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恋なんて大嫌い!――婚約破棄された私は、恋愛脳を信じない

作者: しぃ太郎
掲載日:2026/05/02


「ケイティ、ごめん……。好きな人ができたんだ」

 十年間、婚約者で幼馴染みのルイスが言った。

「え……」

「婚約を解消してほしい。君とは結婚できない」


 自然とカップを持つ手が震えた。

 なにそれ……。

 頭が真っ白で何も考えられない。


 今日は結婚式に向けて、招待客などの詳細を決めるために訪れていた。


 それなのに。

 ――盛大に振られてしまった。



 ◇◇◇


「え……婚約解消?」

「……うん。彼女じゃなきゃ駄目なんだ」

「もっと早く言ってくれれば……」

「それが……二週間前に出会ったから」


 え……二週間?

 ――私とは十年間一緒だったのに。


 驚いた。

 確かに、友達感覚だったから嫉妬はない。

 うん。

 でも、どこかでまだ他人事みたいで、現実味がなかった。


「へぇ、誰?私の知っている人?……流石に教えられないかな?いいなぁ、恋しちゃったのか〜。甘酸っぱいねぇ。羨ましいな」


 ポツンと一人で取り残されたような孤独感だけが胸を抉る。

 これは……寂しさなのかしら。

 目の前の幼馴染みを応援してあげたいのに、心に苦いものが広がっていく。


「あ……それは……」


 ルイスが、サッとテーブルの下に手を隠した。

 一瞬だけ視界を横切った、彼の指に光る物――見たこともない指輪だった。


 本来なら今は、結婚式について話し合っているはずだった。

 それなのに、私の前で身につけてくるの?

 これが、恋なのね。

 人をこんなにも鈍くするものなのね。


「悪いとは思っているのよね?それなら私の恋に協力してよ!女友達が変態やお爺さんに嫁ぐのを見過ごすって、最低よね!?」 

「……!うん、そうだよね……」


 気まずそうに、それでも私の言葉に頷く。


「……じゃあ、いいわ。許してあげる」


 ルイスが、ぱぁっと笑顔になった。

 ――いつも通り、何事もなかったかのように。

 私の心なんてどこかへ置き去りにされた気分になった。


「やっぱり君は、僕の大切な友達だ……!」


 そういう所は憎めない……と思っていたけれど、ささくれた私の心に痛みを残していく。

 言葉にできない、もやもやとした嫌な感情。

 そう。

 私たちは友達で、婚約者で、誰よりも近かった。

 でも仕方がない。

 恋とは落ちるもの、って言っていたもの。


 ――私は、選ばれなかった。

 ちくしょう、私だって選びたい……。


「よし、あんたクズだけど、最低ではないわ」

「……クズではあるんだ……。なんか、ごめん」


 視線を落とすルイスに、つい感情的になってしまう。

 世間知らず過ぎる。

 結婚式の相談中に、振られた女の身にもなりなさいよ。


「いや、当たり前でしょ。女の不自由も知らずに何を言っているのかしらって思うけど、まぁ最低じゃないって言ってるじゃない」

「ケイティ、ありがとう」


 私は次の日から、好きな人を探し回ることになる。

 もしかしたら、私に恋してくれる男性がいるかもしれない――。

 そんなことを考えながら。




 一ヶ月後。


「やっぱり結婚なんていいや。なにこの世の中。よくある、隠された愛人とか秘密の恋人の方がいいかなぁ」

「そんな……。ケイティはそんな女性じゃないよ」


 私は挫折した。


 いきなり、恋をしろ!

 恋人を見つけろ!ってやっぱり無理なのよ。


 みんなすでに決まった相手がいる。

 現実を突きつけられる。

 ――確実に、行き遅れ令嬢と馬鹿にされる人生が待っていた。


 隣にいるルイスのせいだわ。男に憧れを抱けない。


 わかってる。お互いに友情しか抱けなかった。

 ルイスは好きな人ができただけ。


 私には好きな人も、私を好きになってくれる人もいなかっただけ。

 もう……気持ちがぐちゃぐちゃだわ。


「ルイスのせいで、男の子がキラキラした貴公子に見えないんだわ……。どうせ、頭の中はあんたみたいに恋愛脳で、だらしなくて、頼ってばかりで情けない人ばかりなのよ。――私、結婚やめるわ」 


「……ぐっ!――でも、結婚しないとケイティはどうなる……。だけど僕は……」


 今さらすぎる言葉に鼻で笑う。

 これもただのポーズだ。


 はいはい、何をわかりきったことを。

 好きな女の子は裏切れない、でしょう?


 ――でも。


『家族同然に育った友達は裏切ったじゃない』


「なんか吹っ切れたかなぁ。なんで恋しなきゃ、結婚しなきゃ幸せじゃないの?女だって一夜の恋やら、禁断の恋をしてもいいじゃない!むしろ、なんで女が振られてばかりなのよ」 


 やっぱり、どうしても理不尽に思えるの。

 あんたが幸せになって、私だけが不幸になる?

 そんなの酷くない?


「それに、今すぐに結婚相手を見つけるなんて普通は無理でしょ?」


 両親を説得して領地に戻る!そうしよう。

 ルイスなんて大嫌い。

 顔も見たくない。

 家族みたいに一緒に育ったのに、どうして自分の幸せだけを選べるの?


 恋って凄いのね。羨ましいわ。


 だから私も探してみたけれど、私にはいきなりプロポーズしてくれる人も、前から仲良かった人も、思い出の人も居ないみたい。


 ――本当に恋って凄いのね……。


「あの、ケイティ!僕がこんなことを言うのは……どうかと思うけど……」 

「そう思うなら言わないで。ねぇ、あんた自分のことしか考えないのね。今言おうとしたこと、私には絶対に言わないで」 


 別に恋じゃない。好きだったわけじゃない。

 でも仲は良かった。

 ずっと一緒に育ってきた。


 そんな奴が私の未来を潰して、自分のことだけを考えて、浮かれていたのが許せないんだ。


 友達みたいな、家族みたいな――そんな人に裏切られたと思ってしまうんだ。


 たまには、全世界に恋なんて嫌いだ!って叫んでもいいよね?

 恋愛脳なんて嫌い!情なんてないの?

 私たちは、結局何だったの?


 ――でも。


 もういい。

 家族や友人を蹴落としても平気な奴なんて、忘れてやるわ。


 そんな奴は人生のパートナーに相応しくない。

 何かあったら、自分を優先して家族に迷惑をかけるのよ。

 多分、きっとそう!

 無理やり今までの過去を振り切って、自分で踏みにじる。


 真っ黒なペンでルイスとの思い出を塗りつぶしていく。

 過去の自分の笑顔も、その時のルイスの笑顔も他の表情だって全部。


「ルイス、やっぱりあんた最低だったわ!」


 最高の笑顔で言ってやる。

 目の前でおどおどしている、そんな男、家族としても友達としても無理だ。


「ケイティ……」


 ただの見苦しい女でいいや。嫌味でも言ってやらないとやっていられない。


「私の前に、二度と顔を見せないで」


 ◇◇◇


 私は家族を説得して領地に引きこもった。

 一応、心が怪我したから療養で合っているわよね。


 恋に幻滅していた私は、結婚に失敗し、子どもを二人育てている男性に出会った。


「こんなおじさんだし、やっぱり都会の男には敵わなかったんだよね。……でも、こんなにも騒がしい子どもたちばかりだから、寂しさなんて感じる余裕も無かったな」


 彼は平民向けの小さな学校の先生だった。

 視察の名目で行った私にも親切だったが、子どもたちに向ける穏やかな瞳に惹かれた。

 生徒に慕われ、自分の子どもたちにも好かれている彼。


「お嬢さんも、一緒にどうかな。子どもたちを見ているとね。意外と失敗も悪くないって思えるよ。……ほら、立ち上がった。あれはサムかな?」


 その言葉にじんわりと胸が熱くなった。

 何これ? 

 わからない。

 でも……。


 ――この人なら、いいかな。


 彼のこの笑顔が、なぜか私の胸を騒がせて――目が離せなかった。

 胸の前でギュッと拳を作る。


 信じてみようかな?

 この人なら、恋に浮かれる怖さも、人に裏切られた辛さも理解してくれそうだから。


 そんな貴方なら信頼できて、人生のパートナーになってくれそうだから。


 振られるかもしれない。

 彼から見たらずっと年下の小娘で、相手にもされないかもしれない。


 でも。

 一回くらい、いいじゃない。

 振られるのはもう経験したわ。

 震える指を握りしめる。

 ああ……喉が詰まって、上手く声が出てこなさそう……。


 それでも、転んでもきっと手を差し伸べてくれる。

 失敗しても、きっと一緒に笑ってくれる。


「お子さんを大切にしている、貴方を素敵だと思います!もしよろしければ私と……!」


 ――『私と、恋より先の愛を一緒に育ててください』


 恋を信じない私は、彼と一緒に笑って泣いて、生きてみたくなった。

女の子の決断です。

愛に溺れなくても、信頼から愛が生まれることもあると思うんですよね。



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