藤堂君は意外と鬼畜5
藤堂がナフキンで口を拭いてから立ち上がった。
「デザートとコーヒーは後でもらおうか。俺は笹本さんの所に行ってくる」
「あら、そう?」
「どうぞ、ごゆっくり」
「ええ」
藤堂が個室を出て行くと、美里と陽子の二人っきりになった。
陽子は顔を押さえたまま、床に蹲っている。
美里は武器を持ち直しながら、しゃべり出した。
「うちの母はね、キング・オブ・クズって感じの女だったわ。嘘つきでがめつくて頭が悪くて下品で。子供なんて奴隷だと思ってるような人間、それが母。機嫌が悪ければ殴る蹴るは普通。機嫌がよくても暇つぶしに私を殴る。子供の前で男と平気で抱き合う。ああいう人は子供産んじゃ駄目よね。おかげで子供は殺人鬼に育ってしまったわ。あの女の腹から生まれなければ私も普通に成長して、普通に恋愛して結婚したり出来たのにと思うんだけど」
陽子は目を大きく見開いて美里を見つめている。
美里の言葉を理解出来ない、何を言っているのか分からない、という顔をしている。
「ある時ね、友達を殺したの。みどりちゃんて子。意地悪で悪ガキだった。私ね、いじめられてたの。それが嫌になって、殺したの。それはまあいいけど、それが母にばれてね。うちの母、どうしたと思う? 警察に言われたくなかったら、お金を盗んでこいって私に言ったの。びっくりでしょ?」
美里はあははと笑った。
「他にも理由はあったんだけど、結局、母も殺したわ。あんなにすっきりした事、私の人生でもそうないわ」
陽子は目玉が飛び出しそうなほどに大きく目を見開いている。
「壊すのが好きなのね、私。破壊が好きなの。だから、あんまり泣き顔とか興味ないし、命乞いとか泣き声とかも聞きたくない方なんだけど、あの女だけは死ぬ間際にどんな事言うかなって思ってね、聞いてみたら、何て言ったと思う? 「お前なんか生まなきゃよかった」って言ったのよ。オリジナリティも何もない。無粋な言葉でしょ。がっかりだわ。生まなきゃよかったって、こっちこそお断りよね」
美里が蹲っている陽子の側にかがみ込むと、彼女はおびえたような顔で美里を見た。
美里は右手持ったスクレーパーで陽子の右頬を切り裂いた。
よく研いだ金属は上手に柔らかい人間の皮膚を裂いていき、陽子が悲鳴を上げるとぱくぱくぱくと耳下まで大きく開いた。
「口避け女っていたわね」
美里は次に陽子の耳を掴むと下からゆっくりと刃で切り上げていった。
陽子がばたばたと暴れたので、耳は途中でちぎれぶらぶらとぶら下がった。陽子は顔と耳を押さえてのたうち回った。
痛い、痛い、と泣いている。
「身体の傷はいつか治るけど、子供の受けた心の傷はずっと治らないのよ。あなたはそれを理解するべき…でも、もう遅いわね。あなたは二度と誰にも会えないんだもの」
陽子の片手は床についている。美里はその手をめがけて、武器を垂直に振り下ろした。
がつっと美里の手に衝撃が跳ね返り、武器は陽子の手首途中で止まった。
手首の骨を半分ほど切断していたが、血が大量に流れて出てきたので美里は武器をひき抜いた。
「あーやっぱり切断までは無理か、痛い?」
陽子の身体が大きく暴れ出したので、美里は立ち上がって少し後ろに下がった。
「あなたは母のようにはしてあげられないわ。だって、あなたはここで食材になるんだもの。母はね、食材になんかなれないほど粉々に破壊してやったの。部屋を少し汚してしまったから、笹本さんに値切られるかしらね?」
と美里はおかしそうにくすくすと笑った。
「母をあんなに早く殺してしまったのを少し後悔しているの。老いぼれて男に相手にしてもらえなくなったみっともない姿を笑ってやればよかった、と思うのね。生きてれば、五十代後半だわ。あなたみたいにうちの主人に色目を使いにやってきたかもしれないわね。お金を恵んでくれって、ああ、それから殺してやればよかったわね」
陽子は美里の言葉を聞いているのかいないのか、ただ床を転げ回って苦しんでいた。
「母をどうやって殺したか知りたい?」
陽子はその問いには反応しなかった。ただ、痛い痛いと顔を押さえているだけだった。
「どうして反撃しないの?」
「あなた、つまらないわね」
美里は自前の武器をナフキンで綺麗に拭いてからバッグへ戻した。
テーブルの上には銀の燭台が置いてあったので、美里はそれを手に持った。
燭台は大きく、重く、先が尖っていた。
美里はしばらくその光る燭台の先を眺めていたが、やがて力いっぱいそれを陽子の身体へ振り下ろした。陽子の腹は柔らかくて弾力があったが、尖った燭台の先はその腹を貫いた。絶叫があがった。そして陽子は目を大きく見開いたまま、死んだ。
柔らかい腹を何度も何度も燭台で突き刺すと、皮膚が破れた。下半身にはわりと脂肪があったらしく、白い塊が見えた。それをかき回していると、血で真っ赤になり、それからどろっとした内臓がこぼれ落ちてきた。ぷるんとした光沢のある長い物が血液とともに床に落ちたので、笹本に怒られるかもしれない、と美里は思った。もったいない、と思うのかしら。洗って食べるかもしれないわね。気持ち悪い。食人鬼って本当に変態だわ。
美里は陽子の死体を見下ろした。
涙がマスカラを溶かして、黒い涙の筋が何本も陽子の顔に流れていた。
美里が個室から顔を出すと、待機していたと思われるギャルソンが駆け寄ってきた。
「あの…主人は?」
「藤堂様でしたら、階下でオーナーとお話なさってますが。終わられましたら、下にご案内します」
「ええ…まあ、終わったんですけど、ごめんなさい。部屋を汚してしまったわ」
ギャルソンはにこっと礼儀正しい笑顔を見せて、
「構いません、すぐに片付けますから。お気になさらないでください」
と言った。
美里はまじまじとギャルソンを見た。
美里と同年代くらいの若い男の子だった。
それでこの馴染みようは何?
今から死体を片付けるっていうのに、この落ち着きは?
笹本の店は本当に不可解だった。
従業員のすべてが食人鬼で、笹本に忠実に仕えているのだ。
いつ来ても礼儀正しく、優雅で、すばらしい接客態度である。
本当に食人鬼って信じられない、と美里は思った。