第19話:作戦会議
「えっ……えええっ!? ど、どういうこと!? なんで私が!?」
「説明するとちょっとややこしいんだけど……かくかくしかじかで……」
ドシッと椅子に腰掛けながら財前くんが諸々の事情を説明しはじめる。
私はそれを突っ立ったまま、ただ呆然と聞くことしかできなかった。
「つ、つまり……柊さんにアバターのデザインをしてもらう代わりに、私たちが漫研に入るってこと?」
今聞いたばかりの話を、自分の中で要約して聞き返す。
簡単にまとめると私たちが漫研部員になることで部室を守り、その代価として柊さんにアバターのデザインをしてもらうことになったらしい。
「そういうこった。入るっていうかもう入ってるんだけどな。お前の分の入部届けも俺が代わりに出して」
「い、いつの間に……」
「とにかく、これで労せずに高い品質のアバターと快適な事務所の両方が手に入ったってわけよ!」
「事務所!? あんた今、この部室のことを事務所って言った!? もしかして最初からその気だった!?」
「おっと、口を滑らせた……とにかく、これで三人全員揃ったわけだし今後の作戦会議でもやろうぜ」
「おい! 私を勝手に頭数に含めるな!」
激昂する柊さんを置いて、財前くんは机の上に資料らしきものを広げていく。
「とりあえず、初配信から同接も登録者も右肩上がり。どれも当初の目標数字を大きく超えてる。かなり順調な滑り出しと言っていい」
「おー……」
他人事のように、手元で小さくパチパチと拍手をする。
「柊も観てくれたんだろ?」
「ん……一応、観た。キャラデザする上で知っとかないといけないこともあるし」
でも財前くん以外の同級生に、あの配信が観られてたと思うと少し……いや、かなり恥ずかしいかも。
「で、どうだった?」
「あのゲームやってないから何が面白いのか全然分からなかった」
ガーン……!
頭を鐘に強く打ち付けられたような音が心の中で鳴る。
「ほんとにお前は歯に衣着せるってことを知らないな」
「どうだったって聞かれたから素直に答えただけでしょ」
変に褒められたりするのも恥ずかしいけど、これはこれでショックだった。
「ったく……でも、その評価自体は割と的を射ている」
「じゃ、じゃあやっぱり私がダメなんだ……もっと、もっとみんなが楽しめるようなのにしないと……」
財前くんの言葉にさらなるショックを受ける。
自惚れてた。
数字も上向きで、チャットのみんなも楽しんでくれてたからこれでいいんだと思ってた。
でも、やっぱりまだまだ全然ダメだったんだ……。
「早合点するなって。お前は十二分によくやってるよ」
「え? でも、柊さんの評価は的を射てるって……」
「柊は『あのゲームをやってないから、何が面白いのか分からなかった』って言ったろ? これはまさにその通りで、今のお前の配信はファイクエってゲームに強く依存してるんだよ」
「は、はぁ……なるほど……」
落ち着いた口調で言いながら手元の資料を広げていく財前くん。
そこには視聴者の年齢層や属するコミュニティ、流入経路やトレンドワードに対する反応など表やグラフでこと細かく記されていた。
一体、いつの間にこんなものまで作っていたんだろうかとその手際の良さが少し怖くなる。
「これを見ろ。視聴者数の約95%がファイクエの既存プレイヤーかその繋がりで来てる。つまり、お前がもしも今日の夜は別のゲームの配信をするってなったら普段よりも同接は低くなるだろうな」
「そ、そうなんだ……」
そうか……数字が順調に伸びてて浮かれてたけど、これはまだ私の実力だけの数字じゃないんだ……。
「まあ、そこはあんまり深刻に考えるな。どんな人気の配信者でも企画によっては同接が半減したりするもんだからな」
私が落ち込みすぎないようにか、フォローを入れつつ財前くんが更に続けていく。
「重要なのは今の状況を正確に把握して、どう次の一手を打つかだ。お前の初動は大成功だった。おかげで『コア層』のファンがもうある程度はついてるはずだ」
「こあそう……?」
あまり聞き馴染みのない声に首を傾げる。
「さっき言っただろ。他のゲームに手を出したら同接は減るって。逆に、お前が何をやろうとも大きくは離れない熱心なファンが『コア層』だ。まずはこの土台を盤石にすることでより人気の配信者への道が開ける」
彼が資料の一点を指でトントンと叩く。
そこには今のところ行った5回の配信で、どれだけの人が何度観に来てくれたかの割合が円グラフで記されている。
このデータが良いのか悪いのかは私にはよくわからないけど、5回全ての配信を見てくれた人の比率が最も大きいのは何とか読み取れた。
「とはいえ、コア層だけど相手にしててもいずれ成長は頭打ちになる。そうならないために必要なのが……ライト層の開拓だ! 盤石なコア層を構築しながら、ライトを層を引き込んで新たなコア層に育て上げるのが次のフェーズだ!」
「ライト層……なんとなくは分かるんだけど、それって具体的にはどうすればいいの……? ファイクエ以外のゲームもやれってこと……?」
「もちろん、コンテンツとしての幅を広げるのは効果的だけど……俺の一本目の矢はそうじゃない。おい、柊。例のやつを」
財前くんはそう言って、柊さんにビシッと指示を出す。
「は? 何?」
「何じゃねーよ。例のやつって言ったらあれに決まってんだろ……ほら、お前に製作を頼んでる……」
「だったら最初からかっこつけないでそう言ってくれないと分かんないんだけど、そもそも私は会議に参加してるつもりもなかったし」
「ったく……お前は昔からそうだな……。無駄に攻撃的というか素直じゃないっていうか……」
「昔からとか言われるほどの付き合いもないんだけど」
互いにトゲでチクチクと突き合うようなやり取りをしている二人。
傍から見ると口喧嘩に見えるけど、私にはできそうにないそのやり取りが少し羨ましくも思えた。
「ああ、まあそうだったな……とりあえず、どこまで出来てるのか進捗を見せてくれよ」
「えぇ……まあいいけど、まだ最終調整中だから期待はしないでよ……」
「どれどれ……おい、橘もこっちに見てやれよ。お前が使うもんなんだから」
「えっ? う、うん……」
呼ばれるがままに椅子から立ち上がり、パソコンのモニターが見える位置へと移動する。
私が使うものって何だろう……。
柊さんがマウスを操作して、何かのファイルを開くと――
「わっ! う、動いてる……!」
画面上に表示された『ルナ』の立ち絵が滑らかに動き出した。
まるで行きているように、自然な瞬きをし、小さく首を傾げ、髪の毛がサラリと揺れる。
「す、すごい……! なにこれ、すごい! めっちゃ可愛い!」
興奮に語彙力を失い、口からありったけの称賛の言葉が飛び出す。
一枚絵のままでも最高に可愛かったのに、動きと表情が加わったそれは神、いわゆるゴッドだった。
「そ、そう……? キャラデザはともかく、Live2Dのモデリングは初めてだったからまだ微妙なところも多いと思うけど……」
「全然! もう完璧! 神!」
「うるさっ……そこまで喜ばれると逆に引くんだけど……」
大はしゃぎする私とは対照的に、両手で耳を塞ぐようにして冷めた言葉を口にする柊さん。
この人、本当にツンツンしてるというかドライだなぁ……と思ったのも束の間、その首筋が真っ赤に染まっているのに気がついた。
「ほー……よくできてるじゃん。演者に合わせた調整も必要になるだろうけど、これならすぐにでも運用できるんじゃないか? 流石だな」
「べ、別にこれくらい当然でしょ。私界隈じゃ普通も普通。こんなので褒められたら逆にびっくりするんだけど」
……と言いながらも、口元が緩んでいるし、顔も赤くなっている。
分かりやすすぎるツンデレ属性というか……この人、もしかしてすごくチョロい……?
「……で」
柊さんはコホンと咳払いをすると、少しだけ気まずそうに私の方を見た。
「さっき私、あんたの配信を面白くなかったって言っちゃったけど……」
「あ、ううん! 気にしてないから! ゲーム知らないとそうなるよね、分かる!」
慌ててフォローを入れる私に、彼女はかぶりを振った。
「いや、そうじゃなくて……その……ゲームのことは分かんないけど、声とか……あと、急に変な声出してパニクってるところとかは……まあ、その……悪くは、なかったかな……」
「へ……?」
「だから! キャラは立ってたってこと! 素材としては悪くないって言ったの! 分かった!?」
早口でまくし立てるようにそう言うと、彼女はぷいっとまたモニターの方に向き直ってしまった。
最初はちょっと苦手そうな人かなと思ったけど、もしかしたら仲良くできそうかも……。
「でも、ゲームのアバターのセンスは何なのあれ? 装飾品を無駄にゴテゴテと付けすぎじゃない? デザインって足し算じゃなくて引き算だから……くどくど……」
やっぱり、ちょっと苦手かも……。
「んじゃ、互いに親交も深まってきたところで話を戻すぞ」
何故か説教されはじめた私と柊さんの間を割って、財前くんが軌道修正してくれる。
柊さんはまだ言い足りなさそうにしていていたけど、ホッと一息ついて席へと戻った。
「新しい層を掴むための一の矢、それがさっきのアバターを利用したVtuberとしての本格始動だ」
「ほ、本格始動……」
その重たい言葉の響きに、ゴクリと固唾をのむ。
「この時代にアバター……それも演者の挙動に合わせて動くモノを使ってる配信者なんて相当珍しいからな。はじめて配信を見る層にとっても物珍しさが刺さるし、コア層にとっても推すためのモチベーションに繋がるからな」
「な、なるほど……それで、私はどうすればいいの!? やっぱり、ロールプレイもバリバリにやって……みんなをもっと楽しませた方がいいよね!!」
この前もらった資料には、ルナのキャラ設定がこと細かく記されてた。
身長や体重のような身体的特徴だけでなく、出自や来歴といった背景情報まで。
それら全てをフルに使って、最高のエンターテイメントを視聴者に届けるんだ!!
……と思って、前のめりになりながら財前くんに尋ねたけど……。
「いや、そこはまあ……ぼちぼちでいいんじゃないかな……」
「……え? で、でもこんなにいっぱい設定があるけど……」
広げられた資料の中から私が受け取ったのと同じものを広げてみせる。
そこには私の記憶違いではなく、確かに様々なキャラ設定が記されていた。
「そこは複雑な話でな。設定を全く出さなくていいわけじゃないんだけど、Vtuberに求められるのはリアリティとファンタジーのボーダーライン上を反復横跳びする実在性の濃度というか……とにかく! お前は今まで通りでいい! 今がベストの塩梅だから!」
「えぇ……そう言われると逆に難しいんだけど……」
「いいからいいから、余計なことを考えずにお前はお前のままで頑張れ。で、もうもう一本の矢は……」
その話はここまでと言わんばかりの強引さで私の疑念は打ち切られる。
正直、言ってることはよくわからないけど財前くんがそう言うなら深くは考えないでおこう。
「これはさっきの話に戻るけど、やっぱりコンテンツの幅を広げることだな」
「ファイクエ以外のゲームってことだよね?」
「いや、そこはもうゲームの外にも広げて……例えば、普通の雑談配信だったり……歌だったり……」
「う、歌!? 歌って、歌!?」
「この時代でも『歌ってみた』とかは人気だろ?」
「得意不得意とかじゃなくて……流石に恥ずかしいっていうか……」
「まだそんなこと言ってんのか。まあ、曲の準備とかもあるから今すぐ歌えってわけじゃないけどよ……」
椅子に深くもたれ掛かりながら落胆したように息を大きく吐き出している財前くん。
そうは言うけど、喋るのと歌うのだとハードルの種類も高さも全然違う。
いや、歌うのが下手とかじゃないけどね?
むしろ昔からボイトレとかしてたから発声は得意な方だし……。
「まっ、しばらくは色々考えながらトーク中心に進めりゃいいか。そういう意味じゃ、お前が話題のネタを増やすために登校してきたのは良いところをついてたな。学校での体験ってのは大多数にとって共感を呼び起こしやすい題材だし」
「そ、そう……? えへへ……」
率直に褒められたのが嬉しくて、照れ笑いが零れ出る。
柊さんのことをチョロいとか思っちゃったけど、私も大概だ……。
「でも、学校だけじゃちょっと心許なさもあるよな……」
「どういうこと?」
私の問いかけに、財前くんはしばらく天井を見上げながら何かを考え込む。
数秒程そうしていたかと思えば、今度は跳ね上がるように身体を起こして――
「よしっ! 今度の日曜、ちょっくら二人で出かけるか!」
「ふた……えっ、ええええぇぇぇ!?」
私に、紛れもないデートのお誘いをしてきた。




