恋なんて大嫌い!――婚約破棄された私は、恋愛脳を信じない
「ケイティ、ごめん……。好きな人ができたんだ」
十年間、婚約者で幼馴染みのルイスが言った。
「え……」
「婚約を解消してほしい。君とは結婚できない」
自然とカップを持つ手が震えた。
なにそれ……。
頭が真っ白で何も考えられない。
今日は結婚式に向けて、招待客などの詳細を決めるために訪れていた。
それなのに。
――盛大に振られてしまった。
◇◇◇
「え……婚約解消?」
「……うん。彼女じゃなきゃ駄目なんだ」
「もっと早く言ってくれれば……」
「それが……二週間前に出会ったから」
え……二週間?
――私とは十年間一緒だったのに。
驚いた。
確かに、友達感覚だったから嫉妬はない。
うん。
でも、どこかでまだ他人事みたいで、現実味がなかった。
「へぇ、誰?私の知っている人?……流石に教えられないかな?いいなぁ、恋しちゃったのか〜。甘酸っぱいねぇ。羨ましいな」
ポツンと一人で取り残されたような孤独感だけが胸を抉る。
これは……寂しさなのかしら。
目の前の幼馴染みを応援してあげたいのに、心に苦いものが広がっていく。
「あ……それは……」
ルイスが、サッとテーブルの下に手を隠した。
一瞬だけ視界を横切った、彼の指に光る物――見たこともない指輪だった。
本来なら今は、結婚式について話し合っているはずだった。
それなのに、私の前で身につけてくるの?
これが、恋なのね。
人をこんなにも鈍くするものなのね。
「悪いとは思っているのよね?それなら私の恋に協力してよ!女友達が変態やお爺さんに嫁ぐのを見過ごすって、最低よね!?」
「……!うん、そうだよね……」
気まずそうに、それでも私の言葉に頷く。
「……じゃあ、いいわ。許してあげる」
ルイスが、ぱぁっと笑顔になった。
――いつも通り、何事もなかったかのように。
私の心なんてどこかへ置き去りにされた気分になった。
「やっぱり君は、僕の大切な友達だ……!」
そういう所は憎めない……と思っていたけれど、ささくれた私の心に痛みを残していく。
言葉にできない、もやもやとした嫌な感情。
そう。
私たちは友達で、婚約者で、誰よりも近かった。
でも仕方がない。
恋とは落ちるもの、って言っていたもの。
――私は、選ばれなかった。
ちくしょう、私だって選びたい……。
「よし、あんたクズだけど、最低ではないわ」
「……クズではあるんだ……。なんか、ごめん」
視線を落とすルイスに、つい感情的になってしまう。
世間知らず過ぎる。
結婚式の相談中に、振られた女の身にもなりなさいよ。
「いや、当たり前でしょ。女の不自由も知らずに何を言っているのかしらって思うけど、まぁ最低じゃないって言ってるじゃない」
「ケイティ、ありがとう」
私は次の日から、好きな人を探し回ることになる。
もしかしたら、私に恋してくれる男性がいるかもしれない――。
そんなことを考えながら。
一ヶ月後。
「やっぱり結婚なんていいや。なにこの世の中。よくある、隠された愛人とか秘密の恋人の方がいいかなぁ」
「そんな……。ケイティはそんな女性じゃないよ」
私は挫折した。
いきなり、恋をしろ!
恋人を見つけろ!ってやっぱり無理なのよ。
みんなすでに決まった相手がいる。
現実を突きつけられる。
――確実に、行き遅れ令嬢と馬鹿にされる人生が待っていた。
隣にいるルイスのせいだわ。男に憧れを抱けない。
わかってる。お互いに友情しか抱けなかった。
ルイスは好きな人ができただけ。
私には好きな人も、私を好きになってくれる人もいなかっただけ。
もう……気持ちがぐちゃぐちゃだわ。
「ルイスのせいで、男の子がキラキラした貴公子に見えないんだわ……。どうせ、頭の中はあんたみたいに恋愛脳で、だらしなくて、頼ってばかりで情けない人ばかりなのよ。――私、結婚やめるわ」
「……ぐっ!――でも、結婚しないとケイティはどうなる……。だけど僕は……」
今さらすぎる言葉に鼻で笑う。
これもただのポーズだ。
はいはい、何をわかりきったことを。
好きな女の子は裏切れない、でしょう?
――でも。
『家族同然に育った友達は裏切ったじゃない』
「なんか吹っ切れたかなぁ。なんで恋しなきゃ、結婚しなきゃ幸せじゃないの?女だって一夜の恋やら、禁断の恋をしてもいいじゃない!むしろ、なんで女が振られてばかりなのよ」
やっぱり、どうしても理不尽に思えるの。
あんたが幸せになって、私だけが不幸になる?
そんなの酷くない?
「それに、今すぐに結婚相手を見つけるなんて普通は無理でしょ?」
両親を説得して領地に戻る!そうしよう。
ルイスなんて大嫌い。
顔も見たくない。
家族みたいに一緒に育ったのに、どうして自分の幸せだけを選べるの?
恋って凄いのね。羨ましいわ。
だから私も探してみたけれど、私にはいきなりプロポーズしてくれる人も、前から仲良かった人も、思い出の人も居ないみたい。
――本当に恋って凄いのね……。
「あの、ケイティ!僕がこんなことを言うのは……どうかと思うけど……」
「そう思うなら言わないで。ねぇ、あんた自分のことしか考えないのね。今言おうとしたこと、私には絶対に言わないで」
別に恋じゃない。好きだったわけじゃない。
でも仲は良かった。
ずっと一緒に育ってきた。
そんな奴が私の未来を潰して、自分のことだけを考えて、浮かれていたのが許せないんだ。
友達みたいな、家族みたいな――そんな人に裏切られたと思ってしまうんだ。
たまには、全世界に恋なんて嫌いだ!って叫んでもいいよね?
恋愛脳なんて嫌い!情なんてないの?
私たちは、結局何だったの?
――でも。
もういい。
家族や友人を蹴落としても平気な奴なんて、忘れてやるわ。
そんな奴は人生のパートナーに相応しくない。
何かあったら、自分を優先して家族に迷惑をかけるのよ。
多分、きっとそう!
無理やり今までの過去を振り切って、自分で踏みにじる。
真っ黒なペンでルイスとの思い出を塗りつぶしていく。
過去の自分の笑顔も、その時のルイスの笑顔も他の表情だって全部。
「ルイス、やっぱりあんた最低だったわ!」
最高の笑顔で言ってやる。
目の前でおどおどしている、そんな男、家族としても友達としても無理だ。
「ケイティ……」
ただの見苦しい女でいいや。嫌味でも言ってやらないとやっていられない。
「私の前に、二度と顔を見せないで」
◇◇◇
私は家族を説得して領地に引きこもった。
一応、心が怪我したから療養で合っているわよね。
恋に幻滅していた私は、結婚に失敗し、子どもを二人育てている男性に出会った。
「こんなおじさんだし、やっぱり都会の男には敵わなかったんだよね。……でも、こんなにも騒がしい子どもたちばかりだから、寂しさなんて感じる余裕も無かったな」
彼は平民向けの小さな学校の先生だった。
視察の名目で行った私にも親切だったが、子どもたちに向ける穏やかな瞳に惹かれた。
生徒に慕われ、自分の子どもたちにも好かれている彼。
「お嬢さんも、一緒にどうかな。子どもたちを見ているとね。意外と失敗も悪くないって思えるよ。……ほら、立ち上がった。あれはサムかな?」
その言葉にじんわりと胸が熱くなった。
何これ?
わからない。
でも……。
――この人なら、いいかな。
彼のこの笑顔が、なぜか私の胸を騒がせて――目が離せなかった。
胸の前でギュッと拳を作る。
信じてみようかな?
この人なら、恋に浮かれる怖さも、人に裏切られた辛さも理解してくれそうだから。
そんな貴方なら信頼できて、人生のパートナーになってくれそうだから。
振られるかもしれない。
彼から見たらずっと年下の小娘で、相手にもされないかもしれない。
でも。
一回くらい、いいじゃない。
振られるのはもう経験したわ。
震える指を握りしめる。
ああ……喉が詰まって、上手く声が出てこなさそう……。
それでも、転んでもきっと手を差し伸べてくれる。
失敗しても、きっと一緒に笑ってくれる。
「お子さんを大切にしている、貴方を素敵だと思います!もしよろしければ私と……!」
――『私と、恋より先の愛を一緒に育ててください』
恋を信じない私は、彼と一緒に笑って泣いて、生きてみたくなった。
女の子の決断です。
愛に溺れなくても、信頼から愛が生まれることもあると思うんですよね。




