るりか、降臨。
竜也に初めて会ったのはまだあたしが小学生の時だったわ。彼は二つ上の中学一年で、友達の藤堂由美のお兄さんだった。
由美はクラスで人気者だった。綺麗な子で勉強もよくできてクラス委員で友達もいっぱいいた。あたしは少しぽっちゃり系、その事でよくからかわれて男子にはいじめられてた。でもそんなの平気。貧乏人の言うことなんて気にしちゃ駄目ってママが言うもの。
あたしんちはお金持ちだから、いつでもお小遣いはいっぱいもらってたし、欲しい物はなんでも買ってもらえた。
あたしは可愛くて、気立てがいいっていつもママが言ってたわ。
小さい頃からあたしは勝ち組だった。
由美は確かに綺麗で頭もいい子だったけど、お父さんがいなかった。
お母さんが一人で働いていて、だから貧乏なんだと思う。いつも同じような服を着ているし、カバンも筆箱もお兄さんのお古の時もあったから。
あたしが新品の洋服を着て行ったらクラスの子達はふりふりのフリルやお姫様のようなピンクのカーディガンがうらやましくって意地悪言うくせに、由美のすり切れたブラウスには何も言わなかった。みんな由美が可哀相で言えなかった。
あたしだってそう。可哀相なんだから仲良くしてあげなきゃ、と思ってた。
お揃いのシャーペンや消しゴムをあげようとしたけど、由美はいつも断る。
「お兄ちゃんに怒られる」って言う。
由美に新しいシャーペンも買ってあげられないのに。
貧乏なのに、どうして遠慮するのかしら?
高価な物は怖くて扱えないとか思ってるのかな?
運命の出会いは由美が学校で転んで膝を怪我した日の夕方だ。近所だから由美を送ってあげて、と先生に言われたから。
由美の家はぼろぼろの長屋だった。今時、こんな家があるの? って思った。うちの納屋の方がまだ立派だった。
ドアじゃなくて、引き戸がぎしぎしと音をたてながら開いた。
「由美、どうした??」
「お兄ちゃん、体育の時間に転んじゃって」
「大丈夫か?」
由美に肩をかして、竜也は家の中に引っ込んだけど、すぐに出てきて、
「妹を送ってくれてありがとう」と言った。
あたしはずっとぽかんと竜也の顔を見上げていた。
ド、ド、ド、ストライクの顔だった。
「るりかの王子様見つけた」
「え?」
「あ、あたし酒井るりか」
「知ってる」
「え? 知ってるの? あたしの事?」
「知ってる。道向こうの地主さんの子だろ」
「うん、そう。ど、どうしてあたしの事知ってるの?」
「どうしてって、有名じゃん」
「え、そう? そんなにあたし、有名?」
「うん。じゃあ」
と言って家の中に入ろうとしたので、あたしは竜也を引き留めた。
「ゆ、有名って? どんな風に?」
もちろん自分でも分かってた。
超お金持ちの超可愛いお嬢様、以外にあたしを表現する言葉なんてない。
「あ、あたしと仲良くすると得よ。うちはお金持ちなんだから」と言うと竜也は、
「友達を選ぶ時は金持ちかどうかは関係ないんじゃないかな」
と言ってから家の中に入っていった。
あの人はうちのお金が目当てじゃないとあたしに告白したんだわ!
あたし自身が好きだと言ったんだわ!
でもあたしと結婚したら竜也もお金持ちになれる。
それはとってもいい考えだと思った。
だから、あたし次の日から竜也に猛アタックしたんだ。
「あのね、るりかさん、兄が困ってるから学校で待ち伏せとかやめて欲しいの」
と由美が言いに来たのは高校二年の夏だった。
「え? だって、あたしが会いに行かなきゃ竜也と会えないじゃん。忙しい、忙しいってそればっかりなんだから」
「それに…高価なプレゼントもいらないから。いちいち送り返すのが大変なのよ」
「送り返してくるの、あんたの仕業なの? やめてよ。あんたが竜也とは仲がいい兄妹ってのは知ってるけど、お兄さんの恋人の事まで干渉しすぎじゃないの?」
竜也は高校を卒業して、お菓子を作る専門学校に進んだ。
将来はケーキ屋を開くんだって。あたし、ケーキ大好きだし、可愛いケーキ屋さんの奥さんか、いいかも。ふふ。
「るりかさん、もしかして兄とつきあってるつもりなの?」
「つもりって何よ! 竜也の彼女はあたししかいないでしょ!」
と言うと、由美は大きなため息をついた。
由美は今年、二年生のくせにミスS高に選ばれた。
白いきめ細やかな肌、ぱっちりとした大きな目、細い手足、お人形さんみたいに可愛い。
あたしももう少し痩せたら由美っぽくなれそうなんだけどな。
でも、竜也は今のあたしがいいんだから、無駄にダイエットはやめておこう。
他の男の子の目をひいちゃったら、竜也が嫉妬しちゃうもんね。
あ、でも、そのシチュエーションもいいかも。
あたしの為に争わないで、とかいうの素敵。
「るりかさん、また少し太ったんじゃない?」
「うん…実は少し。ね、竜也には言わないでね! もうすぐ大台に乗りそうなんだけど、それはさすがにやばいかなぁと思ってる」
「大台って…もしかして100キロ?」
「ううん、もう少し」
「え? 110?」
「惜しい!」
「…120キロ?」
「てへ」
「てへ、じゃないでしょ。大台乗りまくってるじゃないの」
「でも、将来はケーキ屋さんの奥様なんだもん、少しくらいふっくらしてる方がいいんじゃない?」
「ふっくらったって限度ってものが…え? ケーキ屋さんの奥さんって…もしかして兄と結婚するつもりなの?」
「きゃ、言わせないでよ!」
「結婚って…はっきり言うけどね、兄はあなたの事、迷惑だって言ってるの」
「竜也ったら、照れ屋さんなんだからぁ」
「それに、プレゼントはもちろん、あなたの写真集みたいなのを送ってくるのもやめて。あなたの水着姿もヌードも何の罰ゲームだって泣いてるわ! うっかり開いて見ちゃったじゃないの!」
「な、なによ。あの写真集作るのにいくらかかったと思ってるのよ! プロのカメラマン雇って、沖縄まで行って撮影したんだから!」
「あなたのヌード写真撮らされてたプロのカメラマンに同情するわ。今頃、寝込んでるんじゃないの?」
「じゃあ、竜也の携帯の番号とメアド教えて」
「お断りよ!」
由美ったらケチなんだから。携帯の番号くらい教えてくれてもいいのに。
あたしと竜也は堅い絆で結ばれてるんだもの。竜也が照れくさそうに言う言葉をみんなが真に受けてるんだから笑っちゃう。
だってママが言ったわ。
「るりちゃんは綺麗だから将来はお婿さん選びに困っちゃうわね」って。
だから竜也だって絶対あたしの事が好きに決まってる。
「迷惑」も「嫌い」も「死んでくれ」も「消えてくれ」も、全部竜也の照れくささが言わせたのよ。シャイなのはいいけど、由美にくらいは本当の気持ち言えばいいのに。
ねぇ? あなたもそう思うでしょ?