第13話:デビューに向けて
――橘の合意を得てから一週間。
ようやくスタートラインに立った俺は、身を粉にして働いた。
『言われてたところの修正はしてもらったぞ! これでどうだ!?』
『……やっぱり、ちょっと露出多くない? 上半身はこれでいいけど、脚とか……ルナは高貴な騎士なんだから……この格好で戦場を駆けるのは無理でしょ』
『いや、でもそこは……配信上だとほとんど見えないところだし……』
『私の希望に沿ってくれるんじゃなかったの?』
特にアバターデザインに関しては、橘の拘りは異様な程に強かった。
顔立ちや体型、パーソナルカラーに関する細やかな注文は当然。
衣装やアクセサリーの細部、肌面積についても1ドット単位で指摘してくる。
「……というわけで、すまん! もう少しだけ修正してくれ!」
おかげで毎日漫研に行っては、柊に頭を下げる日々が続いていた。
「またぁ……? これで何回目のリテイクだっけ……?」
「八稿目になります……」
床に両膝をついて、深々と頭を下げたまま裁定を待つ。
いくらWin-Winの提案をしているとはいえ、流石にそろそろ限界でもおかしくない。
とはいえ橘にも『裏方作業は全部任せとけ』と大見得を切った手前、できませんでしたとも言いづらい。
最悪、身銭を切ることも考えないと……と思ったところで――
「はぁ……これで本当に最後だから……次からは追加料金ね……」
「ありがとうございます!」
その温情に、頭を深々と下げる。
もちろん、大変だったのはそれだけじゃない。
橘とのデビューに向けた打ち合わせでも、色々とあった。
***
「で、今日は初配信の日取りについてなんだけど……その前に」
「その前に?」
「いい加減、中に入れてくれても良くないか?」
ドアの前にあぐらをかきながら、いい加減面倒になってきたこの方式に文句を付ける。
俺のプロジェクトに合意してから一週間、初めて来てからはもう一ヶ月以上経つ。
なのに、まともに顔を突き合わせて会話をしたのは一回きりだ。
後は全部このドア越しか、多少の隙間を開けての会話しかしていない。
「べ、別に……このままで……よ、よくない……? 普通に、できてるし……そもそも部屋に閉じこもっててもいいって言ったの財前くんじゃん……」
橘がたどたどしく拒否の言葉を紡ぐ。
確かに、このままでもプロジェクト自体に大きな支障があるわけじゃない。
必要なデータはチャットアプリで送ればいいし、パソコンの設定なんかも最悪リモートで行える。
「そりゃそうだけど……流石に変だろ。いつまでもこのままじゃ……」
「でも、対面でするってなったら色々……ちゃんとしないといけないし……」
「色々? ちゃんと?」
「メイクとか、服とか……あと髪の毛もちゃんと染め直したり……」
ドアの向こう側から、かろうじて聞き取れる程の声がボソボソっと響いてくる。
「なんだ……そんなこと気にしてたのかよ……」
「そ、そんなことって……普通気にするでしょ……そもそも、同級生の男子を部屋に入れるってのがまずどうなのってところもあるし……つ、付き合ったりしてるわけでもないのに……そこらへんの意味を考えてよ、意味を……」
更に聞き取りづらい言葉がボソボソボソと呟かれる。
「余計なことは気にするなって。こう見えて、俺は女所帯に男一人で育ってるからな。別に、お前がすっぴんだろうが全裸だろうが全く気にし――」
「……今日はもう帰って」
「は? なんだよ、急に……まだ打ち合わせすることが――」
「いいから帰れ!」
「お、おい……何で怒って……」
「うるさい! このノンデリ男!」
そう言い捨てられて、ドタドタとドアから離れていく音が聞こえる。
「……なんで?」
一人残された俺は、誰に言うでもなく呟いた。
とにかく山あり谷ありではあったが、初配信へと向けての準備は着実に進んだ。
そうして、橘と協力関係を結んでから二週間と少しが経った日曜日。
遂に、その時が訪れた。




