異世界の人形師
幽霊が出そうだと志度は思った。
雨が煙る。闇が濃い。人気も無い。
そしてここは霊園だ。
出るなら出て欲しい。怨み事を言ってくれるだけでも。なんなら呪ってくれたっていい。
気だるそうな雰囲気の青年である。身なりには頓着しない性格なのか。無精ひげを生やし、よれよれのスーツを着崩している。左手には花束を持ち、右手はポケットへ。
不意に志度が花束を掲げた。
「挨拶は無しか」
鬱陶しい雨を遮るような素振り。だが、防がれたのは雨では無く――刀だった。
志度の眼前に目を丸くした男の姿があった。
「馬鹿なッ!」
男が叫ぶ。奇襲を防がれたのだ。第二撃を打ち込むなり、距離を取るなりするべきである。しかし、あり得ない事が起き過ぎて思考が止まっているらしい。
死角からの一撃を。
目視もせずに認識し。
花束で受け止めた。
――あり得ない。
「……お前の為に買って来たんじゃねぇんだが。まァ、いい。取っとけ」
志度の手が動く。
男は視認出来ただろうか。
己を貫く刃を。
「ぐぅぅっ」
男が崩れ落ちる。背中に花が乗る。花弁が赤く染まる。
致命傷だ。助からない。しかし、介錯してやるほど志度は優しくない。
花束が赤く染まった時、男の命は尽きる事だろう。
いつの間にか志度の手には刀が握られていた。種を明かせば何の事は無いのだが、最初から花束と一緒に持っていた。鮮やかな花が目を引く為、見え辛くなっていただけだ。
「どけ。邪魔だ」
志度の行く手を男達が阻んでいた。
「神より賜った物を渡せ」
リーダーと思しき男が言った。
神ねぇ、と皮肉げに言うと、志度は煙草を取り出す。濡れていた。舌打ちして、煙草を投げ捨てる。
「なあ、煙草持ってねぇ?」
「誰が貴様に質問する権利を与えた? 貴様はただ言われた事に答えるだけでいい」
「そうかい。無いなら用はねぇ。ほれ、消えろ、消えろ」
志度が手を振ると、男達が激昂する。
それを押し留めたのはリーダーだった。
「貴様に用が無くとも、こちらにはある」
「渡せば見逃してくれんのか」
「悪い冗談だ。貴様は神の敵だ。殺す。それは変わらん。テラ様も一体何を思ってこのような者にアーティファクトを与えられたのか」
「……テラ様? あれがてめぇらの信奉する神か。チッ。斬っときゃ良かったぜ」
「不遜を通り越して滑稽だな、志度。貴様如きにテラ様が斬れる筈が無かろう」
「…………」
テラと名乗った青年を思い出す。真っ青な髪をした胡散臭い青年だった。尋常の存在ではないと思っていた。神と言われても納得出来る。志度に向けられた笑みは親愛を示すものでは無かった。犬や猫に向けるような博愛精神から出たものだった。
「……あァ、面倒くせェ、狂信者が。見逃してやるつってんだ、俺に構うんじゃねぇよ」
志度が頭をガシガシとかく。
「いいんだな、やるんなら殺すが」
「アーティファクトは持っているのか」
「持ってる」
アーティファクトが何か知らないが。テラから渡された物は持っている。
「それだけ聞ければ十分だ。神の敵を殺せ!」
「殺せ!」
「神の敵を殺せ!」
「同胞の仇!」
十数名はいるだろうか。多国籍な面々である。リーダーからして日本人では無い。
手にした武器が彼らのルーツを示す。
ファルカタ、カトラス、日本刀、フランベルジェ、ハルバード――
「……警察は何やってんだ」
志度が他人事のように言う。彼自身銃刀法違反の一員なのだが。
世界を闇から牛耳る謎の組織。字面にすると酷く胡散臭い。だが、狂信者が国に影響力を持つのは間違いない。彼らに襲われた回数は数え切れず、志度の反撃で潰れた拠点は両手の指では足りない。一度として警察の介入は無く、新聞沙汰になった事も無い。
「死にたい奴からかかってきな」
挑発では無かったのだが、一人の若者が顔色を変えた。
リーダーが制止するも若者は聞き入れない。
「……フン」
志度が鼻を鳴らす。
若者の蛮勇を嗤ったのか。また、別の何かなのか。
いずれにせよ、若者の運命は決した。
動きが遅い。遅すぎるのだ。奇襲して来た男の方が早かった。
無益に命を散らすのを良しとする。志度が彼らを狂信者と呼ぶ由縁である。
一つ、命が失われる。
ならば、せめて命に価値を与えてやろう。
若者を斬り捨てた。
フランベルジェごと。
男達に動揺が走る。
「うろたえるなっ! 分かっていたはずだ! これぐらいやる事はッ!」
リーダーの一喝で動揺が収まった。
志度は舌打ちしたい気持ちでそれを見ていた。
止まらねぇか。
隔絶した技量を見せれば或いは、と思ったのだ。
「手はず通りに! 散れッ!」
リーダーの号令で男達が散開する。
訓練して来たのだろう。四方から同時に武器が振るわれる。恐怖で身体が竦んでもおかしくない場面で、志度は皮肉げに笑う。
前方の男を突き殺す。志度の攻撃は後だし。だが、先に届いたのは志度の刀だった。
包囲網が破れ、リーダーの顔色が変わる。
しかし、リーダーの想像に反して志度はその場に留まった。
首を捻り後方からのハルバードをかわすと柄を掴む。どんな力が籠められていたというのか。志度が一振りするとハルバードを持った男が宙に飛ぶ。左右からの攻撃は刀で弾き落とす。鮮やか過ぎる手並み。首が二つ地面に転がる。呆気に取られた顔だった。
ハルバードを空に投擲。
降り注ぐ雨に赤い粒が混じった。
遅れて、ぐしゃ、と何かが潰れる音がした。
「まだ、やるか?」
志度が告げる。息一つ上がっていない。
流石は狂信者というべきか。逃げ出すような者はいなかった。しかし、戦意を保てるものもまたいなかった。淡々と作業のように命を刈り取る志度の姿は――
「……死神」
そう、死神と呼ぶに相応しい。
戦闘とも呼べない戦いが終わった。一分も経っていなかった。
この場で息をしているのは志度と、
「……き、貴様。なぜ、私を殺さん」
伏せた少女だけ。
峰打ちだったのである。
「お前だけが仇討ちを唱えた」
神の敵を殺せと唱和する中、彼女だけが同胞の仇として、志度の命を狙って来た。
志度の妹は狂信者に殺された。神の敵という言いがかりで。いや、もしかすると言い掛かりでは無いのかも知れない。志度の一族は特別だと両親が語っていた。しかし、両親は一族に秘められた歴史を志度に伝える前に他界してしまった。
一体、神に何をしたと言うのか。
いずれにせよ、志度も、妹も預かり知らない事だ。
だが、妹は殺された。
妹を失った志度が何をしたのか。
それは死神という二つ名が物語っている。
「殺し、殺され。不毛な螺旋に呑まれた俺が言う事じゃねェが。仇を殺したって殺された人間は生き返りゃしねぇ。満足も無い。虚しさだけが残る。経験者は語るってヤツだな。何でお前らが俺を目の敵にしてるか知らねぇが。お前らの神様は俺を見ても何とも思ってなかったみたいだぜ。それどころかアドバイスまでくれる始末だ。てめぇらがやってる事は徒労だ。やり直せるなら、やり直せ。それが何よりの弔いになんだろ」
「綺麗事をッ! 貴様は私が殺す!」
「……そうかい。励め。それもお前の権利だ」
踵を返し、歩き出そうとした志度。
何かに気づいたのか、少女に再び話しかける。
「ずっと疑問だったんだが。なんで銃を使わねぇ?」
「……それでは、力は得られないと……言っていた……」
「教義でもあんのか。ま、俺を殺したいなら、早い段階で銃を使うべきだったな」
「……次はそうする」
「ああ、もう意味ねぇ」
「それはどういう」
「こういう意味だ」
志度が刀を一閃させる。キン、と甲高い音が響く。
「なッ。外した?」
離れた場所から声がした。
キンキン、と音が響く度に、少女の顔に理解が広がる。彼女の動体視力では、志度の動きは追えない。辛うじて何かを斬っていると分かるだけだ。だが、見え無かろうと話の流れで斬っている物の正体は分かる。志度が斬っているのは――銃弾だ。
「…………嘘でしょ」
「これぐらい出来なきゃ俺は殺せないぜ」
「…………」
少女が気絶していた。峰打ちとはいえ骨が折れている。志度への憎悪で意識を保っていたに過ぎない。手に負えないと認識した事で、張り詰めていたものが切れた。
「御苦労さん。もういいぜ。って、まだ撃ってくんのかよ。面倒くせぇな」
志度は弾丸を弾きながら射手に歩み寄る。
大方、射手は雇われたヤクザだろう。自分達で銃を使うのは出来ないが、部外者なら構わないという事か。段々、形振り構わなくなってきたな、と志度は嘆息する。
「…………バケモノ」
ヤクザは墓石の陰で身体を震わせていた。
「好きでなったワケじゃねぇ」
「……あっしは殺されないんで?」
「俺は墓参りに来ただけだ。増やしに来たワケじゃねぇ」
ヤクザが死体を一瞥する。
そういうなら、アレはどうなんだ、と言いたいのだろう。
「あれは俺の身内に手をかけた」
「…………ああ、なるほど」
ヤクザの顔に納得の色が広がる。同時に狂信者達に憐みの目を向けた。
「……後学の為にお聞かせ願いますか。好きでバケモノになったワケじゃない。それはどういう意味で?」
命を取られる事は無いと分かったからか。ヤクザの目には純粋な興味があった。
「レベルアップだ」
「……は、はあ?」
「やらねぇ? ゲーム」
「……いや、それは分かりやすが」
ヤクザは薬物や訓練を思い描いていたのだろう。斜め上の回答に頭がついてこれない様子だった。分かり易く噛み砕いて説明したつもりだったが。噛み砕き過ぎて、志度の説明は胡散臭いものになっていた。
志度は嘆息すると、自身を指差す。
「見えるか、この黒い霧が」
「……い、いえ」
狂信者の死体から黒い霧が出ていた。霧は志度の身体に吸い込まれて行く。この黒い霧は経験値のようなものである。狂信者を殺しに殺した事で志度の身体能力は人外の域に押し上げられた。これでもかつては一般人に毛が生えた程度の身体能力だったのである。
「……やっぱ、見えねェか。見えねぇなら、お前にゃ無理だ」
「……そうですかい」
「それより、早く逃げな。連中の仲間が来るぜ」
「…………それは。責任押し付けられんのは嫌ですねぇ」
尻尾を巻いて逃げだす。そんな表現がぴったりな慌てぶりで、ヤクザは逃げ出していった。
「さて」
志度は妹の墓に辿り着いた。
墓参り一つするのに一体何人を斬った事か。思わず苦笑が漏れる。
死神の二つ名を享受していた頃の志度なら何とも思わなかった。しかし、テラに希望を示唆された事で死神ではなく一人の兄へと立ち戻っていた。
皮肉な話だ。
志度を復讐に駆り立てたのは狂信者だというのに。
人に戻したのは彼らが信奉する神だというのだ。
ポケットから丸めた書物を取り出す。これこそテラから渡されたものだ。リーダーが生きていれば、粗末に扱うなと激昂していた事だろう。
書物はこの世界のものではない字で書かれていた。
だが、読める。
両親から習っていた。
やはり、志度の一族は狂信者と関係があるのだろう。
「魔法か」
テラは魔法書と言っていた。
書物に書かれた呪文を詠唱する。不思議と書物は雨に濡れても、文字が滲む事も無かった。アーティファクト。大層な呼び名をするだけはある。かなりの分量だ。一時間はかかっただろうか。読み終えると書物が光を放ちだした。眩しさに志度は目を閉ざし――
***
――目を空けると鬱蒼とした森の中にいた。
呆然とするのも暫し、改めて周囲を見渡して見るが、森は変わらずに森だった。
転移。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
「……どこだ」
魔法を行使した感動は無い。
騙されたという気持ちの方が強かった。
魔法の書を使えば妹を生き返す事が出来ると――
「……いや、ちげぇ」
空を見上げながらテラの言葉を思い出す。
確かこう言っていたのだ。
――この魔法書を使えば、君の望みを叶えられる。
魔法書を使えば妹が生き返るとは言っていなかった。
「……そういう事か」
竜が飛んでいた。
地べたを這う志度など意に介さず、竜が飛び去って行く。威容に目が奪われる。
ここは地球では無い。
ならば、この世界にはあるのか。
魔法が。
妹を蘇らせる魔法が。
志度は歩き出す。
確固たる目的を持って、ファウンノッドの大地を――
いずれ連載するであろう小説のプロトタイプです。
デウス書かずに何書いてんの、って感じですが、一応、コミティア用に書いたものです。デウスの連載再開までの暇つぶしにでもどうぞ。デウスと比べて主人公の無双ぶりを笑ってもらえれば(笑)
連載する際にはこの短編消しますので、感想があるようでしたら活動報告のほうにお願いします。
人形師ってラテン語で言うと何になるんですかね。
プパ・ルディウスでいいんでしょうか。タイトルとして響きが……アレなんですよね。