助けた騎士様が、「責任をとれ」と押しかけ夫になりました。
「――責任をとってくれ」
俳優と言われても納得できる、精悍なイケメンがそう言った。
思わず目が点になる。
「……ハイ?」
「君は、主に不要と捨てられていた俺の命を救った。つまり、俺を拾ったのと同じことだろう」
「え、ええっと……?」
「責任をとって結婚してくれ」
何そのトンデモ理論!?
異世界ではそれが普通なの!?
混乱のち、混乱。
夕飯の具の少ないスープをかき混ぜていたお玉を片手に握ったまま、オンボロ我が家の扉を開けた優璃は、つい言ってしまった。
「あの……お肉って狩れますか?」
だってこっちにきてからこの方、あんまり肉にありつけてなかったのだ。
どう見ても鍛えている肉体の男性。それも帯剣した騎士。
もしかしてお肉を食べるチャンス!? と思ってしまったのは仕方がないだろう。
早速食べられる野鳥を狩ってきてくれた騎士様を、両手をあげてホイホイ家にあげてしまったのは――致し方ないと思う。
◇ ◇ ◇
鈴木優璃は、地球という惑星の日本という島国で暮らしていた、平々凡々な女子大生だった。
就活も終わり、卒論からも開放され、あとは卒業までのモラトリアム期間を楽しんでいた最中のこと。
ある日突然、いつもは曲がらない道を一本間違えてしまった、その瞬間。
気付けば辺りの景色は一変していた。
コンクリートの建物やアスファルトは消え、鬱蒼と生い茂る木々と、背の高い草、草、草。
遠くで聞こえる叫び声に爆発音。
「え!? え!? なに、どこ!?」
わけがわからないままキョロキョロと辺りを見回して――そして。
「ヒッ!?」
目の前に突如現れたのは、奇怪な見た目をした獣だった。
真っ黒な煙を纏った、角の生えた獰猛な熊のような何か。
耳を塞ぎたくなるような唸り声をあげるそれの目は、どろりと煮詰めた闇を思わせる。
「あ……あ……」
声も出せない。指一本動かせない。
熊に遭遇した時は背を見せてはいけないとか、なるべく身体を大きく見せるのだとか、聞いたことはあるけれど――そもそも、それが通じる相手とは思えなかった。
(あ、これ死んだ)
思えばついてない人生だった。
元々肉親との縁も薄く、必死で生活費を稼ぎ、切り詰め、一人で生きてきたようなものだ。
就職出来たら、コンビニスイーツではなく洋菓子店のケーキをご褒美に買うとか、少しは贅沢ができるようになるだろうか、なんて。
そんな期待をしていただけなのに――どうして。
飛びかかってくる獣がスローモーションのように見えたその時。
唐突に、断末魔の声を上げて肉が裂けるような音と共に、それは消えた。
「へ……?」
代わりに、ずしゃりと目の前に倒れ込む人間が現れた。――血と泥だらけの、見るも無残な大柄な人物が。
ヒュウヒュウと、異様な呼吸音が聞こえる。
身体のあらゆる所から血が流れている。
「え、あ、な……」
「――逃げろ」
「え……」
「はやく、ここを、去れ……」
それだけを言って、動かなくなったのは、所謂騎士のような格好をした男性。
彫りの深い顔立ちで、頭や顔も怪我だらけだが、きっと元々は精悍な美形だったろうと思われた。
鎧のようなものを身に着け、片手に剣を持っていて、優璃の常識からは考えられない出で立ちだった。
「え、銃刀法違反……じゃなくて救急車……ああ携帯がない! 高かったのに!」
一人百面相。
どうしよう、どうしようと焦る。
おそらく、たぶんこの人は自分を助けてくれた。
どこかもわからない場所で、見ず知らずの人間を、妙な獣から。
逃げろと言われたけれど、置いていくのは心苦しい。
救急車も呼べない自分に、何ができるのか。
「うっ……」
血の匂いに軽くえずきながら、男性の傍らにしゃがみこむ。
そっと首元に触れば、まだ脈はあるけれど、ひどく弱々しく感じた。
市民に向けての救急救命の軽い講座は受けたことはあるけれど、心臓マッサージとAEDの使い方をなんとなく覚えたくらいだ。
ひとまず止血しなければ、と思うのに、指にべたりとついた血に体が強張る。
「ひ、ひ……っ」
なんで私がこんな目に。
ここはどこよ。
誰か助けて。
「っわけわかんない所に来たんだから、わけわかんない力とかあってもいいでしょ!? 助けて、助けてよ! この人を助けて……!!」
半ばブチギレるように叫んだ瞬間。
体の中から何かが外に出ていくような感じがして――次の瞬間、ふわりと優しい風が吹いて、男性の体が綺麗になっていた。
「……は?」
あんなに酷かった怪我がなくなっていて、血と泥が綺麗になっている。
破れた衣服はそのままだが――奇跡としか、思えなかった。
「え、は、はは……?」
ますますわけがわからない。
乾いた笑みが頬に浮かんだ時、強烈な目眩と吐き気、頭痛に襲われうずくまる。
「おぇ……っ!?」
今度は何だ、と思う間もなく意識は暗転した。
そして、再び目を開けた時には、これまた見知らぬお婆さんに助けられていたと言う訳だった。
後に優璃の師匠となった老婆は、かつて治癒の魔法使いとして名を馳せた人物だった。
ここは優璃の世界とは違う世界で、稀に優璃のような人間、迷い人と呼ばれる存在がやってくるのだと言われた。
その上、戻る方法はなく、ここで暮らしていくしかないのだと。
「自分の容量を超える治癒と浄化の魔法を使ってぶっ倒れてたあんたを拾ってやったんだ。せいぜい働きな」
なんて悪い魔女のようなことを言われ、労働力としてこき使われることになる。
この世界で一応、生きていけるだけの知識や技術を教えてくれたことには感謝するが――どうにも人使いが荒かったので素直に喜んでいいのか悩ましい所だ。
そういえばあの騎士は、と聞いたら。
「あんたが治してやってピンピンしてたから、気を失ってたけどそのまま置いてきたよ。厄介事の匂いがプンプンしたからね」
と言われた。
ひどい……。
まあ、この世界のことを知らない私には何も言えなかったけれど。
どうも、とある近隣の国で、名の知れた位の高い聖騎士が、欲に目の眩んだ王族に、魔物――地球のゲームなどで見る、人の天敵――の巣に単身討伐に向かわされ、使い捨ての駒のように使われ、帰らぬ人となったとか。
それに端を発して、元々の増税や締め付けに喘いでいた人々が蜂起し、その国は王朝が変わり、さらに議会制に移行しそうだとか――風の噂で聞いた頃。
そろそろ独り立ちしろと追い出されて、古びた小屋のようなおんぼろの家で、慎ましく魔法薬を売って生計を立てていた私の元へ、彼は現れた。
「命を拾った責任を取って、俺を生涯隣に置いてくれ」と。
どんな理屈だ。
治癒魔法使いは珍しいが、私にはそもそもの魔力が少なかったようで、キャパを超えて彼を治したことであまり大きな魔法が使えなくなってしまった。
細く長く使える能力なら、そのまま治療院などでやっていけたらしい。
なので、肩こりに効く軟膏とか、痛みを和らげるポーションとか、ほとんど魔力を消費しないその辺を作って売り、なんとか暮らしていたのだ。
生活はカツカツで、お肉が食べたかった。
地球にいた時もたまの贅沢でしか食べられなかったお肉――夢に出てきた日には絶望した。
そこにやってきた、体格の良い騎士、ディルク。
捌いてくれた鳥肉を美味しく頂いてから、おそるおそる正直に今の状況を告げると。
「では、逆に責任を取らせてくれ」
と言って更に居付いてしまった。
あれ? ちょっとばかり謝礼をもらえれば良かったんですが?
と首を傾げるも。
「あ、また雨漏りしてる」
「雨漏り……? ではこの寒さは……」
「隙間風ですかねぇ。できる限り塞いだんですけど」
「……」
あれよあれよと言う間に、雨漏りと隙間風の吹いていた小屋は修繕されていた。
おお、有難い。
何だかんだと理由をつけて側にいてくれるが、押しかけ夫の割に手を出されることも中々なかった。
「あの、ベッド使わなくて大丈夫ですか?」
「俺には狭い。俺は立っていても寝られる。床で十分だ」
「うーん……なんかすごく心苦しいんですけど……」
「……」
木材を揃えて立派なベッドを作ってくれた。と思ったら前のボロボロベッドは捨てられて、抱き込まれて寝るようになった。
何故。
――ただ眠るだけだったのも、暫く悶々とした。
普通、一緒に寝てたら手を出さないだろうか。
魅力がないのか。
結婚してくれと言ったくせに。
「お肉美味しいけど、お魚も食べたい……」
「釣りに行くか」
「釣り竿とかないし、釣りしたことないけど」
「散策ついでに行こう」
手を引かれてエスコートされて、川の近くで彼の上着を敷いて座らせてくれた時は、ドキドキした。
いちいちレディーファーストな扱いが多くて、硬派なイケメンにちやほやされて嫌な女子はいないと思う。
手作りの釣り竿で釣り、何匹かはワイルドに手掴みで捕まえてくれた魚達は美味しかった。
身の回りがどんどん整っていく。
現代日本の快適な生活に慣れきっていた私には正直、献身的ともいえる彼の行動が効いた。あとディルクの見た目にドストライクに弱かった。
「ユウリ、俺がいる。大丈夫だ」
夜、悪夢を見た時、優しく背中を撫でられて、温かい飲み物を入れ、落ち着くまで穏やかに語りかけられて。
家事も大抵やってくれるし、すっかり胃袋も掴まれていた。
――こんな人に、ころりと落ちないわけがなかった。
ある日、薬を納品しに行った町で小さなお祭りが開かれていた。
ちょっとセクシーなお姉さんに声を掛けられているディルクを見て、ムッとした。
卒なくあしらっていたけれど、それが逆に癇に障った。
ふーん、慣れてるんだ、と。
むしゃくしゃしてつい、祭で配られていたお酒を一気飲みしたのが良くなかった。
悪酔いした優璃を連れ帰り、甲斐甲斐しく世話を焼く様子に更にイラッとして。
酔った勢いのまま、何で手を出さないのかと問い詰めた。
「気持ちが通わないまま、ユウリの覚悟がないのにそういうことをする気はない。大切にしたいんだ」
「……一緒に寝てるのに?」
「ユウリの許可なく手は出さないが、許される範囲で触れていたい」
「えっと、その……その気はある、と」
「勿論。そうでなければ求婚などしない」
そしてなんとも艶のある声で、耳元で囁かれた。
「忍耐には自信があるが……あまり煽らない方がいい」
真っ赤になったと思う。
結局その日は酔っているからと寝かしつけられた。
その後、彼が近場で衛兵として安定した収入を得るようになった頃。
おしゃれな服を着てデートをして、美味しいご飯――口の中でほどけるステーキ肉は永遠に食べていたかった――を食べて、綺麗な景色の見える所で、花束と共に膝をついて、改めて求婚された。
勿論答えはイエスだった。
自分でいいのか悩んだこともあるが、相手が大したことも出来ない自分がいいと言うのだから、それこそ責任を取って頂こうと。
――料理上手な彼に胃袋を掴まれたとも言う。
夫婦になって、小さいながら立派な一軒家に引っ越した。
お腹が膨らみ始めた頃、彼の母国で権利が復権したと迎えが来て、正式に騎士の妻となっていた。
「腐敗した王族には忠誠心も枯れていたし、権利や立場にもう未練もない。このまま暮らしていこうと思っていたが……ユウリが、騎士ってかっこいいなと言うなら戻ろうかと」
「そんな理由!? 私そんなこと言ったっけ!?」
「言った。再会した頃と、寝言で」
うーん、馬鹿正直な人だ。
まあ確かに騎士様格好良いとはなんなら初対面の時から思っていた。覚えてないがぽろりと口にしたのだろう。
でも、それだけで色々思うところのあった場所へ戻ろうなんて、律儀というか、なんというか。
「俺は、君にずっと格好良いと思ってほしい」
――格好良いけれど、可愛い人だ、と思う。
何でも、命を助けられたことで一目惚れして必死に優璃の行方を探していたらしく。
押しかけ夫になってからは、見た目や性格などに、惚れ直した、と言われた。
一途で忍耐強い旦那様だ。
女の趣味はよくわからないが。
……恋は盲目というやつだろうか。
どうかそのまま一生、目が曇ったままでいてほしい。
こうして優璃は、異世界で、最愛の押しかけ騎士の夫と、子育てに四苦八苦しながら忙しくも幸せな日々を送ることになるのだった。
産後何故か復活した治癒能力で、細々と彼を助けることができるようになったのは思わぬ僥倖だった。
結局、命を助けたから責任を取れ、とは――お互い様のことであったらしい。
めでたしめでたし。
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また、お時間のあるときに、のんびり連載中の作品「こゆるぎさんはゆるがない」も読んでいただけたら嬉しいです。




