藤堂君は意外と鬼畜6
「林さん、これからも陽子さんを待つのかしら?」
美里がぼそっと言った。
「七年たてば失踪人として届けが出せる」
と藤堂が言い、美里は藤堂の方を見た。
藤堂の運転する車で自宅へ帰る途中である。
「そうね、でも林さんの事だから七年過ぎても待ってるような気がするわ」
「そうか? 近所のおばちゃんがお見合いの話を持ってきそうな気がする」
「あ、由香ちゃんのお母さんとか? あなたもずいぶんと勧められたらしいじゃない?」
美里はくすくすと笑った。
「うん…断るのに毎回全力を使ったよ。酒井家の耳に入ったら、全力で阻止してくれるんだがその見返りも恐怖だったし」
美里はぷっと吹き出した。
「る…るりか…さんだったっけ」
美里はすでにるりかの名前を忘れかけている。
「結婚はしないと思ってた。一生、誰ともね。特に由美が死んでからは、そう強く思ってたんだけど。君が現れて敵をみんな倒してくれた。全く君は俺の勇者さ」
「あら、じゃあ、壺の中とか箪笥の中に金貨のチョコレートが入ってるかもしれないわ」
と言って美里が笑った。
「美里さーん」
と一斉に子供の声がした。
チョコレート・ハウスの店舗横、自宅へはいる玄関前だった。
時刻は朝の九時、ガラスドアを拭いていた由香が外を覗くと、林の子供達が揃って立っていた。
「どうしたの?」
と由香が声をかけると、
「夏休みだから」
と長兄が言った。
「だから?」
「ここで遊びたい」
「美里さんは?」
「おなかすいたよ」
長兄、次男、長女、三男の四人である。
推測するに五番目の赤ん坊は保育園へ出勤しているのだろう。保育園は夏休みがない。 働くお母さんの為に一年中預かってくれる。休みは年末年始だけである。
「ちょっと待ってて」
由香は店の中に入って、厨房の藤堂へ、
「林さんの子供達が来てますけど」
と言った。
「え?」
「夏休みらしいですよ。でも、こういうのあれですけど…あんまり面倒見ると調子に乗ってずっと預けられますよ。林さんの奥さん、ずうずうしそうだしっていうか、絶対あつかましいし。美里さん、優しいからターゲットにされてますよ」
と由香が小声で言った。
「うーん、困ったな」
藤堂は仕事の手を止めて、表へ出た。
長兄から四番目までが並んでいる。
察するに、夕べ寝て、起きたままの姿だろう。
「君たち、夏休みに行く場所ないのか? おばあちゃんちとか」
藤堂の問いに、
「ここがいい」
「涼しいし、おやつあるし」
「おばあちゃん、うるさいから嫌」
「美里さんがいい」
と口々に答えた。
「うちも毎日君たちを入れるわけにはいかないんだ。悪いけど、今日は帰りなさい」
「え~」
「オーナーさん、お金持ちのくせにケチだね」
「そうだね」
「けちけち」
さすがに陽子の子供達だ、と藤堂は思った。
人をむっとさせる才能は見事に引き継がれているようだ。
藤堂は正直…控えめに言えば…子供が嫌いな方だ。
学校帰りに真っ黒い靴下で自宅へ上がり込まれるのも我慢した。
陽子にも言ったが、イタリア製のソファにクレヨンで落書きされたのも我慢した。
美里の為に作ったチョコレートをおやつにむしゃむしゃ食べられたのも我慢した。
そんな事で怒るのは大人げないと思うから、我慢したのだ。
美里がハワイで「日本人、ケチデスネー」と言ったアメリカ人を殺した気持ちが今、ようやく分かった。
これだけ我慢した藤堂に向かって子供達は、ケチケチケチーと大合唱を始めたのだ。
「ケーチ」
「ケーチ、お金持ちなのにー」
「おなかすいたー」
「おやつ、おやつ」
「お母さんと再婚したら、オーナーさんがお父さんになるんでしょ?」
「お父さーん」
「でもお母さんは美里さんがいいよね」
「よね」
陽子が再婚すると言い出したのはこいつらの策略か、と藤堂は理解した。
「帰れ! 今度たかりに来たら、お前らの脳みそをスプーンですくい取って、アイスに混ぜて食っちまうぞ! 頭蓋骨に穴をあけて脳みそを吸い出すからな!」
と低い声で言った。
子供達は顔を見合わせて、
「駄目だってさ。どうする?」
「じゃあ、おばあちゃんち行く?」
「二組の相沢君ちが今日遊園地だって、行ってみようか?」
「うん、うまくいけば連れってってくれるかも」
「行くー」
と話し合ってから立ち去った。
藤堂の脅しはあまり応えてないようだったが、あきらめたようなので藤堂はほっとした。
店へ戻ろうと振り返ると、美里が立っており、
「子供相手に意外とあなたも大人げない事を言うのね」
と笑った。 了
「藤堂君は意外と鬼畜」は終了しました。
ありがとうございました。
タイトルの付け方を失敗しました。
「藤堂君は意外と大人げない」でしたね(^_^;)