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るりか、降臨2

 専門学校を卒業した竜也が外国へお菓子の修行に行くって聞いた時はさすがに悩んだわ。竜也はあたしには直接言えなかったのね。ママの弟の知り合いの従兄弟が竜也の学校の理事長と知り合いだった関係で、そんな噂があたしに届いた。

 竜也があたしに言い出せない気持ちは分かる。弟がいるけど、あたしが跡取り娘なんだもの。家を捨てて竜也について行くわけには行かない。

 何も喉を通らないくらい悩んだわ。一キロも痩せてしまったの。

 そんなあたしを気遣ってか、竜也はある日何も言わずに出発してしまった。

 でも大丈夫、あたしはいつまでも待つから。

 いつかきっとあたしの胸に戻ってきてくれるって信じてる。

 だからあたしはずっとバージンを守ってる!


 竜也が戻ってきたのはそれから七年もたってからだった。

 あたしは高校卒業後は家で花嫁修業をしていた。

 働くなんて選択肢はなかった。

 貧乏人とは話が合わないしね、あくせく働くのなんて性に合わないわ。

 お金に困ってるわけじゃないし。

 いつ竜也が帰ってきてもいいようにずっと待ってた。

 もちろん他の男の子となんて口もきかなかったわ。

 コンビニへ行って男の店員しかいない時はしょうがないから、わざと横柄な口調で話したわ。だってあたしに興味を持っても答えてあげられないもん。でも、凄く男の子があたしに興味津々なのは痛いほど感じた。どこへ行っても男の子の視線がまとわりつくの。

 あの子たち、きっとあたしでいろんな事想像してるのね。あたしの裸を想像して何するのかしら? でも竜也だってそれくらいは許してくれるわね。

 

 竜也は戻ってすぐに自分の店を開いた。うちのおじいちゃんが持ってた土地に今はショッピングセンターが建ってるんだけど、そこの一階のテナントに入った。

 竜也の店は大成功だったみたい。

 彼の作るスイーツはおいしいって大好評だわ。

 もちろん、あたしも毎日買いに行ったわ。竜也があの細い長い綺麗な指で作ったケーキだと思うと、ケーキのクリームを身体中に塗りまくったりもしたわ。そしたら竜也の指があたしの身体に触れてるような気がした。いつかそのクリームを竜也が優しく舐めとってくれると思うと、あたし、まだがんばれる。

 竜也の成功は貧乏からの奮起かもしれないけど、あたしの支えもかなりよね。

 だって毎日、すべての種類のケーキを二個ずつ買ってあげたのよ。

 本当は毎日全種類全部でも買えるんだけどね。

 そして喫茶室で朝から夕方までお茶してあげた。かなり貢献してるでしょ?

 でも竜也は厨房にこもりっきりで、ほとんど顔が見えないんだ。つまんない。

 今は店の中には入らないようにしてる。

 プライベートな恋人が毎日来るのはやっぱまずいかな、と思うから。お店で働いてる女の子の手前もあるしね。将来的にはあたしが奥様なんだから、やっぱきちんとけじめはしとかないと、と思ったの。 

 こんだけがんばってるんだもん、そろそろよね。竜也が指輪を持ってあたしを迎えに来るのって、もうすぐよね。

 指輪のサイズ、知ってるかなぁ。さりげなく由美には言ったんだけど。

 由美ったら、あたしの指が意外と細くて目を丸くしてたわ。二十号なんだけど。

 あたし、二十五歳、彼は二十七歳だもん、年齢的にもちょうどいいんじゃいない?

 

 あたしは竜也の側でだったら働いてあげてもいいと思ったから、彼の店のバイト募集に応募してみたの。でも、駄目なんだって。

 可愛い恋人が側にいると気が散っちゃうからね、きっと。

 今は毎日店をのぞきに行くだけにしてる。

 メイドみたいな可愛い制服の女の子が何人もいるの。

 確かに、あの制服を着たあたしを見たら竜也も我慢できなくなるわよね。

 もう我慢しなくていいのに。竜也ったら。

 ガラス戸にへばりついて中を覗いてたら、肩をたたかれた。振り返ると交番のおまわりがいた。

「あの、そこにずっと立ってられると困ると、苦情が来ておりまして」

 とおまわりが言った。

「はあ? 何よ、あんた! あたしの事を知らないの!?」

「いえ、存じ上げておりますが…そこは出入り口ですから。中に入って何か召しあがっていかれれば?」

 とおまわりが弱々しく言った。何か見た事あると思ったら、高校の時の下級生じゃない。

 由美のおっかけしてた暗くてダサイ奴だ。

「あたしだってそうしたいわよ! お金ならあるって言ってるのに! この店のケーキ、毎日、全部買ってあげるって言ってるのに!」

「るりかさんは出入り禁止なの」

 とまた声がした。

「ゆ、由美さん!」

 おまわりの声が上ずって、顔が真っ赤になった。由美を見たらたいていの男はこんなぽわんとした顔になる。

「るりかさんが今度店に入って何かしたら、兄は店をやめてこの街から出て行く予定なの」

 と由美が言った。

 由美はいつだって番犬みたいに店にいてあたしが入ろうとすると追い出すの。

 由美は高校を卒業してからフランス料理の店で働いてて、そこのシェフとつきあいだしたとか何とか聞いた。ずいぶん年の差のあるおっさんとつきあってるって噂になって、由美のファンはショックを受けたらしいと弟が言ってた。

 そこをやめて竜也の店の手伝いを始めたもんだから、邪魔でしょうがないわ。

 偉そうに。

「出入り禁止なんかじゃないわよ!」

「店の女の子に難癖つけて、暴れ回ったのを忘れたの? 制服を脱がそうとして怪我させて、店の物も壊して、もう少しで傷害事件になるところだったじゃないの!」

「だって、着てみたかったんだもん。あたしに似合いそうだし」

「あなたのサイズで着られるわけないでしょ! もう、あなたと話してると宇宙人と話す方がましなんじゃないかって思うわ。お願いだから帰って、そしてもう二度と来ないで」

「どうしてよ! 新しい店だって建ててあげるって言ってるのに! 結婚してあげるって言ってるのに!」

「るりかさん、兄はあなたと結婚しないわ。何度言ったら分かるの?」

「分からないわ! あんたの言葉なんて聞きたくないわ! 竜也に会わせなさいよ!」

「兄が言ってもあなたには通じないじゃないの」

「何よ、貧乏人のくせに!」

 どうして分からないのかしら? あたしと結婚する事が竜也の幸せなのに!

「あなた、本当なら警察を呼んで引き取ってもらえるのよ? 営業妨害もいいとこだわ。それをあなたのお母さんからお祖父さんから出てきて阻止するから本当に迷惑だわ。あなた、病院へ行ったほうがいいんじゃないの?」

「あたしはどこも悪くないわ。何言ってんの?」

「言葉は通じるけど、話が通じないってセリフ。本当、あなたの為に存在するわ。あなたが行くのは頭の病院よ」

「るりちゃん!」

 この声はママ。ママが汗をかきながら走ってきた。 

「ママ~」

 ママが助けに来てくれた。もうあたしに怖いもんなんてないわ。由美だって、ママには何も言えないんだから!

「酒井さん、本当に困るんです。るりかさんをうろつかせるのやめさせてください」

 と由美がママに強気で言った。

「で、でも、るりかは本当に藤堂さんの事が好きなんです」

「兄はるりかさんの事が嫌いなんです」

 何て言いぐさよ、この女。竜也の妹で貧乏で可哀相だから今まで遊んでやったのに!

 ママと由美がにらみ合って、おまわりは困った風におろおろしている。

 ショッピングセンターで買い物帰りの客がじろじろとあたしを見た。

「知ってる。あの人、ちょっと気の毒な人だよね。毎日あそこに立ってぶつぶつ言ってる」

「超デブス、あれ、着ぐるみじゃないよね? 人間?」

「てか、ブラジャーくらいつけてあげて。乳首透けてるじゃん」

「Kカップくらい? 超巨乳で上下学校のジャージって、破壊力抜群だね」

「百キロくらい痩せたらね」

 とか言って笑いながらちらちらこちらを見ている。失敬ね!

「何、見てんのよ! 貧乏人が!」

 と言ってやると、くすくす笑いながら消えた。


 カランと音がした。

 久々に近くで見る竜也は相変わらず超素敵。

 ああ、もうたまらないわ。彼にむしゃぶりつきたい。

 でも、いっとくけど、処女なんだからね!

「店の前で騒がないで。お客さんの迷惑だから帰ってください」

「竜也~」

 いつもの事だけど、竜也はあたしの事を見もしないの。本当にどれだけストイックなのよ。無理しなくていいのに。ツンデレって奴ね。二人っきりになったらきっと激しくあたしを求めるに違いないわ…やだ、恥ずかしい。

「藤堂さん、るりかもこんなにあなたをお慕いしておりますのに、一度くらいお食事でも」

 とママが言った。

「お断りします」

 と間髪入れず竜也が言った。

 そりゃ、そうよ。デートに誘うのは男からよ。もちろんプロポーズもね。

「お宅、広いお屋敷なんですから、座敷牢でも作って入れておいたらどうです」

 と竜也がわけの分からない事をママに言った。

「と、藤堂さん、それはあんまりな…」

「とにかく、帰ってください。仕事にならない」

 ぷいっと竜也は店の中に入って行ってしまった。

 あたしは仕方なくママと一緒にタクシーに乗る。

 あーあ、帰ってケーキでも食べよーっと。


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