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藤堂君は意外と鬼畜2

 美里が意外とうまい、という事に藤堂は気がついた。

 整理整頓がうまいのだ。

 新居にはちり一つ落ちていない。ゴミ箱はいつもからっぽだ。洗面所もトイレもキッチンも水滴一つついていない。冷蔵庫の中もいつも整頓されている。洗濯も夜のうちにしてしまい、乾燥機でさっさと乾かす。乾いたらすぐにたたんで箪笥にしまう。

 そういう風に室内を整えてからでないと外出しない、という事にも気がついた。

「意外と家庭的だったんだな」

 と言うと、美里はふふっと笑った。

「あら、失礼ね。でも、そうじゃないわ」

 と言うが、「そうじゃないわ。こういう理由でこういう風にしているの」という理由は言わなかった。

 林の子供を預かると言い出したのは美里の方からだった。

 林の母はぎっくり腰でそのまま入院してしまった。家出中の母親はもちろん連絡はつかず、子供達の世話をする者が問題だった。小学生は学校へ行き、幼稚園児は幼稚園ヘ行く。八ヶ月の赤ん坊は本来なら保育園に預けているのだが、母親が入院した時、悪しくも風邪をひいていたのだ。保育園は病気の子供を預かってくれない。かといって林が仕事を休むのは藤堂にとってもきついのだ。

 なので日中、赤ん坊を美里が預かると言い出した。

 風邪さえ治れば、保育園へ行けるのだからほんの二、三日の事だ。すぐ側で父親が仕事をしているのだからどうにでもなる、と美里は思った。

「赤ん坊の世話なんかしたことがあるのか?」

「ないけど、大丈夫よ」

 気楽な様子で美里はナベをかき回している。

「何を作ってるんだ?」

「カボチャとお芋をゆでてつぶすのよ。それにおかゆ。離乳食よ。あの子よく食べるのよ」

 と優しく笑う美里を見て、子供が欲しいのか? と藤堂は疑問に思った。


 朝、林が恐縮しながら赤ん坊を連れてくる。美里は笑顔で赤ん坊を預かり、散歩に連れ出したり、食事をさせたり、昼間に覗きに行くと、一緒に昼寝をしている時もある。

 ベビーカーで散歩に行く姿があちこちで見られて、

「藤堂さん、いつの間に子供出来たの?」と昼間の奥様連中に聞かれる。違うと説明すれば、「早く自分たちの子供を作りなさいよぉ」とたたみかけるように言われる。

 美里は楽しそうに林の娘の世話をしている。

「子供が欲しいのか?」

 と聞きたいのだが、藤堂はそれが言い出せない。

「欲しい」と言われればどうすればいい? 自分達に命を育てる資格がない事は美里も承知しているはずだ。だが「子供なんていらない」と言う言葉もあまり聞きたくない。

「子供って可愛いわね」

 と美里が言ったので藤堂はどきっとした。

「赤ちゃんの可愛さは格別ね」

「そうか?」

 美里は赤ん坊を抱き上げて、

「ほら、この細い柔らかい首、きゅっと締めたくなるわね」

 と言った。

 美里はやっぱり美里だった。


 美里は赤ん坊の首をきゅっとしめる事もなく、林に戻した。

 八ヶ月の赤ん坊でも父親の顔を見ると嬉しそうに笑う。

 小学六年生の長兄以下三人を連れて、林は赤ん坊を抱いて帰って行った。

 後に残ったのは、はいはいをする赤ん坊が散らかした部屋の残骸だ。赤ん坊用の菓子を食べて、その手でソファからカーテンから絨毯からこすりつけている。

 美里は湯を含ませた布で丁寧にそれらを拭く。

 明日にすればいいと言っても、それが終わるまで眠らない。

 一心不乱に掃除をする。 

「明日、また来て散らかしていくのに」

「そうね、でも、明日になっても私がいるかどうか分からないでしょ?」

 と美里が言った。

「どういう意味だ?」

 出て行くつもりか? と一瞬焦る。

「いつも綺麗にしてなくちゃ駄目なの。私が死んだ後にいろんな痕跡が残ってるのが嫌なのよ…いつか捕まるかもしれないでしょ。そしたら警察が部屋に来るでしょ? テレビでよくやってるじゃない。家捜しされて、余計な物が見つかるのが嫌なの。捕まらなくても、いつか失敗して、返り討ちに遭うかも…その時に、あ~洗濯機の中の汚れ物を洗っておけばよかった…とか思いたくないじゃない?」

「今まではともかく、この先、警察に捕まる事はない。この街にいる限り絶対に。絶対に君を警察には渡さない」

「うん、でも、もう習性ね。結局、掃除好きなのよ」

 と言って美里は笑った。



「美里さん、お母さんになってくれたらいいのにね」

 と三番目が言った。

 林の三番目の女の子だ。林はいびきをかいて眠っている。一番下の赤ん坊とその上の幼稚園児もぐっすりだ。子だくさんのせいと浪費家の母親のせいで貧乏な林家は家族七人が二部屋と小さい台所、風呂、トイレの部屋に住んでいる。居間が寝室であり勉強部屋である。もう一つの部屋は母親が買って使わない物であふれていた。

「無理だよ。オーナーの奥さんなんだから」

「でも、美里さんみたいなお母さんだったらいいのに」

 赤ん坊を預かるついでに、美里がおにぎりやおかずをして渡すので子供は美里を慕っている。学校の帰りに寄って、林の仕事が終わるまで遊んでいく時もある。

 そんな時は赤ん坊の面倒をみたり美里の手伝いをしたり、と行儀もいい賢い子供達だった。

「誰に似てあんなに賢いのかしら」と美里が首をかしげると、由香が、

「林さんですかね。奥さんは掃除嫌いだし、スーパーのお総菜スキーだし、わがままだし、悪知恵だけは働くそうですけどね」と言った。


 二番目、三番目の会話を聞いていた小学六年の長兄が、

「そういう時こそお母さんの出番じゃん」と言った。

「?」

 弟妹が不思議そうに長兄を見る。

「お母さん?」

「そう、お母さん、いつも言ってるじゃん。お金持ちが好きって」

「だから?」

「お母さんがオーナーさんと結婚したら、お父さんと美里さんが結婚して、お母さんになってくれるじゃん。オーナーさん、お金持ちだよ、きっと。あんなに大きな家に住んでるんだし。お父さんより格好いいし」

 弟妹達の目が輝いた。

「お兄ちゃん、それ、いい」

「だろう?」

 長兄はそれがとてもいい考えで、それでみんなが幸せになれると思った。

 ポケットから携帯電話を取り出し、母親に電話をかける。

 つながった瞬間に、「何の用よ?」と迷惑そうに言われた事で涙が出そうになる。いつもの事だ。母親の暴言は慣れている。

 だが、傷つかないわけではないのだ。


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