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「いや、何もめでたくねぇよ!」
思わずツッコミを入れたルミナスはもう一度本を最初から読み直してみたり、逆に最後から読んだりと足掻いてみるも本の内容は変わらない。
どこからどう読んでも食人文化です、ありがとうございます。
(旅人って絶対余所者の事じゃん?!んでもって飢饉に襲われた村が旅人を食べて飢えを凌いだってお話じゃん?童話風味で誤魔化そうとしていても元のエグさが滲み出ちゃってんだよねぇ!?)
お祭りの内容が余所者を捧げ物にして豊穣を願う儀式で確定するお話だった事にルミナスは現実逃避をしたくなるが、死にたく無ければここで思考を放棄するべきでは無いと真面目にお話の考察をする。
(そもそも、この森の中に一人でいた神様ってのは一体何者なのかしら?豊穣ってまず人ありきで発生する概念じゃない?それを森の中の神様が司るのは違和感があるって言うか。旅人がその神様と知り合いになってその後から人が増えたのは分かったけど、それなら旅人は村の創立に携わる重要人物にあたるよね?それなのに、そんな人を生贄に?一番最初に出来た友人なら、その友人が損なわれる様な事を一人寂しくしていた神様とやらが認めるかしら?それに、こう言う献身的な人が村の為とか他の人の為に犠牲になった系の言い伝えって得てして無理矢理人柱にした人に対しての罪悪感を消す為に美化されている事が多いのよねぇ……それに、旅人の一人称が最初と最後で違うのも気になるわ)
最初に神様と友人になった時は「僕」なのに神様にお願いをする時には「私」になっている。
ただの書き間違いであればそれまでなのだが、もしそれが意図的な物であったとしたら?
(最初の旅人と最後の旅人は違う人物って事になるよね。それなら村の創立に関わった重用人物では無く、ただの余所者を人柱にしたって事で納得できる。でもそれなら、不都合な事なのに態々こうして違う人物だと示唆する様に書かれているその意図は?)
ルミナスが村長に神話や童話が好きだと言ったのは嘘ではない。
生まれ育った村では良く村のお年寄り達にお話をせがんだし、貴族になって学園に通う様になってからは図書館でそう言った本を借りては読んでいた。
それらの知識から、豊穣の神は女神である事が多いと認識していたルミナスは思考を飛躍させる。
(豊穣の神って女神の事が多いし、最初の旅人は僕って言ってるから二人が夫婦になりでもした?その子孫がこの村の村長の家系だったりして?神様が居なくなったとはこの本には書いていないし、今も生贄を捧げているのなら子孫として神様からの加護を貰い続ける為に儀式を続けている?その因習が続いているのはちゃんとそれなりのご利益があるから?)
考えながらペラペラとページを捲っていたルミナスはふと可笑しな事に気が付いた。
(……?裏表紙が少し厚くなっている?)
表紙に比べると指で挟んだ時の感触が少し違う。
周囲からいつもの視線が無いかを確認したルミナスは本をじっくりと観察する。
装丁を見ると背を止めている糸を切れば簡単にばらせそうだと判断し、元に戻す為にどうやって留められているのかをしっかりと覚えてから糸を切る。
本は二つ折りにした紙の端を糸で留める造りだった様で、留めてある部分以外の端は糊付けされ袋の形状になっていた。
表紙と裏表紙は中綴じのページよりも少し厚めの紙で作られており、裏表紙の袋部分に何か紙が入っているのを発見した。
村長に見つからない様にか裏表紙と同じ位の大きさに折られた紙を取り出すとルミナスの予想通り何か文字が書かれている。
一応、他のページにも何か入っていないかを確認したが、どうやら裏表紙以外には何も無いようだ。
糸の真新しさから村長に何かを勘付かれない様に出来るだけ元の糸と近い物を用意し、それをルミナスは茶渋や炭を使って元の糸と同じ位に汚しておく。
新品のリボンを古ぼけた物に加工して亡くなった母からの形見だと偽り、それを公爵令嬢に切られたと冤罪を吹っ掛けた時の技術が遺憾なく発揮されている。
(公爵令嬢の冤罪を作った時の経験が役に立つだなんて、人生何があるか分からない物ね)
パッと見では見分けが付かなくなった紐を見比べ、会心の出来にルミナスは頷いた。
出来上がった紐で本を元の状態に戻してから見つけた紙に目を通す。
『村の外れにある家の玄関から約十歩、家の中心に当たる居間と台所を繋げる廊下の位置の床石が外れる様になっている。その中に俺が知った事を記した物を隠した』
紙を革袋の中にしまったルミナスが床の絨毯を捲り、メモの通りの場所を探ると少しだけ石の色が違う場所を見つけた。
火掻き棒を引っかけて力を籠めると石が外れ、中に手帳があった。
石を元に戻したルミナスは手帳を持ってトイレに向かう。
視線はまだ無いが、いつまた開始されるか分からない事を考えると監視されないトイレで読むのが一番安全だからだ。
『×年×月×日
遂に村を見つけた。閉鎖的な村だと耳にしていたが、祭りの研究に来た学者だと言ったら快く空き家を貸してくれた上に三か月後に行われると言う祭りに参加する事を了承して貰えた。噂は当てにならない物だ』
『×年×月×日
この季節だと収穫祭が一般的なのだが、ここの祭りは豊穣の祈りを捧げる物らしい。では春先にも豊穣の為の祈りを捧げるのかを聞いた所、毎年春先に催しているとの事。毎年行われる祭りと二十年に一度行われる祭りがどう違うのか楽しみだ』
『×年×月×日
村長から代々語り継がれているらしいこの村の成り立ちとなる伝承を教えて貰った。伝承では森に居た神と旅人が親しくなり村が出来たが、村を飢饉が襲い旅人が神に自分を増やす様に頼んで村を救ったとされている。その話から俺は村が飢饉の際に食人をする事によって飢えを免れ、その時の犠牲者への鎮魂祭が祭りの起源では無いかと推測を立てた。この国と周辺の記録を洗い出してみよう』
『×年×月×日
祭りは村長と長老達が主体となって取り決めているらしい。準備の手伝いをしないかと誘われたので快く協力を申し出た。今から楽しみだ』
『×年×月×日
祭りの後では神様の加護を込められたお守りが各家に配られ、それを家の中心になる部屋の床下に埋めるのが習わしだとか。お守りをちゃんと埋めなかった家では過去に家長と息子の頭の中が生きながらに溶けて死ぬ祟りが発生したらしく、祟りを防ぐ為にみんなきちんと守るそうだ。それぞれの家には埋める為に床の石材の一部が動かせる様になっているらしく、試しに借りている家で探すとこの家にも同じ造りがあったが、空き家だからかお守りらしき物は見つけられなかった。中身を知りたかったのだが残念だ』
『×年×月×日
おかしな事に遡れるだけ過去を調べたが周辺地域の記録やこの国の歴史等を調べても食人の必要に駆られる程の飢饉の記録が存在しなかった。友人に頼んで他国の夫婦の痴話喧嘩までも記録する程、異常に筆まめな事で知られているニン国の記録を見て貰ったが周辺の記録等から推定される村の創立された年代は比較的穏やかで新王即位時に恩赦が出されて国中の罪人が釈放された程度には穏やかだったそうだ。失伝されているか、秘匿されている情報があるのかも知れない』
『×年×月×日
後世に伝える為にとこの村の伝承を絵本にしてみたらどうかと村長に提案したところ、とても喜ばれた。村長の娘さんが絵が得意だと言うので彼女に絵を担当して貰い、俺が村長から聞いた伝承を昔話風にまとめて製本する事になった。頑張って良い本を作ろう』
『×年×月×日
祭りの準備が始まった。祭りの為の技法で織られた布と特別な刺繍を施した伝統の衣装があるらしい。試しにやってみたが普段はほつれや破れの補修程度にしか針を持たない為、刺繍の様なチマチマした作業は自分には向いていないのだと痛感した。代わりに祭りで使うらしい仮面等の道具の手入れをする事になった。祭りの詳しい話を聞けると良いのだが』
『×年×月×日
祭りでは神様に祈りと捧げ物をするらしい。祭りで神に穀物や牛、羊等の家畜を捧げる事は良くある。この村もそうなのだろう。猟を行っている者達が熊や鹿を仕留めて来たのを見た事があるのでそれらの可能性もある。どんな動物をどの様な状態で捧げるのかによって儀式の意味合いが分かる部分もあるので捧げ物について聞いたが要領を得ない返答しか得られなかった。残念だ』
『×年×月×日
色々と探ってみたが村の創立についての新たな情報は得られなかった。では前提が違うとしたら?村で飢饉が起きて飢えを凌ぐ為に村の外から来た人を食べたのではなく、人を食べた理由の後付けに飢饉があった事にした。そして旅人を自己犠牲の塊に美化するが、ただの旅人が通りすがりの村ごときの為に命を差し出すのは無理がある。だからその無理を消す為に居もしなかった神の存在を作り出し、話の齟齬を消した。つまり、この村の祈りを捧げる相手は神様では無く犠牲になった旅人で、その祟りを鎮めさせる為の物ではないか。この推測だと何故人を食べたのか等の疑問点は残る。確証を得る為に各家庭で埋められているらしいお守りを調べたいと思う』
『×年×月×日
酒飲み友達になった村人の家に泊まった際に隙を見てお守りについて調べると人の指に酷似した物が埋められていた』
『×年×月×日
当たって欲しくは無いが捧げ物が人間なのだとしたら捧げられる可能性が最も高いのは俺だろう。閉鎖的な筈が外部の人間を快く受け入れたのは生贄に使えると判断したからか。俺が気付いた事を知られたらどうなるのか分からない、以前の様に隣の村に用事がある体でここから出て行こう』
『×年×月×日
俺が逃げようとしている事に気付かれたのか村の外に出ようとするのを止められる。無理に出ようとすれば強硬手段に出る可能性もある。逃げる為に大人しくして隙を見計らおう』
『×年×月×日
絵本が完成した。村長の監修もあり内容はあまり変えられないが俺の調べた内容に気付く者が現れる事を願って仕掛けもしておいた。後世の者の役に立てて欲しい』
『×年×月×日
監視が厳しく祭りの前日になる今日まで逃げられなかった。明日になれば俺は生贄にされてしまうが何としても今夜この村を脱出してみせる。この手記が後から来た者の手助けになる事を祈って』
文字はここで終わっている。
手帳を革袋へ仕舞い、トイレから出た。
この手記を残した人物は脱出に成功できたのだろうか。
彼のお陰で村で行われるお祭りの全容を知れたルミナスは次はどうやって逃げるかを考える。
逃げる為の手立てを考えるべく、ルミナスはジョンとジョージと話をする為に野菜の収穫を手伝って分けて貰った収穫物のいくつかをお裾分けの体で持って行く事にして彼らの住んでいる家へと向かう。
「いらっしゃい、ルミナス。サーシャおばさんなら今出掛けてるよ?」
「あら、そうなの?それならサーシャさんが来るまで待っていようかしら」
そう言って出迎えてくれたジョンの言葉にナイスタイミングだと心の中でガッツポーズをしつつ澄まし顔でルミナスは家の中に入る。
思った通り、家の中に入ると纏わり付いていた視線も消えた。
サーシャも居ないのであれば今が絶好のチャンスだ。
「ジョージさんは?」
「おじさんなら二階にいるけど?」
「ちょっとお祭りの事で二人と話したい事があるんだけど、良いかしら?」
「良いよ」
ジョンに呼ばれて居間へとやってきたジョージがソファへと腰を下ろす。
「祭りの事で話とは?」
「生贄についてよ」
「……」
「いけにえ?」
ルミナスの言葉に首を傾げるジョンと黙り込むジョージと二人の反応は正反対だった。
もし二人が生贄に反対していたと言う推測が外れていた場合、ここで一気に詰みになってしまうがそれを恐れて行動に出なければどちらにせよ終わりだ。
覚悟を決めてルミナスは手記の事は伏せて自身の考えの体で村で集めた情報や自身の感じた視線や違和感を交えてこの村の祭りに対する推測を話す。
この村で二十年に一度行われる祭りと言うのは村の繁栄の為に旅人を招いてそれを生贄として捧げる物なのではないか、と。
ルミナスの話を黙って聞いていたジョンは困惑し、ジョージは「はあ」と思い溜息を吐く。
「ルミナス、いきなり変な話をしてどうしたんだい?ジョージおじさんも溜息吐いちゃってるよ?」
「いや、ジョン。彼女の言っている事は合っている」
「……え?」
その反応からジョンはこの村の因習について何も知らないのだとルミナスは察した。
それなら恩を仇で返す様に命の恩人を村に連れて来たのにも納得できる。
「君の言う通り、この村で行われている祭りは村の神様に生贄を捧げる儀式の事だ。ジョンの命の恩人だから巻き込まれる前にこの村から出て行って欲しかったが、サーシャがあの調子だったからな……」
ルミナスの思った通り、出会った時に早急に村を出て行かせようとしていたのはジョンの命を救った恩人を殺すのは忍びないと考えたからだった。
それは分かったが、ルミナスにはどうしても一つ疑問に思う点があった。
「サーシャさんの誘導で私はお祭りの神事の手伝いをする事になったけど、元々ジョンの役割だったじゃない?それって生贄の役割は本来ならジョンだったって事?」
「え?」
ルミナスの言葉にジョンは驚き、ジョージを振り返る。
二人に見つめられたジョージは苦々しい表情で頷いた。
「……元々……ジョンは、その役目の為に……育てられていた」
「そんなっ……」
「だが!……だが、俺は、ジョンを生贄なんぞにしたく無かった!!だから祭りが近くなったら代わりの人間を攫ってくるつもりだったんだ」
「そこに私がのこのこやって来た、と」
緊急クエストのせいでとんだ災難だとルミナスは溜息を吐く。
「ジョンは四歳の頃にこの家にやって来たのを覚えているか?」
「……うん、何となく覚えてるよ。母さんとこの村に来たけど、母さんが病気で死んでしまって、それでおじさんとおばさんが俺を引き取ってくれたんだよね?」
「……お前の母さんは病気で亡くなったんじゃない」
「……え」
「二十年前の生贄にされたんだ」
「……っ」
ジョージの思いもよらない言葉にジョンとルミナスは息を吞む。
労働力が貴重なこの村で年の若いジョンを生贄にするのには何か理由があるのだろうとルミナスは思ってはいたが、流石にこの展開は予想していなかった。
「二十年前、お前は母親と共にこの村へとやって来た。旦那が流行り病で死に、生活が苦しくなったお前の母親は自分の親元へ帰ろうとして森で迷い、そこをこの村の連中が保護したんだ。そこからはルミナスちゃんと同じで村に住む事を薦められたお前達親子はこの村に住む様になり、祭りの日にお前の母親は生贄になった。
お前は幼かったから『そのまま引き取って育てれば次の儀式の時に余所者を狩りに行かなくて済む』とサーシャがそう提案して、お前を引き取って育てる事にしたんだ。
だが……」
「……情が移った?」
ルミナスの言葉にジョージが無言で首肯する。
「あんたには悪い事をしたと思っている。最初は本当にジョンを助けてくれた礼をしたらこの村から出て行って貰うつもりだった」
「それを私が呑気にここに住むとか言い出しちゃったのね」
「……ああ」
「悪い事をしたと思っているのなら私とジョンがこの村を脱出するのを助けてくれない?」
「え?」
「何を驚いているのよ、ジョン。今の話が本当なら、私が逃げ出したら生贄の役割は貴方に逆戻りになるのよ?」
「……あ」
「生贄になる人が居なくなればこの馬鹿げた風習も無くなるんじゃない?村人じゃなくて旅人、つまり余所者を捧げるのが重要なんでしょう?なら、その余所者が居なくなったら儀式は成り立たない。それにこれから先、国は戸籍の管理を厳しくしていくと聞いているわ。そうやって変化していくこの世の中でこれから先もこんな風習が続けられると思っているの?いずれ露見して村人全員が殺人者として処刑される日が来るわよ」
「……そうだな」
俯いていたジョージは数度呼吸をし、決意を固めて顔を上げる。
「ルミナスちゃんの言う通りだ。悪しき風習はいずれ何処かで絶たなければならない」
「じゃあ……!」
「ああ、二人が無事にこの村から脱出出来るよう、協力する」
ジョージの言葉と同時にいつもの珍妙な音が聞いた事の無い音程で鳴り、
『協力者を会得しました∇』
初めて見る言葉が現れた。




