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第3話:クズと馬と蝶

清依(せい)ちゃん! 清依ちゃん、開けてくれ!」


 登校をキャンセルしてやってきたマンションの扉を激しく叩く。

 一分程それを続けると、部屋の中からガサゴソとゴミを掻き分ける音が聞こえた。

 ガチャっと向こうから鍵が開けられ、ゆっくりと扉が開いていく。


「なにぃ……寝てたんだけど……」


 中から気だるそうに、見知った女が姿を現す。


「清依ちゃん! 久しぶり! 俺だよ俺! 数真だよ!!」


 その変わらなさに、思わず興奮して声を張り上げてしまう。


 小日向(こひなた)清依(せい)――未希の姉で、25歳のフリーター。


 女の命とも言われる髪の毛は寝癖でボサボサ。

 下着も付けずに素肌の上に直接着ているシャツは、襟元がダルダルに伸び切っている。

 この見た目からして碌な人間じゃないのは明らかだが、中身は輪をかけてひどい。

 大学卒業後は就職もせず、短期のアルバイトを繰り返しながらパチスロで生計を立てている生粋のクズだ。


 でも、そんなクズの中のクズだからこそ出来る話もある。


「久しぶりって……この前、会ったばっかだろ……」

「あ、ああ……そうか……今はまだそうだった……」


 現在と未来の記憶の混濁にいまだ慣れない。


「で? 何の用? てか、お前学校は?」

「ちょっと清依ちゃんに頼みたいことがあってサボってきた」

「またサボりぃ……? 全くさぁ……母さんにバレたら私が怒られるんだから学校くらいちゃんと行きなよ……」

「まあまあ、それは置いといて。中に入っていい?」

「ちっ……しかたないなぁ……」


 俺の言葉に、清依ちゃんはめんどくさそうにしながらも中に通してくれる。


 部屋の中も相変わらず混沌としていた。

 溜まりに溜まった山積みのゴミ袋に、脱ぎっぱなしの服や下着。

 散乱するパチスロ雑誌に、カップ麺の空き容器。

 一面に様々なモノが散らばっていて、文字通りに足の踏み場もない。


「で? 頼みって?」


 なんとか安全地帯を見つけて座ると、ベッドに座った清依ちゃんが切り出してくる。


「ごほん……まず、驚かないで聞いて欲しいんだけど……」

「その前振り、リアルで初めて聞いたかも」

「俺、十年後の未来からタイムリープしてきたんだ」

「……まじで?」


 思ってた通り、すぐに信じてくれた。


「まじで。今日から十年先までの記憶がこの脳みそに入ってる」

「じゃあ、未来の私はどうしてた?」

「『今度ベトナムに十倍レートの四号機を打ちに行く』って言ってた」

「やば……! まじで本物じゃん……!」


 目を丸々と見開いて、わなわなと驚愕に打ち震えている。

 ちょろすぎて心配になるが、話が早いのは助かる。


「じゃあさじゃあさ! 明日のガ◯アでどの台が設定6なのかも分かるってこと!?」

「清依ちゃん……そんなちっぽけな話じゃないよ」

「……というと?」

「馬」


 その単語を聞いた清依ちゃんの身体が、まるで雷に打たれたように硬直する。


「ま、まさか……」

「そう。俺は今から数年間のG1で勝つ馬を全部覚えてる」


 現在でも未来でも、俺は清依ちゃんに付き合って競馬のデータ収集を行ってた。

 当時はそれほどの成果を出せなかったけど、こうなれば話は別だ。

 その知識を軽く活かすだけで馬単でも3連単でも当て放題。

 つまり、無限に金儲けができる。

 今この瞬間、JRAは俺たちの巨大なATMと化したわけだ。


「それってつまり……私らで日本のビフ・タネンになれるってこと……?」

「そういうこと。しかも、マーティ・マクフライはいない」


 返した言葉から一拍の間を空けて、互いに突き出した手をガシッと握る。


「差し当たっては二日後に迫ってる日本ダービー。清依ちゃんにはここで俺の指定した馬券を買ってもらいたいんだけど」


 俺の考えを順番に説明していく。

 今の俺が未成年である以上、馬券は清依ちゃんに買ってもらうしかない。

 それで取り分は半分ずつになるとしても、稼げる額からすれば全く問題はない。

 無限は半分に割ったとしても無限だからな。


「二日後の日本ダービーって……どこの予想でもジャパンボンドが圧倒的な一番人気で、オッズ的にはあんまり美味しくないんじゃないの?」

「ところが、そのジャパンボンドがスタートで大きく出遅れてまさかの四着だったんだよ」

「それって、つまり……」

「そう。結果は中位から下位人気馬が一着から三着になって、3連単は百万馬券超え……一万円を賭けるだけで俺らは億万長者ってわけ」


 俺が持つ未来の知識なら実現可能な事実を端的に告げる。


 この大本命ジャパンボンドの敗北は、日本競馬史に残る大事件となった。

 少しでも競馬を齧った人間なら誰でも知っている……が、それは未来の話。

 この時点で知っているのは世界でたった一人、俺だけだ。


「で、どの馬券を買えばいいの?」


 清依ちゃんの目が、静かにギラリと光る。


「7-4-12の3連単。これ一本」

「よっしゃ! 7-4-12の3連単ね! 忘れないようにメモしとく!」

「頼むから間違わないでよ」


 清依ちゃんがゴミの中に埋もれていたメモ帳に、俺が指定した馬券を記入していく。


「任せろ! これでいいんでしょ!?」

「どれどれ……うん、間違いない」


 突き出されたメモを見て、間違いなく当たり馬券であることを確認する。


「よっしゃあ! これで明後日のレースが終われば私らは……」

「晴れて億万長者!!」

「億万長者! なんて甘美な響き! そんなにお金があったら何に使ってもいいんだよね!?」

「もちろん、毎日朝から晩までパチスロを打っても大丈夫だよ」

「な、なにその最高の生活は……でも、せっかくならパチスロよりもマカオ……いや、ベガスに行って本場のハイレートスロットとか……」

「清依ちゃんは夢に溢れてていいねぇ」


 爛れた欲望を垂れ流しにしている清依ちゃんを微笑ましく見守る。


 知識や技術が介入する余地のないギャンブルなんて馬鹿のやることだ。

 今までならそう言って窘めていたけど、これからはベガスでバカラでもクラップスでも、バッファローやブタのスロットでも好きにすればいい。


 なぜなら俺たちには無限の資金があるんだから。


「「億万長者! 億万長者!」」


 狭く汚い部屋で、二人一緒に億万長者の舞を踊り散らかす。

 そんな風に浮かれていた俺たちは、この後に訪れる悲劇を全く予見できていなかった。


 ***


 ――二日後の午後、日本ダービーのファンファーレから2分20秒後。


『速い! 速すぎる! 後続の馬群を遥か彼方へと引き離してゴールイン!』


 テレビに映し出された映像を見て、俺と清依ちゃんは凍りついていた。

 レース終了と同時に、俺たちが億万長者となるはずだった日本ダービーの結果は――


『勝ち時計は2分20秒6! ジャパンボンド! レースレコード更新です! 強い! 強すぎる! 前評判以上の圧勝でした!』


 スタートに手間取って出遅れるはずだったジャパンボンドが、二着以下を大きく引き離しての圧勝を遂げていた。


 ……なんで?

 なんでなんでなんでなんで、なんでぇ……?


 目の前の光景を飲み込めず、頭の中がグルグルと回る。

 この年の日本ダービーで、ジャパンボンドはスタートで出遅れて四着。

 百億円事件とも呼ばれる日本競馬史にも残る大惨敗を喫するはずだった。

 それが正しい結果、正しい未来だったはずだ。


『悠然とウイニングランをするジャパンボンドと武内騎手! 大歓声を浴びています!』


 まさかタイムリープはやっぱり夢で、あの十年の記憶は全て幻だった?

 いや、そんなはずがない。

 あの大量のハズレ馬券が吹雪のように宙を舞う光景を俺はしっかりと覚えている。

 断じて、こんな大歓声を浴びている姿ではなかったはずだ。


「おい……数真ぁ……」


 こっちに振り向いた清依ちゃんの顔は、見たこともない形相をしていた。


「せ、清依ちゃん……これは、きっと……何かのまちが――」

「どおおおおおしてくれるんだよぉおおおお!!!」


 胸ぐらを掴まれて、グワングワンと前後に大きく揺さぶられる。


「おち、落ち着いて! せ、清依ちゃん!」

「落ち着いてられるかあああ! 私の一万円~!! なけなしの一万円~!! 何が出遅れるだよ! 何が百万馬券の三連単だよ! 何がタイムリープだよ! この嘘つき! 嘘つきバ数真!」

「うそ、嘘じゃないんだって! これは何かの間違いで――」

「うるさいうるさいうるさああああい! 間違いなのはお前を信じた私の純粋な心だよ! あっ、分かった! どうせ母さんに頼まれたんでしょ!? 痛い目を見せて、いい加減にギャンブルを卒業させろとかなんとか! だったら絶対やめないもん! 明日も朝から整理券もらってガ◯アに並ぶもん! クソ番でクソ台を引いても夜までレバーしばいたるもんね!」


 子どものように泣きわめきながら尚も俺の身体を前後に激しく揺する清依ちゃん。


 なんで、どうして、こんなことに……。

 俺の未来の知識は間違いなかった。

 ジャパンボンドは四着で、俺たちは100万馬券を手に入れるはずだったのに。

 これじゃまるで、誰かが俺の知っているレース結果を操作し――


 そう考えた瞬間、再び俺の頭に電流が奔った。


 ……俺だ。

 この世界で唯一、未来の結果に介入できるのは俺だけだ。


「もしかして……これ、バタフライエフェクトってやつ……?」


 疑念の答えが、口から漏れ出る。


 バタフライエフェクト――タイムリープものに出てくる定番のカオス理論で、些細な出来事が巡り巡って遠くの未来に予測不可能な大きな変化を引き起こす現象。

 ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすという例え話が有名だ。

 

 まず、俺が過去に戻ってきたという一番の大きな変化。

 そして、清依ちゃんに馬券を買わせたという本来はありえなかった行動。

 それがジャパンボンドの騎手や調教師、あるいは馬自身のコンディションにほんの僅かな……しかし、決定的な影響を与えてしまったのかもしれない。


 何がどう影響を及ぼしたのかを考えればキリがないが、1つだけ確かなのは俺の知っていた『未来』はもはや絶対的なものではなくなってしまったということだ。


「せ、清依ちゃん……とりあえず落ち着いて……! ちょっと不手際があっただけで嘘じゃな――」

「うるさああああああああい! 出てけぇええええええ!」


 弁明虚しく、部屋から文字通り蹴り出された。

 こうして、俺の希望は今度こそ打ち砕かれてしまったとさ……。

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