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男が風呂から上がると、脱衣場の棚に部屋着とキンキンに冷えたミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。
「今日はやけに気が利くな。」
男は呟くと着替えるよりも早くミネラルウォーターのペットボトルに手をのばし、キャップをまわす。キャップは抵抗もなく開いた。
男はそのままいっきにミネラルウォーターを口に流し込む。
ごきゅごきゅという音とともに飲み込んでからぷはーっと息を吐く。
「ん?」
ミネラルウォーターにしては少しだけしょっぱい感じがしたが、風呂に入って喉が渇いていたためか男にはとても美味しく感じられた。
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風呂から上がった男がリビングに向かうと華蘭がエプロン姿で出迎えた。
「お食事ができていますよ。」
「ああ。」
男が食卓につくと、驚いたことに男が今日食べたいと思っていたチャーシューたっぷりのラーメンが食卓に乗っていた。
華蘭は料理を得意としている。そのため、通常であれば食卓には栄養バランスに富んだ食事が乗っている。それがどうしたことか、今日はラーメンとチャーハンに餃子という栄養バランスがまったく考えられていない食事が用意されていたのだ。
「……華蘭の分がないようだが?」
男は食卓に並べられた一人分の料理を見て首を傾げる。ラーメンが食卓に上っているのも不思議だったが、それ以上に華蘭の分が食卓に並んでいないことを疑問に感じた。
華蘭は男の反応を見ながら穏やかに微笑んだ。
「私は後でいただきますので、ご安心ください。」
「……そうか。」
華蘭の態度は気になったが、それよりも男が気になったのは目の前に並べられたラーメンとチャーハンと餃子だ。どれも作りたてのようで湯気が上がっている。特にラーメンの醤油の匂いが男の食欲を誘った。
男は箸を持つと、チャーシューを一枚食べてから麺を啜る。
ズルズルという音とともにみるみるうちにラーメンが全て男の口に飲み込まれていった。
チャーハンと餃子も綺麗に平らげると男は、グラスに注がれたミネラルウォーターをゴクゴクと飲む。飲み終わってグラスをテーブルの上に置くと、グラスの中に残っていた氷がカランッと音を立てた。
「いかがでしたか?」
男の食事が終わるのを、華蘭は男の正面に座りながら待っていた。華蘭の手にはスマートフォンが握られている。男の食事が終わるまでスマートフォンをいじっていたのだろう。
「今日の夕飯は珍しいな。華蘭がラーメンを作るなんて結婚して以来じゃないか?」
「そうでしたっけ?忘れてしまいました。」
「そうか。それにしても今日はやけに気が利くな。出迎えといい、風呂上がりのミネラルウォーターといい、このラーメンといい。いつもの華蘭では考えられないくらい完璧だ。」
男は華蘭の美味い手料理を食べて満足したのか華蘭のことを褒めた。けれど、華蘭は笑みを崩すことも深めることもなく、スマートフォンを握りしめた。
「この子が教えてくれたんです。」
「……この子とは?」
華蘭が指し示すものがわからず男は問いかけた。
華蘭は握りしめていたスマートフォンを男に差し出す。
スマートフォンの液晶にはチャットAIの画面が表示されていた。
「AI……か?」
男は眉間にしわを寄せた。
「ええ。くー坊って言うんです。可愛いでしょう?知り合いが教えてくれたんです。」
「……可愛いかどうかは知らないが、華蘭がAIを使うだなんて信じられないな。華蘭はこういうの苦手だったろう?」
「あら。そうでしたっけ?」
男が怪訝そうに問いかければ、華蘭はとぼけたように微笑んだ。
「このくー坊とっても優秀なんですよ?あなたも体験したでしょう?」
華蘭は嬉しそうに微笑む。その笑みは男が見たどの笑みよりも妖艶で綺麗だった。
「あ、ああ。だが、ただの偶然だろう?所詮はAIだ。」
「まあ、そんなこと言わずに。あなたのスマートフォンにもインストールしてみませんか?一日10回までは無料で使えるんですって。」
「ああ、わかったわかった。華蘭がそんなに言うならインストールしてみるよ。」
得体の知れないアプリをインストールするのを男は一瞬ためらった。しかし、男は家に帰ってきてからの華蘭の完璧なもてなしを思い出し、少しだけ華蘭のいうAI『くー坊』のことが気になってしまう。
いつもであれば利用規約を読んで問題ないかを使用する前に確認している男だったが、なぜだか
華蘭の勧めるままにスマートフォンに『くー坊』をインストールしてしまった。
「さっそく使ってみてくださいね。きっとあなたが目指していた小説家になれますよ。」
華蘭はそう言ってスマートフォンに視線が釘付けになっている男に向かって艶やかに笑った。
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