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第20話:夢と希望、そして絶望に満ち溢れた場所

 翌日曜日、午後十三時四十五分。

 あれから早四日が経った。


『よしっ! 今度の日曜、ちょっくら二人で出かけるか!』


 久しぶりの学校、その放課後に彼から告げられた衝撃的なお誘い。

 あまりにも衝撃的すぎて、その後の木曜日と金曜日のことが全く記憶に残っていない。

 それくらい、私は今日という日に全身全霊をかけて臨んでいた。


「よし、いい感じだよね……!」


 待ち合わせの駅前、ショーウィンドウのガラスに映る自分の姿を見た感想を言葉にする。

 今日のために新調したキレイめカジュアルの新コーデ。

 トップスはベージュ一色のフラワークロッシェのカーディガンで、ボトムスは暗色系のショートパンツ。

 靴はロングブーツにして、ちょっと大人っぽさを演出。

 後は赤のショルダーバッグでアクセントをつければ……うん、完璧!


 財前くんはあの性格だし、きっとTシャツにデニムみたいにラフな格好で来るに違いない。

 これなら、その隣にピッタリと収まるコーデになってるはず……!


 まだかなまだかなと待っていると、待ち合わせ時間の五分前にその姿が見えた。

 予想通り、白のTシャツにデニムのパンツに……サ、サンダル!?

 そ、そこまでラフなのは予想外だけど……ま、まあ許容範囲かな……。

 隣を歩いても私だけが無駄に気合入ってる風には見えない……はず! 多分!


「お、おはよ!」

「おっす。なんか妙に気合入れてきてないか?」


 側まで来た彼に先手を打って挨拶すると、そう返された。


「そ、そう!? 私、出かける時は大体いつもこんな感じだけど!?」

「ふ~ん……まっ、いんじゃね。じゃ、行くか」


 財前くんがその場で翻り、駅の中へと向かって歩き出す。


「きょ、今日ってどこ行くの?」


 その背中を追いかけて、横に並びながら尋ねる。

 今日遊びに行くのは四日前に決まっていたけど、どこに行くのかはまだ聞いていなかった。

 当日に新鮮な反応を得た方が良い感性が養われる、とのことだけど格好にそぐわない場所だったらどうしようと少し不安になる。


「ん? それは着いてからのお楽しみってやつだけど……一言で言うなら夢と希望に満ち溢れた場所だ」

「夢と希望……」


 ぽわわ~んと頭の中に、その二単語から連想される場所が思い浮かぶ。

 大きな丸い耳に赤い短パンと白手袋のネズミに、真っ白で神秘的なお城。


 ……もしかして、デデニーランド?

 えっ、えっ、えっ……ちょっと待って、本当に!?

 いやいや、財前くんがそんな気の利いた場所に連れて行ってくれるわけが……。

 けど、夢と希望って言われるとそのくらいしか思いつかないし……それに確かに配信の話題にはなるよね……。


 てか、彼氏とデデニーデートって、女子高生が高校三年間でやっておきたいことランキング(私調べ)で堂々の第一位なんだけど!!

 まさかそんな大イベントが突然降ってくるなんて、引きこもる前ですら考えてなかった。

 まあ財前くんは彼氏じゃないんだけど……。

 でも、男女が二人で遊びに行くのはデートって言ってもいいよね……。


 それで、どこまで準備してくれてるのかな……。

 アトラクションにいっぱい乗って、レストランでご飯食べて、最後はパレードって感じ?

 いや、もしかしたらミラポスタでお泊……いや、ないないない!

 流石にそこまでは絶対ないって! 私の考えすぎ!

 ……でも、万が一あったらどうしよう。

 え~……配信のための体験だし仕方ないのかなぁ……。


 そうして妄想を爆発させながら電車に揺られること十数分。


「着いたぞ」


 財前くんの声に私は我に返る。

 なんか、着くのが妙に早かった気がするのは妄想に浸りすぎてたからかな……?

 まあいいや。今日は夢の国を一日中、目一杯遊び尽くすぞー!

 ……と、威勢よく顔を上げた私の前に――


「ういんず……?」


 WINSと書かれた大きい看板が掲げられていた。

 夢の国の入口とは到底かけ離れた、無機質なコンクリートのビル。

 新聞を手にしたおじさんたちが、その中に次々と吸い込まれていっている。


「そう。ここが、人間の夢と希望に満ち溢れた場所……ウインズだ!」

「……って何?」

「知らないのか? 場外勝馬投票券発売所。まあ、簡単に言えば競馬の馬券を買うところだな」

「………………は?」


 馬券? 競馬?

 耳がかろうじて捉えた単語に、これまでの妄想がガラガラと音を立てて崩壊していく。


「で、デデニーは……? ミラポスタは……?」

「は? デデニー? 何言ってんだ?」

「だ、だって……夢と希望に満ち溢れたところって……」

「入っていく連中の顔をよく見ろ。みんな、夢と希望に満ち溢れてるだろ?」

「で、出ていく人たちは軒並み死人みたいな顔をしてる気がするんだけど……」


 意気揚々と入っていく人たちとは真逆に、出ていく人たちはみんなゾンビみたいに生気のない顔をしている。

 こんなに落胆した表情の大人たちを初めて見たかもしれない。

 一体、中でどんな絶望的な催しが行われていたらいい年をした大人がこんな顔になるんだろう。


「希望と絶望は表裏一体なんだよ。とにかく、行くぞ」

「ちょ……ま、待ってよ……っていうかここって高校生が入っていいところなの?」

「馬券を買わなきゃ大丈夫だよ。多分」


 そう言いながら慣れた足取りで進んでいく財前くん。

 アテが外れてしまったといっても、このまま帰るわけにもいかないので私もその後を追う。


 中に入ると、そこは想像していたよりも静かな場所だった。

 フロアは綺麗で、どこか駅の券売機エリアのような雰囲気を感じる。

 私たちを除いた客層は当然ほとんどが大人の男の人だけど、ちらほらと女の人の姿も見える。

 競馬と聞いて、新聞を片手に昼間からお酒を飲んでる人ばかりがいると思っていたので少し意外だった。


「な、なんか結構みんな静かなんだね……」

「今はレース中じゃなくて、どの馬に賭けるのかを吟味する時間だからな。ほら、あそこのモニターにパドックが映ってるだろ?」


 財前くんが壁際に並べられたモニターを指差す。

 そこには人に引かれながらゆっくりと歩いている馬が映っていた。


「ぱどっく……?」

「レースの前に馬の様子を確認できる場所だよ。馬体が引き締まってるとか顔がやる気に満ちてるとかを見て、どの馬を買うか決めるんだ」

「へぇ~……」

「で、決めたらあの電車の券売機みたいなやつで馬券を買うと」

「へぇ~……ここって馬はいないの?」

「いないいない。実際に馬が走ってるのは競馬場。ここはいわゆる鉄火場……勝負の場所だからな」

「そうなんだぁ……」


 次々と与えられる新しい知識に繰り返し相槌を打つ。

 前にグループの誰かが、『彼氏に教えてもらった』って洋画の知識をひけらかしていたのを思い出す。

 女子が新しい趣味を始めるのは大体彼氏の影響だとか言われるけど、なんとなく分かった気がした。

 競馬なんて全く興味なかったけど、こういうのは染められてるって感じでちょっといいかも……。


「ちなみに、財前くんは馬券買ったことあるの?」

「……まさか、あるわけないだろ」


 数秒ほどの間を空けて、財前くんが一息に答える。

 絶対、買ったことあるなと思った。


「おっ、そろそろ次のレースが始まるぞ」


 彼が話を逸らすように言った直後、周囲の人たちが次々と一際大きなモニターの前に移動していく。

 画面の中では、人を乗せた馬がスタート地点らしき場所に並んでいる。

 いつの間にか周囲には人だかりが生まれ、独特な緊張感が辺りを包んでいた。


『ゲートが開いた! 全馬一斉に横並びの綺麗なスタート!』


 ファンファーレが鳴り響き、実況の声と共にレースが始まる。

 次の瞬間、フロアが絶叫の坩堝と化した。


「よしっ! 出だしいいぞ! そのまま逃げろ!」

「おい、何飲まれてんだよ! 早く抜けろ!」

 

 ひぃっ……!


 自分への声でないにも拘らず、その凄まじい怒号に思わず身体を仰け反らせてしまう。


「差せ! 差せ差せ! 外から差せぇえええ!!」

「前退けろよ前! 進路妨害だろ! 死ねよ!!」


 さっきまでの静けさが嘘だったみたいに、みんな目を血走らせながらモニターに向かって叫んでいる。

 私は画面を見ても、何がどうなっているのかさっぱり分からない。

 けれど、この人たちには文字通りに自分にお金を背負った馬が走っているように見えているのかもしれない。


「来い! 来い! 来い! スプリントはスピードが命! 走れ走れ逃げ切れ! ここで勝たなきゃどこで勝つんだ! マイシンオーの血が泣くぞ! ついでに今週の食費を全部賭けてる私も泣くぞ!」


 その中でも一際エキサイティングしている一人の女性の姿があった。

 背が高くてスタイルも良くて、なのに上はだるっだるのTシャツに下はウニクロのデニム。

 まるで財前くんが女性だったらこんな感じなんだろうかと思うような若い人だった。


「行け行け行け!! そのままああああああああああああッッ!!!!」


 長い髪の毛を振り回し、モニタに向かって祈るように叫ぶ。

 その発狂と呼ぶにふさわしい形相に周囲のおじさんたちもドン引きしている。


 「差されるな! 絶対に差されるな! そのまま! 逃げ切れ! 逃げ切ッ……あ゛っ、あああああぁぁ……」


 先頭の馬がゴールしたのと同時に、彼女は悲壮感に溢れる声を上げながらその場に膝から崩れ落ちた。


「わた、わたしの……わたしのおかねぇ……私のお金返してぇ……おかねぇ……お金!! お金お金!! おかねぇええええええええ!!」


 手で馬券をクシャクシャに握りしめながら床を何度も叩く。

 若い女性のそんな狂った様子に、周りの人たちも流石にドン引きしている。

 自分たちの勝負の結果をさておいて、蜘蛛の子を散らすようにモニターの周辺から離れていった。

 私もその人生の悲哀を鍋の底で数週間も煮詰めたように壮絶な姿に唖然としていると……。


「よう、清依ちゃん。今日も派手にやってんな」


 隣にいた財前くんが、気さくな口調でその女性に声をかけた。


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