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第10話:明峰高校漫画研究部

「げっ……って、なんだよ、人を化け物みたいに」

「化け物も化け物でしょうが! うちの部室を漫画喫茶代わりに使う妖怪サボり魔!」


 そんなことしてたっけな……と、彼方の記憶を旅しながら室内を見回す。

 学年の教室のちょうど半分くらいの部屋の四方に並べられた、漫画やラノベが詰め込まれた本棚。

 中央の机には一台のパソコンと、それに接続されたペンタブが鎮座している。

 懐かしさを感じるのは、俺が入り浸っていた証拠だろうか。


「まあまあ、そう邪険にするなって」

「するわ! さっさと出てけ! 帰れ!」

「お前にとっても良い話を持ってきてやったんだから。仕事の依頼だ」


 オタクらしい大げさな所作で追い払おうとしてくる柊を冷静に窘める。


「仕事の依頼ぃ?」

「そう。いずれ世界を揺るがすビッグプロジェクトだ。とりあえず読んでみろ」


 訝しむ柊に、カバンから例の資料を取り出して机の上に置く。


「なになに……? ぶいちゅーばー……かんきつるな……ふむふむ……」


 さっきまでの刺々しい態度が嘘のように、柊が食いついてくる。

 面白そうなアイディアに目がないのは未来のこいつと変わらない。


「へぇ~……面白そ~!」


 案の定、さっきまでの拒絶ムードだったのが一転して目を輝かせている。

 こいつ、人類で清依ちゃんの次のチョロいな。


「だろ? 実はもう演者も(ほとんど)確保してるんだよ」

「え? ほんとに!? 誰、誰!? 有名な人!?」

「そこはまだトップシークレットだ。初配信をお楽しみに」

「え~……! 気になる~……!」

「それよりお前に頼みたいのは、このVtuberのアバターを――」

「だが断る」


 まるでセリフを読んだかのような一瞬の即答。


「それが言いたかっただけだろ、お前」

「違わい! いや、違わなくもないんだけど……とにかく! 私は自分の漫画を描くので忙しいの!」

「そこをなんとか……! 作業の合間にちょこちょこっとやるだけでもいいから……!」

「無理! そんなに器用じゃないから!」


 考える素振りも見せずに、手元のタブレットを使った作業に戻る柊。

 そういえばこいつ、俺が入り浸ってた頃からずっと漫画ばっかり描いてたな。

 でも、未来ではイラストレーターにはなってたけど漫画家にはなってなかった。

 何か理由があって諦めたんだろうかと考えたところで――


「よう、いい加減に出ていく準備はできたか~?」


 ガチャッとやや乱暴気味に扉が開かれた。

 ニヤケ面を貼り付けた男子生徒を先頭に、数人の集団が室内に入ってくる。


「なんだ? お前ら」

「げっ!? ざ、財前!?」


 先頭にいた男が俺を見て、数日放置した生ゴミに湧いてる虫を見たように驚く。

 どうしてこの時代の連中は俺を見ると、どいつもこいつもこんなリアクションなんだ。


「全くなんなの今日は……次から次へと邪魔者が……」

「そうだよ。柊は今、俺と将来のビッグプロジェクトに関する話し合いをしてんだから部外者は出てけよ」

「おめーも部外者だよ」


 入ってきた連中を一瞥もせず、柊が何故か俺の方へとツッコむ。


「部外者? はてさて、どっちがだろうな? 漫画研究部……いや、漫画同好会さん」

「うぐっ……」


 乱入してきた男子の言葉に、柊が動揺したような素振りを見せる。

 そこであっさりとこの状況が何なのかを掴むことができた。


 我が明峰高校は、『生徒の自主性を重んじすぎている学校』として有名だ。

 服装や髪型髪色の自由は当然のことで、学内での同好会の設立にしても規定の人数さえ集まればほぼ無条件で認められる。

 例えば、黒魔術研究会や空想地図作成同好会に、都市サバイバル研究会なんてのでも。

 そこから更に実績を積めば部活へと昇格することもでき、部室や部費等が充てがわれる。


 しかし当然部室や部費には限りがあり、その競争は苛烈を極めている。

 もし要件を満たしていない部があると知れば、順番待ちをしている連中がこうして世紀末もびっくりな野蛮さで強奪しにくるわけだ。


「う、うちはちゃんと生徒会に活動報告も出してるんだから出ていく筋合いはないと思うけど……?」

「ふぅん……活動報告ねぇ……そいつは立派なもんだが、部活として認められる要件はそれだけじゃないだろ? 今、漫研の部員数はどうなってるんだったっけ?」


 謎の男子Aは我が物顔で室内を闊歩しながら勝ち誇ったような口調で言う。


「わ、私含めて五人いるけど……!?」

「五人……? じゃあ、これは一体どういうことなんだ!?」


 バンッと大きな音を立てて、机の上に薄い冊子のようなものが叩きつけられる。

 その表紙には、『カキコミ』というタイトルと一枚の絵が描かれていた。


「うちの部誌がどうしたっていうのよ」

「部誌? これが部誌?」

「そうよ! 私が頑張って描いて発行した部誌!! なんか文句ある!?」


 椅子から立ち上がり、逆に声を張り上げて連中を蹴散らそうとする柊。

 しかし、奴らはそれでも全く怯まない。

 むしろ、勝ちを確信しているかのようにニチャニチャと粘度の高い笑みを浮かべている。

 ところで、俺が完全に蚊帳の外になってるんだけど一旦帰ってもいいか?


「ほう……じゃあ、そこまで言うならこれがどういうことかを説明してもらおうか!」


 破れんばかりの勢いで部誌のページが捲られ、目次のページが開かれた。


「柊彩葉、柊彩葉、柊彩葉柊彩葉柊彩葉! 上から下まで全部! お前の作品しか載ってないじゃないか!」


 こいつの言う通り、目次に載っている作品の作者名は全て『柊彩葉』。

 つまりこれは部誌とは言うものの、実質的には個人誌の体裁しか為していなかった。


「べ、別にいいじゃない! 私が他の人の分も活動してるんだから!」

「ダメだね! 部誌がこんなありさまということは、漫研としての活動実態は実質皆無! こんな幽霊部員だらけの幽霊部活が部室を占有してるのは問題だって、既に意見書も生徒会にも提出させてもらっている!」


 実質的な勝利宣言とばかりに、机の上に意見書のコピーが叩きつけられる。

 俺の目から見ても、多少の強引さはあれどその理論に付け入る隙はなかった。

 当事者たる柊も『ぐぬぬ……』と、テンプレみたいに黙り込むしかできていない。


「……というわけで、来週にもこの部室は(じき)に俺たち『現代視覚文化愛好会』のモノになる。それまでに私物は撤去しといてくれよ。じゃなきゃ、俺たちは処分しなきゃならなくなるからな」


 バタンと大きな音を立てて扉が閉められ、現代なんたら部の連中が出ていく。


「なんか……お前も大変そうだな……」


 俺の同情から一拍の間を空けて、柊は『ぐぎぎぎ……』と地震のように唸りだす。


「あのミーハーどもがぁあああああああ!!」


 そして、案の定大爆発を起こした。


「漫画が好きならうちに入ればいいでしょ! なのに、何なの!? 『現代視覚文化愛好会』で略して『げんしかい』って! まずパクリだし、パクリにしてもゴロが悪いし! どうせ、うちが部誌を描いたり投稿したりする本格的な漫研だから怖気づいたんでしょ! あーもー! 腹立つ~~~!!!」

「まあまあ、落ち着けって」


 どうして俺がこんなこといけないんだろうと思いつつも、獰猛な犬を手懐けるように宥めていく。


「これが落ち着いてられる!? 私の聖域が! あんなファンタジーサークル内恋愛に憧れてるだけのミーハー共に奪われようとしてるのに!」

「だから、落ち着けって。それに、あいつらが何者にせよ。言い分には一理あるからな。部員が五人いるのに、活動してるのがお前だけってのは事実なんだろ?」


 俺の冷静な指摘に、柊はぐうの音も出ないといった様子で唇を噛む。


 このままでは、確実にこの部室は現代なんたらのものになるだろう。

 思い出してみれば、前回の人生でもいつからか俺は漫研に行かなくなっていた。

 あれもどこかで漫研が無くなった話を聞いていたからなのかもしれない。


「でも、私が五人分以上活動してるし……」

「そんな理屈があいつらや生徒会に通じると思うか?」

「だから、今からこうして漫画を描いてるんでしょ。一人でもちゃんと活動実績だって認められるように……」

「それが厳しいって言われたばっかりだろ」

「でも、私にはそれしかできないし……絵を描くくらいしか……」


 涙を堪えるように声を震わせ、ペンタブを手にして作業を再開する柊。

 その執念には目を見張るものがあるけど、このままでは全て徒労に終わるだろう。


「ていうか、そんなの財前数真には関係ないでしょ! さっさと出てけ! いつまでいるの!?」

「そう邪険にするなよ。ここをあいつらに譲りたくないんだろ?」

「だから、今こうして――」

「だったら、俺に任せてみないか?」


 柊の言葉に被せて、100%の自信と共に言い切る。


「任せろって……部外者に任せることなんて何もないけど」

「まあそう言うなよ。俺にとってもここは憩いの場だしな。このまますごすごと引き下がって、あいつらに渡すのは面白くない」

「勝手に休憩室代わりに使ってるだけでしょうが」


 柊のツッコミを無視しながら頭の中で絵図を描いていく。

 最終的に、俺が全てを総取りにすることになる妙案を。

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