り返る。
オーナーが言うところの「るりか」が店に入ってきた。
おもしろそうなので近寄って接客をする事にした。
るりか風な女は長身イケメンのアキラに少し赤くなる。
「店内でお召し上がりならこちらへどうぞ」
「は……い」
体重は100キロはあるだろう。身長は低く、ボンレスハムみたいだ。だが着ている物は高価そうな感じで、不細工だが見た目はきちんとしていた。
るりか風な女がコーヒーとケーキのセットを注文したので、アキラは厨房へ引っ込んでから美里に連絡する。美里が下りて来る間に注文の品を運ぶ。
「どこかで見た事あるんですけど」
とケーキ皿をるりか風な女の前に置きながらアキラが言うと、
「ああ、あたしモデルなんでぇ。写真集も出してるし」
と言った。
「へえ、モデルさんか。どうりで……だと思った」
アキラの笑顔にるりか風の女はまた頬がポッと赤くなった。
「名前、聞いてもいい? 写真集見てみたいな」
とアキラが言うと、
「あたし? るりかって言うの」
と笑顔で答えた。
「どうしてこの街へ?」
「あら、だって故郷なんだもん」
「故郷?」
「ええ、あたし、モデルになる為に三年前にここから旅だったの。がんばって成功したから戻ってきたのよ」
「へえ」
「この街じゃちょっとした家柄で、芸能人なんてとてもじゃないけど反対されてたの。でも思い切って何もかも捨てて挑戦したわ。まあ、うまくいったし、それで一度は帰ってみようと思ってね」
「凄いな、そんな人がこの街の出身だなんて」
とアキラが言った。
美里がカウンターの所からこちらを見ているのでアキラは話を切り上げた。
「もっと話を聞きたいけど、仕事しなくちゃ。ごゆっくり」
と言ってるりかのそばを離れた。
「どうだった?」
「本人らしいぜ。るりかって名乗った」
「嘘、笹本さんが運んで行ったのを私もオーナーも見たのに。偽物なのははっきりしてる。知りたいのは理由よ」
「分かった、潜入捜査官だ。殺しを疑われてるんだろ」
「向こうが潜入捜査官なら、こっちもそれなりな手段をとらなくちゃ。アキラ、デートに誘いなさいよ。素性を暴いてやるのよ」
「え~~俺が?」
「そう、あんたが、いいわね」
「へいへい」
と言いつつ、アキラが手を出した。
「何よ」
「仕事料」
美里はばちんっとその手を払いのけた。
「タダで居候してるくせに、それくらいやりなさいよ!」
「ケチ婆」
美里がポケットに入れているカッターナイフを取り出し、カチカチカチカチと刃を出した。
「手のひらの生命線を切断してやろうか?」
「はいはい。分かりました」
一時、店は大丈夫と美里が言うので、しばらく自宅で過ごす。
二時、アキラと美里からの情報で、インターネットでるりかを検索してみる。確かにデブスで人気急上昇のモデル「るりか」は存在する事を知る。有名モデルではないが、一部のいわゆるマニアに絶大な支持を得ているようだ。写真集はかなりな高値で取引されているらしい。るりかの写真集といえば、自分にも送りつけてきた事があるな、と過去を思い返す。化けもののようデブな身体でビキニを着て、南の島かどこかで本格的にプロカメラマンを雇って撮影したと言っていた。ちなみにヌード写真もあった。あれを撮ったカメラマンはきっとノイローゼになっているだろう。すぐに妹が捨てたが、あれを全部見たら病気になっていただろう。
三時、いつまでもうだうだしていられないので、厨房へ戻ってまたケーキを作る。
四時、アキラがるりかとデートなんで早退します、と言いに来たので、気を失いそうになる。関わらない方がいい、と忠告するが、美里の命令なので行かないと殺されると言う。
五時、アキラの事が気にかかってどうにも集中出来ないで過ごす。
六時、美里の為にチョコレートを作る。そういえば美里と出会いはるりかのおかげとも言える、と思うと気が楽になるし、るりかへの嫌悪感も少し減る。
七時、閉店。
八時、店の片付けをして自宅へ戻る。アキラは留守。
九時、美里と食事をしてから風呂へ入る。
「アキラは遅いかもしれないわね。竜也さん、もう休んだら? 今日は疲れたでしょ?」
「アキラ君、大丈夫かな……あの女は人間じゃないんだ。話も何も通じないんだ」
「あのるりかは私が殺したじゃないの。今日のるりかとは別人よ」
「でも、この街の出身で、大きな家柄だって言ったんだろ?」
「偽物がるりかの振りしてるだけよ。何の目的でこの街へ来たのかが問題ね」
と美里が優しく笑った。




