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第16話:憧れの学園生活

 世界に自分を発信してから数日が過ぎた。

 私の日常は、表面的には何も変わっていない。

 相変わらず部屋に引きこもり、昼過ぎに置きては夜中までパソコンのモニターと向き合うだけの日々。

 でも、以前とはその向こう側にある世界との繋がり方が決定的に違っていた。


「え? もう埋まっちゃった? 早くない? 入れなかった人、ごめ~ん」


 ポップガードの前で手を合わせて、レイドパーティに入れなかった視聴者に謝罪する。


 私は『一回だけ』と言った配信を今も続けていた。

 どうして、なんて理由は単純。

 あれだけ大勢の人が、私の声と言葉を楽しんでくれるのがすごく楽しかったからだ。


 あの初配信で、私は最終的に400人を超える人を集めることができた。

 当初は最大限に良くて数十人くらいだろうと予想していた数字の十倍以上。

 それは財前くんにとっても想像していた以上だったのか、配信が終わった後に何度も『よくやった』と褒められた。


 もちろん、それが全て自分の手柄だとは思っていない。

 私をもう一度奮い立たせて、夢を見られるようにしてくれた財前くん。

 彼が私の知らないところで何かをしてくれていたのは分かっていた。

 配信が終わってからも、切り抜いた動画をSNSに上げたりと色々なことをしてくれている。


 おかげであの時の熱はまだ覚めていないらしく、視聴者や登録者は今も日に日に増え続けている。

 SNSで拡散された動画に、『女版リロイ・ジェンキンス』とか『萌え声バーサーカー』とかコメントが付いてるのは恥ずかしいけど、彼には本当に感謝しかない。


「このレイド、初見の人っている?」


【私、初見です】

【俺も予習はしてきたけど初見】


「りょうかーい。別に死んでも大丈夫だから気楽にね。いざとなったら私一人でキャリーできるし」


【頼もしすぎて草】

【また暴走して欲しいからわざと死ぬまである】

【周り全員が死んでキレたルナ様に罵られたい】


「あんまりそういうこと言ってると、報酬もらう直前で蹴るからね」


 軽口を叩きながら、みんなでワイワイと遊んでいると時間はあっという間に過ぎていった。


「お疲れ様ー。クリア出来て良かったー」


【おつおつ】

【お疲れ様でした! 一回ミスって申し訳ない!】


「いいよいいよ、クリア出来たし。それより次、どうする?」


 画面端の時計を見ると、時刻は午後十時前を示していた。

 財前くんからは毎日、決まった時間に4~5時間配信するのが良いと言われている。

 定刻に配信することで、視聴者の人たちの日常の一部になるのが大事だとか。


 というわけで私は、夕飯を食べた後の午後七時から配信することにした。

 今日はまだ三時間しか経ってないし、特に疲れてもいない。

 昔、ボイストレーニングをしてたおかげか声を出し続けるのを苦と思わない。


「人集まりそうならもう1回行けるけど、行きたい人いる?」


 とりあえず、さっき漏れた人も多そうだし、もう1回同じレイドに行けるなら行こう。

 そう思って声をかけたところで――


【そういえばルナ様。拡張パッケージの新情報見た?】


 視聴者の一人のコメントが目に留まった。


「えっ!? 拡張の情報ってもう出てるの!?」


【うん、さっき情報公開されてニュースサイトに記事出てたよ】


「わー、完全に忘れてた。見なきゃ。みんなで一緒に見よ」


 普段なら最新情報の公開日なんて絶対に忘れないのに、最近は配信のことで頭がいっぱいですっかり忘れてた。

 マウスを操作して、サイドモニターにいつも巡回してるニュースサイトを表示させる。

 すぐに、トップにデカデカと表示された記事が目に飛び込んできた。


『FQW新拡張パッケージ"追憶のグリモワール"は魔法学園が舞台! 天空の学び舎"アストレア学院"で新たな冒険が始まる!』


「うわ、本当だ! きちゃあああああ!」


 記事には、美麗なキービジュアルが掲載されていた。

 天空に浮かぶ島々を背景に、白亜の学び舎がそびえ立ち、そして――新しい制服アバターに身を包んだキャラクターたちが描かれている。


【学園モノきたー!】

【学園って今のメインの騎士団の話からどう繋げるんだろ】

【制服アバター可愛いすぎない?】


「ほんとめっちゃかわいい! これ、絶対買わないと!」


 逐一感想を口にしながら、コメントのみんなと一緒に新情報を1つずつ見ていく。


「学院のNPCにはそれぞれ好感度があって……好感度の上下によってイベントが発生……時には特別な関係になれることも……って、これ乙女ゲーだ!」


【まじでそれな。ほぼギャルゲー】

【おかしい。俺たちは世界を救ってたはずでは……?】


「でも、新キャラみんなかっこいいしかわいいなぁ……誰を攻略するか悩む~……」


【ルナ様、吟味中】

【同性も攻略できるのかな】

【じゃないと俺、女キャラで作ってるから困るわ】


「ん~……私、俺様系が好きなんだよね~……あっ、この人かっこいいかも!」


 画面をスクロールしていると、ちょうど私好みなデザインのキャラクターが出てきた。

 少し遊びの利いた金髪に、肉食獣のような鋭い目つき。

 画像の下部にある一行のセリフも俺様系キャラっぽいのを匂わせている。

 レオ様に似てるし、これは早くも推しキャラが決まったかなと考えていると――


【リアルでもそういう男が好きなん?】


 ふと、一つのコメントがまた目に留まった。

 その瞬間、画面の中にいたNPCの顔がジワジワと私の知っているよく似た別の人に置き換えられた。


『俺には、お前が必要なんだよ』


 雑に染められた金髪。

 目つきが悪くて、いつも不敵に笑っている顔。

 私の部屋のドアを、物理的にこじ開けてきた強引な男。


『よくやった。流石、やっぱり俺の目に狂いはなかったな』


 でも、実は意外と優しくて……褒めるところはちゃんと褒めてくれたり……。


【おーい、ルナ様ー? 離席した?】


「……はっ! ないないない! 二次元とリアルは別だから! リアルの俺様系とかただ自分勝手なだけのDVモラハラ男でしょ」


 ブンブンと首を左右に激しく振って、頭の中に浮かんだ変なイメージを振り払う。


【辛辣で草】

【でも確かにリアルのツンデレ暴力ヒロインがただのクズみたいなもんか】


「そうそう、ああいうのを彼氏にしたら絶対困るんだから」


【めっちゃ実感こもってるな】

【身近にそういう男がいるんですか?】


「いないいない! いるわけないじゃん! てか、そういう話は終わり! 早く続き見よ、続き!」


 強めの口調で話題を打ち切って、サイトの画面を下にスクロールしていく。


「えーっと、なになに……学院の生徒を絆を深めると毎朝マイハウスに迎えに……来て……」


 頭の中でぽわんぽわんと音が鳴り、言葉が現実の光景に変換されていく。


『おい、橘。遅いぞ』

『ご、ごめん……メイクに時間がかかちゃって……』

『ったく、毎朝毎朝それだな。ほら、急ぐぞ』

『ほら、って……え?』

『走るから手を引っ張ってやるって言ってんだよ。じゃないと遅刻するだろ』

『う、うん……』


 そして、私は自分の手を彼の手に重ねて――


「うきゃああああああああああああああ!」


 自分の妄想に、思わず絶叫してしまう。


【びっくりした】

【急に大声出さないで】

【Gでも出たか?】


「な、なんでもない……ちょっと、脳と心臓に負荷をかけすぎちゃって……」


 な、なんで私はあんな妄想を……。

 しかも、よりによって相手が財前くんって……。

 確かに金髪で目つきが鋭くて、私の好みの属性ではあるけどさ……。

 でも、彼はそういう対象じゃなくて……なんて言えばいいんだろう……。


 そう! ビジネスパートナー!

 互いの利害が一致してるだけの単なる協力関係。

 向こうだって私のことはその程度にしか思ってないはず。

 だから、そんな不埒なことを考えるのは……ダメ、だって……。


 ……でも、言えばやってくれそうじゃない?

 もし私が学校に行くって言ったら毎朝迎えに来てくれそうだよね?

 めんどくせぇな……とか言いながら迎えに来てくれてさ。

 もちろん手は繋いでくれないだろうけど、二人で肩を並べて登校とか……。


「うきゃああああああああああああああ!」


【る、ルナ様? 大丈夫?】

【新キャラが尊すぎて壊れたか?】


「だ、大丈夫……大丈夫……ちょっと発作が出ただけだから……大丈夫……」


 激しく脈動する胸を押さえながら視聴者に弁明の言葉を紡ぐ。

 そもそも私、学校に行けないからこんなことになってるわけで……。

 髪の毛は相変わらずボサボサで、黒い地毛が伸びてきてプリンみたいになってるし……。

 あとしばらくまともにメイクもしてないから久しぶりにやったら失敗して変になりそうだし……。


『髪は染め直せばいいだけだし、メイクは失敗してもやり直せるように早起きすればいいじゃん』


 私のやらない言い訳に、内なるもう一人の私がマジレスパンチを繰り出す。

 そこで私は遅れて気がついた。

 自分の中で学校に行くためのハードルが、そこまで下がっていることに。

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