お姫様は呪いをかけられてるらしいけど私は早く帰りたい
人でなし注意!
「セリア様、また国王陛下からの書状が」
「捨てて」
私の弟子志望だという素性不明の銀髪の青年、自称アレンは今日も元気に私に不幸の手紙を持ってきた。
弟子にして欲しいとやって来たアレンの、珍しい銀髪に、何処か嫌な予感がしたのは正解かもしれない。
彼が来た数日後に、すべてが動き出したのだから。
「え……捨てたらまずいんじゃ?」
「はぁ、じゃあ一枚だけ貸して後はしまっておいて。留守番は任せるから。くれぐれも、くれぐれも! 家事をしようとか考えないでね」
そんなこんなで私は今、解呪士であることをかなり後悔している。
──娘が悪い魔法使いに呪いをかけられたので一刻も早く来い、毎日届く書状。通称不幸の手紙。
解呪士は私一人じゃないと思いかれこれ一ヶ月も無視し続けていたものの、あまりのしつこさに折れて仕方なく行くことにした。
最初に書状が届くようになってから一ヶ月も経っているせいか、お城の門番に書状を見せると怪訝な眼差しを向けられたけど。
「貴方が、お姫様……姫……?」
ちくちくと突き刺さるような視線を受けながらやっとのことで呪いをかけられたお姫様とやらの部屋に入って、絶句する。
優雅にお茶を飲む姿は──姿は……。
「男性にしか見えないんですが」
これが呪いかと納得しかけた私を遮るように、お姫様は冷やかな声で言った。
「……貴女もかけられてもいない呪いを解きに?」
「来なきゃ良かった。国外逃亡するべきだった」
体格、見た目、男性だ。声も低い。
そんな人がドレスを着ている。
緩く結われた銀色の髪にサファイアの瞳──美しい人であることは間違いないものの、ドレスは似合っていなかった。
不意に……銀髪を見て、アレンを思い出した。まさか、王族だったりして……まさかね。
「私は生まれたときから今までだって女だったことなどありません。もちろん呪術士の洗脳でもありませんよ」
吐き捨てるように言われても、私だって別に来たくはなかったのだ。
困る。すごく、困る。アレンのために何日分かの保存が出来る料理は置いてきているけど、もし私が殺されでもしたらアレンは、もれなく飢え死にする。
もしくは台所が爆発して家と一緒に焼け死ぬか。
それくらいにアレンは家事が壊滅的に出来ないのだから。
「貴方の呪いを解かないと私の首と胴体がさよならしちゃうんですけど、多分」
「貴女の首が胴体から離れても私は痛くないんでこのままで結構です」
「この人でなし!」
そう言うと、鼻で笑われた。
「こちらも辟易しているんです。ある日突然、自分をいないものと扱っていた父親がやって来たかと思えば婚約! しかも相手は男で、それを抗議したら、お前は生まれたときは女だったから悪い魔法使いに呪いをかけられているのだろうと国中の解呪士が集められ部屋に押し掛けてくるだけではなく、無理矢理身体を調べられそうにもなりました。こんな似合いもしないドレスまで着せられて怒らずにいられたらそれは脳の足りない人間か極度のお人好しですよ。というわけで貴女には毛先ほど悪いと思っていますが諦めてください」
「台詞が長いです」
笑顔で辛辣な言葉を吐かれても、それこそ知ったことではない。
家が恋しい。早く帰りたい。
「大体、最初に呼ばれてから一ヶ月は経っているはずですが?」
「一々細かいお姫様……」
「だから、そもそも私は王女ではないんですよ。王子なんです。せめて名前で呼んでください」
「名前知りませんし」
「……クリスです」
話が進まない。こうしている間にも我が家は壊滅の危機に晒されているのに。
「面倒くさ……話が進まないのでとりあえず呪いをかけて女性にしときますね、クリス様」
「なっ!?」
解呪士として生きてはいるものの、呪いをかけられないわけじゃない。
むしろかけられている呪いと正反対の効果がある呪いをぶつけて無理矢理相殺するのが解呪士だ。
「洗脳はどうします? 生まれたときから女だったことにすることも出来ますけど」
「や、やめ、男に嫁ぎたくなんてありません! 」
「名前も女性っぽいので平気ですよ」
「嫌です!」
ガタン、と大きな音を立ててクリス様が立ち上がる。
「だから、洗脳すれば問題解決ですよ。私も生きて帰れますし。それにはっきり言って貴方が姫でも王子でも私に関係ないですし?」
よし、良い考え。
早速実行しようとしたところでクリス様に腕を掴み上げられた。
「このっ、人でなしですね!」
「クリス様もさっき同じようなこと言いましたけど」
近い。
ここからロマンスが始まりそうな距離だ。
いや、始まらないけど。
「むしろ陛下──父上を洗脳してください」
「近付くのが容易じゃないんですけど」
「そこは何とかします」
このまま、引きずられて王様を洗脳しろと言われそうな雰囲気……予想通りに引きずられ、長い廊下やら頑丈そうな扉やらを過ぎた頃に、最近聞き慣れていた声が聞こえてくる。
見慣れた顔、聞き慣れた声、不思議と安心している私がいた。
「セリア様っ! 助けに来ました」
「アレン? どうして……というか、どうやって」
嬉しさ半分、どうしてこんなところにいるのかわからない。
留守番はどうした、留守番は。
「まさか、あにう──」
アレンは、にーっこりと凶悪な笑みを浮かべながら何やら言いかけたクリス様の鳩尾を殴った。
「セリア様、帰りましょう?」
「アレン。殴ったのが見付かったら……」
「平気ですよ。だから、帰りましょう?」
念を押すように言うアレンは私の知っているアレンとは違う人のように思えた。
「そう、ね。帰りましょうか」
気絶してしまったクリス様は部屋に寝かせて置くべきなんだろうけど、残念ながら引きずられて来た私は道がわからない。
アレンもわからないと言うので、近くの部屋に寝かせておくことにする。
「セリア様、セリア様大好きです」
「どうしたの、突然」
「いいえ。帰りましょう!」
はぐれないようにと手を繋ぎながら歩いた帰り道は、一人だった行きと違ってとても早く感じた。
「大好きです、愛してます、セリア様。クリスには渡さない。セリア様とのハッピーエンドを迎えるのは、私、ですからね?」
国王が興味を抱いていなかった王子に急に興味を抱き、王女だったと勘違いしたこと──それは必然であり運命の一部だった。
呪術士でもある第一王子……アレンリード=ハイン=リベンダル。
未来が見える彼は誰にも知られることなくその運命をねじ曲げ、セリアの未来の恋の芽を摘み上げたのだった。
それは恐ろしいまでに純粋な狂気的な愛によって。