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第26話:俺はお前らの十年先を行っている

 ずんずんと怒りを露わにした大股で、彼が歩いてくる。

 その目には良くも悪くも玲那たちは眼中になく、私しか見えていない。


「おい、橘。あれほど言ったよな? 喉は大事にしろって」


 私のすぐ目の前に来た彼がこれまで聞いたことのない怖い声で言う。


「ちょっと声を出してみろ」

「えっ……?」

「ほら、あー……って」

「あ、あー……」

「よし、大丈夫そうだな。ったく、喉は大事にしろって何度も言い聞かせただろ? あんな大声出しやがって……」

「あぅ……でも、それどころじゃないというか……」

「それどころじゃなくねーよ。100億、稼ぐんだろ? 喉が潰れたら元も子もないだろ」

「ご、ごめんなさい……」

「でも、よく言えたな。それでこそ俺の見込んだ女だ」


 そう言って、ポンと頭に手が置かれる。

 直後、顔がカーっと急速に凄まじい熱を持っていく。


 なんなの……この人、ほんとに……。

 ちゃんと聞かれてるし、ちゃんと分かってくれてるし……。

 最初に会った時からなんでこう私の心を乱してくるの……。


「……で? お前らは何やってんだ? 案件の依頼なら俺を通せって言っただろ?」


 私に背を向けて、財前くんが玲那たちと向かい合う。

 突如として現れた彼に、玲那たちは完全に呆気にとられていたが、拓哉と呼ばれた男子は違った。


「玲那。財前って、こいつだろ?」


 威嚇するように両手をボキボキと鳴らしながら彼が財前くんの前に立ちはだかる。


「なんか色々と予定が狂ったけど、結局用があんのはこいつになんだろ?」

「誰だ、お前。ケンシロウか? 北斗にはあんまり良い思い出がねーんだよな。無想転生の継続率94%とか絶対嘘だろ」

「あ? 何言ってんだ、お前? 俺のこと知らねーのか? 一応、一年の時にインハイに出てっからそれなりに有名だと思ってたんだけどな」


 そう言って、再び軽快なステップを踏みながら拳を連続で前方に突き出している。

 多分ボクシングの動きだと思うけど、私の目では全く追えないくらいに速い。


「先輩と揉めて退部になっちゃったけどね」

「年上なだけのザコのくせに、偉そうに説教してきたからスパーで分からせてやっただけなんだけどな」

「病院送りにするくらいにね」


 びょ、病院送り……!?

 あっ……そういえば、一年の時にボクシング部ですごく強い人がいるって聞いたことあるかも……。

 も、もしかしてこの人がその人なの……。


「で、その現帰宅部が俺に何の用だって?」

「お前に恨みがあるわけじゃねーんだけどさ。玲那に頼まれたんだよ。二度と調子に乗れないようにしてくれって」

 

 ニヤリと笑い、再びシャドーボクシングのように体を揺らしている。

 けど、財前くんは彼のそんな本格的な動きを見ても普段の余裕を全く崩していない。


「だったら御託はいいからさっさと済ませろよ。無駄に前フリが長いんだよ。最近のパチスロかっての。演出なんてペカッでいいんだよ、ペカッで」


 言ってる意味はさっぱり分からないけど、多分挑発だと思う。

 ざ、財前くんってもしかして喧嘩強いのかな……。

 見た目は不良っぽいけど……てか、結局巻き込んじゃってるしどうしよう……。


 助けに来てもらえたけど、事態は何も改善していないことに気がつく。


 今のうちに私だけでも逃げて、先生とか呼んできた方がいいのかな……。

 でも、そんなことしてる間に財前くんがやられちゃったら……。


「んじゃ、遠慮なく……ッシュ……!」


 拳を顔の前に構えた元ボクシング部の人が地面を蹴って財前くんに殴りかかる。


「っ……!」


 目の前で繰り広げられる暴力を見るのが怖くて、私はギュッと強く目を瞑った。


「ぐぁああああああ!!」


 思わず耳を塞ぎたくなるような苦悶の声が間近で響く。


 な、何……? 何が起こったの……?


 恐る恐る、薄目を開けると――。


「……え?」


 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 地面に這いつくばって苦しげにい呻いているのは財前くんではなく、殴りかかった彼の方だった。

 財前くんは涼しい顔で、彼の腕を背中側に捻り上げてその動きを完全に封じていた。


「ぐ、あ……っ!? な、なんだよお前……なんで……!」

「なんで? こちとらガキの頃から天才空手少女とその親父……熊殺しのオッサンに随分としごかれてきたんだよ。ボクシングだかインハイだか知らねーけど、あの化け物共からしたらパンチもかわいいもんだ」

「く、熊殺し……!? 熊殺しって……あの……!?」

「おっ、流石にこの辺りで格闘技をやってたなら知ってるか。そうだよ。あの如月(きさらぎ)無道(むどう)だよ」


 その名前を聞いた彼の顔が、文字通り真っ青になる。

 如月ってことは、あの幼馴染の子のお父さん……?

 く、熊殺しって……そんなにすごい人なの……?

 私は全く知らないけど、財前くんのこの強さが何よりも雄弁にその事実を語っていた。


「わ、分かった……! お、俺が悪かった! まじで! 玲那がお前をボコったら一発ヤラせてくれるっていうから乗っただけなんだよ!」

「じゃあ、二度と橘に手を出さないって誓えるか?」

「誓う! 俺はもう二度と手を出さない! 誓うから! イテテテッ!」

「本当だな? もしも破ったら……熊殺し直伝の一撃がお前の顔面を陥没させることになるから覚えとけよ?」


 そのドスを聞かせた脅しに、彼は無言で首を縦に何度も振った。

 そして財前くんが腕から手を離すと、彼はこちらに目もくれず、一目散に走り去っていった。


「さて、どうする? あいつは逃げたけど、お前らはまだ続けたいか?」


 両手をパンパンと払いながら玲那たちの方へと向き直る財前くん。


「でも、言っとくけど……俺の男女平等観はお前らの十年先を行ってるからな。やるっていうなら女でも顔面パンチくらいは余裕だぞ」


 本気なのか冗談なのか、あるいは狂気なのか分からないことを言いながら香港映画のようなポーズを取っている。

 当然、先の一部始終を目撃していた玲那たちには彼へと立ち向かう胆力なんてなかった。


「い、行こ……!」


 玲那は取り巻きたちに短くそう告げると、中庭の方へと足早に去っていった。


「これに懲りたら、二度と橘にちょっかいかけんじゃねーぞー!」


 その背中へと向かって、財前くんが悠然と大きな声で言う。


「……ったく、妙なことに巻き込まれてたんならちゃんと俺に――」

「こ、怖かったぁ……ほんとに怖かったぁ~……!」


 二人きりになった瞬間、張り詰めていた糸がプツリと切れた。

 私は彼の身体にしがみついて、まるで子供のように大声を上げて泣くことしかできなくなってしまった。

 財前くんは一瞬戸惑ったように体を強張らせたけれど、やがて溜息交じりに、私の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。

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