プロローグ
短編から連載用へと書き直しているので短編とはちょいちょい違う所はありますが、大まかには一緒です。
『ヒロインは敗北しました∇』
ピロリンッ♪と聞いた事の無い音と共にその文字が眼前の空間に現れた時、ルミナスは床にへたり込んでいた。
彼女はたった今、玉の輿を狙ってこの国の第一王子を篭絡し、彼の婚約者である公爵令嬢に虐められていたと証拠を捏造して二人の婚約破棄と公爵令嬢の断罪を主張していたのを全て、証言者や虐めていない証拠を出されて断罪返しをされたところだった。
しかも、折角自身が男爵がメイドに手を出した結果産まれた子供である事が判明して平民からお貴族様になれたと言うのに男爵家から縁切りを告げられまた平民へと逆戻りされる事になった上に公爵令嬢を陥れようとした償いの為に賠償金を支払わされる事になってしまった。
平民が払うには高額で、身売りをしなければ返済もままならない金額を聞いたルミナスは立っていられなくなったのだ。
床の上にいるルミナスへと朗々と沙汰が告げられている中でルミナスは目の前に現れた不思議な現象に気を取られていた。
(え、何よこれ?『ヒロインは敗北しました』?ヒロインって私?公爵令嬢を陥れるのに失敗したから敗北したって事なのは分かるけど、それで何でこんなのが見えるのよ?)
空に浮く文字に手を伸ばすが文字に触れる事無く指はすり抜けていく。
追い詰められた危機的状況で見えている幻覚なのかと目を擦るが文字は消えない。
「聞いてるのか、ルミナス!」
「!!」
大声で名前を呼ばれてルミナスは我に返る。
今はこんな良く分からない物に気を取られている場合いではない。
正体不明の現象から自身に断罪を告げていた隣国の皇太子へと視線を上げる。
「いや、この文字が……」
「文字?話を逸らそうとしたってそうはいかないぞ」
皇太子の言葉にこの文字は自分にしか見えていないのだとルミナスは理解した。
やっぱり幻覚かと判断したルミナスは直ぐに思考を切り替える。
「ごめんなさね、聞いていなかったわ」
「愚かな考えを持つ者は人の話すらまともに聞けないのか」
「賢い人間なら愚かな人間にも分かり易く、余計な装飾は省いて要点だけを言ってくれない?」
不遜と言えるルミナスの物言いに隣国の王子が蟀谷をひくつかせる。
普段のルミナスであれば全力で媚びを売る立場の人間だが、ここから挽回できるとは到底思えないのだから媚びを売る理由も無ければ敬う必要性も感じない。
いつも絶やさない様にしていた人好きされる笑顔を消し、太々しい顔でドレスの裾を両手で払いながら立ち上がるルミナスを扇子で口元を隠しながら見下ろしていた公爵令嬢が扇子を手の平に叩きつけて閉じ、閉じたその先をルミナスに突き付ける。
「では端的に言いましょう。先程『私は優しいから処刑じゃなくて国外追放にしてあげます』って言っていたわよね?ならばわたくしも優しさを出して賠償金を支払えないのであれば、国外追放にして差しあげるわ」
そう言って嘲笑う公爵令嬢の頭上にあの音と共に『国外追放ルートが解放されました∇』と新たな文字が現れた。
新たな幻覚の出現にぽっかりと口を開けているルミナスの両腕を兵が掴んで会場から連れ出すとそのまま馬車に乗せられ、ルミナスは夜会服の格好のまま国境まで連行されていく。
王都から国境まで殆んど休みなく約三日、馬車に揺られる事になった。
この三日の間に分かったことがある。
まずあの奇妙な音と共に出現する幻覚はルミナスにしか聞こえないし見えない物で何か行動をし、それが自身の人生に関わる大きな選択であればあの音と共に文字が出てくる。
それは他人からも同じで、その人の行動がルミナスに何か変化を与えるのであればそれが表示されるのだ。
道中、出された食事で偶々手を滑らせて受け取り損ねたスープを盛大に零した時は『毒殺エンド・その1を回避しました∇』と表示された。
その1って何だ、2と3があるのか。
警戒から自身を連行する騎士に自分用だと差し出されたスープや水の入った革袋を断り、道中にあった川で水を飲んだり、馬車に同席する見張りが飲んでいる時に強請ってその革袋から水を飲む様にすると『毒殺エンドその4を回避しました∇』と表示された。
(2と3は?!ねえ、2と3はどこに行ったの?!)
3つで終わりどころか4つ以上毒殺される可能性が出て来た。
恐ろしすぎてそれから毒を混ぜにくそうなパンしか口にできなかった。
いつ誰に毒を盛られるか分からなかったので、取り敢えず媚びを売って好感度を上げて殺しにくくしておこうと思い付き、どんな小さな事にでも笑顔でお礼を言うのを忘れない様にした。
まあ、ずっと馬車の中に缶詰めで殆ど機会は無いのだけども。
用を足す為の休憩で馬車から降りようとして転びそうになった時、近くにいた見張りの騎士が助けてくれた事があった。
それに対して笑顔でお礼を告げた時、『刺殺エンドを回避しました∇』と表示がされた。
他人に対する自分の行動でも未来を変える事が出来る、それが分かったルミナスは放り出される時まで出来るだけ大人しくして媚びを売る事に専念し、毒殺される事なく無事に国境へと辿り着いた。
「ほら、これは慈悲深いお嬢様からの餞別だ。ありがたく受け取るんだな。折角拾った命だ、これに懲りたらもう馬鹿な事は止して真っ当に生きろよ」
「はい、お世話になりました!」
渡された麻袋を受け取ると『全ての毒殺エンドを回避しました∇』と表示がされる。
即ち、この中に入っている物は安心安全と言う事で安堵の気持ちから笑顔で騎士にお礼を告げると可哀想だからこれもやるよと道中で使っていた毛布を一枚譲ってくれた。
(ありがてぇ……!)
国境でペイっとルミナスを放り出した馬車はそのまま去って行った。
手を振って彼らの乗った馬車を見送るとすっかりお馴染みになった音と共に『射殺エンドを回避しました∇』と文字が表示される。
(あっぶなぁぁぁぁぁ!!!?え、これ背中を見せた瞬間終わりだったって事?!)
自分たちの仕える主人の敵とは言え、流石にこの三日を共に過ごして笑顔で手を振る人間に対して矢を射るのは気が咎めたらしい。
ルミナスの行いに対する代償として膨大な賠償金か国外追放かを選べと言われ、当初は追放で済ませてくれるなんてラッキー位にしか思っていなかった彼女だったがここで漸くあの公爵令嬢が腹いせに自分を殺すつもりだったからお金じゃなくても良いと言ったのだと気が付いた。
そして地道な媚び売りの結果、何とか殺されずに済んだ事も。
媚びを売るのって大事なんだなとルミナスは今後の人生でも全力で媚びを売って行こうと心に決めた。
夜会用ドレスの上から毛布を羽織り、落ちない様に首元で端と端を縛ってマントの様にする。
麻袋の中にはパンとドライフルーツが何個かと水が入っていた。
この食料が尽きる前に国境から最寄りの町に辿り着かないと詰む。
幸い、ここまでの道中でのトイレ休憩の際に夜会用の靴で土の上を歩けずプルプルしていた私を見かねた騎士の一人がサンダルを恵んでくれたので歩くのは何とかなりそうだ。
「よし、頑張るぞー!」
肩に麻袋を引っ掛けて「おーっ」と拳を天に突き上げたルミナスは意気揚々と足を踏み出した。
✻✻✻
(意気込みと結果って結びつかない事ってあるよね)
ホーホーと鳥の鳴き声を聞きながらルミナスは夜の真っ暗な森の中で一人膝を抱えていた。
(あの後直ぐ、森の中から現れたイノシシとこんにちはして追いかけられ、必死で逃げた結果何処かで貴重な食料の入った袋を落とした挙句に道を外れて森の中で迷子になっている間抜けは私です……)
咄嗟の時にヒールを叩き付けて武器にしようと考えて腰にぶら下げていた夜会靴と首元に縛り付けていた毛布だけは無くさずに済んだお陰で、見た目重視で防寒性皆無な夜会用ドレスでも何とか寒さを凌げている。
サンキュー、騎士様!
それはそれとして。
「お腹空いたなぁ……」
くきゅるる~と情けなく鳴るお腹を押さえ、取り敢えず膝を抱えて寝る事に専念した。




