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第22話:絶対に結婚の約束までしてるやつじゃん……!

 馬券売り場を出てから30分後――


「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」

「はいはい! 大丈夫! ありがとね! さあさあ、橘ちゃん! 食べて食べて!」


 私の目の前には大量の皿に盛られた料理が並べられていた。

 チーズインハンバーグに、山盛りのポテトフライ、ピリ辛チョリソー、大皿のシーザーサラダ。

 どう見ても一人で食べられる量じゃない。


「ええっと……あのぉ……」

「あっ、飲み物も欲しいって? すいませーん! このスペシャルトロピカルジュースくださーい! あと食後のジャンポパフェも!」

「そ、そうじゃなくて……流石に多すぎるんですけど……」

「遠慮しないでいいから。今日は橘ちゃんのおかげで爆勝ちさせてもらったんだしさ。よっ! 馬券の申し子! 勝利の女神ならぬWINSの女神だね!」

「あはは……」


 その全く嬉しくない呼び名に、思わず苦笑してしまう。

 浮かれすぎていて話も通じ無さそうだし、とりあえず食べられる分だけ食べよう……。


「余ったら俺がいくらでも食ってやるから気にすんな」

「こらっ、数真! あんたに奢るなんて言ってないんだけど!」

「俺が連れてきた橘のおかげで勝てたんだから半分は俺のおかげみたいなもんだろ」


 そう言いながら次々と食事を口に運んでいる財前くん。

 男の子って感じの食べっぷりだなぁ……と、つい見とれてしまう。


「……って言ってるけど、橘ちゃん的にはどうなの? こいつにも食べさせていいの?」

「ま、まあ……ご飯はみんなで一緒に食べた方が美味しいと思いますし……」

「んも~……橘ちゃんは優しいなぁ~! こんな人の金じゃないと外食にも行かないようなケチ男なんて捨てて、私に乗り換えればいいのに」

「の、乗り換えって……私は別に財前くんとは……」

「おい、俺んとこのタレントを引き抜こうとすんなよ」


 これまで我関せずでいた財前くんが、食事の手を止めて言う。

 えっ……今、『俺の』って言った!? 言ったよね!?

 ううん! 私の耳が聞き間違えたんじゃなかったら間違いなく言った!(聞き間違い)


「そんなの橘ちゃん次第でしょ。ねっ、私と一緒に馬券で頂点を目指さない? あわよくば舟券と車券も」

「清依ちゃん、橘はそんな小さい器で収まるような人材じゃないんだよ。もっと、デカい世界で天下を取るんだから」


 二人が何故か私を巡って変な言い争いをしている。

 まるで三角関係の中心、乙女ゲームか少女漫画のヒロインになった気分で内心ニヤついてしまう。


「どうなの!? 橘ちゃんは!」

「えっ!? わ、私!?」

「そうだわよ! 私と数真のどっちを取るのさ!?」


 隣に座っている清依さんが、奇妙な口調と共に迫ってくる。

 なんなの、この人……って思ったら、ちゃっかりビール飲んでるし……。

 でも、酔っ払うにしても早すぎない?

 うちはお父さんが下戸だから酔っぱらいの相手とかしたことないんだけど……。


「えぇ……そ、そう言われても……」

「はっきりして欲しいの! 私は! そういう女なの! 熱い演出で期待させるだけさせてくるのが嫌いなの!」

「だ、だったら……その……財前くんの方で……」


 絡まれながらも、おずおずと手で財前くんの方を指し示す。

 私がこうして外に出られるようになったのも彼のおかげだから無碍にはできない。

 そもそも、今日の馬券が当たったのなんて完全にビギナーズラックだし。


「うわぁ~ん……振られちゃったぁ……! 数真ぁ……私、振られちゃったよぉ……!」

「橘、正しい酔っぱらいの相手の仕方は相手にしないことだぞ」


 財前くんは無視して黙々と料理を食べながら私にアドバイスを送ってくれる。


「なにさなにさ! 二人してさ! いいもん! お花摘みに行ってくるもん!」


 その対応が正解であったかのように、清依さんは立ち上がってトイレの方へと向かっていく。


「悪かったな。変なのに付き合わせて。適当に無視しとけばいいから」

「う、ううん! な、なんだかんだで色々含めて楽しかったし……私こそ、今日は誘ってくれてありがとね」


 言ってから少し恥ずかしくなって、シーザーサラダを口に頬張る。


 そう、楽しかった。

 最初は変なところに連れてこられたと思ってたけど、今は素直に楽しかったと言える。

 だからさっきの言葉は嘘じゃない。

 まだしばらくは財前くんと一緒に、知らない世界をいっぱい知れたらいいと思ってる。


「おう。配信用の話題はいっぱい仕入れられたろ?」

「仕入れられたかもしんないけど……う、ウケるかな? 私の競馬の話なんて……」

「ウケるウケる。男は基本的にギャンブルしてる女の話が好きだからな」

「そ、そうなの……?」


 かなり眉唾に思えたけど、彼が言うなら確かなんだろうと信じることにした。

 そうして、しばらく二人きりで雑談と食事をしていると清依さんがトイレから戻ってくる姿が見えた。

 フラフラとした足取りで危ないなーと思って見ていると、彼女はふと何かを見つけたような顔をして――


「あっ、真琴ちゃんだ!」


 と、大きな声で言った。

 その名前に、対面の財前くんもピクっと反応する。


「清依さん。こんばんは」


 清依さんの呼びかけに反応したのは、レジの側に立っている女の人だった。

 後ろを向いてるから顔は見えないけど、ここからでも分かるくらいに背が高くて、凛としたよく通る声をしている。


「まこちゃんまこちゃん! 何やってんの!? お友達と一緒!?」

「私は部活の帰りに友達とですけど、清依さんは一人ですか?」

「んにゃ。数真とその友達の橘ちゃんと一緒だよん」


 清依さんが私たちの方を指し示すと、真琴ちゃんと呼ばれた人がこっちに振り返った。


 び、美形すぎる件について!

 その顔を見て、まず第一印象で強く思った。


 艶のあるショートカットと切れ長の瞳。

 化粧なんてほとんどしてなさそうなのに、私がこれまで見たどんな女子よりも綺麗な顔をしている。

 更に170cm以上ありそうな長身で、ジャージ姿なのに爽やかさしか感じさせない。

 同性の私から見ても、ドキッとするようなかっこよさを持った人だった。


 だ、誰なの……あの爽やか王子は……。

 財前くんとも知り合いっぽい口ぶりだけど……。


 色んな意味でドキドキしながら様子を伺っていると、財前くんが振り返って彼女の方を見た。

 その瞬間、今までの爽やかさが嘘のような険のある表情を彼女が浮かべた。


「よう」


 一秒ほど、視線を交錯させた後に財前くんが軽く手を上げて彼女に言う。

 しかし、向こうはまるでそれを見なかったように視線を逸らした。


 えっ……何……?

 知り合いだけど、ちょっと険悪な感じなの……?


 その穏当とは言い難い雰囲気に、私の方が若干怖くなってしまう。


「王子~! 何してるの~! 早く行こ~!」

「うん! 今行くから待ってて! じゃ、失礼します」


 リアルに王子と呼ばれているのに驚いたのも束の間、彼女は一礼して足早に去っていった。


「ちょっと数真~……! 真琴ちゃん行っちゃったじゃんかよ~……!」

「んなこと俺に言われても知らねーよ」

「あんたの顔を見て、露骨に嫌そうな顔してたじゃん。どうせ、何かしたんでしょ?」

「だから、知らないって……」 

「あの~……さっきの人は清依さんの知り合いですか……?」


 つい気になりすぎて、二人の会話に割り込んで尋ねてしまう。


「如月真琴ちゃんって言ってね。小日向家のご近所さんで、こいつの幼稚園からの幼馴染」

「へぇ~……幼馴染……」


 口では平然と答えながらも、内心はめちゃくちゃ動揺していた。


 お、幼馴染……!?

 財前くんに、あんなハイスペックな幼馴染がいたの!?

 はぁ~……無理無理無理……勝てるわけないじゃん……!


「中学まではずっと同じだったんだけどね。高校は真琴ちゃんが白女に行って別れちゃったんだよね」

「は、白女って白鳳女子のことですか……?」

「そうそう、空手の特待生で行ったんだったかな。お父さんが道場やっててね。真琴ちゃんも超強いの」

「へぇ~……すごいですねぇ……」


 また平然と答えながらも内心は更に動揺していた。

 白鳳女子といえば、近隣の女子なら一度は憧れる有名女子校だ。

 歴史に裏付けされた格式があるだけじゃなくて、勉強も部活も全部優秀。


 そして、何よりも制服がめちゃくちゃ可愛い!!

 あの制服に憧れて私も一時は目指したけど、学力的に受験すらもできなかった。

 なのにさっきの人は特待生で入学して、王子呼びされてるなんて私と比べたらメロンとジャガイモくらい違う。


「んで、俺は昔からあの父娘のサンドバッグにされてたってわけだ。怒りてーのはこっちの方だよ」

「も~……昔は一緒にお風呂まで入ってたんだから喧嘩しないで仲良くしなよ」


 お、お風呂……!? お風呂に一緒に入ってたの……!?

 じゃあもう絶対に結婚の約束までしてるやつじゃん……!


「仲良くも何も、取り付く島もないんじゃどうしようもないだろ」


 あっ、でも今は喧嘩中なのか……。

 だったら、今のうちに……なんて、人の不仲に付け込もうとする自分に自己嫌悪~……!!


「おい、橘。大丈夫か? 食えないなら無理して食わなくていいんだぞ。俺が食うから」

「へっ!? あっ、大丈夫! 全然、大丈夫だからそういうんじゃないから!」


 いつの間にか苦悩が表層に現れて、頭を抱えて髪の毛をグシャグシャにしてしまっていた。

 せっかくセットしたのに……トホホ……。


「んも~……橘ちゃんには優しいんだから」

「そりゃこいつの体調管理も俺の仕事だからな」

「ほんとにそれだけ~?」

「それ以外に何があるんだよ」


 あっ、それ以外には何もないんだ……と、しゅんとしてしまう。


「こういう感じの子がタイプだったりとか」

「んなっ……!? せ、清依さん……!?」


 私がさっき思ってたようなことを言葉にされて慌てふためく。

 思ってるうちはまだしも、それを口にしたら戦争なんですけど……!?


「どうなのさ、数真。橘ちゃんと真琴ちゃんだったらどっちが好みなの?」

「なんで急にそんな話になんだよ」


 そうそう、なんでまた急にこんな話を……と清依さんを見ると、ニヤニヤと粘性の笑みを浮かべて私の方を見ていた。


 なっ……!? この人、もしかして何か色々と察しちゃってる……!?

 競馬の予想はめちゃくちゃのどちゃくちゃに下手くそなくせに、変なところで勘がいい……!!


「いいから答えなよ。数真ってどんな女の子が好みなの」

「なんでんなこと答えないといけねーんだよ」

「じゃ、500円あげるから」

「そうだなぁ……」


 1コインで簡単に買収された財前くんが、食事の手を止めて真剣に考え始めた。


 えっ、えっ……!? 本当に言うの……!?

 ど、どうしよう……もし、金髪のギャル系が好きとか言われちゃったら……。

 私、まだちょっといいなって思ってるだけで別にそんな気はないんだけどなぁ~……とかなんとか考えていると、思考を終えた財前くんが口を開いた。


「総資産が100億円くらいある女かな」


 あっそ……。

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