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第17話:私の心がヤバいやつ

「瑠奈ー! 財前くん来てるわよー!」

「えっ!? もう来たの!? ちょっと待ってって言って!」


 洗面所から身体を半分だけ出して、玄関に向かって声を張り上げる。


「えっと……髪良し! メイク良し! 制服良し!」


 電車の車掌になったみたいに、鏡の映る自分の姿を指差してチェックする。

 大丈夫。朝6時に起きて準備したおかげで、久しぶりだけどちゃんと出来てる。


「瑠奈~! まだかかりそう~?」

「い、今行くから!」


 棚に置いてあった鞄を掴み、玄関へと向かう。

 玄関の扉のガラス部分から差し込む光が、丁寧に揃えられた私のローファーを照らしている。

 ほんの数カ月ぶりのはずの光景が、何故だかもっと久しぶりにように感じられた。


「瑠奈。本当に大丈夫なの?」

「だ、大丈夫だってば……もう前みたいにはなんないから……」


 隣から心配そうに声を欠けてきたお母さんに返事をして、ローファーに片足を通す。


 大丈夫……大丈夫……。

 もう私は前の私じゃない。

 同接500人の微人気配信者なんだから。


 うちの学年の生徒数が大体320人くらいで、その1.5倍以上の人が私の配信を見てくれてる。

 チャンネルの登録者数で言えば、もっと多い。

 つまり、私は全校生徒の前でトークをしてるのと同じようなことをもう何日も続けてる。

 それに比べたら、()()()()()なんてもうどうでもいいくらいに些細なこと。

 今更思い出して、前みたいに過呼吸で倒れるようなことは絶対にないって。


 心の中で自分に言い聞かせながら靴を履き終え、玄関の扉に手を掛ける。


「もし、また気分が悪くなったりしたら連絡するのよ? すぐ迎えに行くから」

「だからそんなに心配しなくても大丈夫だって。じゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい。財前くんにもよろしくね」


 その名前を聞いて、身体が少しだけ強張る。


 まさか……本当に迎えに来てくれるなんて……。

 確かに『そろそろ、学校行こうかな……』って切り出したのは私だけどさ……。

 でも、財前くんのことだから『別に学校なんて行かなくても死にはしないだろ』とか言うと思ってたからだし。

 なのに、『おー、いいんじゃね。そっちの方が色々と話もしやすいしな』なんて軽く言ってきてさ。

 じゃあ、私も『だったら、朝起きるの苦手だから迎えに来てよ』とか軽く言っちゃうじゃん。

 そしたら、『まあ通り道だから別にいいけど』って何!? 何その軽さは!

 あれだけ悩んでたのがバカみたいに脱引きこもりするハメになっちゃったじゃん!


「瑠奈? どうしたの? やっぱり難しそう?」


 ドアに手をかけたまま固まっている私を訝しんだのか、お母さんが後ろから優しく言ってくる。


「ちち、違う違う! 何か忘れ物とかなかったかなーって考えてただけ!」

 

 慌てて否定して、取っ手を掴む手に力を込める。


 てか私、本当に大丈夫だよね。

 髪の毛とかメイクとかちゃんと出来てるよね?


 前にも少しだけ顔は見せてるけど、あの時はスッピンで髪の毛もちゃんとしてなかった。

 つまり、ちゃんと顔を見せるのはこれが初めてなんだよね……。

 当初危惧してたのとは全く別の不安が湧き上がってくる。


 いや、あのノンデリ男が『かわいい』とか言ってくれるのは期待してないよ?

 それでもやっぱりファーストインプレッションは大事っていうか……前とのギャップを感じて欲しいわけ!

 あぅぅ……そんなことを思い始めると、どっか変なところがあるんじゃないかってまた心配になってきたぁ……。

 髪の色とかメイクの仕方とかもっとよくできたんじゃないかな。

 引きこもってる間に、私のセンスは世間の流行から二百光年くらい遅れてそうだし……。


「……瑠奈?」


 後ろからまたお母さんの心配そうな声が聞こえてくる。

 でも、今更やめたとか言い出したらまた心配させちゃうよね……。

 一晩寝てる間に、また嫌なことを思い出して外に出られなくなるかもしれないし……。


 ええい! ままよ!

 もう破れかぶれだ! 女は度胸!


 私は意を決して、勢いよく玄関の扉を開け放った。


「お、お待たせ!」


 目に飛び込んできたのは、数カ月ぶりに見る外の景色。

 そして、家の門柱に気だるそうに寄りかかっている見慣れた金髪頭だった。


「おせーぞ。迎えに来いって言ったのはお前だろ」

「ご、ごめん。支度に手間取っちゃって……」

「ふぅん……」


 あくびを噛み殺しながら、私の頭から爪先までを視線が辿っていく。


 な、何……!? この値踏みするような視線は……!?

 変!? やっぱり変だった!?

 メイク濃い!? スカートの丈が短すぎた!?

 それとも髪の色を自分に合わせにいってると思われた!?


 私の頭の中を、不安の嵐が駆け巡るが――


「……まあ、前に比べたら随分とよくなったんじゃねーか?」

「はえっ!?」


 え? ほ、褒められた!?

 今、財前くんになりに『よく似合ってる』って言ってくれたのと同義だよね!?

 思ってたよりも良い反応に、心の中で小躍りしていると……。


「ちょっと、かずくん! 女の人にそういう言い方したらダメでしょ!」


 彼の後ろから全く知らない小さな女の子が姿を表した。


「ふぇええっ!?」


 思わずパッシブスキルの人見知りが発動して、後ろに飛び退いてしまう。

 私の突然の挙動に、その子はきょとんと目を丸くした。

 くりっとした大きな瞳に小柄な体躯で、顔は非常に可愛らしい。


 も、もしかして……財前くんの彼女……!?

 面白い引きこもり女がいるから見に行こうぜって、連れてきたってこと!?

 あんなあっさりと迎えに来るのを了承したのはそういうこと!?


 頭の中は、突如として現れたライバル(?)によって荒れ狂う。


「な、ななな、何なの!? どういうこと!? てか、中学生だよね!? 犯罪じゃないの?」

「は? 何がだよ」


 狼狽する私に、財前くんがいつも通りの気だるげな口調で言う。

 その隣で、謎の小さな女の子はぺこりと可愛らしくお辞儀をして……


「はじめまして! かずくんの従妹の小日向(こひなた)未希(みき)です! えっと、橘……瑠奈さんですよね! 事情はかずくんから聞いてます!」


 純真無垢そうな笑顔を浮かべながら自己紹介をした。


「い、いとこ……?」

「はい! 最近、サボり癖が再発してるみたいなんで母からかずくんがちゃんと学校に行ってるか見張りを頼まれているんです! なので、お邪魔かもしれませんがどうぞよろしくお願いします!」


 そう言って、深々と頭が下げられる。

 従妹……なぁんだ、従妹かぁ……。

 なんか距離も近いし、てっきり彼女かと思っちゃったじゃん。

 ま、まあ……私は財前くんに彼女がいようがいまいがどうでもいいんだけど。

 なんか当て馬にされてるみたいに感じたから嫌な気分になっただけで……って、見張り!? 二人きりじゃないの!?


「……ってわけで、迎えには来てやるけど、こいつがついてくるからうるさくても文句言うなよ」

「ふぇ? あっ……う、うん、もちろん……」


 ……と言いつつも、内心では落胆する。

 まあ、実際に二人きりだったら絶対に緊張で間が保たなかったし、これはこれで良かったと思うしかないか……。


 ***


 そうして三人で歩くこと、約20分。

 昨日までは果てしなく遠く感じた道程が嘘のように早く、学校へと到着した。

 付属中に通う未希ちゃんとは校門前で別れて、財前くんと二人で校内へと入っていく。


 校門を潜ってから昇降口、校舎の一階から階段、そして二階の廊下。

 ここまでは周りの生徒たちは私のことなんて気にも止めていない。

 300人以上いる同学年の中で、別のクラスの不登校一人のことなんて覚えて無くて当然だよね。


 どちらかと言えば、隣を歩いている人の方が『うわっ、財前だ……』みたいな感じで圧倒的に避けられている。

 私がほっとしたような寂しいような複雑な気分を抱いてる一方で、彼は全く気にせずあくびをしている。

 本当に、強いというか……良くも悪くも神経が図太いよね……。


 一歩先を進んでいた彼が足を止める。

 なんだろうと顔を上げると、私たちのクラスである2-Cの教室の前に着いていた。


 ここまでは誰も私になんて興味がなかったけど、ここからは違う。

 数カ月ぶりに、二年生になってから初めて登校してきたクラスメイト。

 間違いなく、好奇の視線が大量に注がれるはず。

 家を出る時はなんともなかった心臓が、少しずつ嫌な鼓動を鳴らし始める。


「おい、大丈夫か?」

「へ、平気……思ったよりも全然……」

「一応、一条に頼んで席は俺の隣にしてっから。最後列の特等席だぞ」

「あ、ありがと……」


 なんで、こういう時はきっちり優しいのかな……。

 その背中がさっきまでより少し大きく感じたのと同時に、全身を包んでいた嫌な汗が少し引いていく。


 財前くんが教室の入口に手をかけて、それを開いた。

 私は彼に隠れるように身を潜めて、その後に続いていく。


 始業前の喧騒に紛れ込むように、足音を消して教室奥の自席へと向かう。

 しかし、どれだけ気配を殺しても誰か一人には気づかれてしまう。


 一人が気づけば、それは次々と他の人へと波及していく。

 そうして、あっという間に教室にいる大勢のクラスメイトたちの視線が私に向けられた。


 コソコソと、何かを言っているのが静かになった空気を通して伝わってくる。

 もちろん、このくらいは覚悟していた。

 そもそも引きこもったのは私の意思なんだから多少は仕方ない。

 逆の立場ならきっと私もその一員になっていただろうし……。


 あっ、一条さんもこっち見てる……。

 毎週ノートをわざわざ届けてくれたのに、結局一言も話せなかったんだよね……。

 あとで謝っておかないと……。


「なにジロジロ見てんだ? 金取るぞ、金」


 自分の席に座りながら、こっちを見ている人たちに向かって財前くんが言う。

 その変人っぷりを遺憾無く発揮した言葉に、私へと注がれていた視線がサッと逸らされていく。

 

 助けられたと思う反面、彼と一緒に登校してきたのはどう思われてるんだろうと気になりだした。

 髪の色もほとんど同じだし、不良仲間とか思われてるのかな?

 もしかしたら、付き合ってると思われていても不思議じゃないよね。

 でも、財前くんの彼女だと思われたら周囲からは避けられそうだなぁ……。

 まあ、今はもう友達がいっぱい欲しいとかは思ってないし、その方が楽かもしんないけど……。


 そんなことを一人で考えながら、用意された席に座ろうとしたところで……。


「あれ? 瑠奈じゃん!」


 廊下の方から不意に、私の名前を呼ぶ声が響いてきた。

 その声に、落ち着きかけてた心臓がまた急速に脈動し始める。

 恐る恐る声の方へと振り返ると、いくつものよく見知った顔がこっちを見ていた。


「れ、玲那(れいな)……」

「わ~、瑠奈だ~! めっちゃ久しぶり~!」

「ひ、久しぶり……」


 取り巻きを引き連れて、あの時から変わらない笑顔を浮かべて彼女が教室に入ってくる。


「学校、来れるようになったんだ? 病気、もう治ったの?」

 

 表面上だけの心配している言葉がかけられる。

 逸らされたはずの教室中の視線が、再び私たちに集まってくるのが肌で分かった。


「う、うん……もう、大丈夫……」


 声が震える。

 手足が冷たくなっていく。


『なにそれ、超ウケるんだけど!』

『てかさ、今の何のキャラ? 全然知らないんだけどー』

『なんか早口で言っててウケたんだけど、めっちゃオタクって感じで』


 あの時の嘲笑が脳裏に蘇る。


「なら良かった。瑠奈がいなくてみんな寂しがってたし」

「そ、そうなんだ……」

「ねえねえ、せっかくだし久しぶりにあれやってよ、あれ」


 その言葉に、心臓がドクンと身体から飛び出しそうなくらいに跳ねた。


「あ、あれって……?」

「あれって言えばあれに決まってんじゃん。瑠奈の特技」


 玲那があの時と変わらない笑みを浮かべて私を見ている。

 そこに悪意の有無は分からない。

 彼女は本当に、ただ私の声が聞きたくて言ってるだけなのかもしれない。

 ただ、それを向けられるだけで私の心と身体は凍りついたように動かなくなっていた。


 あれ……こういう時、どうすればよかったんだっけ……。

 また言われたら、今度は何か言い返そうとしていたはずだったのに。

 思い出せない。何も頭に浮かばない。

 だったら、やらないといけないんじゃないの……?

 だって、そうすればみんなが笑ってくれるんだから……。


「ね? みんなも見たいよね? ほら、みんなも久しぶりにやってくれるのを期待して――」


 私みたいな弱い人間がこの場所で、この世界で生きていくにはそうするしかない。

 そう思って、従おうとした時――


「一万円」


 財前くんが、玲那の言葉を遮るように私と彼女の間に手を差し込んできた。


「は? な、何……?」

「お前、今こいつになんかやらせようとしただろ? だから、一万円払えって言ってんだよ」


 彼は全く物怖じしない、いつも通りの口調で続ける


「い、意味分かんないんだけど……なんでお金払わなきゃ……」

「芸が見たいなら、それなりの対価を払って言ってんだよ。こいつはもうプロとしてやってんだから」

「プロ? まじで何言ってんの……きもっ……」

「で、払うのか払わないのかどっちだ? 将来の一億円プレイヤーを一万円で使えるなんて今だけだぞ」


 玲那たちが唖然としている中、財前くんが毅然とした態度で言う。

 私はただ黙って、そんな彼の横を眺めていることしかできなかった。


『お前の声は……金になる声だ』


 初めて会った時に言ってくれたあの言葉。

 それが口からのデマカセじゃなかったのを彼は今、行動で示してくれていた。

 冷たかった身体が今度は逆に火傷しそうなくらいの熱を持っていく。


「一万とか払うわけないじゃん。バカじゃないの。もういいや、行こ。なんなの、あいつ……」


 玲那たちがそう言いながら教室から出ていく。

 財前くんに対して、口々に良くない言葉を吐き捨てながら。

 でも、彼はそんな言葉を全く気にする素振りも見せずにまた自分の席に着く。


「おい、橘」

「ひゃ、ひゃい……!」


 隣から呼びかけられて、びっくりして変な声が出る。


「今度からああいう無茶振りされたら安請け合いせずにちゃんと金取れよ。もしくは俺を通すか」


 言葉を出せず、首を2回縦に振るので精一杯だった。


 今のは……本当にヤバいって……。


 心臓はまだ気持ち悪いくらいに高鳴っている。

 恥ずかしいのか、何なのかよく分からない気持ちが溶岩みたいに心の奥底から湧き上がる。

 それは妄想ベースじゃない、現実の私から生まれている感情だった。

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