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第9話:青保留

 ドア・イン・ザ・フェイスとフット・イン・ザ・ドア。

 清依ちゃんから伝授された心理学テクニックを使って、なんとか扉を開いた。

 後者に関しては、物理的に足をねじ込んだだけだが……。


 ただ、真の勝負どころはここからだ。

 正直なところ、めちゃくちゃなことをやってる自覚はある。

 大声でも出されて、母親を呼ばれでもしたら一巻の終わりだ。


 しかし幸運なことに、今のところは言葉以上に強く反発するような気配はない。

 俺の顔を見ながら『あうあう……』と妙に動揺しているだけだ。

 畳み掛けるなら今がチャンスか……?


「もう一度言うぞ? お前が必要なんだ」


 至近距離で、顔を見ながらもう一度繰り返す。


 清依ちゃん曰く、一度懐に飛び込めれば後は畳み掛けるのみ。

 俺の億万長者計画のために、こいつの存在は欠かせない。

 ここで何が何でも説得してみせる。


「財前くん? どうかしたの? すごい物音が聞こえてきたけど?」


 ジッと向こうの出方を待っていると、階下から橘母の声が響いてきた。


「な、なんでもないです! ちょっとスマホを落としただけで!」

「あらそう。気をつけてね」

「はい、すいません! お気遣いありがとうございます!」


 階下にあった気配がなくなり、ホッと一息つく。

 しかし天の岩戸を開いて、ようやく橘本人と対面できたわけだが……。


「おい、大丈夫か……?」


 室内は冷房がかなり効いているらしいにも拘らず、ジワッと汗をかいている。

 それだけならともかく、妙に挙動不審というか……動揺してるというか……。


「ひゃ、ひゃい……大丈夫……大丈夫です……」


 明らかに大丈夫そうじゃない返事が返ってくる。


 ……やっぱり、ちょっとやりすぎたか?


 冷静に考えれば、学校で何か嫌なことがあって引きこもってたやつだ。

 パチスロで大負けして部屋に閉じ籠もってる清依ちゃんとは勝手が違う。

 俺の女性観が主に小日向家の女たちで養われたせいで狂ってしまっていたが、普通なら怯えるに決まっていると今になって思えてきた。


「あー……確かに少々強引な点はあったけど、これはそれだけ俺がお前を買ってるというか……とにかく、一度顔を突き合わせて話をしたいと――」

「は、話を聞くくらいなら……べ、別にいいけど……」

「……まじで?」


 今度は言葉ではなく、首を小さく縦に振って応じられる。

 ほんの少し前まであれだけ嫌がっていたのに、この一瞬でどんな心境の変化だ。


 ツッコミたい点は多々あるが、変に疑念をぶつけて正気に戻られるのも困る。

 きっと、俺の真摯な思いが通じたのだろうと思うことにした。


「だったら、えーっと……どう話そうか……」

「こ、このまま……」

「このままだな。分かった」


 隙間から足を抜いて腰を下ろすと、向こうでも絨毯に座るような音が聞こえた。


「それじゃあ、まずは『Vtuber』とは何か!」


 鞄から向こうにあるのと同じ資料のコピーを取り出して読んでいく。


「この前も説明したと思うけど、『Vtuber』ってのは簡単に言えば独自のアバターを使った配信者のことだ。オンラインゲームをやってるならゲーム配信者は分かるだろ?」


 今の時代はVtuberこそ存在しないが、その前身となる配信者は全盛を迎えようとしている時代だ。

 橘もオンラインゲームが好きなら観たことくらいはあるだろう。


「それは分かるけど……私に配信者なんて……」

「やったことあるのか?」

「それはないけど……」

「じゃあ、やってみないと分からないだろ」

「分かるって……陰キャだし……そもそも、人前で話すの苦手だから……」


 モニョモニョと、やらない理由が扉の向こうから聞こえてくる。

 まだまだ二の足を踏んでいるが、『やりたくない』だったのが、『自分にはできない』に変わったのは一歩前進しているとも言える。


「ゲームの中だと大勢のプレイヤーの前で堂々と話してたろ」

「あれは、私じゃないから……」

「私じゃない? どういうことだ?」

「だから、あれは私じゃなくて……現実の私と違って……強く勇敢で……みんなからの人望もあるルナっていうキャラクターだから……」

「つまり、キャラになりきってただけで自分じゃないって?」


 俺の言葉に、『ん……』と小さく喉を鳴らしただけの肯定が返ってくる。


「だったらやっぱりお前向きだよ」

「へ?」


 向こうの言葉に被せて、自信を持って言い切る。


「配信者って言ってもVtuberは半分キャラクターみたいなもんだからな」

「そうなの?」

「そうなんだよ。アバターがあって、キャラ設定もあるわけだからな。でも、100%キャラに基づいたロールプレイってわけでもなくて、演者が持つ本質的な魅力もそこはかとなく醸し出す属人性が魅力っていうか……」

「だったらやっぱり私には無理じゃん……魅力とかないし……」

「そんなことないって」

「……じゃあ、何? 私の魅力って」

「声だ」


 間髪入れずに答えると、向こうでガタガタッと物音が聞こえる。

 椅子か棚を倒したような派手な音だ。


「えっ……こ、声……?」

「ああ、声だ」


 俺は確信を持って頷く。

 扉の向こうで、橘が息を呑む気配がした。


「お前の声は……金になる声だ」

「金って……お金……?」

「そうだ。お前の声には一言で一万円、いや十万円の価値がある。きっとそうなる」


 俺は金の亡者だ。

 金の匂いがしないものには一秒たりとも時間を割かない。


 だが、こいつの声は違う。

 初めてゲームの中で聞いた時、全身に電撃が走った。

 それは大当たり確定のプレミア演出を見た時のような抗いがたい興奮だった。


「いいか? よく聞け、橘。お前の声には、人を惹きつける天性の魅力がある。ゲーム内でのあの熱狂が何よりの証拠だ。単に可愛い声ってだけじゃ、あそこまではいかない。お前の声は、お前が秘めてるキャラクター性と合わさってこそ相乗効果を生む」

「よ、よくそんな恥ずかしいこと……真顔で言えるなぁ……可愛い声とか……まあ昔は何回か言われたことあるけど……でも、高校生にもなってそんなこと言われても別にそこまで嬉しくは……」


 扉の向こうでゴニョゴニョと何かを言ってる橘。

 ここまで会話して気付いたことが一つある。

 こいつは、『押しに弱い』。

 落とすには、とにかく押して押して押しまくるしかない。


「俺ならお前の才能を開花させられる!」


 俺は未来を知っている。

 これから先、どんなコンテンツが流行り、どんな才能が求められるのかを。

 そして、橘瑠奈の声は、その未来で覇権を握れるだけのポテンシャルを秘めている。


「才能……」

「そう! 才能だ! このまま朽ちさせていくのは惜しい才能だ!」

「いや、でもやっぱり私なんかただの引き籠もりだし……」

「外になんて出なくていい! 世界をお前の方に引っ張り込むんだよ! お前のその声は、何百万、何千万という人間を熱狂させる力がある! 俺にはその未来が見える!」


 声を張り上げ、酸欠になりそうな長台詞を吟じる。


「どうする? その声をこのまま部屋の中で腐らせるか! それとも俺に預けてみるか!」


 しばらく、無言の時間が続く。

 押し切ったか、それともドン引かれたか。

 これでダメなら諦めるしかない。

 そう思うくらいの熱量を込めた説得に、長い沈黙を経て――


「……名前、ダサくない?」


 思いもよらぬ方向から苦情が飛んできた。


「名前?」

「ルナはともかく、何なの? 柑橘(かんきつ)って……」

「いや、それはVtuberにありがちなフォーマットっていうか……まだ仮名だから……」

「何にせよセンスなさすぎ……。せめて、もう少し可愛いの考えてよ……」

「……じゃあ、果実(かじつ)ルナ?」

「却下。もっと、可愛いの考えてきて。そしたら……また、話くらいは聞いてあげる」


 そう言って、少しだけ開いていた扉がバタンと閉められた。

 態度こそ突き放す時のそれだったけど、大きく前進したのは間違いない。

 これまで期待ゼロだった保留ランプは、初めて青色に点灯している。

 もう一押しで、完全に陥落する。

 そのための最後の一手はもう決まっていた。


 ***


 ――翌日の放課後。


 俺は校内のある場所を訪れていた。


「たのもー!」


 威勢よく挨拶しながら『漫画研究部』の札がついた扉を開く。


「げっ! 財前数真!」


 入ってきた俺を見て、露骨に嫌そうな反応を見せた一人の女子。

 今は何者でもない、ただの漫研部員が誰かをこの時点では俺だけが知っている。

 (ひいらぎ)彩葉(あやは)――明峰高校漫研部の部長で、後に『Iroha』というペンネームで多くの人気Vtuberのキャラクターデザインを手掛けるイラストレーターになる女だ。

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