第12話:最後に、もう一度だけ
クリアファイルの中から、そのキャラクターは私を真っ直ぐに見つめていた。
私がゲームの中で作り上げた理想の姿。
まるでお姫様のような輝く金髪に、立派な騎士のように強い意志を秘めた蒼い瞳。
それは単なる模写ではなく、高い画力を持った人が命を吹き込んだ作品だった。
息を呑むくらいに美麗な、私の理想に近いキャラクターが具現化されている。
「これが、何なの……?」
「配信で使うアバター……つまり、お前が世界を獲るための武器だよ」
「世界とか……バカじゃない? こんなのまで用意して……」
もう誰かを信頼して、また裏切られたくない。
その一点が、私の言葉に他者を跳ね除けようとするトゲを生やす。
「お金とか、わざわざ払ったんじゃないの……? おかしくない……?」
弾もうとする心を押さえつけて、必死に拒絶しようとする。
「いや、そこはちょっと色々あるっていうか……いずれお前にも手伝ってもらわないといけないんだけど……とにかく! これで俺の本気が伝わっただろ!? もちろん、これも最終稿じゃなくてお前の意見もすり合わせまだ調整が――」
「私、やらないから……!」
彼の言葉を遮って、改めて意見を表明する。
「おいおい……前は結構乗り気になりかけてたのに、どうしたんだよ今日は」
「この前はあまりにもしつこいから仕方なく話を聞いてあげただけで……元からやる気なんてなかったし……」
もう早く帰って欲しい。
その熱意が怖い。根拠のない自信が嫌い。
私はもう、ここで静かにひっそりと閉じこもっていたいのに。
どうしてまた期待させるようなことを言ってくるの。
「ていうか、私には無理だから……陰キャのオタクで……引きこもりで……学校もまともに行けてないのに、配信なんて――」
「いや、その理屈はおかしい」
「え?」
私の自己否定が被せ気味に否定されて戸惑う。
「どうして、それで無理なるんだ?」
「だから、私は学校もまともに行けてない陰キャオタクの引きこもりで……」
扉の向こうからの心底不思議そうな声に、同じ言葉を繰り返すけど――
「いや、そこに因果関係はないだろ」
またすぐに否定されてしまう。
戸惑う私に、彼は更に続けて言ってくる。
「陰キャ? オタク? 引きこもり? それがなんで配信者になれない理由になるんだ?」
「それは……だって、普通に考えたら……」
「普通? その普通をぶっ壊そうぜって話に普通なんて持って来てどうすんだ? そもそも、ネット配信ってのは源流を辿ればそういう社会通念上は普通じゃない人間からはじまって……今じゃここまでデカく、稼げる媒体になってきたんだぞ。むしろ、お誂え向きな場所だろ」
私とは全く違う、自信に満ち溢れた声で彼が更に続けていく。
「陰キャオタクがどうした? 引きこもりがどうした?」
「でも、でも……」
彼の言葉を否定する言葉を、私は頭の中から必死に探そうとする。
陰キャだから。オタクだから。キモいから。引きこもりだから。
そこで私が気づいてしまった。
私は今、自分が一番嫌いな人間になろうとしてしまっていたことに。
『なにそれ、超ウケるんだけど!』
『てかさ、今の何のキャラ? 全然知らないんだけどー』
『なんか早口で言っててウケたんだけど、めっちゃオタクって感じで』
あの時、私の夢を嘲笑されたのが何よりも辛かった。
なのに今の私は、同じように自分を否定してしまっていた。
「余計なことをグダグダ抜かす連中を全部まとめて、この部屋に……お前の世界に引っ張り込んじまえばいいだけだろ?」
でも、彼だけは最初からその真逆のことを言ってくれていた。
私を信じて、私に期待してくれていた。
「私に……できるかな……? こんな私でも……もう一度、夢を見てもいいのかな……?」
「絶対にできる……って言いたいところだけど、俺は神様じゃないからそこまでは保証できないな。ただ、お前がやるって言う間は地獄の底まで付き合ってやるよ」
その全く裏表のない言葉が、長らく閉じていた私の心を揺する。
この人なら最後に1回だけ……信じてもいいのかもしれないって。
企画書をしっかりと持って、胸元へ強く押し当てる。
そのままドアノブに手をかけて、心の中に残された勇気を振り絞った。
「そこまで言うなら、1回……1回だけならやってあげる……」
扉を開け放つと、今度は真正面にいた彼としっかり目が合う。
彼は少しだけ驚いた素振りを見せつつも、ニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「おう! だったら裏方作業は全部任せとけ! 頂点まで登ろうぜ!」
ここはまだゴールじゃなくて始まりに過ぎないと、軽やかな口調。
私は涙が出そうなのを必死に堪えながら、なんとか言葉を紡ぎ出す。
「じゃあ、まずアバターの露出……もうちょっと減らして、そこめっちゃ解釈違いだから……」




