第25話:100億の女に私はなる!
「……で? なんであんた一人なわけ? 連れてこいって言ったよね?」
玲那が、苛立ちそう隠そうともしない口調を向けてくる。
旧校舎裏の湿った空気と、取り巻きの女子たちの冷ややかな視線。
そこには、嘲笑混じりの『かわいそう』という感情がひしひしと感じ取れる。
昨日までの私ならきっと、これだけであっという間に怖気づいてしまっていたと思う。
でも、もうそんな何も言えない自分とは決別するために私は今日一人でここに来た。
「財前くんは来ないから」
震える声を必死に抑え込み、顔を上げて玲那に告げる。
「連れて来るのに失敗したってこと? それとも……」
「私が呼ばなかった。財前くんは忙しくて、こんなことに構ってる暇のある人じゃないから」
氷のように冷たい目を見据えながら再びはっきりと告げる。
財前くんは来ない。私は彼に何も言わなかった。
来て欲しいとも、助けて欲しいとも、困っているとも。
一人で立ち向かうのが怖くない……といえば、嘘になる。
でも、もっと怖いのはまた自分で自分を否定してしまうこと。
それは私を好きでいてくれているみんなも否定することになってしまうから。
「……って、言ってるんだけどどうする? 拓哉?」
玲那が振り向くと、後ろにいる取り巻きの群れが割れる。
その向こう側には一人の男子が立っていた。
両拳を顔の高さに構えて、何度も素早く前に振っている。
見たこともやったこともないけど、本格的なボクシングのそれだと分かった。
きっと、ここに連れてこられた財前くんをこの人が痛めつけるつもりだったんだろう。
「どうするって……それはこっちのセリフだろ。約束はどうなんだよ」
更に何度も拳を振りながら彼は玲那に言う。
「当然無し。だって、来ないんだから」
「はぁ!? ふざけんなよ!」
玲那の返答を受けた彼が目の色を変える。
そして、その怒りは私の方へと向けられた。
「おい! さっさと呼んでこいよ! そんくらいできんだろ!」
拳を固めたまま、私の目の前へと迫ってくる。
至近距離で見ると、その迫力は更に凄まじかった。
鍛えられた腕に、殺気だった目つき。
恐怖に足が竦む。
「よ、呼ばない……!」
でも、私はもう絶対に引かない。
「財前くんは関係ない……! これは私と玲那の問題なんだから……!」
今にも縮み上がりそうな心を奮い立たせ、彼女を見据えて告げる。
「も、もう私には構わないで……!」
「構わないで? ぼっちだったあんたに構って……仲間に入れてあげてたのに、随分と偉そうなことを言えるようになったじゃん」
「それだって最初から見下せる人間を側に置いて、優越感に浸るためだったんでしょ」
今思い返せば、私は最初からずっと下に見られていた。
最初から示し合わせたじゃんけんで、パシリに使われるのはいつも私だった。
私の家が裕福だって知ったら、何かと理由を付けて奢らされたことが何回もあった。
それなのに友達だって、そんな簡単な言葉すら言われたことは一度もなかった。
「ふ~ん……そんなこと言うんだ。じゃあ、これ……バラ撒いちゃってもいいんだ。仲間じゃなんだもんね?」
玲那がスマホの画面を向けてくる。
あの動画が、ボタン1つでグループチャットに拡散できるようになっていた。
「いい! バカにするならバカにすればいい! 動画も好きにバラ撒けばいい!」
それでも私は一歩も引かない。
今更、たかだか数百人ぽっちの人間に晒されたってどうってことない。
昨日、もっと多くの人間に、世界中に向けて散々な醜態を晒したばかりなんだから。
「何も恥ずかしくなんかない! 私はそれで100億円を稼ぐ女になるんだから!」
玲那の目を真っ直ぐに見据えて、喉が裂けそうなくらいの大声を出した。
学校の反対側に届きそうなくらい音が何度も木霊した後、一帯が、しん……と水を打ったように静まり返る。
言った。ちゃんと言えた。
ふーっ……ふーっ……と、肩で大きく呼吸をしながら強い達成感を覚える。
私はあの玲那に、言いたいことをちゃんと言えたんだって。
ざまぁ見ろ。
私だって、ずっとあのままの私じゃない。
絶対、玲那よりもすごい女になってやるんだから。
そうやって、内心で勝ち誇る私に対して玲那は『はぁ……』と大きな溜息を吐き出し――
「拓哉、そいつ剥いちゃって」
私が想像もしてなかった不穏な言葉を口にした。
えっ……!? む、剥く……!?
「いいのか? そこまでして」
「だって、あれが脅しになんないって言うんだから新しいのを撮るしかないじゃん。ほら、早く」
「ちっ……しゃーねぇな。そんかわり、1回って約束を2回にしてくれよ」
「なんでもいいからさっさとやってよ。ったく、盛り過ぎでしょ」
玲那から何かしらの言質を取った男子が、私との距離をジリジリと縮めてくる。
う、嘘だよね……? 冗談だよね……?
流石に、そこまでしてくるなんて考えてなかったんだけど……!
大きな身体に迫られる恐怖に後ずさるが、すぐに背中が校舎の壁にぶつかる。
「恨むなら調子こいた自分を恨めよ。大人しく従っとけばよかったのに」
「や、やだっ……!」
私の制服を掴もうとしてくる両手を必死に跳ね除ける。
けど、どれだけ抵抗したところで私が男子の力に勝てるわけもない。
あっさりと校舎の壁に押さえつけられてしまう。
「下着も、全部ね。二度と逆らえないようにするから」
「だ……かっ……たす……っ!」
凄まじい恐怖に声もまともに出せない。
全身から血の気が引き、手足から力が抜けていく。
助けて……! 財前くん……!
心の中で、そう強く願った瞬間だった。
「おいこら! 何やってんだ!」
どこからか彼の声が響いてきた。
押さえつけられた身体を動かして、なんとか声の聞こえた方を振り向く。
そこには鬼のような形相を浮かべている財前くんの姿があった。
途端に、さっきまで恐怖に萎縮していた心が急に弾みだす。
狭まっていた視界が一気に広がり、世界が光と色に満ちていく。
なんなの、ほんとに……なんでちゃんと来てくれるの……。
私も私で、巻き込みたくないから一人で来たのになんで喜んでんの……。
こんなのもう認めるしかないじゃん……。
私は彼のことがす――
「なんつー大声出してんだ! 大事な喉が潰れるだろ!」
……は?




