第24話:覚悟
「は、話って……?」
玲那とその仲間たちの圧に全く逆らえず、私は旧校舎裏にまで連れて来られてしまっていた。
昼休みの校舎裏と聞けば、ドラマやマンガなら定番の告白スポット。
でも、今の私を取り囲む空気は淀んだドブのような色をしている。
「ねえ、瑠奈。あんたさ、最近調子乗ってるよね?」
玲那が、長い爪で髪を掻き上げながらドスの利かせた声で言う。
「そ、そんなこと……」
「あるでしょ! 不登校だったくせに。急に学校に来だしたと思ったらあの財前とベタベタして……」
「べ、べたべたなんて……」
「してたでしょ! うざったらしく! 私に口答えしてんの!? 瑠奈のくせに!」
目の前で大声を出されて、ビクッと仰け反ってしまう。
「なんなの? 財前と付き合ってんの?」
恐怖に声が出せずに、首を小さく左右に振って答える。
「あっそ。まあそれはどうでもいいんだけど……ちょっと、瑠奈に頼みたいことがあるんだよね」
「頼みたい、こと……?」
喉の奥からかろうじて、掠れた声を出す。
嫌な予感しかしていない。
早くこの場から立ち去りたいと思う反面、脚が震えて動かない。
あれだけ独り立ちしなきゃと思ってたのに、誰か助けて欲しいと願うしかできない。
「明日の放課後。ここに財前を呼び出して」
「……え?」
「聞こえなかった? 財前をここに連れてきてって行ったの。どういう関係か知らないけど、あんたが大事な用事があるって言えば何も疑わずに来るくらいの仲ではあるんでしょ?」
何のために、なんて聞くまでもなかった。
玲那たちのことだ。きっと何か良からぬことを企んでいるに違いない。
「で、できないよ……そんなの……」
「できない? なんで? 連れて来るならあんたが私に楯突いたのは許してあげるって言っても?」
「だって、財前くんは……私の恩人だから……」
怖くて目は合わせられないけど、しっかりと拒絶の言葉を告げる。
そう、財前くんは恩人だ。私に新しい希望を与えてくれた。
そんな人を売るようなことは絶対にできない。
「そう……じゃあ、これをバラ撒いてもいいってことなんだ」
玲那がそう言って、私に向かってスマホの画面を掲げて見せる。
それを見た瞬間、心臓が凍りついたような心地になった。
そこには、かつて玲那たちの前で『声優の真似事』をやらされていた私の姿が映っていた。
「どうする? 言うことを聞いてくれるなら削除するし、なんならまた仲間に入れてあげてもいいけど?」
「っ……!」
喉の奥がヒュッと鳴り、呼吸が止まった。
画面の中では、渡した顔を真赤にしてアニメキャラの真似をしている。
玲那たちはそこでも私を囲んで、嘲笑っている。
私の黒歴史。トラウマの結晶。
あの日、私の心を打ち砕いたそれが再び直りかけの心をまた強く叩いてくる。
「玲那。そろそろ、戻んないと鐘鳴っちゃうよ」
「じゃ、明日の放課後。ちゃんと連れてくるように。もしも破ったら……もっと大変なことになっちゃうかもしれないから忘れないでよ?」
不穏な言葉を言い残して、玲那たちが去っていく。
私はただ、その場で俯いたまま立ち尽くすことしかできなかった。
***
どうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。
午後の授業は気分が悪いと保健室で休んでしまって、放課後も財前くんが来る前に一人で帰ってしまった。
『なんかあったのか?』
夕食後、財前くんから心配するようなメッセージが届いていた。
「どうしよう……やっぱり、相談した方がいいのかな……」
相談すれば、きっと力になってくれるのは分かっている。
でも、玲那の本当の狙いは私じゃなくて多分財前くんだ。
何をするつもりなのかは分からないけど、ろくなことじゃないのは分かる。
玲那の知り合いには物騒な人も多いって聞くし、彼を巻き込みたくない。
……じゃあ、私一人で立ち向かう? あの玲那に?
私なんかよりもずっと強くて、頭も良くて、人気者な玲那に?
もう私に関わらないで欲しい、私の大事なものをバカにしないで欲しい。
正面切って、そんなことが言える? 私の味方なんか誰もいないのに。
「うぅぅ……無理だよぉ……」
想像するだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。
そんなことをしたら、あの動画が本当に学校中にばら撒かれるかもしれない……。
そうなったら私は学校中の笑いものだ……きっと、また学校にも行けなくなる……。
せっかく取り戻したものが、また全部なくなっちゃう……。
「はぁ……」
肺に溜まった全ての空気を吐き出すような溜息が自然と出てしまう。
そうして気がつくと、毎日の配信の時間が訪れていた。
「あっ……配信、しなきゃ……」
スリープ状態だったパソコンを立ち上げて、なんとか配信ソフトの起動をする。
今日くらいは休んでもいいじゃんと頭では思いつつも、既に習慣と化しているのか身体が勝手に開始ボタンをクリックした。
まあ、何かで気を紛らわせた方が楽かもしれないよね……。
【ルナ様おかえり!】
【待ってました!】
配信が始めると、すぐに常連の人たちがなだれ込んでくる。
これも毎日定時に配信を続けた効果なのか、あっという間に数百人の人が集まった。
「た、ただいま……とりあえず、今日もID消化から行きたいんだけど来てくれる人いる?」
【行く! キャリーしてください!】
【俺漏れも!】
自分でも元気がないのが明らかな口調で言うと、すぐにチャット欄が参加希望者で埋まった。
パーティを立てて、いつも通りゲーム内のダイス機能を使った抽選で参加者を決める。
【ルナ様、今日なんか動き鈍くない?】
【ラグ? それとも体調悪い?】
「あっ、ごめん……ちょっとラグいかも……回線の調子が悪いのかな……あはは……」
ダンジョンに入って、すぐに露呈していまった調子の悪さを適当な言葉で誤魔化す。
話しながらゲームしてたら嫌な事を考えずにいられる。
そう考えたはずが、心の不調がプレイにも露骨な影響が出てしまっている。
いつもなら絶対にミスしないボスのギミックに失敗を繰り返し、簡単なスキル回しを何度もミスしてしまう。
「あっ……死んじゃった……」
HPが赤くなったと思ったら次の瞬間には私のキャラが倒れていた。
それをまるで他人事のように感じてしまうくらいには、頭が働いていない。
【今日、動き悪くない?】
【やっぱり、なんかあった?】
「な、なんか……今日は調子出なくって……」
弱気な言葉が、つい口をついて出てしまう。
明日のことを考えると、どうしてもネガティブな思考が止まらない。
最悪だ……。せめて、配信くらいはちゃんとやろうと思ってたのに……。
「ごめんね……グダグダなプレイ見せちゃって……ほんとに私、ダメすぎ……」
口を開くとネガティブな言葉しか出てこない。
ゲームの中で強いだけが取り柄だったのに、それすらもできなくなっちゃってる。
これじゃ、みんなに幻滅されてもしかたないと思ってチャットを見ると――
【どんまい!】
【そういう時もある】
【ルナ様のポンコツは今に始まったことじゃないし】
【それは、そう】
そこには私の想像とは真逆の言葉が並んでいた。
画面を流れる文字の列に、責めたり失望する言葉は一つもなかった。
私のダメなところも、全部ひっくるめて「いつものこと」だと笑い飛ばしてくれている。
「なんなの……みんな……なんでそんなに優しいの……私なんかに……」
【なんかとか言うなよ。俺ら、いつも楽しませてもらってるんだから】
【俺も会社で嫌なことあって落ち込んでた時に、ルナ様のレイドに参加させてもらって救われたから】
【俺も俺も。今では立派なルナヴィクの民です】
【ルナ・ヴィクトーリア! ルナ・ヴィクトーリア!】
そんな言葉の数々に、溜め込んでいた感情が堰を切った。
私の味方……いっぱいいるじゃん……。
「う、うぅ……ぅ……う゛ぅぅぅ……」
我慢しようとしたけれど、こみ上げてくる熱い塊は止められなかった。
視界が滲み、鼻の奥がツンと痛む。
「ぐすっ……う、うわぁぁぁぁぁぁん!!」
そして私はマイクの前だということも忘れて、子供みたいに大声で泣き出してしまった。
安堵と、嬉しさと、申し訳なさと。
いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、涙と一緒に溢れ出してくる。
【え? ガチ泣き?】
【ごめん。ポンコツは言いすぎた。ヘッポコにしとく】
目から涙と、口から嗚咽が止めどなく溢れ出す。
「る、瑠奈!? すごい声が聞こえたけど、どうかしたの!?」
あまりにも大きな声を出してしまったせいか、お母さんが駆けつけてくる。
「何かあったの!? ルナ!?」
部屋の扉をノックしながら必死な声で呼びかけてくる。
心配かけさせて、ごめん。
でも、もう大丈夫。私、もう大丈夫だから。
【誰の声?】
【親フラ? ガチなやつ?】
【ルナママ様!】
「お母さ~ん! ごべ~ん! 私、明日から配信でご飯食べてく~!」
「えっ? 何? どういうことなの? 何を言ってるの?」
「心配しないで~! 学校やめても、みんないるから~!」
【唐突な宣言でお母さんもめっちゃ困惑してて草】
【父さん。明日からHIPHOPで食っていこうと思うんだ】
【状況がまるで意味不明だけどめっちゃ面白い】
「えっと……瑠奈? 本当に大丈夫なの? 喧嘩とかじゃなくて……?」
「だから大丈夫だってば……ほんとに、もう全然大丈夫だから……」
「ならいいけど……。夜なんだから、あんまり大声出しちゃダメよ?」
そう言って、お母さんは階段を降りてリビングへと戻っていった。
「……ずびっ! ご、ごめん……みんな……お見苦しいところを……」
【いい親フラだった】
【もっとママを出せ】
【落ち着いた?】
「うん……ありがと。なんか、スッキリした」
【なら良かった】
【俺の胸でもっと泣いてくれ】
「あのね……私、もっといっぱいやりたいことあるんだよね……」
再びマイクへと向き直って、画面の向こうにいるみんなへと話しかける。
【やりたいことって?】
「えっと……ファイクエだけじゃなくてさ。もっとみんなと色んなこと話したいし、色んなゲームもやってみたい。ホラゲーとか、レトロゲーとか……」
【ホラゲーとかできんの?】
【ビビって泣き叫びそう】
「いやいや私、怖いのは全然平気だから。あっ、後は乙女ゲーもやりたい! 実は乙女ゲーが一番好きなんだよね~!」
せっかくだから私の一番好きなものをみんなに布教しよう。
そう思って、言ってみたけど――
【乙女ゲーかぁ……】
【それはちょっと分からんわ】
【ギャルゲーなら見るけど、イケメンに口説かれるのはちょっと……】
返ってきたのは予想以上に冷ややかな、正直な拒否感だった。
さっきまでの全肯定ムードが一転、微妙な空気が流れる。
それを見た瞬間、私の中でカチンと何かが弾けた。
「はあ!? 何それ! やってもないのに否定しないでよ! 食わず嫌いでしょ!」
思わず、ポップガードに口が当たるくらいに身を乗り出す。
「乙女ゲーをただイケメンとイチャイチャするだけのゲームだと思ってるでしょ!? 全然、違うから! 緻密な世界観に、複雑に絡み合う人間ドラマ! 時には国を救ったり、世界を敵に回したりする壮大なストーリーがあるんだから! 特に『アニステ』のレオ様ルートなんて、涙なしには見られない超大作なんだから! よし、決めた! 今度は乙女ゲー配信する! 絶対に観に来いよ! 今チャットに書いてるやつらの名前全部覚えてるから逃げんなよ! お前らも全員、レオ様の女にしてやるから!」
【ガチギレで草】
【さっきまで泣いてたのが嘘のような熱量】
【す、すいませんでした……】
私の剣幕に押されたのか、リスナーたちがタジタジになっている。
私の前で乙女ゲーをバカにするからだ。
ふんすっ……と、鼻を鳴らして椅子に座り直す。
そこで私は、ふと自分の心臓が早鐘を打っていることに気がついた。
……あれ?
もしかして私、今怒ってた?
自分の好きなものを悪く言われて、ちゃんと言い返せてた?
脳裏に、あの日の教室の光景が蘇る。
玲那たちに夢を笑われたあの日、私は怒れなかった。
『だよね。変、だよね』
引き攣った笑みを浮かべて、自分の大切なものを踏みにじってやり過ごした。
あの時、ちゃんと言い返せてたら……って何度も後悔したはずだったのに……。
「なんだ、私って……ちゃんと怒れるじゃん……」
それに気がついた時、さっきまで私の中にあった恐れが綺麗に消えていた。




