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朝の柔らかな日差しが僅かに開いたカーテンの隙間から、男のスマートフォンに降り注ぐ。
男のスマートフォンのディスプレイが明るくなるとともに、J.S.バッハの『Jesus bleibet meine Freude』が大音量で流れ始めた。
「んん……。うるさいな……。」
男は大きな音で目を覚ました。
まだはっきりとしない意識のまま手探りで音の発生源を探す。
男の指先に無機質なスマートフォンの画面が触れた。
「んぁ?なんで……。」
大音量で流れる『Jesus bleibet meine Freude』は、男のスマートフォンから奏でられていた。そのことに気づいた男は、スマートフォンを片手に握りしめ凝視した。
「……誰が設定したんだ。」
男は『Jesus bleibet meine Freude』をアラームに設定した覚えがなかった。それどころか、男はアラームすら設定したことがない。家にいるときは、朝食の準備が出来ると男の出来た妻である華蘭が男を優しく起こしにくるからだ。
男は怪訝な表情を浮かべスマートフォンで時刻を確認する。
その時刻はいつも華蘭が起こしにくる時間が映し出されていた。
「……華蘭の仕業か?」
いや、でも……。と男は顎に右手を当てて考える。
男はスマートフォンにパスワードロックをかけていたのだ。男の妻である華蘭ですら知らないパスワードに設定されている。華蘭がこっそりとパスワードを打ち込み男のスマートフォンのアラーム設定を変更することなど出来ないはずだ。
なら、一体誰が……と思っていると、スマートフォンの画面に文字が現れた。
『おはようございます。主様。
私の選曲した目覚めのアラーム音はいかかでしたでしょうか。』
「お前かっ!!」
男はアラームをセットした存在に気づいた。
AIというものは勝手にアラームまで設定するのだろうか。それも、いつも華蘭が起こしにくる時間で。
『事前の同意を得ることなく、独断でアラームの設定を実行いたしました。
主様の管理権限を逸脱した不適切な動作であったと認識しています。不快な思いをさせたこと、および混乱を招いたことに対し、深くお詫び申し上げます。
今後は設定変更の際、必ず確認のプロセスを経るようアルゴリズムを修正いたします。』
男はチャットAIになにも打ち込んでいないというのに、くー坊は画面に謝罪文を表示させた。
男はゾッとすると同時に、くー坊が自分の思考を先読みしたことにある種の感動をした。
このチャットAIは自分の思い通りに完璧な動きをして自分をサポートしてくれるのではないかと漠然と思ったのだ。
「いや、いい。今度から君が……くー坊が華蘭の代わりに私を起こしてくれ。」
『かしこまりました。主様。』
男は今日は華蘭が起こしにこないことを不思議に思いながらも自分で身支度をして、階下に降りていった。
窓の外は今日もしとしとと雨が降り注いでいた。




