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第11話:期待と失望

 もう一週間くらい来てないんだけど、どういうこと……?


 電源の入っていないパソコン用モニターの前に座りながら、一人訝しむ。


 最後に財前くんがうちを訪れてからもう一週間が経とうとしていた。

 最初の二、三日は正直せいせいしていた。

 あいつが来るとゲームもできないし、何よりもあの底抜けの前向きさが鼻につく。


 ……はずだったのに。


 四日目、五日目と過ぎる内に、心の中に奇妙な空白が生まれた。

 あれだけ毎日毎日しつこく扉を叩いてた音が聞こえないと、なんだか調子が狂う。

 おかげで今日は起きてからもうしばらく経つのに、珍しくパソコンの電源もつけられていない。


「『俺にはお前が必要なんだよ』……とか言っといて、なんなの……」


 愚痴と一緒に、机の隅にある企画書へと手が伸びる。

 最初は読む気もなかったそれも、今は何度も開きすぎて紙がクタクタになっていた。


『Vtuber『柑橘ルナ』企画提案書』


 名前のセンスは最悪も最悪だけど、内容は私の心をほんの少しだけ躍らせた。

 私の声が持つ可能性。私がこの部屋にいながら輝けるかもしれない場所。

 そんな夢物語が、大真面目にぎっしりと描かれていた。

 なのに、その本人が今は私を一週間を放ったらかして……。


「……もしかして、諦めたのかな」


 そんな考えが、ふと頭をよぎる。

 他にもっと良い才能を見つけたのかもしれない。

 私みたいな臆病な引きこもりなんかじゃない、もっと快活でコミュ力も高そうな……。


 そう。きっと、そうに違いない。

 最初から他にも声をかけてて、私はおまけだったんだと思う。


 そんな考えに至ると、ちょっとでも浮かれてた自分が途端に馬鹿らしくなった。


『お前の声には人を惹きつける天性の魅力がある』


 あんな口からデマカセを真に受けていたなんて。

 どうせ、誰にでも同じことを言っているに決まっている。

 もしかしたら最初から私をバカにするためだったのかもしれない。


「そうだよ……また、あの時みたいになる前に気づけてよかったじゃん……」


 脳裏に蘇るのは、思い出したくもない出来事の記憶。


 中学までの根暗な自分と決別したくて、私は高校デビューを決意した。

 髪を明るく染めて、雑誌で流行りのファッションを勉強し、苦手なメイクも練習した。


 その甲斐あってか、入学式の日に、クラスの中心にいる垢抜けた陽キャグループの子から話しかけてもらえた。

 最初はすごく緊張して、正直上手く話せなかったけど向こうからするとそんな私の反応が新鮮だったのか意外なほどすんなりと輪に入れてもらった。

 グループの子たちはみんな明るくて、オシャレで、私の知らない世界を沢山知ってた。


 これまではゲームやアニメ、マンガ以外のことは何も知らなかったけど、みんなの会話についていくために流行りの音楽やドラマ、恋愛番組もチェックした。

 放課後はカフェに行ったり、カラオケに行ったり、みんなでお揃いのアクセサリーを買いに行ったり、中学の時の私とは無縁だったキラキラした世界を渡り歩いた。


 遂に私は変われたんだと思った。自分の新しい居場所を見つけられたんだって。


 そうして、グループのみんなのことを『本当の友達』だって信じ始めた頃――


『瑠奈って、声優目指してるって本当?』


 入学式の日に話しかけてくれた玲那が、私にそう尋ねてきた。

 場所は放課後によく行くカフェで、他愛もないおしゃべりをしてる最中のことだった。


 最初は、どこで聞いたんだろうと少し焦った。

 それを知ってるのは家族を含めてもほとんどいないはずだったから。


 当然、すぐには答えられなかった。

 だって、私みたいな元陰キャで、今もグループの中ではあんまりパッとしてない立場の女子が芸能の世界を目指してるなんて知られたら恥ずかしい。

 でも、これだけ仲良くなれたみんななら受け入れて、応援してくれるかもしれないとも思った。


「うん……実は、昔からアニメとかゲームが好きで……」


 だから私は、初めて自分の夢を大勢の前で打ち明けた。


「へぇ、すごいじゃん!」


 打ち明けた私に、玲那は目を輝かせながらそう言ってくれた。


「じゃあさ、ちょっと何かやってみてよ! みんなも見たくない?」


 彼女の呼びかけに、周りからも『見たい見たい』と声が湧き上がる。


 恥ずかしいんだけど……なんて言いながらも、私の心は期待に膨らんでいた。

 このみんなならきっと、私の夢を応援してくれる。

 すごいねって、褒めてくれるはずだと。


 私は何度も練習して、一番得意だったキャラのセリフをその場で読み上げた。


 一瞬の沈黙。

 直後に、玲那が口を開いた。


『なにそれ、超ウケるんだけど!』


 口を手で覆うくらいに笑いながら彼女は言った。

 それが口火を切り、他の子たちも次々と言葉を発していく。


『てかさ、今の何のキャラ? 全然知らないんだけどー』

『なんか早口で言っててウケたんだけど、めっちゃオタクって感じで』


 現実を受け入れるのに、嘲笑されてるのに気がつくのに時間がかかった。


 なんで私、笑われてるんだろう。

 みんななら受け入れてくれるはず……そう思って、打ち明けたのに。


 遅れて、お腹の奥から熱い怒りが込み上げてきた。

 私の夢を、私の好きなものを、どうしてそんな風に笑えるの。

 でも喉まで出かかった言葉を、別の感情が無理やり飲み込ませた。


 ――恐怖。


 ここで怒ったら? ここで泣いたら?

 きっと、厄介者としてグループから爪弾きにされてしまう。

 せっかく手に入れたキラキラとした日常も、やっと変われた自分も失う。

 また昔の内向的でウジウジした自分に戻ってしまう。

 それだけは嫌だった。


 だから私は――


『あはは、そうだよね……変だよねぇ……』


 引き攣った笑みを作って、その嘲笑を受け入れてしまった。

 その時は、それが正解だと思った。

 まだこのグループに居続けるためには、こうするしかないんだって。

 でも、あの対応が以降の私の立場を決定的にした。


 玲那はあれから、事あるごとに私にこう言ってきた。


『瑠奈、あれやってよ。あれ』


 最初は、グループのみんなでいる時だけだった。

 でも、私がそれにいつも笑って応じると、玲那たちの要求は徐々にエスカレートしていった。

 他のグループの子がいる前でやれば、次は他校の子たちがいるカラオケで。

 私は『声優さん(笑)』という名の、面白い見世物になった。


 屈辱に耐えながら、それでも私は道化を演じ続けた。

 断れば、この居場所がなくなる。

 また一人ぼっちに戻ってしまう。その恐怖が私を動かしていた。


 でも、そうすればするほどに、自分の心が壊れているのに気づいていなかった。


 ある朝、ぷつりと糸が切れたように、ベッドから起き上がれなくなった。

 最初は自分の身体に何が起こっているのか分からなかった。


 頭では『学校に行かなくちゃ』と思っているのに、身体が鉛のように重たい。

 制服を見ることすら吐き気がして、玄関のドアがまるで地獄への扉のように思えた。


 それでも重たい身体を引きずって、無理やり家を出ようとしたけど――


『瑠奈、あれやってよ。あれ』


 玲那たちの嘲笑が頭の中に響いて、足が震えて涙が止まらなくなった。

 膝から力が抜けて、玄関の床へとずるずるとへたり込んだ。

 心配したお母さんが駆け寄ってきてくれたのを覚えている。


 その時は『ちょっと貧血を起こしただけだから』と言って、学校を休んだ。

 一日休んで、次の日になればきっと大丈夫だと思った。

 でも、次の日も、その次の日も私は家から出ることができなかった。


 行かなきゃと思う度に、記憶がフラッシュバックして心が拒絶した。

 そうして、私はこの部屋に逃げ込んだ。

 今も逃げ続けている。


「もういいや……こんなの……」


 クタクタになった企画書を、今度こそ捨てるために手に取る。

 財前くんの言葉も、どうせあの時と同じ。

 私を面白がっているだけに違いない。

 もう二度と、誰かを信用なんてしたくない。

 また裏切られるのに、私の心は耐えられないから。


 他人への期待と一緒に、ゴミ箱の上に持っていった企画書から手を離そうとした時――


 ――ドタドタドタッ!


 誰かが凄まじい勢いで階段を上がってくる音が聞こえた。

 それが何の音かはすぐに分かったけど、普段よりも随分と激しかった。

 続けて、ドンドンドンと同じテンポでドアを叩く音が鳴り響く。


「おい! 橘! 起きてるか!?」


 私を呼ぶ声が、部屋の中に響き渡った。


「……あっ!」


 そのあまりにも大きな声に驚き、手にしていた企画書を落としそうになる。

 ゴミ箱の中へと落ちそうになったそれを、私は慌てて空中で掴み直した。

 捨てようとしてたはずなのに、なんでそうしてしまったのか自分でも分からない。


「おっ、起きてるじゃねーか! だったら、このままでも良いから聞いてくれ!」


 声を上げてしまったせいで、無視もできなくなってしまった。


「……何!? 私、忙しいんだけど!」

「遂に出来たぞ! これを見てくれ!」


 私のつっけんどんとした返答に、尚も声を弾ませた彼が言う。

 次の瞬間、ドアの下の隙間から何かが差し込まれた。


 無色のクリアファイル……中には一枚のカラーコピーされた紙が入っている。

 そこには、私がゲームで使っているアバターとよく似たキャラの立ち絵が描かれていた。

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