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第4話:同級生たち

 終わった。

 最後の望みが絶たれた。


 一億円と引き換えに得た十年分の未来の知識。

 それらは全てが何の役にも立たないことが分かってしまった。

 まるで運命の神が、『そんな楽な金稼ぎなんて許すかよ』と言っているようだ。


 嗚呼、神様仏様弁財天様……俺が一体何をしたって言うんですか……。

 もう何十億何百億と儲けたいとは言いません。

 せめて、前回の時に稼いだ一億円は返してください……。

 いや、宝くじと同じ三億円くらいは欲しいかも……やっぱり、もう一声で五億円……。


「おい、財前」


 両手で頭を抱えて机に突っ伏していると、頭上から威圧感のある声が響く。


「……なんすか?」

「苦しそうに頭を抱えて、俺の授業はそんなに苦痛か?」


 現国の教員で、クラスの担任でもある禰宜田(ねぎた)先生が怖い顔をして俺を見下ろしていた。


「あー……心配しなくても、先生の授業はセロトニン出まくりで最高チルいですよ」


 教科書で頭をしばかれて廊下に立たされた。

 二十年代の世界だと、そうお目にかかれないレアイベントだ。


 叩かれた頭はすこぶる痛いけれど、授業中の廊下は思った以上に静かで考え事にはちょうどよかった。

 競馬で稼ぐのが不可能だと分かった今、次なる一手を考えないといけない。


 そこでまず思いついたのは数字を選ぶタイプの宝くじ。

 ただ、これも競馬と同様に俺の行動が影響を及ぼす可能性が高そうに思える。

 そもそも競馬の勝ち馬と違って、流石に宝くじの当選番号なんて覚えてない。


 ……となると、やっぱり投資や投機か?


 一匹の馬の勝ち負けというゼロかイチかという結果の競馬と違って、株式や仮想通貨のようなものなら俺の行動による影響は小さいかもしれない。

 だとすれば今のうちからNVI◯IA株やBITC◯INなんかを買い集めておけば、将来は巨万の富に化ける可能性はある。


 問題は今の俺の手元にはそれらを十分に買い集められる程の元手がないこと。

 それに、買えたとしても結果が出るまでに時間がかかるのも難点だ。


 競馬と同じように俺の介入で結果が大きく変わってしまった場合に、失われた時間は取り返しがつかない。

 結局、未来の知識無しで投資をするのとあまり変わらない。

 保険としていくらか買っておくのは悪くないかもしれないが、メインの戦略にはできない。


 他に未来の知識を活用できて、なおかつ短期間で成果を確認できるもの……。


 何かないものかと頭を捻っている内に授業が終わり、放課後が訪れた。

 終業の鐘が鳴る中、同級生たちが帰っていく姿をぼーっと見送る。


 結局、『これだ!』というアイディアは思いつかなかった。

 バタフライエフェクトを回避するのは、想像以上に難しい。

 ただ、これから何をするにしても元手が必要なことだけは確かだ。

 もう一度清依ちゃんをだまくらか……説得してから次のことを考えよう。


 そう思って、席から立ち上がろうとした時――


「財前くん。ちょっといい?」


 呼び声に振り返ると、黒いセミロングヘアの女子が眼の前に立っていた。

 校則に定められた位置でピッタリ切り揃えられた前髪に、生徒手帳に記載されている通りに正しく味気なく着こなされた制服。

 唯一のオシャレとも言えるスクエアリムのメガネ越しに、その鋭い目で半ば睨みつけるように俺を見据えている。


 その真面目を擬人化したような女子にはおぼろげながら覚えがあった。


「えーっと……誰だっけ?」


 ただとっさに名前が出てくる程の記憶ではなく、悪意なく尋ねてしまう。


「誰って……君、進級してからもう二ヶ月になるのにまだクラスメイトの顔を覚えてないの? 授業中はぼーっとしてて先生に怒られてるし、一年生の時から素行に問題のある人だってのは聞いてたけどまさかここまでとは――」


 不機嫌さを露わにしながらクドクドと説教を垂れ出した謎の女子X。

 そのどこかで見覚えのあるような仕草に、古い記憶の扉が揺れ動かされ――


「あー……クラス委員の……えっと……いち……」

一条(いちじょう)! 一条(いちじょう)文乃(ふみの)!」


 思い出すよりも先に、怒り気味に言われてしまった。


「で、そのクラス委員の一条さんが俺に何の用で?」

「これ。(たちばな)さんの家に届けて欲しいの。お家、近所みたいだから」

「……橘?」

「はぁ……君ってほんとに……」


 額に手を当てて、頭の上にマンガ的な記号が出てるような表情をされる。


「クラスメイトの橘さんでしょ!! (たちばな)瑠奈(るな)さん!!」

「たちばな……るな……?」


 言われて思い返してみても、そんなハイカラな名前には全く覚えがない。

 まさかバタフライエフェクトで俺の全く知らない人物がこのクラスに現れた?


 いや、俺がタイムリープで未来の記憶を得たのは、ほんの数日前だ。

 それ以上昔の出来事に影響を与えるのは流石にありえない。


「まあ、橘さんのことを知らないのは無理もないか。彼女、二年生になってからずっと休んでるし……」

「ああ、そういう感じのやつね……」


 一条の言葉で疑念がすぐに解消される。

 その橘という女子は、一条の口ぶりからするとどうやら不登校らしい。

 だったら、両方の俺の記憶に全く残っていないのも無理はない。


「……で、その橘が?」


 ただ疑念が解消したところで、やっぱり俺には全く関係のない話だ。

 さっさと帰りたいし、話は手短に済ませて欲しいと塩対応気味に言うが――


「だから、これ。橘さんに届けて欲しいの。先週の授業の内容をまとめたノート」


 そう言って、数冊のノートが俺に向かって差し出される。


「いつもは私が帰りに届けてるんだけど、今日は生徒会の用事があって遅くなりそうなの。だから、ご近所の財前くんに代わりに届けてもらおうと思って。暇そうだし」

「最後の一言が余計だな。それに、俺も別に暇ってわけじゃ……」


 この後、また清依ちゃんをだまくらかす重大任務が待っている。

 不登校女子のお節介を焼いている委員長の手伝いをしてる暇なんてない。

 今こうしている間にも、俺が有する未来の記憶は一秒ずつ価値を減衰させていっているのだから。


「ふ~ん……断るんだ」

「ああ、断る。めんどくさいからな。金でもくれるなら話は別だけど」

「お金って……普通、同級生にそんなこと言う……?」

「俺は言うんだよ。じゃあな」


 呆れ果てている一条に背を向けて、荷物をまとめて教室の外へと向かおうとするが――


「でも、財前くん……先週の金曜日。学校サボったよね?」


 その心当たりしかない言葉に足が止まる。

 振り返ると、一条がどこか圧のある笑みを浮かべて俺を見ていた。


「ううん、先週だけじゃなくてこの二ヶ月でもう五日もサボってるよね?」

「それがどうしたんだよ。委員長に何か関係のある話か?」

「私には関係ないけど……一年生の時もよくサボってたみたいだし、先生からも随分と目を付けられてるんじゃないの? 出席日数は大丈夫なのかな~……。でも、もしお願いを聞いてくれるなら先週は連絡の行き違いがあっただけで、実は病欠だったって私から先生に話を通してあげるけど……どうする?」


 ニコッと朗らかな笑みと共に、再度ノートが俺へと向かって突き出される。

 その優等生らしい脅迫に対して、どうやら俺の選択肢は一つしかないみたいだ。



 ***



 受け取ったノートの束を手に閑静な住宅街の道を歩く。

 一条から教えられた住所は、確かに小日向家から徒歩圏内の近所にあった。


「めんどくせぇ……なんで俺がこんなこと……」


 口ではそう言いつつも、心では仕方ないと受け入れてしまっていた。


 清依ちゃんの説得はまた明日にでもすればいい。

 それよりも流石に高校で留年や中退は今後の人生を考えればデメリットが大きい。

 一条の口利きでサボりが1回分帳消しになれば、今度もっと重要な時にサボれる余裕ができるとポジティブに考えることにしよう。


 そうして、文句を口にしつつも歩き続けること数分。

 目的の不登校女子の家へとたどり着いた。


「おぉ……なかなか立派な家だな……」


 到着した家を見上げて、感嘆の声を上げる。

 立派な門を携えた近代的な意匠の三階建ての邸宅で、塀の向こうには綺麗にガーデニングされた庭も見える。

 更に一階部分は、車が二台も入るガレージになっているときた。


 一体、どんな悪いことをしたらこれだけ立派な家が建つんだ……。


 そんなことを考えながら門柱へと近づいて、インターホンのボタンを押す。

 誰も出てこなかったらポストに突っ込んでさっさと帰ろうと考えるが――


『はい。どちらさまでしょうか?』


 願いは通じずに、少ししゃがれた年配の女性の声がインターホンから響く。


「瑠奈さんの同級生の財前です。一条さんの代理でノートを持ってきました」


 名乗りながらカメラに向かってノートを掲げて見せる。

 毎週届けてたみたいだし、これで要件は通じるだろう。


『あら、文乃ちゃんの代理の方? どうぞ入ってください』


 遠隔操作で、ガチャッと音を立てて玄関の扉が開かれた。


 えぇ……ここで渡すものを渡して、さっさと帰ろうと思ってたんだけどな……。


 とはいえ、このまま帰るわけにもいかないので渋々家の中へと入る。

 玄関を開いて中に入ると、廊下の手前側にある扉から女性が顔を出した。


 小綺麗な服装をした品のある感じのした中年女性。

 多分、母親なんだろうけど年齢は五十歳半ばくらいに見える。

 今の俺と同じ年齢の娘がいるということは、少し年を取ってからの子供らしい。


「わざわざありがとうございます。瑠奈の母です」

「どうも、財前です」

「ごめんなさいね。わざわざご足労頂いて」

「いえ、近所なんでそこまででも」

「あら、ご近所さんなの。あっ、こんなところで立ち話もなんですし、どうぞ上がってください」


 そう言って、履き心地の良さそうなスリッパが足元に差し出される。

 まあ、そうなるよな……と、嫌な予感が次々と現実になっていく。

 娘が不登校になっているからか、その原因の究明と解決のために同級生とは話をしたかったり聞きたかったりするのかもしれない。


 無理に立ち去ることも考えたが、少し逡巡した上で靴を脱いで上がらせてもらう。

 なかなか裕福な家みたいだし、金儲けのヒントがどこかに転がってるかもしれない。

 後、高いお茶菓子とかも出してくれそうだし。


「瑠奈ー! 同じクラスの財前くんが来てくれたわよー!」


 件の不登校女子の部屋があるのか、上階へと向かって声を張り上げる橘母。

 しかし、向こうからは返事どころか物音すらも返ってこない。


「ごめんなさいね。せっかく来てくれたのに……」

「いえ、大丈夫です。いきなり来たのは俺の方なんで」


 そのまま何度も謝られながらリビングへと通される。

 外観や住人の雰囲気に違わず、その部屋も小綺麗に片付いていた。

 未希以外は大雑把な性格の小日向家のリビングとは比べようもない。

 ただ、生活感はあるもののどこか寂しい印象を受ける。


 案内された椅子に座って部屋を見回していると、すぐにお茶が運ばれてきた。

 眼の前にカップが置かれると、芳醇な紅茶の香りが鼻腔を満たす。

 詳しくはないが、かなり良いお茶みたいだ。


「これも。貰いもので悪いんですけど、よかったら食べてください」


 一緒に差し出されたお茶菓子も、名前だけは聞いたことのある有名な店のクッキーだ。


「ありがとうございます。いただきます」


 口では丁寧に答えながらも、内心では『うひょー!』と歓喜に飛び上がる。


 一つ摘んで口に放り込むとこりゃ美味い。

 二つ三つと次々に摘む手が止まらない。

 貧乏くじを引かされたかと思ったが、これで多少は元が取れた。


「流石、男の子は良い食べっぷりね」

「すいません。こんなに美味いクッキーを食べたのは生まれてはじめてなもんで」

「良かったらもっと食べてね。まだいっぱいあるから」


 くすくすと笑う橘母の前で、遠慮なくクッキーを食べ尽くしていく。

 金持ちの家はやっぱり違うなぁ……と役得を噛み締めていると――


「あの子も昔は……ここで友達と一緒にそうしておやつを食べてたんだけどね……」


 反対側に座った橘母が、重々しく言葉を紡ぎ出す。


「それが何ヶ月か前から急に休みがちになって……最初は体調が悪いからって言ってたのが……今は理由も話さなくなっちゃって……」


 今日会ったばかりの娘の友達ですらない男子高校生にですら吐き出したいくらいに、気が参ってしまっているらしい。

 その表情は、まさに『溺れる者は藁をも掴む』というくらいに切迫している。

 高いお茶とお茶菓子の分くらいは聞いてあげようと、『はあ』『なるほど』『それは大変ですね』と相槌マシーン化して聞きに徹する。


「夜中にこっそりとお風呂に入ったりはしてるみたいなんだけど……それ以外は部屋で、ずっとゲームばっかりしてるみたいで……」

「ゲームですか?」

「そうなの……オンラインゲームっていうの? 部屋の中から何か喋ってる声は時々聞こえてくるんだけど……財前くんは知ってる? こんなゲームなんだけど……」


 そう言って橘母が近くの棚から何かを取り出す。


『ファイナル・クエスト・ウォーズⅡ』


 机の上に置かれたパッケージには、そう書かれていた。

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