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第23話:いざ独り立ちの時

 ファミレスでの夕食を終えて、酔った清依さんを家まで送る財前くんと別れた私は、その日も定刻通りに配信をしていた。


「それで、『この馬の名前がかわいい!』って選んだ馬がなんか勝っちゃったんだよね。で、100円で買った……なんだっけ、さんれん……」


【3連単?】


「そうそう! それ! 3連単! それが当たっちゃって、何千倍とかになってた」


【すごすぎて草】

【何千倍ってことは十万馬券ってこと?】

【今度スロ打ちに行く時、ルナ様を待ち受けにしていくわ】


 財前くんの言った通り、競馬の話は視聴者の食いつきも良かった。

 視聴者数にこそ影響はないけど、明らかにいつもよりコメントの数が増えている。


「まあ私のお金になったわけじゃないんだけどね。ご飯は奢ってもらったけど」


【マージンもらえば良かったのに】


「ダメダメ。私、まだ学生なのにそんなのもらったらなんかの法にひっかかるでしょ」


【ルナ様ってまだ学生なんだ】


「あれ? 言ってなかったっけ? 王立騎士学校の二年生だって。領主として臣民を導きながら学生として日々、自己研鑽も怠っていないんだよ」


【ロールプレイの設定じゃん】

【それなら俺は昼は上司に怒鳴り散らかされてる憂国の暗黒騎士なんだが】

【でも、ルナ様って結構昼間もインしてなかったっけ?】


「あー……それなんだけど、最近まで不登校だったんだよね」


【不登校!?】

【へぇ~、そうだったんだ】

【最近までってことは今は違うの?】


「うん、色々あって今はまた行けるようになった。まあ、相変わらずぼっちではあるんだけど」


 本当は()()と省略した部分に、いっぱい喋りたいことがあった。

 私に新しい世界を与えてくれて、この部屋からも引っ張り出してくれた人の話。

 でも、あんまりリアルの個人的な事情を喋りすぎるのはよくないと教わっていたから我慢する。


 さっきの競馬の話も少し脚色して『知り合いのお姉さん』との話にしてあるし、特に『男の話を出す時は注意しろ』と分かるようで分からないことも言われていたもんね。

 言いつけを守れて偉いと自分で自分を褒めていると……。


【えらい!】


 その言葉と共に、あまり馴染みのない効果音がパソコンから鳴った。

 なんだろうと配信の画面を見ると、チャット欄に『¥1000』と表示されていた。


「えっ!? な、なにこれ!? お、お金!?」


 急に投げつけられた現金に慌てふためく。


 ¥1000って、千円ってことだよね!? 何かのポイントじゃなくて現金!?

 そういえば財前くんが、『登録者が規定数に達したから投げ銭が受け付けれるようになった』とかどうとか言ってたような……。


【友達と学食行くときにでも使って】


「え、えぇ……こんなの貰ったらなんか申し訳ないんだけど……。ていうか偉くもなんともないから! ダメだったのが普通に戻っただけで……」


【それでも偉いでいいでしょ】

【うんうん、俺も投げよっと】


 戸惑う私を追撃するように、次々とお金の付いたチャットが飛んでくる。


「あわわわ……」


 その現金の奔流に私は、ただ狼狽えることしかできなかった。



 ***


 

「金を貰うのが申し訳ないって?」

「まあ……有り体に言えば……」


 翌日、私は財前くんに昨日の出来事を自分の心情も合わせて包み隠さず話した。

 結局あの後、配信が終わるまでに合計で一万円の現金を受け取ってしまった。


 一万円……一万円はものすごく大金だ。

 学食の日替わり定食が20回は食べられるし、ファイクエの月額料金が5ヶ月分も払えてしまう。

 毎月のお小遣いを貰う分にはそこまで思わなかったけど、顔も見たことのない人たちから受け取ったそれの重みは全然違った。


「気にすんなよ。くれるっていうなら貰っとけばいいだろ。俺だったら10万でも100万でもすんなり受け取るぞ」

「ざ、財前くんと」

「いいから慣れろ。んなことで尻込みしてたらこの先やっていけねーぞ」

「うぅ……でもぉ……」


 泣き言を言う私に、財前くんは『しかたねぇな……』と呆れながら椅子ごと身体を私の方へと向ける。


「じゃあ、逆に聞くけどそいつらはなんでお前に金を渡したんだと思う?」

「なんでって……同情?」


 少し思考を巡らせてから答える。

 お金を貰ったのは、私の不登校話からの流れだった。

 だから、みんなが私の境遇に同情してお金をくれたんだと思う。


「違う。お前の配信にそれを払うだけの価値があったからだ」

「価値……?」

「例えば、映画館がもしも後払い制だとしたらくそつまらない映画を見せられた後に金を払いたいって思うか?」


 ふるふると首を左右に振る。


「だろ? つまり、そいつらはお前の配信を観た上で金を払うに足るコンテンツだと思ったってことだよ」

「そうなのかな……」

「そうだ。同情だけで身銭を切る奴なんてそういねえよ。ネットの海には無料のコンテンツが溢れかえってるんだからな。その中で、あえてお前に金を払った。それは『楽しかった』『応援したい』『もっと観たい』っていう感情の対価に他ならない」


 私の目を真っ直ぐに見据えながら財前くんは更に続けていく。


「言葉なら嘘はつけるけど、金は嘘をつかない。財布の紐を緩ませるってのは最も誠実で、最もシビアな評価なんだよ。だから、それはエンタメを提供した正当な代価として受け取っとけ」

「正当な代価……」

「てか、一万程度でビビっててどうすんだよ。もっと、自分の価値に自信を持て。お前は将来、億稼ぐ女になるんだから」

「お、億って……」


 そのスケールの大きさに困惑してしまう。

 自分がそんな大金を稼ぐ姿を全く想像できない。

 けど、もっと自信を持たないといけないのはその通りだと思った。


「しかし、この時代のネット文化がまだ若干の嫌儲思想が残ってた気もしたけど、既になかなか太……いい視聴者を捕まえられてるみたいだな……。こりゃグッズ展開の計画を前倒しにすることを考えてもいいかもな……くくく……」


 昨日、競馬をしていた時と同じような悪い笑みを浮かべている財前くん。

 何かあるとすぐにこうやって彼を頼ってしまうのもよくない。

 それも俺の仕事だからと言ってくれてはいるけど、自分で解決できることは自分で解決しないと。


 そう決意を新たにしたところで、喉の乾きを覚えた。

 カバンの中にあるペッドボトルに手を伸ばすが、持ってみると中身は空っぽだった。


「あっ……水、買いに行かなきゃ……」


 喉のケアも私の大事な仕事の1つ。

 こんなカラカラに乾いたままで午後の授業を受けるのはよくない。


 でも、昼休みの購買は人でごった返している。

 その中を歩いて水を買いに行くのは、今の私にとってまだ難易度の高いクエストだった。


「ざ、財前く――」

「財前くん、ちょっといい?」


 私の言葉をかき消す、凛とした声が響く。

 聞こえた方に視線を向けると一条さんが立っていた。


「なんだよ。前の話なら断っただろ。一円の儲けにもならないことはやらないって」

「私は無理だって言ってるけど会長がしつこいんだもん。一度、話してみたいから連れてこいって」

「めんどくせぇ。委員長の口から説明すりゃいいだろ」

「何回も言ったけど、向こうも絶対連れてこいってうるさいんだもん。最悪、会長権限で運動部に招集かけて、強制的に拉致される前に自分で行った方が楽だと思うけど?」

「なんだよ……だりぃな……」

「ごめんね、橘さん。彼、ちょっと借りていくから」

「えっ!? う、うん……! も、もちろん全然大丈夫……!」


 気だるげにしながら財前くんが一条さんに引っ張られて教室から出ていく。


 あぁ……どうしよう……。

 全然よくないのに流れでいいって言っちゃった……。

 教室の端っこで、一人だけポツンと取り残されるのがここまで寂しいなんて……。

 早く帰ってきてくれないと、昼休みが終わるのに間に合わないかも……。


 ……って、バカバカ! 私のバカ!

 自分でできることは自分でやらないとって決めたばっかりじゃん。

 一人で水も買いに行けないなんて、子供じゃないんだから。

 そう、私は一万円の投げ銭をもらった女! 水の一つや二つくらい!


 決意を強く持ち、一人で教室を出て購買へと向かう。

 廊下には昼休みを各々過ごしている生徒たちで溢れていた。


 笑い声、話し声、足音。

 その全てが私を攻撃してきているような錯覚に陥りそうになるのを必死で抑え込む。


 大丈夫、大丈夫。誰も私のことなんて見てない。

 私はモブ。背景の一部……。


 ギクシャクとした歩調で廊下を歩きながらなるべく壁に沿って歩いていく。

 すれ違う生徒の視線に怯え、背後からの笑い声にビクッとしながらも何とか自販機にたどり着いた。


「つ、着いた……」


 額に滲んだ汗を拭い、財布から小銭を取り出す。

 震える指で効果を投入し、ミネラルウォーターのボタンを押した。

 

 ガコンッとボトルが取り出し口に落下する音が、クエスト完了の音に聞こえた。


 ほら、出来た。全然余裕じゃん。


 一人で教室から出て、ここまで歩いて、買い物もできた。

 そんな当たり前のことが、今の私にはたまらなく誇らしかった。

 自分を褒めながら取り出し口のボトルに手を伸ばそうと屈んだ……その時だった。


「あれぇ~? もしかして、瑠奈?」


 その恐ろしい声に心臓が凍りついた。

 忘れたくても忘れられない、粘りつくような甘さと棘を含んだ声。

 ボトルに触れた指先から順番に、血の気が引いていくのが分かった。


 ゆっくり、錆びついた機械人形のように首を回して後ろに振り返る。


「今、一人なの? じゃあちょっと話があるんだけど、いいよね?」


 そこには、私の人生にとっての玲那(大ボス)が大勢の手下と共に嗜虐的な笑みを浮かべて立っていた。

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