第5話:黄金の輝き
「知ってる?」
「ええ、まあ……一応……」
プレイしたことはないが、タイトルくらいは知っていた。
国産有名IP『ファイナルクエストシリーズ』のオンラインタイトル二作目。
確かにちょうど今くらいの時期に発売されて、俺が川に落ちた未来でもまだサービスが続いていた長寿ゲームだ。
しかし、十年後にはオンライン要素のあるゲームも一般化してきていたが、この時点ではまだどちらかと言えばコアな趣味に入る。
どうやら、この橘瑠奈という女はいくらかのオタク気質がある人間らしい。
顔も見たことすらない同級生だけど、微かにその人物像が見えてきた。
「私も少しやってみればあの子のことが分かるのかしらと思って、買ってみたのはいいものの……もう何が何やらさっぱりで……」
頬に手を当てて、自嘲気味に笑う橘母。
これまでゲームに触れてない大人が、いきなりオンラインゲームに手を出すのは流石に厳しいだろう。
そう思っていると、向こうから何か意味ありげな視線を向けられているのに気づいた。
悲しみつつも、僅かに期待のような感情を含んだ視線。
もしかして、俺にこのゲームで娘と交流して欲しいって考えてんのか……?
確かに、もう一人の交流相手の一条はどう見てもゲームをするようなタイプじゃない。
でも今日初めて訪ねてきた同級生の男子にそこまで期待するのは厚かましすぎないかと思う反面、娘を想う親心も理解できなくはない。
ただ、そこまでするには報酬がクッキーだけでは些か不十分だ。
俺は一条みたいなお人好しじゃないし、自分の利益にならないことはしない主義だ。
しかし逆に、自分の利益になるならどんな苦労も厭わない。
改めて、室内を軽く見回してみる。
何人家族かは分からないが、かなり広々としたリビング。
小綺麗に片付いているだけでなく、調度品の質が高いのも伺える。
この橘家が、一般的な家庭と比べて裕福なのは間違いない。
ここで恩を売っておけば、後々何らかの利益に繋がる可能性は十分にある。
「瑠奈さんは昔からゲームとかよくやってたんですか?」
「そうねぇ……小さい頃から割と引っ込み思案なところがあって、ゲームだけじゃなくてアニメとか漫画も昔から好きだったわね」
「なるほど……」
「お小遣いやお年玉なんかも全部そういうのに使ってたみたい」
当たり障りのない会話を重ねて、少しずつ現状を掘り下げていく。
このイベントに、俺が動くだけの価値があるのかどうかを見極めるために。
そうして、またしばらく橘母のぼやきにまた相槌ロボと化して付き合っていると――
「それで、昔は声優さんになりたいなんて言ったりもしててね」
「声優ですか?」
不意に出てきた単語に、俺のアンテナがピクンと反応する。
「そうそう。ゲームとかアニメが好きだったからって言うのもあるんでしょうけど、昔からよく声が可愛いって褒められてたから本人もその気になったみたいでね。小学校の高学年くらいには、将来は声優になるんだって」
初対面ではあるが、長々と会話に付き合ったおかげか明け透けに話してくれる。
本人が聞いていたら怒るか恥ずかしがりそうではあるが、母親としては微笑ましいエピソードのつもりなんだろう。
にしても声、か……。
聞いたことはないのでどんな声かは知らないが、他人がわざわざそこを褒めるということは何らかの特徴があるのは間違いないんだろう。
最初はこの金持ち家族にどう取り入るかを考えていたが、思いがけず別の道が朧気ながら見えてきた。
「ちょっと、部屋の前まで連れていってもらってもいいですか? せっかくクラスメイトになったわけですし、軽く挨拶くらいは」
「いいですけど……あんまり刺激はしないであげてね?」
「大丈夫です。とりあえず名前を覚えてもらうくらいのつもりなんで」
多少無理のある頼みかと思ったが、すんなりと了承をもらえた。
椅子から立ち上がり、二人で階段を登って部屋の前まで歩いていく。
「瑠奈、クラスメイトの財前くんが来てくれてるわよ」
橘母が、『RUNA』のルームプレートが付いた扉をノックする。
しばらく向こうの反応を伺ってみるが、うんともすんとも言わない。
「おーい。一条の代理で来た財前ってもんだけどゲームが好きなんだって?」
今度は試しに俺からも話しかけてみる。
「俺も従姉に付き合わされて結構色んなタイトルやってるし、良かったらゲーム談義でもしようぜ。そういう話、あのバカ真面目な委員長とはできないだろ?」
扉の向こうに寄り添う言葉を投げかけ、しばらく待ってみるもやはり反応はない。
橘母と顔を見合わせると、言外に『ごめんなさいね』と謝られる。
口先一つで何でも信じてくれるチョロさの権化みたいな清依ちゃんと違って、こっちはそう簡単に部屋の扉も心の扉も開いてくれないらしい。
「まあ、仕方ないですよ。逆の立場だったら俺でも出づらいでしょうし」
とはいえ、こうなるのは最初から予見できていた。
一度も話したことのない異性の同級生が尋ねてきたなんて普通は警戒する。
それでも少しでも声を聞くために、試しに扉を叩いてみようかとも思ったが隣に母親がいるので流石に自重しよう。
そうして結局、橘瑠奈との邂逅は叶わずにその日は家に帰ることとなった。
***
「かずくん、さっきからガチャガチャって何してるの?」
「ん? テレビにゲームの配線をしてる……てかお前、ノックもせずに男子高校生の部屋に入ってくるなよ。ナニかしてたらどうするんだよ」
手で配線作業を続けながら扉を開いて部屋に入ってきた未希に返事をする。
「ゲーム? 珍しー。どんなゲーム? お姉ちゃんから借りてきたの?」
「いや、別口でって……お前には関係ないだろ。さっさと部屋に戻れよ」
「やだ。ここで見る」
後ろでベッドにボスっと腰を下ろした音が聞こえた。
見られて悪いことをしているつもりはないが、やや居心地の悪さを覚える。
「えっと……これがこうで……最後にLANケーブルが……よし、できた」
水色のケーブルがカチっと音を立ててハマったのを確認して汗を拭う。
テレビが棚に固定されているせいで重労働だったが、これで何とか準備は整った。
橘家から借りてきたゲーム機の電源を点けて、同じく借りてきたディスクを入れる。
「あっ、始まった! ゲームだゲームだ!」
ベッドに座り、コントローラーを握ってゲームを始めると隣で未希が歓声を上げた。
まずはボタンを押して、タイトル画面をスキップする。
新しくゲームを始めると、まずサーバーの選択画面が表示された。
橘がどのサーバーにいるのかは分からないので、とりあえず一番上を選択。
次に表示されたキャラメイクの画面もデフォルトの状態で決定。
キャラクター名は『あ』で、壮大なオープニングムービーも一秒でスキップ。
「……これ、ちゃんとやってるの?」
「いいんだよ。これで」
隣で未希が訝しんでいるが、俺の目的はゲームを真っ当に楽しむことじゃない。
目的はただ一つ、このゲームを通して橘瑠奈と繋がりを持つことだけだ。
そんな壮大な野心を持った俺のキャラクターが最初の街へと降り立つ。
何やらチュートリアルらしきダイアログが表示されているが、全て無視。
街を闊歩して、それらしき人物をひたすら探す。
とはいえ、人気のオンラインゲームはプレイヤー数も膨大だ。
最初の街だけで優に百人を超えるキャラクターが通りを行き交っている。
この中からたった一人の人間を手がかりもなしに探すのは不可能に近い。
本格的な捜査は明日、また橘母から改めて情報を集めてからにしよう。
そう思って、中断しようとしたところで未希がまた茶々を入れてくる。
「さっきから何してるの? ずっと歩いてるだけで」
「人探し」
「ふ~ん……あっ、人探しならあれじゃないの? ほら、あの掲示板みたいなやつ」
未希が指さした画面の端には、掲示板のようなオブジェクトが置かれていた。
言われるがままにするのは少し癪だけど一応近づいて確認してみる。
「掲示板っていうかリーダーボードってやつだな」
「りーだーぼーど……?」
「ゲーム内の色んな順位が張り出されるもんだよ。ほら、廊下に張り出されるテストの結果みたいに」
「あ~……なるほど……」
「まあ、そんなところに都合よく探してるやつがいるわけ……」
大人気のオンラインゲームで上位に入るような人間は、暇人の中の暇人だ。
いくら不登校とは言え、そんなところに名前を連ねてるわけがない。
そう思って全く期待せずに、リーダーボードにインタラクトすると……
『ルナ・シトラス・フルール三世』
「いたあああああああああ!!」
総合ランキング一位に燦然と輝く名前を見て、思わず大声で叫んでしまった。




