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しとしとと雨が降っている。もう一週間ほど雨が続いている。
3月だというのに冬用のコートが手放せそうにない。
「まったく。嫌な雨だ。それもこれも、すべてはあのいけ好かない部下の所為だ。あいつが来てからすべてがうまくいかなくなった。」
男は真っ黒な傘を差しながら独り言ちた。
歩くたびに跳ね上がる雨がスーツの裾を濡らす。男はその感覚に眉をひそめた。
男はこの不快な状況を一刻も早く脱したくて、家路を急いだ。
家に帰れば男の完璧な妻が出迎えてくれるだろう。
【佐々木】と書かれた表札がかかっている家のドアの前に男が立つと、中からドアが開けられた。
家の中の暖かい空気と暖かな光が男に安心感を与えた。
「お帰りなさい。今日は雨だから寒かったでしょう。お風呂を沸かしてあります。お食事の前にお風呂に入りますか?」
男の妻が柔和な笑みを浮かべながら男の帰りを迎える。
「『今日は』じゃないだろう。『今日も』雨だ。ああ、そうだな。風呂に入ってあったまってくる。すっかり冷え切ってしまったからな。」
男は雨でしとったコートを妻に渡すと、風呂場に向かって一直線に歩いて行く。男から受け取ったコートを見て、妻は一瞬だけ表情を消した。
男は妻を顧みることなく、風呂場に行くとおもむろに来ていたスーツを脱ぎ捨て、さっさと浴槽に浸かる。
男の体重で溢れ出したお湯がザバァーっと勢いよく溢れた。
「ふぅ……。」
お湯の温度は男が一番心地よいと思う温度に設定されていた。
冷え切っていた男の身体が湯につかることで次第に温まっていく。
身体が温まっていくと次第に頭も動き出した。
「そういえば、華蘭のやつ、なんで俺が帰ってきたのがわかったんだ?」
男が帰宅した際の妻である華蘭の様子に引っかかりを感じた。
男は華蘭に何時に帰るとも言った覚えがないし、チャイムを鳴らした覚えがない。
いつもなら男がチャイムを鳴らしてから華蘭がドアを開けるが、今日に限っては男がドアの前にたった瞬間にドアが開いた。
まるで男が帰ってきたのがわかっていたかのように。
「まぁ、いいか。」
男は華蘭の出迎えが不満だったわけではない。むしろ、完璧なタイミングでの出迎えにいたく感動をしていた。
やっと華蘭が自分の思い通りに動いたような気がしたのだ。
「あなた、着替えをおいておきますね。」
「ああ。」
男が身体を洗っていると、華蘭が男の着替えを持って脱衣場にやってきた。そして、脱ぎ捨てられているスーツを見て眉をしかめた。けれど、華蘭は何も言わずしっとりと濡れているスーツを手に脱衣場を後にする。
男はなにも気にせずに風呂を満喫した。
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